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第一章
第20話 下準備
しおりを挟むとんぼ返りに王宮へと急ぐ馬車の中で、俺はミュゲの言う、下準備とやらの計画を聞いた。
「――と、こんな流れだな。あとは臨機応変に」
喋りすぎて掠れた喉をおさえて、ミュゲは締めくくった。
「ほんとに、そんなんでうまくいくのかよ」
「うーん、だいたいは。公開尋問では、最終的に多数決で有罪か無罪かを決める。有罪になれば控訴はなく、すぐさま裁判で刑罰の選定だ。なんとも杜撰なシステムだろう?ただその穴が、僕たちの付け入る隙になるわけだね。ムエルテ帝国のような、司法のきっちりした国ではこうは行かないだろうが」
前世は司法のきっちりした国で生活をしていた俺からしたら、到底成功するとは思えない計画だったが、ミュゲは自信満々の様子だった。
「そういや、そのムエルテ帝国があるのって、海を渡った先の大陸だろ。ローズがそっちへ連絡を送ったのって、たしか1週間くらい前か……? よくこんな早く来られたよな」
俺の疑問にミュゲは得意気に答えた。
「仲良くなったムエルテの皇子が、いい足を貸してくれてね。空をびゅーん、さ。とんでもない速さだった……二度と乗りたくはないが」
「ふーん」
何となく前世での飛行機あたりを想像する。
魔道具の聖地というからには、そこまで技術が発展していてもおかしくないかもしれないな。
「乗り心地はともかく、見た目はかなり美しい。ウチの厩舎で世話させているから、帰ったら見に行くといいよ」
俺の想像図が、飛行機から羽の生えた大きな馬に変わった。それは、見てみたいかもしれない。
「それよりほら、もうすぐつくぞ。自分の持ち場は分かるな?」
――――
王宮の、人気のない廊下の曲がり角で、俺はコソコソとあたりの様子を窺っていた。
と、廊下の向こうから、一人の中年男性が歩いて来るのが見えた。身なりからして、まぁまぁ高位の貴族だ。
(んー、あれかな……)
目を凝らして、その貴族の胸元に、金のバッジが光っているのを確認する。
当たりだ。コイツは、公開尋問に出席する貴族の一人だ。
俺はミュゲから借りた目薬を両目にさし、両頬を袖で強く擦ると、間を置かずに廊下へ飛び出した。
「あ……っ」
そして、わざとよろめきながら、つるっとした頭のその貴族の前で座り込む。
「おや、どうしたんだい?」
つるつる貴族が足を止める。
俺は、目を伏せぎみにしたまま、チラリとその足元を見た。
(まだ少し、遠いな)
効果を高める為には、どうにか距離を縮めてもらわなければならない。
俺はすかさず、足を痛めたふりをした。
「うっ……」
「大丈夫かい?」
思惑通り、慌てて近づいてくる。
金の外羽根がついた革靴が、真下を向く俺の視界に入った。
「迷子かな? 君はどこの家門の……」
今だ。
俺は、先程の摩擦で赤い頬をした顔を少し上げ、目薬で潤んだ瞳を貴族へ向けた。
眉を下げ、口の周りにも少し力を入れる。
これでどこからどうみても、薄幸の美少年(のはず)だ。
さっき馬車の中で、鏡を手に、嫌になるほど練習した。
「……ヴァンドーム」
「ヴァンドーム家? ということは……」
本当に通用するのか不安だったが、貴族はぽーっと、俺を凝視したまま頬を染めた。
「ああ、そうか、妹君の……」
かかったな。
ここぞというタイミングで、俺は大きく瞬きをした。
一筋の雫が頬を伝う。それを見て貴族はたじろいだ。
「そ、そうだな、さぞ妹が心配だろうな」
こくりと頷いた。
心の中で、ミュゲの言葉を反芻する。
『いいか、公開尋問の決め手は多数決だ。お前はその美貌を生かして、多くの貴族の同情を引け』
そう、身も蓋もない言い方をすれば、片っ端から泣き落とし作戦だ。
ミュゲの方は今頃、公開尋問前に客間で一休みしているマダム達と世間話をしているところだろう。
「立てるかい? 尋問までまだ時間がある。私が控え室まで送ってあげよう」
伸ばされた手に、すがり付く。
知らないオッサンにくっつくのは鳥肌が立つが、ローズの為だ。
俺はソイツの手をぎゅっと握り、上目遣いでじっと見つめた。
「僕の妹は、どうなるのでしょう。あの子は僕と違って、将来の為に毎日努力を重ねていました」
「そ、それは……すまないが、私には」
相手の顔が、サッと青くなった。
まだだ。ここで引いてはいけない。
俺は相手が逃げないよう腕をしっかりと抑え、ミュゲに叩き込まれた口上を並べ立てた。
「道理を外した友を諌めることもありましたが、全てあの子の優しさ故の事です。美しくも不器用なあの子は、他人から誤解をされやすいのです」
俺を見下ろすつぶらな瞳が潤んでいる。
「国家転覆など謀ったとて、あの子になんの利益があるのでしょう。ローズはこの国を愛しています。僕は、それを信じている」
自力で捻り出した涙が、なんとかポロリと落ちた。
貴族が慌ててハンカチを引っ張りだし、俺へ押し付けた。
「どうか、涙を拭いてくれ……そうだね、君達兄妹のような若者が未来を潰されるのは、あってはならないことだ」
太い眉が下がっている。
俺がじっと見つめると、その貴族は目頭を抑えて手を上げた。
「ああ、そんな哀しい目で私を見ないでくれ……安心しなさいとは言えない。保証は出来ないが……尋問の内容次第では、私は君達のためにできるだけのことをしよう」
よし、まずは1人だ。
俺は拳を固く握って、小さくガッツポーズをした。
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