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第一章
第22話 識別鏡
しおりを挟む俺とミュゲは、順に名乗り宣誓を述べた。
枢機卿は「身内が証人など……」とブツブツ文句を垂れていたが、尋問長のひとにらみが飛び、しぶしぶ黙った。
ローズが俺に目を向ける。
俺はその視線を受けて、しっかりと頷き、口を開いた。
「まずは、おれ……私が実際に遭遇した、当時の状況をお話いたします。私は闇の魔道具が使用された瞬間、彼女らの死角ながら、間近で会話を聞いておりました――」
緊張でつっかえないか心配していたが、意外とすらすらと言葉が出てきた。
あの大臣の息子の尋問で喋ったことと、同じ内容だからだろうか。
エレーヌはといえば、険悪な表情をこちらに向けている。
そして、俺の話が終わると、資料の端に手を置いた尋問長が鋭く問いかけてきた。
「今までの証人と真逆の内容だ。……今の話はすべて、貴殿自身が聞いたとのことだが、現場を直接見たことはないのだね」
厳しい目が、こちらを貫く。
その通りだ。俺は言葉に詰まった。
すかさず、ミュゲが手を挙げた。
「よろしいですか」
尋問長は、頷いてミュゲの発言を許可した。
「弟の証言を裏付けるものがございます。こちらをご覧ください」
ミュゲは例の顕微鏡に似た魔道具を掲げてみせた。
「かのムエルテ帝国より持ち帰った魔道具です。名は識別鏡。個人の魔力を識別する能力があります」
広間の囁きが大きくなった。
その雑音に負けないよう、ミュゲは声を張り上げる。
「大陸では、誰一人として同じ魔力を持つ者はないとの研究結果が出ております。この識別鏡で波形を調べれば、それが誰の魔力なのか、個人の特定が可能です。これを使えば、例の闇の魔道具を誰が使用したのか、すぐに明らかになるでしょう」
「どうせイカサマ道具だ。そんなもの、聞いたこともない」
また、枢機卿の声が飛んできた。
ヤジのうるさい爺さんだ。
円滑な進行を妨げる罪とかで、そろそろ締め出されたりしないだろうか。
「これはつい1ヶ月前に発表されたばかりなので、寄進集めで毎日お忙しい枢機卿が知らぬのも、無理はないでしょうね」
ミュゲは皮肉たっぷりに言った。
「しかし、既に効果は国際的に保証されております」
ミュゲは正面へつかつかと歩いて行き、一枚の紙を尋問長へ手渡した。
国際魔道具連盟による、この魔道具の効果認定書だった。
「これは……うむ、確かに、連盟の魔力印が捺されている」
尋問長の瞳が、キラリと光った。
「今この場で、これを使用することは可能かね?」
「もちろん、もちろんでございます。必要なのは、その闇の魔道具、そして検査対象者の少量の血液です」
ミュゲは待ってましたとばかりに、首を大きく縦に振った。
「しかし、この魔道具にはローズ・ヴァンドームの髪が媒体として使われている。結果に影響が出るのではないかな?」
尋問長が続ける。
少し意地悪い質問だったが、声色は穏やかだった。
この尋問長はこういった問答が好きなのかもしれない。俺はふと、そう思った。
「そうですね、少し仕組みを説明しましょう。魔道具の裏には、魔力を通す回路と、呪文の代わりとなるコードが刻まれています。そこへ魔力を流すことで魔道具が起動され、効果を発揮するのですね」
尋問長はよく知っている、という風に頷いた。
俺もなんとなく授業で習ったような気がする。
「そこで媒体ですが、これはどの魔道具も例外なく、回路の一番最後に組み込まれます。媒体を回路の途中に組み込むと、魔力がオーバーフローし故障の原因になってしまうためです」
ミュゲは識別鏡とやらから筒状の何かを取り外し、尋問長へ渡した。
「これを、その魔道具の裏に刻まれたコードへ強めに押し付けてください。起動時の魔力の残滓を抜き取ります。媒体で増幅する以前の魔力を拾うので、媒体の影響は受けません」
尋問長が受け取り、ミュゲの指示どおり魔道具へ押し付けられたそれは、みるみるうちに黒く染まった。
「はい、どうも……では、ローズの血を」
筒状の物体を識別鏡へ戻し、今度は長方形のクリップのようなものを外すと、ミュゲは懐から透明な液の入った瓶とガーゼを取り出した。
細身な装いのどこに、あんな嵩張るものをしまっていたのだろう?
