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第8話 前世の記憶

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 目を開けると、俺は見知らぬ場所にいた。
 狭い部屋に、ひとりで座っている。
 
 そして俺の体は、自身の意思に反してなぜか勝手に動いていた。
 口からは、思ってもいない一人言がぽろぽろと溢れている。

 なんだか地に足がついていないような、ふわふわと漂うような感覚がした。
 
 これは夢だな、と俺は直感した。
 メイセキムとかいうやつだ。
  
 夢の中の俺は、何やら小さくて複雑な形をしたものを持って……いや、を持って、ひとりテレビに向き合っていた。

 テレビの画面には、金髪の少年の静止画が写っていた。
 前髪を長く伸ばしているせいで、少年の目元は完全に隠れてしまっている。
 
『いい加減、僕に構うのをやめなよ。鬱陶しくてしょうがない』

「うわキッツー。根暗で性格悪いって最悪だな……それにしても、今までの周回で見たことない台詞だな。もしかして、ちゃんの言ってた……」
 
 俺はぶつぶつと呟いた。
 
「えーっと、選択肢は……ははぁなるほど、罪悪感に訴える作戦か。ちょいちょいこすい手つかうよな、このヒロイン……」
 
『▼そんな冷たいこと言わないで……』 
『ああもう、そんな顔するなよ! たく、調子が狂うな……』

 明るいファンファーレと共に、好感度が5ポイント上昇する。
 俺は満足げに頷いた。

「チョロいチョロい……ん?お!きたー!」
 
 いきなり画面は暗転し、ローディングの文字が浮かんた。
 隠しイベント開始の合図だ。

 ピンクのハートフレームに彩られた画面に、再度少年が現れる。

『君は……どうして、僕なんかに構うんだ。もっと一緒にいて楽しいやつがいるだろう』

「ふーん。根暗の自覚はあるんだな……よしよし、ヒロインちゃんが自己肯定感を上げてやろう」
 
『▼私は、あなたと一緒にいるだけでも楽しい』
『……なんだよ、変なヤツ』

 画面の中の少年は照れたように頬を染め、そっぽを向いた。同時に、またファンファーレが鳴った。
 
 正解の選択肢を選んだので、隠しイベントムービーが始まる。
 現れたローディング画面に、俺はやんやと拍手を送った。
 
「いいぞいいぞ。やっぱりこれ、例の分岐イベントじゃね」

 
 
 ――画面の中の少年が、突如狼狽えたようにキョロキョロと辺りを見回す。

『な、なんだっ!? 誰だ?』 
『どうしたの?』

 ヒロインの問いには答えず、少年はそばに浮かぶ妖精の光を凝視していた。
 
『なんだって……?でも、僕に魔力なんて……いや、やるよ、やったらいいんだろ』

 1人で呟く少年。
 しぶしぶといった風に妖精へ手をかざす。
 
 すると辺りは眩く輝きだし、しばらくして光が収まると、大きく身震いした妖精からかわいらしい声が響いた。
  
『やればできるじゃない』

『妖精が、喋った?』

 ヒロインの声は驚きに満ちている。
  
『でも、妖精は意思を持たないって……』
『失礼ね。実際にお話しできているじゃない』

 光がイラついたようにユラユラと揺れた。

『そうよね……ごめんなさい』
『わかればよろしい。全く、いつまで経ってもこの子が私の呼び掛けに応えないもんだから』

 妖精が、体当たりするように少年をつついた。

『いつまで経ってもって、さっき話しかけられたばっかりなんだけど』

 つつかれた少年は、ぶすっとした声を出した。

『私はずーっと前から話しかけて続けてたのよ。あなたの精霊士としての条件が満たされて、やっとお話しできるようになったってワケ』
 
『精霊士?』
『条件?』

 ヒロインと少年が、同時に声を出した。
 精霊はくるっと宙返りするように跳んで、笑った。 
 
『ふふ、仲良しね。精霊士はまぁ、聞いたままを想像なさいな。条件っていうのは……えっと、これもあなたたちの言葉で表現するには複雑すぎるわね……んー、“愛されている自覚“が芽生えること、といったところかしら』

