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第一章
第18話 闇魔法と聖魔法
しおりを挟む「男爵令嬢の検査結果を、教会が偽物と言い出したんだ……今朝、君が起きる前に届けられた報告書に、そう記されていた」
硬直してアホ面を晒す俺に、シリルは苦虫を噛み潰したような顔で再度言った。
あの女とローズの立場をイーブンに持ち込んでやったぜ、とさっきまで浮かれていた俺の胃が、鉛を放り込まれたかのように落ち込んだ。
「きょ、きょーかいって、そんなに偉かったっけ……?」
一口に教会と呼んでいるが、この国の"教会"は宗教団体というよりかは、国公認の福祉機関・教育機関としての色が強い。
国から公益事業を任されている社団法人、というような立ち位置だ。
故にナントカ教、みたいな特に決まった呼称もない。
初代聖女を中心に設立された機関なので、あえて呼ぶなら聖女教、と言ったところか。
聖女は神ではないが、魔を祓う乙女というのはやはり鉄板の人気があり、聖女が教会に所属しているというだけで、市民や貴族からの寄付も増えるし公益活動に幅が出る。
それで教会は、聖女の素質のある(とされる)エレーヌを全力で囲い込んでいるのだ。
「――魔法適性の検査は魔塔が行うが、それを審査し正式に認定を下すのは教会の役目なんだ」
俺の無知っぷりを非難することもなく、シリルは優しく補足した。気遣いの塊だ。
「あの男が捏造したローズ嬢の検査結果の存在もよくなかったな。あれを引き合いに出されて、まんまと揉み消されてしまった、というところだろう」
ため息を吐いたシリルは両ひざに肘を立て、手を組んで自身の顎を乗せた。
「揉み消すったって、どちらかといえば教会も騙された側じゃないか。エレーヌは聖魔法の検査で闇魔法をつかって試験を潜り抜けたってことだろ。そんな必死になって庇う理由、が……」
言いながら、ふと思い付くことがあって、俺は口を噤んだ。
聖魔法の検査用魔道具が未だに作られていない理由、教会がエレーヌの闇魔法適性を隠そうとする理由……
「そんな、教会は……聖魔法は、いや、まさか」
考え事をそのまま口に出してしまった俺に、シリルが頷く。
「その、まさかじゃないかな……聖魔法なんて、最初から存在しなかった。きっと初代聖女も闇魔法の適性者だろう」
「それを、教会は承知の上で……?」
「ああ、そして、恐らく父上……国王陛下もご存じだ」
シリルが背中を曲げ、自身の足の間へ顔を埋める。
俺は、その背中をそっと撫でた。
一体、どのくらいの数の人間が、嘘を吐いているのだろう。
あまりの規模の話に、気が遠くなる。
それと同時に、俺の心の隅では、ちらりとある考えがよぎった。
――じゃあ、もしかしたら、ローズも聖女になれるんじゃないか……?
――――
味のしなくなった朝食を終え、俺たちは王宮の馬車へ乗り込んだ。
馬車での話題は、妹の無実をどう証明するか、だった。
時折シリルの不埒な手がこちらへ伸びる事があったが、俺がローズを手本にした目付きで睨むと、以降セクハラ行為はピタリと止んだ。
あーでもないこーでもないと意見を出しあうも、どれも現実味に欠け、とうとう結論が出ないままヴァンドームの屋敷へと到着した。
御者が門番とやり取りをする声が聞こえる。
「ロジェ、これを」
「ん?」
何か変わった事はないかと、首を伸ばして屋敷の様子を窺っていた俺に、シリルはあるものを差し出した。
「……!」
「改めて、受け取ってほしい」
それは、俺があの日突き返したブローチだった。
「僕がなぜこれを君に贈ったのか、今の君なら分かるかな」
「え、と……シリルが、俺を好き、だから」
最後の一言は、恥ずかしかったのでかなり小声で言った。
それでも聞き逃さなかったシリルは、満足げに目を伏せた。
「そう。君がなかなか僕の好意に気付いてくれないから、こういう物でも贈ったら、さすがに分かるんじゃないかと思ったんだ。まぁ、あまりにも君がかわいいことを言うから、贈る前にちょっと暴走しちゃったんだけど」
そう言って、シリルは照れたように笑った。
(ちょっと暴走て感じじゃ、なかったような……?)
あの日の、肉食獣のような瞳をしたシリルを思い出し、俺はぶるりと震えた。
俺としては、友達だと思ってたやつにいきなり襲われたのだ。あれ、なかなか怖かったんだからな。
何か仕返しがしたくなって、俺は意地悪くシリルにお願いをした。
「ね、シリルがつけてよ」
頷いたシリルが、俺の前へ屈んだ。
上着をつまんでピンを刺し、先を留める。
「これで――」
よし、と視線を上げたシリルの頬を、俺はすかさず両手で挟んだ。
形の良い頬が、むに、と軽く歪む。
「ロ……」
何事かと開きかけたその口を、自分の唇で塞いだ。
薄い唇を軽く食んで、ぺろりとなめ、すぐ離れる。
「ありがと」
シリルは唖然としている。
してやったり。俺は心の中でピースをした。
いいタイミングで馬車が止まった。
御者が降りてきて、馬車の扉を開ける。
「じゃ、また」
開いた扉からひょいと降りて、俺は背後へ手を振った。
――――
「お帰りなさいませ。ロジェ坊っちゃま」
「ただいま」
出迎えの執事に上着を預け、俺は辺りを見回した。
大臣の手下とドンパチやった、と聞いていたから屋敷の状態が不安だったが、俺が出る前と様子は変わらないようだった。
念のため、誰か怪我人は?と聞くと、執事は「誰も」と首を振った。
「アレクシス卿が、それは見事な剣さばきで。不届きものをあっという間にのしてしまいましたよ」
穏やかに告げる執事に、ほっとした俺はうんうんと頷いた。
「へぇ、アレクがねぇ……え?卿って、」
「ロジェ、ロジェじゃないか! やぁ久しぶり!」
俺の言葉を、廊下の向こうからやってきた金髪の男が遮った。
長い足を見せびらかすように、悠々と歩いてくる。
(げ、あれは……)
「嬉しいかい? 優に2年ぶりだというのに、お前は全然変わらないね。主に身長が」
まったく、余計な一言が鼻につく。
俺とローズの兄、ミュゲ・ヴァンドームが、金の瞳をらんらんと輝かせ、俺を見下ろしていた。
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