22 / 36
第一章
第21話 公開尋問
しおりを挟む公開尋問の行われる広間は、貴族と教会関係者でみっちりと席が埋められていた。
高低差のある、丸いすり鉢状の広間に合わせ、椅子がぐるりと並べられている。
中央を縦断する通路で席は二分され、左側は貴族席、右側は教会席として区別されているようだった。
俺とミュゲは左側後方の傍聴席で、尋問が始まるのを今か今かと待ち続けていた。
広間中央には、大がかりな祭壇のような物が設けられている。
あそこに被告――ローズが立たされるのだ。
いまはまだ無人の被告席の、そのすぐ後方に、俺たちの父であるヴァンドーム侯爵が冷や汗ダラダラで座らされていた。
中央のあの宗教的な装飾は、神判を行っていた頃の名残りだと、ミュゲが俺に耳打ちした。
神判とは、神意をはかって罪の有無を確かめる方法だ。
毒を飲ませたり、火で炙ったりして、その者が奇跡的に生き残ったら無罪……というような、なんの根拠もない裁判方法だった。
しかしこの裁判方法、なんとこの国ではほんの20年前まで行われていたらしい。
そんな血生臭い場所にローズが立たされるというのは、なんとも許しがたい気分だった。
「大丈夫かな……」
胸に募る不安を、俺はつい口に出した。
――あのあと長いこと粘って、10人以上があの廊下を通った。
俺の話をマトモに聞いたのはその半分ほど。
心から同情している様子だったのは、最初のオッサンを含めせいぜい2、3人といったところだった。
「上々上々。1人でもつかまえられたならラッキーだと思ってたからね、予想以上だよ」
そうミュゲは言って肩を叩いたが、俺の心は軽くならない。
もう何度目かも分からないが、落ち着かない俺は、広間の赤い椅子の数を数えはじめた。
(1、2……)
多数決の参加権のあるものと、そうでないものは椅子の色で区別がつく。前者は赤い椅子に座り、俺たちのような後者は青い椅子だ。
貴族側の赤い椅子の数は、35。
教会側の赤い椅子の数は、15。
合わせて50人に、尋問長を足して51人だ。
形式上、尋問長は国王が務めることになっている。
が、俺にはよく分からない事情で、ほぼ毎回代理の者に委任しているそうだ。
今までは専ら大臣がその役目を担っていたようだが、例のゴタゴタで大臣職は未だ空席だ。
今回は元老院の長老が、尋問長の席で静かに机と向き合っていた。
机の上には分厚い資料と共に、あの闇の魔道具が置いてある。
「や、尋問長はマルプネル公か。しめたな」
ミュゲは指を鳴らした。
聞けば、なかなか人徳のある人物らしい。
尋問長の背後には、王族席も設けられていた。
だが、国外へ遊学中の第一王子はもちろん国王や王妃の姿もない。
……シリルも欠席のようだった。
視線の先に気付いたミュゲは、俺の頭にぽん、と手を置いた。
「ご婦人達の噂で聞いたが……シリル殿下はこの件に関わることを全面的に禁止されたらしい。陛下直々のお達しだそうだ」
俺は思わず、唇を食い縛った。
「その命に反せば、殿下は継承権どころか、王族としての地位も危うい。分かるね?」
ミュゲの問いに、口を硬く閉じたまま頷く。
とその時、鐘の音が鳴り響き、広間の喧騒はさざ波のように徐々に静かになっていった。
「それでは、公開尋問を始める」
尋問長の深みのある声は、後方の俺達の方まではっきりと聞こえた。
背後の扉が開き、騎士に先導されたローズがその場に現れた。
蒸れるからと嫌がっていたウィッグを、今回ばかりは着けている。
ずいぶんと質素なワンピース姿だったが、それでも凛と胸を張った彼女は、いつもと変わらぬ美しさだった。
すぐ後ろには、母がぴったりと付き添っている。
こちらもローズ同様、堂々とした立ち居振舞いだった。
ローズが中央へ向かう間、教会側の席を中心に、うねるようなひそひそ声があたりを埋めた。
大抵が、ローズへの非難の声だ。
(好き勝手言いやがって)
俺は、拳をぎゅっと握って手のひらに爪を立てた。
――――
ローズが中央へ到着すると、母は父の隣へ着席した。
その後尋問長が淡々と経緯を読み上げ、証人が招き入れられた。
エレーヌと、その友人の令嬢だ。