『愛されている自覚?』

 ヒロインが呟く。
 少年の耳が、ぽっと赤く染まった。

『あっらぁ? 気まずいこと言っちゃったかしらぁ?』
『この、クソ妖精!』

 少年が真っ赤な顔で掴みかかろうとするが、妖精はケラケラと笑って躱した。

『素材はピカイチって感じなのに、条件が満たされるまで本当に時間がかかったわ。きっと、この野暮ったい前髪のせいよね』 
『あ、おい!』

 妖精が、いきなり少年の額へと突進した。
 払い除けようとする手をヒラリと掻い潜り、その金の前髪を掴んで(ただの光の塊に腕があるのかは分からないが)ぐいっと持ち上げた。

『何すんだよ!』
 
 画面いっぱいにキラキラとしたエフェクトがかかる。
 澄んだ青の瞳が、前髪の下から覗いていた。
 
 そして、とうとう現れたその顔は……

 (俺、だ)

 この乙女ゲームの攻略対象、ロジェ・ヴァンドームが、画面に映されていた。

 
 ――――
 

 (……そうか。これは、前世の記憶だ)
  
 前世の俺がプレイしているのは、“ラ・ベル・エレーヌ“。
 何だかしゃれた名だが、所謂18禁乙女ゲームってやつだ。
 やたら手の早いイケメン攻略キャラたちと、めくるめく欲望の間で揺れ動く恋愛を楽しむ、大人の女性向けゲーム。

 当時男子大学生の俺にとって苦行以外の何物でもなかったが、長年一途に片想いをしていた幼馴染みのハナちゃんと話を合わせる為、俺はこの乙女ゲームを一生懸命プレイしていたのだった。

 日頃から3次元の男に興味はないと断言していたハナちゃんは、このゲームのとある隠しキャラに熱をあげていた。
 
 “魔王“ルドゥアールである。
 
 この隠しキャラ、ゲーム発売直後は攻略以前に登場条件がクソ面倒だとネットを騒がせていた。
 
 まず、超低確率で発生するロジェとの妖精イベントを済ませたあと、悪役令嬢断罪イベントの直後に妖精の噂話にて初めて存在が明かされる。

 好感度をマックスに上げた三人以上の攻略対象と共に神話クラスの魔物を倒し、その身から溢れ落ちた宝玉を神殿の台座へ捧げると、神話時代に眠りについた魔王が復活するのだ。

 最大の鬼門は、ロジェとの妖精イベント。
 これの発生期間が限定されている上に発生確率もかなり低い為、何周してもたどりつけないプレイヤーが続出したのだった。

 
『ローズ・ヴァンドーム。貴女を闇魔法の違法使用の容疑で逮捕する』

 俺があれこれ思い出しているうちに、テレビの画面はいつの間にか断罪イベントまで進んでいた。

 背景には嫌と言うほど見覚えがあった。
 城の中庭の、例のガゼボの前だ。
 厳しい目をしたシリルが、羅針盤のような黒い魔道具と、媒体として使われた髪の毛を手にしている。
 
 騎士に挟まれ、顔をしっかり正面にあげたまま、連行されていくローズ。
 その姿を見て、俺の心は痛んだ。

 これはゲームのストーリーだが……あの魔道具は、国家転覆を謀る大臣に唆されたローズが、エレーヌを暗殺するために使用したものだ。
 大臣は、どうやったかローズの闇魔法の適性を見抜いていたのだった。
 
 連行されたローズはこの後、大臣の陰謀を告発する。
 
 城の近衛兵はすぐさま大臣を捕らえようとするが、大臣の部屋は既にもぬけの殻。
 ついでに牢に入れられたはずのローズ・ヴァンドームも、大臣の手によって姿を消していた。

 それから時を待たずして、敵対国がおびただしい数の魔物の軍団を編成して、この国へ侵攻してくる。

 大抵のルートは、ヒロインの聖魔法が攻略対象の愛(※これは隠語である)でパワーアップし、魔物が一斉に祓われる……という結末で終わる。魔王ルートは少し違うが。

 ローズの行方は、エンディング後のアフターストーリーで明らかになる。
 
 大臣の手下によって牢から出されたローズは、敵対国へと連れて行かれた。
 そこでも騙され、強い薬で昏睡状態に陥ったローズは、魔物を操るための強力な媒体として何度もボロボロに切り刻まれる。
 アレクシスら精鋭部隊がシリルの命で救出に向かった時には、既に絶命していたのだった。

 そこまで記憶を取り戻した俺は、夢の中ながらたらり、と冷や汗をかく思いだった。
   
 (ローズが、危ない)

 俺の危機感に応じるように、夢の景色は、どんどん薄らいでいくのだった――
 

 
 
 





 

 
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