悪役令嬢の双子の兄、妹の婿候補に貞操を奪われる

柳あまね

文字の大きさ
上 下
27 / 36
第二章

第26話 答え:顔

しおりを挟む
 まぶたの裏が眩しく光るのを感じて、僕――シリル・アングレームはふと目を覚ました。
 窓のカーテンの隙間から、月の光が差し込み自分の顔を照らしている。
 
 見慣れない景色に一瞬戸惑い、すぐに自分がロジェの部屋で泊まったことを思い出した。
 
 頭を巡らせ、壁の時計を確認すると、時刻は真夜中だった。
 隣ですやすやと寝息をたてているロジェを見れば、そのあどけない額にも光は差し込んでいる。
 柔らかい金の髪を撫でると、ロジェはむにゃむにゃと何か言いながら寝返りを打った。

 そろりとベッドを抜け出し、月光の漏れるカーテンを閉めにかかる。
 月にしてはやけに強い光だな、などと思いながらカーテンに手を掛けた僕は、驚きの光景に思わず声を上げそうになった。
 
「……っ!」
 
 なんと、窓いっぱいに妖精がびっちりと群がっていたのだ。
 妖精の発光で、窓自体が光って浮いているように見える。
 妖精によって放つ色は様々だが、ここにいるのは全て白い光の妖精だった。

「う……ん」

 背後でロジェが身動ぎしたのを感じて、咄嗟にカーテンを閉じる。
 遮光性の高いカーテンのおかげで眩しい光は収まり、下から揺らめく光がかすかに漏れるのみとなった。

 ――自然エネルギーの集合体である妖精は、基本的に自然の多いところに集まり、人工物をきらう。
 といっても、妖精に意志があるというわけではない。
 重く垂れ込めた雲の下に落ちる雷や、暑い日の地面に現れる陽炎のように、これは自然界の現象に近いものだ。

 (なのに、どうして……)

 あの光景には、明らかに意思のようなものが見えた。
 まるで、窓を越えてこちらへ来たがっているような……
 
「な、で…………が……」

 考え込む僕の背後で、ふいにロジェがうわ言を呟いた。

「やだ、誰か、誰か……痛いよ…………」
「どうした? どこが痛い?」

 慌てて駆け寄り、屈んで顔を覗き込む。
 
 薄明かりの中わずかに視認できたロジェは、体に掛けられたキルトを胸の上で握りしめ、苦しそうに喘いでいた。
 眉間に皺を寄せ、瞼はぎゅっと閉じたままだ。
 
「痛い、痛い…………」
「ロジェ、ここか? 胸が痛いのか?」

 キルトを取り、胸をかきむしる手を外させ、夜着を捲って確認する。
 外傷のようなものはない。
 心臓や肺に、何か異常でも起きたのだろうか?

 人を呼ぼう、と腰を上げかけたその時、ロジェの手が僕の腕を捕え、強く抱き締めた。

「行かないで、俺を……」

 青白く浮かぶ、陶器のように滑らかな頬を、一筋の涙が流れた。

 (今朝と、同じだ……)

 まさに、今朝も見たようなうなされようだった。 
 空いている方の手で、ロジェの頭をあやすように撫でる。
  
「ロジェ、僕だよ。シリルだ。大丈夫、一緒にいるよ。」 
「シリ、ル……?」

 僕の声に反応して、ロジェの呻きが止まった。 
 けぶるような睫が震え、瞼が薄く持ち上げられる。

「ああ、シリルだ」
 
 僕を見上げる瞳が、夢見心地にゆれている。

「また、怖い夢を?」

 問うと、ロジェは返事の代わりに目を閉じた。 

「シリル、俺……」
「なんだい?」

 その濡れた頬をそっと拭う。

「まだ俺、シリルに言ってない事があるんだ」
「……それは、怖い夢に関係のあること?」

 ロジェは目を閉じたまま、かすかに頷いた。

「俺、いちど死んだんだ」
「それは、どういう……」

 ロジェの言っていることがはかりかねて、思わず僕はその胸へ頭をつける。
 温かい肌の下から、しっかり鼓動を刻む音が聞こえた。

「ふふ、今は生きてるよ。やっぱり今度でいいかな……ちゃんと、言うから……」

 言いながら、ロジェは大きなあくびをした。
 まだかなり眠そうだ。

「……いいよ、ロジェ。おやすみ」

 額にキスをして、キルトをロジェに掛け、整える。
 そのまま寝入るかに思えたロジェは、急に抗うように目をこじ開け、かぶりを振った。 
 
「あ、でも、これだけ……俺さ、ローズの事で、シリルに迷惑かけるかもってミュゲから聞いたとき、すげー後悔したんだよ」

 僕はキルトの端を伸ばす手を止めた。 

「そんなこと……そんなことは、関係ない。誰に何を言われようと、僕は君を手に入れるつもりだったよ」

 それは、心からの言葉だった。

「やっぱり……シリルはちゃんと理解した上で、俺を好きって言ってくれたんだな。でも俺は、考えもしなかった。言われて初めて気づいたんだよ」

 焦点が合わないままのその目に、恥じるような色が浮かんだ。 

「悔しいなぁ。みんな、俺には思い付かないくらいきちんと周りが見えてるんだ。ローズが真っ先に頼ったのも、ミュゲの方だった。識別鏡のことも、俺には何も……でも、当たり前だよな。実際、俺は頼りない方の兄なんだから」
 