エレーヌは足を引きずり、付き添いの若い司祭へ寄りかかるようにしながら歩いている。
どこか痛みに耐えるようなその表情が、俺からしたら逆に胡散臭かった。
(とっくに完治してるくせに、よくやるよ)
ローズの時とは違って、エレーヌを気遣う声を口々に囁く教会席の有象無象を睨む。
「己の名と、宣誓を」
エレーヌらが教会席の最前列へ着いたのを確認すると、尋問長が促した。
「エレーヌ・ブロワ。この尋問の場において、決して偽りを述べることなく、真実のみを語ると、誓約いたします」
たどたどしい喋り方だ。
怯えたようにチラチラとローズを見る姿が、わざとらしい。
「では、エレーヌ・ブロワ。某日の出来事について、詳しく述べなさい」
尋問長は、事務的に続けた。
思うように同情が得られていないことを感じ取ったのか、エレーヌの眉間に苛立つような影が浮き、すぐに消えた。
「……はい。あの日、あの時、私はそこにいるローズ嬢に呼び出されました――」
エレーヌは語った。
庶民上がりのくせに目障りだと詰られた事。
宥めようとしたが、聞き入れてもらえなかった事。
ローズが、隠し持っていた魔道具を取り出した事。
その微かに歪んだ口から飛び出す嘘八百のオンパレードに、俺はうんざりした。
「彼女は何か呪文のようなものを唱えました。そして……そして、あの、恐ろしい魔物が私に…………っ」
エレーヌの声が、悲劇的に上ずった。
若い司祭が立ち上がって、落ち着かせるように彼女の肩を抱く。
「失礼、取り乱しました……魔物から逃げるため、私は手すりの向こうへ落ちてしまいました。その後の事は、何も知りません」
続けて、友人の令嬢も大体似たような事を述べた。
つまり、全てローズの仕業だ、というような内容だ。
尋問長が、手元の資料を見ながら頷いた。
「……では、ローズ・ヴァンドーム。今の彼女達の証言に間違いはないかね」
ローズは背筋を伸ばしたまま、尋問長を見据え答えた。
「ございます」
何かを考えているのか、エレーヌは顎に手をあて首をかしげている。
教会側からは、はっきりとローズを罵る声が上がった。
尋問長が腕を上げ、それを止めさせた。
「静粛に。ローズ・ヴァンドーム、今の証言に誤りがある、ということかね」
老人の声は、冷えた鉄のように無感情だ。
それに動揺することなく、ローズも淡々と返した。
「はい。私の認識と、大きく異なっております……尋問長、私からも証人を2人、お出ししてもよろしいでしょうか」
「罪人の立場で、いきなり証人だと? そんな暴挙は到底認められない。見苦しいぞ、悪魔め」
またローズを侮辱する声が飛んだ。
声の主はなんと、枢機卿だった。
教会において、聖女を除き二番目に偉い人物だ。
父の席から、ガタガタと大きな音がした。
あまりの事に立ち上がろうとした父を、母が全力で抑えている様子だった。
ローズは教会席の方を見もせず、よく通る声できっぱりと返した。
「第20章、第4節15条。公開尋問において、被告側は己の無実の証明を提示する権利を有する。何者も、その行為を妨げてはならない。王国法規には、そう書いてあったと私は記憶しております。違いまして?」
「む……!」
枢機卿は、真っ赤な顔で黙り込んだ。
どうだ、うちのローズは賢いだろう。
俺の胸中は誇らしい思いでいっぱいだった。
尋問長も、ローズの堂々たる態度に感心したようだった。
その声にはかすかに驚きの色が含まれていた。
「ああ、その通り。全くその通りだ。よろしい、証人は誰かね」
「ミュゲ・ヴァンドーム、ならびに、ロジェ・ヴァンドーム。この二名を、証人として申請いたします」
ローズの言葉に、周囲がこぞってこちらを振り返った。
一気に、俺の全身が緊張に包まれた。
(大丈夫、ミュゲの予定通りだ)
「両名、こちらへ」
尋問長が、俺たちへ手招きした。
701
お気に入りに追加
1,721
あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目
カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる