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第一章
第21話 公開尋問
しおりを挟む公開尋問の行われる広間は、貴族と教会関係者でみっちりと席が埋められていた。
高低差のある、丸いすり鉢状の広間に合わせ、椅子がぐるりと並べられている。
中央を縦断する通路で席は二分され、左側は貴族席、右側は教会席として区別されているようだった。
俺とミュゲは左側後方の傍聴席で、尋問が始まるのを今か今かと待ち続けていた。
広間中央には、大がかりな祭壇のような物が設けられている。
あそこに被告――ローズが立たされるのだ。
いまはまだ無人の被告席の、そのすぐ後方に、俺たちの父であるヴァンドーム侯爵が冷や汗ダラダラで座らされていた。
中央のあの宗教的な装飾は、神判を行っていた頃の名残りだと、ミュゲが俺に耳打ちした。
神判とは、神意をはかって罪の有無を確かめる方法だ。
毒を飲ませたり、火で炙ったりして、その者が奇跡的に生き残ったら無罪……というような、なんの根拠もない裁判方法だった。
しかしこの裁判方法、なんとこの国ではほんの20年前まで行われていたらしい。
そんな血生臭い場所にローズが立たされるというのは、なんとも許しがたい気分だった。
「大丈夫かな……」
胸に募る不安を、俺はつい口に出した。
――あのあと長いこと粘って、10人以上があの廊下を通った。
俺の話をマトモに聞いたのはその半分ほど。
心から同情している様子だったのは、最初のオッサンを含めせいぜい2、3人といったところだった。
「上々上々。1人でもつかまえられたならラッキーだと思ってたからね、予想以上だよ」
そうミュゲは言って肩を叩いたが、俺の心は軽くならない。
もう何度目かも分からないが、落ち着かない俺は、広間の赤い椅子の数を数えはじめた。
(1、2……)
多数決の参加権のあるものと、そうでないものは椅子の色で区別がつく。前者は赤い椅子に座り、俺たちのような後者は青い椅子だ。
貴族側の赤い椅子の数は、35。
教会側の赤い椅子の数は、15。
合わせて50人に、尋問長を足して51人だ。
形式上、尋問長は国王が務めることになっている。
が、俺にはよく分からない事情で、ほぼ毎回代理の者に委任しているそうだ。
今までは専ら大臣がその役目を担っていたようだが、例のゴタゴタで大臣職は未だ空席だ。
今回は元老院の長老が、尋問長の席で静かに机と向き合っていた。
机の上には分厚い資料と共に、あの闇の魔道具が置いてある。
「や、尋問長はマルプネル公か。しめたな」
ミュゲは指を鳴らした。
聞けば、なかなか人徳のある人物らしい。
尋問長の背後には、王族席も設けられていた。
だが、国外へ遊学中の第一王子はもちろん国王や王妃の姿もない。
……シリルも欠席のようだった。
視線の先に気付いたミュゲは、俺の頭にぽん、と手を置いた。
「ご婦人達の噂で聞いたが……シリル殿下はこの件に関わることを全面的に禁止されたらしい。陛下直々のお達しだそうだ」
俺は思わず、唇を食い縛った。
「その命に反せば、殿下は継承権どころか、王族としての地位も危うい。分かるね?」
ミュゲの問いに、口を硬く閉じたまま頷く。
とその時、鐘の音が鳴り響き、広間の喧騒はさざ波のように徐々に静かになっていった。
「それでは、公開尋問を始める」
尋問長の深みのある声は、後方の俺達の方まではっきりと聞こえた。
背後の扉が開き、騎士に先導されたローズがその場に現れた。
蒸れるからと嫌がっていたウィッグを、今回ばかりは着けている。
ずいぶんと質素なワンピース姿だったが、それでも凛と胸を張った彼女は、いつもと変わらぬ美しさだった。
すぐ後ろには、母がぴったりと付き添っている。
こちらもローズ同様、堂々とした立ち居振舞いだった。
ローズが中央へ向かう間、教会側の席を中心に、うねるようなひそひそ声があたりを埋めた。
大抵が、ローズへの非難の声だ。
(好き勝手言いやがって)
俺は、拳をぎゅっと握って手のひらに爪を立てた。
――――