俺が目をしばたたかせているうちに、ミュゲが素早く透明な液をガーゼに染み込ませ、ローズの人差し指へさっと塗った。
ツンとした匂いが鼻に付く。きっとアルコールだろう。
「少しちくっとするよ」
クリップを開き、指に被せる。
すぐにパチン、と軽い音がして、今度のそれは赤く染まった。
クリップを外された後のローズのたおやかな指には、細い針を刺した時のようにぷくっと血が浮いていた。
「ごめんね、ありがとう」
ミュゲはその指をガーゼで優しく覆った。
今や、広間中が固唾を飲んで成り行きを見守っていた。
あれだけ騒がしかった枢機卿も、青い顔で視線を彷徨かせながら黙り込んでいる。
エレーヌは、相変わらず射貫くような目でこちらを睨み付けていた。
「さて、準備が終わりました。私が起動すると、それぞれの魔力の波形を具象化した結晶が生成されます。両方とも同一人物のものであれば、2つの結晶は混じり合い、1つの大きな結晶へ変わるでしょう」
ミュゲが、識別鏡に手をかざした。
魔力を込められたそれが、全体的に白く光る。
「これは……」
誰からともなく、感嘆の声があがった。
円筒の物体を設置した側からどす黒く、刺々しい形の結晶が現れた。
ザ・闇魔法って感じだ。
一方ローズの血液の方からは、まさに天鵞絨の薔薇のごとき、深いえんじ色の結晶が現れた。
四方へ伸びる曲線が、どこか上品さを感じさせる。
「おお、なんと」
「美しい……」
広場に、どよめきがひろがった。
中に浮かぶ2つの結晶は引き合うように近付き……やがて、磁石の同じ極を合わせた時のように反発しあい、そのままぼとりと落ちた。
広間はしん、と静まり返った。
俺は反射的に、側にあるローズの手を握った。
俺よりも細く柔らかい手が、しっかりと握り返してくる。
背後からは、父が深く息を吐き出す、安堵に近い音が聞こえた。
「……これで、我が妹が魔道具を使用していない証明になるでしょう。性能は、先程の提出した認定書の通りです。もちろんこの魔道具自体も提出いたしますので、如何様に実験していただいても構いません」
落ちた結晶を拾い上げ、自信たっぷりに言ってのけたミュゲは、一呼吸置いて慌てたように付け足した。
「あっ……えーと、言い忘れました。こちら実はムエルテ帝国からの借り物でして。まだ世に1つしかない貴重なものです。あまり乱暴なことはされませんよう」
尋問長が深く頷く。
「丁重に扱うよう、必ず伝えておこう……ここで、1つ整理をせねばならないな」
場の空気を切り替えるような、朗々とした声が広間に響いた。
「此度、ローズ・ヴァンドームが召集されたのは、国家反逆の幇助の疑いの為だ。先の大臣と共謀し、侵略の障害になりかねない聖女候補、エレーヌ・ブロワの暗殺未遂の疑いが、彼女にかけられていた」
尋問長が、傍らの魔道具を手に取った。
「その根拠となる大きな理由が、この闇属性魔道具の使用疑惑だった」
(だった)
俺は続きの言葉に期待した。
教会席から、大きく息を呑む気配がする。
「もちろん精査は必要だが……この認定書は、まさしく本物だ。それに伴い、今回の検査の信用度は、かなり高いと言える」
尋問長が広間を見回した。
「さて、各々の言い分を聞き、根拠となる証拠もそろった……いまここで、採決を取ろうと思う。まず、ローズ・ヴァンドームが有罪と思う者」
教会席から、全員の手が挙がった。
そのうち大多数が、かなり気まずそうな顔をしている。
そして貴族席からは……パラパラと数人だけが挙手した。
教会側の総数は15。いま貴族側で挙げているのを合わせると――
「21人。それでは、無罪だと思う者」
貴族側の大多数が手を挙げ、尋問長も真っ直ぐ腕をのばした。
これできっちり30人。過半数を超えている。
木槌がカン、と小気味良く鳴った。
「それでは、ローズ・ヴァンドームを無罪放免とする」
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