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第一章
第17話 謎
しおりを挟むいつの間にか俺は、どこか暗い小部屋にいた。
(ああ……ここは、クラブハウスだ)
大学の隅にある、2階建ての大きなプレハブ小屋。
クラブハウスの名の通り、色々なサークルの部室として使われている。
そのうちの、まだどこのサークルにも割り当てられていない空き部屋で、俺は壁を背にして立っていた。
そんな俺の反対側、部屋の入り口を背にして、誰かがこちらへゆっくりと歩いて来る。
扉の小窓からの光が逆光になって、それが誰なのかは分からない。
そして、ぶらぶらと揺れるその手には……鋭利な刃物が握られていた。
「なんで、なんで……!」
俺が……いや、前世の俺が、その人物へ震えた声を投げ掛ける。
「――――――――」
目の前の人物が、何かを言った。
それを聞いた前世の俺は、放心したように立ち尽くしてしまった。
(逃げろ、逃げろ……!)
逃げだしたいのに、動けない。
刃物を持った人物が、笑った。
鈍い銀色の光が、振り上げられる。
そして――――
――――
「ロジェ、ロジェ!」
シリルの声で、俺は目を開いた。
途端に、窓から差し込む朝日が目に染みて、思わず顔の前へ手をかざした。
目が慣れるのと同時に、俺は昨日、シリルの部屋で泊まった事を思い出した。
「起こしてすまない、あまりにうなされていたから」
言ってシリルは、ハンカチで俺の額を拭った。
そこで初めて、自分がひどく汗をかいていることに気付いた。
夜着がべちょりと肌に張り付いて気持ちが悪い。
(気持ちが悪いのは、汗のせいだけじゃないな……)
今さっき見た光景が、頭から離れない。
前世の人生に関しては、正直今まで興味がなかった。
未だに、このゲームの事以外は家族はおろか、自分の名前すら思い出せない。
普通に生きて、天寿を全うして死んだかなんかだろうな、とぼんやり想像していただけだ。
しかし、前世の俺は、何者かによって殺されていたのだ。
一体誰が、何故……
「大丈夫かい?」
シリルが気遣わしげに囁く。
優しく、だがしっかりと肩を抱く腕の温もりが、俺の心に芽生えた恐怖を解きほぐすようだった。
俺は胸を押さえた。
心臓がどくどくと、確かに脈打っている。
そうだ、前世は前世だ。
俺はいま、ここで生きている。
それで良いじゃないか。
「大丈夫だよ。怖い夢を見ただけ」
そう言って笑いかけてみたが、シリルは眉が下がったまま、納得していない様子だった。
「本当? とりあえず、水でも持ってこさせようか」
シリルがベッドの側にぶら下がった呼び鈴に手を掛けたのを見て、俺は慌てて制止した。
「本当に大丈夫だって」
「どうだか」
不毛な押し問答を続けていると、不意にグゥ、と腹の虫の音があたりに響いた。
お互いに、顔を見合わせる。
「ロジェ?」
「……俺」
シリルが問い、俺は片手を挙げた。
そして、どちらからともなく噴き出した。
「ふふ、じゃ、朝食にしようか」
すぐに呼び鈴を鳴らしたシリルは、ベッドサイドの机の上に置かれたメモ帳へ、さらさらと何かを書き付ける。
そしてすぐ横の壁を探ると、小さな隠し扉を引き下げて、壁の中へ破り取ったメモを中に放り込んだ。
何してんだろ、と興味津々に眺める俺に気付いたシリルは、肩を竦め、指を下に向けた。
「下に、使用人の待機室があるんだ」
――――
メモを放り込んで暫く経ったあと、ぞろぞろと城のメイド達がやってきて、俺とシリルを取り囲む。
「な、なに……」
謎の事態に俺が慌てていると、そのメイドの輪がせばまった……と思いきや、次の瞬間には一様に礼をしてさっさと部屋から出ていってしまった。
「え? まじで何だったの……」
わけも分からないままふと視線を下げた俺は、その光景に口をぽかんと開けた。
――俺の服が、夜着から外出着へと変わっている。
この一瞬の間に、俺の洗顔、清拭、歯磨き……つまり朝の身支度諸々が全て終えられていたのだ。
余りの早業に声もないままシリルを窺うと、当人は平然と隣の部屋の扉を開けて俺を待っていた。
「おいで、ロジェ」
ベッドルームの隣は、応接間だ。
昨日シリルが俺を抱えて通過した部屋になる。
その部屋を恐る恐る覗いて、俺は額を抑えた。