ローズが中央へ到着すると、母は父の隣へ着席した。
その後尋問長が淡々と経緯を読み上げ、証人が招き入れられた。
エレーヌと、その友人の令嬢だ。
エレーヌは足を引きずり、付き添いの若い司祭へ寄りかかるようにしながら歩いている。
どこか痛みに耐えるようなその表情が、俺からしたら逆に胡散臭かった。
(とっくに完治してるくせに、よくやるよ)
ローズの時とは違って、エレーヌを気遣う声を口々に囁く教会席の有象無象を睨む。
「己の名と、宣誓を」
エレーヌらが教会席の最前列へ着いたのを確認すると、尋問長が促した。
「エレーヌ・ブロワ。この尋問の場において、決して偽りを述べることなく、真実のみを語ると、誓約いたします」
たどたどしい喋り方だ。
怯えたようにチラチラとローズを見る姿が、わざとらしい。
「では、エレーヌ・ブロワ。某日の出来事について、詳しく述べなさい」
尋問長は、事務的に続けた。
思うように同情が得られていないことを感じ取ったのか、エレーヌの眉間に苛立つような影が浮き、すぐに消えた。
「……はい。あの日、あの時、私はそこにいるローズ嬢に呼び出されました――」
エレーヌは語った。
庶民上がりのくせに目障りだと詰られた事。
宥めようとしたが、聞き入れてもらえなかった事。
ローズが、隠し持っていた魔道具を取り出した事。
その微かに歪んだ口から飛び出す嘘八百のオンパレードに、俺はうんざりした。
「彼女は何か呪文のようなものを唱えました。そして……そして、あの、恐ろしい魔物が私に…………っ」
エレーヌの声が、悲劇的に上ずった。
若い司祭が立ち上がって、落ち着かせるように彼女の肩を抱く。
「失礼、取り乱しました……魔物から逃げるため、私は手すりの向こうへ落ちてしまいました。その後の事は、何も知りません」
続けて、友人の令嬢も大体似たような事を述べた。
つまり、全てローズの仕業だ、というような内容だ。
尋問長が、手元の資料を見ながら頷いた。
「……では、ローズ・ヴァンドーム。今の彼女達の証言に間違いはないかね」
ローズは背筋を伸ばしたまま、尋問長を見据え答えた。
「ございます」
何かを考えているのか、エレーヌは顎に手をあて首をかしげている。
教会側からは、はっきりとローズを罵る声が上がった。
尋問長が腕を上げ、それを止めさせた。
「静粛に。ローズ・ヴァンドーム、今の証言に誤りがある、ということかね」
老人の声は、冷えた鉄のように無感情だ。
それに動揺することなく、ローズも淡々と返した。
「はい。私の認識と、大きく異なっております……尋問長、私からも証人を2人、お出ししてもよろしいでしょうか」
「罪人の立場で、いきなり証人だと? そんな暴挙は到底認められない。見苦しいぞ、悪魔め」
またローズを侮辱する声が飛んだ。
声の主はなんと、枢機卿だった。
教会において、聖女を除き二番目に偉い人物だ。
父の席から、ガタガタと大きな音がした。
あまりの事に立ち上がろうとした父を、母が全力で抑えている様子だった。
ローズは教会席の方を見もせず、よく通る声できっぱりと返した。
「第20章、第4節15条。公開尋問において、被告側は己の無実の証明を提示する権利を有する。何者も、その行為を妨げてはならない。王国法規には、そう書いてあったと私は記憶しております。違いまして?」
「む……!」
枢機卿は、真っ赤な顔で黙り込んだ。
どうだ、うちのローズは賢いだろう。
俺の胸中は誇らしい思いでいっぱいだった。
尋問長も、ローズの堂々たる態度に感心したようだった。
その声にはかすかに驚きの色が含まれていた。
「ああ、その通り。全くその通りだ。よろしい、証人は誰かね」
「ミュゲ・ヴァンドーム、ならびに、ロジェ・ヴァンドーム。この二名を、証人として申請いたします」
ローズの言葉に、周囲がこぞってこちらを振り返った。
一気に、俺の全身が緊張に包まれた。
(大丈夫、ミュゲの予定通りだ)
「両名、こちらへ」
尋問長が、俺たちへ手招きした。
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