「それは、」

 違う、と言おうとした僕に、ロジェは畳み掛けた。  

「俺はね、シリル。明け透けに言ったら、人生をナメてたんだ。恵まれた環境にありながら、その生活が誰のおかげで成り立っているのかも考えず、くだらないことに時間を費やして無為に過ごした。きっと、そうだったんだろうな。だからいまだに何も思い出せないんだろう」

 最後の方は、ほぼ独り言のようだった。 
  
「今日、初めて国王陛下が話すところを見たけど、すごく圧倒された。言葉のひとつひとつに民を思う気持ちが溢れていて、心が震えたよ。きっと今まで、大事な選択を何度も重ねてきたんだろうな」

 なんと言ったらいいのか分からず、僕はロジェの手を握った。
 さすがに眠気の限界が近いのか、ロジェの瞼は閉じたり開いたりを頻繁に繰り返している。

「その陛下の重い旗幟きしを、シリルは説得ひとつで見事に変えさせたんだ。シリルはこの国にとって、絶対に必要な存在だよ。こんな俺なんかが……その隣に、いて……良いのかな」

 呂律がだいぶあやしい。言葉も切れ切れになっていた。
 瞼も完全に閉じている。
 
 僕は言葉が届くように、ロジェの手をぎゅっと握りしめ、その耳元で囁いた。

「良いに決まってる。僕には、君が必要なんだ」
「でも俺は、もうちょっとで……この国から……シリル……を………………」

 とうとうロジェの口から、ぐぅ、と睡魔へ白旗をあげる音が漏れた。 
 再び安らかな寝息をたてるのを確認して、僕も隣へ横になる。

 しかし、僕の方へ睡魔はやってこなかった。 
 ロジェの苦悩が、胸の奥へと沈みこむ。

 この国に僕が必要とは、ロジェはなかなか過大な評価をくれたようだが、そんなことはない。
 僕一人が居なくてやっていけないようでは、この国は既に滅亡しているだろう。

 それに僕は元々、王族としての地位に興味なんてなかった。
 むしろそれでロジェと一緒になれるのなら、喜んで第二王子の肩書きを捨てたことだろう。

 (それにもうひとつ、ロジェの言ったことで訂正する箇所があるな)

 ――父は、エレーヌがクロであることを確実に知っていた。
 その上で、ローズ嬢への迫害を見て見ぬふりをしていたのだ。

 エレーヌの支持をやめ、侯爵家の肩を持つことで何を得られるのか……あの時僕は父へ必死に説いて、何とか尋問広間の裏部屋へ連れ出した。
 そして、実際の尋問の様子を見た父は、エレーヌと教会を"沈み行く泥舟"とはっきり認識したのだった。

 そう。父が意向を変えたのは、決して民のためだとか国の将来を思ってだとか、そんな高尚な理由ではない。
 教会がエレーヌを見捨てたように、父も教会を見捨てただけなのだ。

 数日もしないうちにはきっと、長きにわたって不正を行い民を騙しつづけた教会と、自らの地位も省みずそれを糾弾し民へ誠意を示した賢王、の図式ができあがっていることだろう。

 強かで冷徹な父は、情ある有能な王の仮面をかぶるのが非常に上手かった。
 幼少期からその父の教育を直に受けて育った兄も、似たようなものだ。

 僕が生まれた時、既に兄が後継者としての素質を顕していたので、僕はのスペアとして生かさず殺さず、良い感じに放置されていた。
 王宮の隅で母と穏やかに過ごしていたが、10歳の時の適性検査後、僕の運命は変わった。
 その検査でかなり優秀な魔法の適性があると分かり、父の命で僕にも本格的な後継者教育が行われるようになったのだ。
 それを知った時の兄の顔と言ったら……
 
 そんな身内の中でも唯一、母だけは愛情の深い人間だった。
 なぜあんな冷たい人間と一緒になったのか不思議な程だ。
 幼い頃に尋ねたこともあったが、その時はただ微笑んで誤魔化された。

 だが、心根の真っ直ぐな優しい人間であるが故に、母の心はこの陰鬱な王宮で幾度も傷つけられた。
 次第に引きこもりがちになり、今では王宮の行事すら滅多に顔を出すことはない。

 (そういえば、母にロジェを会わせる約束だったな)

 母の心を慰める唯一のものが"美少年"だ。
 どうも見るだけで生きる気力が沸くらしい。
 数年前、成長期の僕に母が何度溜め息をついたことか……

 舞踏会の後に会わせる予定が、あの騒動のせいでそれどころじゃなくなってしまった。

 (早く会わせたいな)

 今も無自覚に僕を誘惑するロジェの唇をなぞり、伏せられた瞼の奥の澄んだ瞳を思う。
 
 この美貌は、母の心をこれまでないほど元気付けるに違いない。
 それに、彼の謙虚ながらも天真爛漫な内面すらもきっと、存分に気に入ることだろう。 
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...