そこのローテーブルの上には、数種類のパンにサンドイッチ、魚のオムレツにソーセージ、ポットパイ、トマトのスープ……出来立ての状態の朝食が、ところ狭しと並べられていた。
一応俺だって、腐っても侯爵家の息子。
朝食の豪華さで言えばそこまでうちと変わらない。
だが、次元が違う。
シリルがあの呼び鈴を鳴らして、まだ10分も経っていない間の出来事だった。
「ここの使用人は、なんていうか……かなり優秀、だね」
「そう? ありがとう」
俺は皮肉を込めて言ったつもりだったが、シリルにはあまり通じていないようだった。
この朝食の件だけではない。
昨日のアレの後の片付けも、凄まじかった。
一緒に入ろうと抜かすシリルを締め出してひとりでシャワールームを借り、夜着に替えて部屋へ戻ると、脱ぎ散らかされた俺たちの服がきれいに洗濯済みの状態でクローゼットへ吊るされ、べちょべちょだったはずのベッドは、当然のように乾いたシーツへと換えられていたのだ。
あのベッドを見られた、と恥ずかしがる間もないままの素早さだった。
(もういいや。魔法とか使ったんだろ。どうせ)
考えるのを放棄した俺は、ローテーブルの前のソファへ座った。
昨夜は誰かさんのせいで疲れすぎて、夕飯も食べずに眠ってしまったからお腹がペコペコなのだ。
適当にパンを手に取り、ちぎって口に放り込む。
想像通りの一流の味に、空っぽの胃が喜んだ。
「おいしい?」
同じく夕飯抜きだったはずのシリルは、自分の分に手もつけずこちらをじーっと眺めている。
「……おいしい」
素直に頷くと、シリルは嬉しそうな顔で俺の頭を撫でた。
「シリルも食べなよ」
「んーあとで。今は君を見るのに忙しいから」
「う……」
この男、こっ恥ずかしいことをさらっと言う。
居たたまれなくなった俺は、咄嗟に昨日の件へ話題を変えた。
「そういえばローズの件は、どうなるの」
それを聞いて、シリルの顔が曇った。
「君の妹の件は……すまない。今は危うい立場に置かれている」
(だろうな)
俺はパンを口一杯に含みながら頷いた。
――結局、大臣やその息子その他諸々は一人残らず捕らえられ折檻されたのだが、それでローズの冤罪がめでたく晴れる、というわけではない。
こないだの件、ローズの問われた罪は2つだ。
まず、禁止魔道具の不正使用疑惑。
そして、聖女候補であるエレーヌへの傷害疑惑。
対して、今回の騒動で明らかになった大臣の悪行は、敵対国と通じて侵略を手引きしようとした国家反逆罪に、国庫の横領、恐喝、エトセトラ……そして最後に、禁止魔道具の不正輸入だ。
……そう、つまり。
「君の妹は今、大臣と共謀し、聖女を暗殺しようとした罪に問われようとしている」
つまり、ゲームのシナリオ通りに戻ってしまったのだった。
そんな妹の危機に、なぜ俺がこんなに余裕でいられるのかというと、理由がある。
カールの言っていた、闇魔法の適性に長けた"もう一人の令嬢"の存在だ。
俺の考えを知ってか知らずか、シリルはちょうど俺の聞きたかった情報を切り出した。
「実は、大臣の息子の書斎からとある書類が見つかったんだ」
「書類?」
来た。
パンを置いた俺は、そしらぬ顔でシリルを見つめた。
「ああ……ブロワ男爵令嬢の、闇魔法適性を示す検査結果だ」
ほれみろ!
俺は心のなかで勝利のガッツポーズをした。
そう、いくらローズの媒体が強力とはいっても、闇魔法の適性のある人物でないと、あの魔道具の起動は不可能だ。
もちろんローズがあれを起動するはずがないので、どうやったのかずっと不思議に思っていたのだが……俺はカールの話を聞いた時から、ほぼエレーヌの事だろうな、と予想をつけていたのだった。
ゲームでは一切言及されなかったので、今聞かされるまで不安だったが、やはりそうだったか。
もしかしたら、裏設定というやつかな。
ああ、ローズがやったと決めつけてきたあのウザメガネがこの事実を知ったら、一体どんな顔をするだろう。
口角がプルプルと震え、俺はシリルに見られないよう俯いた。
あのいけすかないおしゃれメガネがぱりんと割れる所を想像してニヤつく俺に、シリルは浮かない声のまま続けた。
「――が、教会はその検査結果を偽物と断定した」
俺の顔が、笑みを浮かべたまま凍りついた。
ギギ、とカクつきながら、首だけをシリルへ向ける。
「……なんて?」
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