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第一章
第19話 兄、ミュゲ
しおりを挟む突然の悪口(本人は無自覚だ)に、口の端がピクピクと痙攣する俺を、兄のミュゲはかばりと抱き締めた。
「ああ、ローズもお前も、本当に小さくてかわいいね。今年で18歳じゃなかったか?もう成長期も終わりなのになぁ」
ぴき、と俺のこめかみに青筋が浮く。
(俺が小さいんじゃない。お前がでかいんだよ)
全力で腕を押してミュゲをひっぺがし、思い切りしかめ面をしてみせた。
「うるさい、来月には19だよ。わざわざそんな事を言うために大陸またいで帰ってきたのかよ」
ミュゲは驚いたように目を丸めた。
「おや、反抗期だったか。ずいぶんと言葉遣いが粗暴になったな」
余計なお世話だ。
俺は腕を組み、ミュゲを睨み付けた。
「怒るなよ、ただのじゃれ合いじゃないか。僕らのかわいい妹の危機と聞いてはいてもたってもいられなくてね。ローズ本人からの頼み事もあって、急いで帰ってきたんだよ。魔道具関係なら、僕が役に立つだろう?」
どうだか。俺は疑惑の視線を崩さなかった。
――この兄、ミュゲ・ヴァンドームは、名だたる侯爵家の跡取りというのに、幼い頃から魔道具の魅力に取り憑かれ、国中の珍しい魔道具を集めては分解し、新たな魔道具へ作り直すというオタク的な趣味を持っていた。
が、どうもセンスがないのか、作り出す魔道具は全て、母曰く"溶かして鍋にする方がはるかにマシ"と呼ばれる程度のポンコツ具合だった。
兄が作ったオリジナル魔道具の中で、唯一使えるものといったら、自走式ワゴンくらいか。
アレのお陰で幾ばくか使用人の負担が減ったので、主要な部屋にワゴン用の出入り口が設けられたりして、結構可愛がられている。
「あ、その顔。さては疑ってるな、ロジェ」
ムッとした顔のミュゲが、俺の額を指で弾いた。
「この2年間、僕がどこで学んできたと思っているんだ。魔道具の聖地、ムエルテ帝国だぞ。この辺境の国でちまちまと時代遅れの技術に囲まれていた以前の僕と一緒にしないでもらいたいね」
そう言って兄は胸を張ったが、俺の不安は拭えない。
正直、ミュゲがどこまで役に立つのか俺にはさっぱり予想がつかないのだ。
ゲームではヴァンドーム家に長男がいることだけちらつかされていたが、ミュゲの名は1度も出てこず、ムエルテ帝国なんて国は、存在すらしなかった。
「そう不安がるなよ。一番不安なのは、ローズ自身だ」
ずっと所在なさげに突っ立っていた執事に退がるよう指示をしたミュゲは、俺の肩に腕をまわし、低く囁いた。
「だが、あの子は強い。逆境を跳ね返すため、あの子なりに精一杯足掻いている。今回の騒動が始まった後、真っ先に僕へ連絡を寄越したのもローズだ」
「ローズが……?」
顔を上げた俺に、ミュゲは力強く頷いた。
「本当に、ローズは賢い子だよ。双子なのにどうしてこう違うのか……あ、こら、その目はやめてくれ。その生ゴミを見るような目……そういうところ、お前たちは本当にそっくりだよな」
ミュゲがやれやれと首を振る。
俺は、肩に重たく乗っかる腕を振り払い、舌を出した。
「何とでも言いなよ。俺はいまからそのローズに会いに行くから、」
「ローズはいない」
ミュゲの言葉に、踏み出そうとした足が止まった。
「いない……? どうして」
「今朝方、使いの者がやってきて、王宮へ連れていったからな。母上が付き添った。今日の夕方には公開尋問が行われる」
「公開尋問!? どういうことだよ。俺、さっきまでその王宮にいたのに聞いてないぞ……シリルも何も……」
慌てる俺を、顎に手を当てたミュゲがしげしげと眺めた。
「シリル殿下といえばロジェ、昨日なかなか大変なおクスリを盛られたんだってな」
「なっ、どこでそれを……!」
不意打ちに、俺の耳は一気に燃え上がった。
身内にその話題を振られるなんて、最悪すぎる。
「ローズを迎えに来た一団に知り合いがいたんで、ちょっとね」
「い、いまその話関係ないだろ!」
「いいや、関係あるね」
意外にも、ミュゲは真剣な目をしていた。
「ローズは国家反逆の幇助を疑われている。そんなローズの身内であるお前とシリル殿下が親密な関係であるというのは、王家にとってかなりよろしくない状況だ」
一気に血の気がさぁっ、と引くのを感じた。
自分達の行動ひとつで、周りがどういう印象を受けるかなんて、あまり考えたことがなかった。
ローズが完全に無実であるのを知っていたから、というのもあるが……浅はかな自分が、恐ろしく嫌になった。
いつかのローズの言葉が、胸に染みる。
『ロジェったら、そんな調子でこの社交界で生き抜くなんて夢のまた夢よ』
ただの疑惑、ただの噂だけで、父は元老院を追い出されてしまった。
もし、万が一、ローズの罪が確定してしまったら……
このことを、シリルは承知の上だったのだろうか?
胸のブローチが、ずん、と重みを増すような気がした。
「殿下のお立場は、今や我々と一蓮托生だ。分かるか?」
俺は声も出せずに、頷いた。
「つまり、早いうちにローズの疑惑を叩き潰さなければならない。それでいえば、今回の公開尋問は絶好のチャンスだ」
「でも、こちらの切り札がもう、ない」
俺は、エレーヌの闇魔法適性の証拠を教会に握りつぶされたことを話した。
「ふむ、聖魔法ではなく、闇魔法か……」
ミュゲは自身の下唇をつまんでぐりぐりとねじった。
思考にふけるときの、いつもの癖だ。
「面白いことに、魔力に水やら火やらの属性名をつけ区別しているのは、世界でもこの国だけなんだ。知ってるかい?」
初耳だ。俺は首を振った。
「魔力は一定の型に嵌められるものではなく、ひとりひとり違った性質を持つというのが、最近の魔法学での常識だ。――魔法だけじゃない。この国は、あらゆる面において、他の先進国へ遅れをとっている」
ミュゲが、遠くを見るように視線を上げた。
どこか寂しげな目だった。
「だがローズは違う。最初に僕へ連絡をくれたとき、これを持ってこいって言ったんだ」
ミュゲは懐から、四角い小箱のようなものを取り出した。
軽く押すと、立体パズルが展開するように、パタパタと変形していく。
やがて現れたのは、繊細で複雑な構造をした、顕微鏡のような見た目の魔道具だった。
「これはムエルテ製の最新魔道具だ。これがローズの無実を証明してくれる。本当に、よくあの子が知っていたものだ……努力家のローズの事だから、普段からあらゆる時勢に気を配っていたのだろうね」
俺はその華奢な魔道具を見つめた。
――本当に、これが証明になるのだろうか?
教会のやつらに偽証だと糾弾されたら、今度こそ打つ手なしになってしまうんじゃないか?
俺の考えを見透かしてか、ミュゲは笑って付け足した。
「もちろん、苔むした石頭たちを納得させるためには下準備が必要だ。王宮へ急ごう、ロジェ。お前にはうんと働いてもらうぞ」
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