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第一章

第7話 悪役令嬢②

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 アレクシスが、床に落ちている何かを拾い上げてじっくりと検分していたが、俺はそれどころじゃなかった。
  
 とんでもない嘘つき女の発言に、内心はらわたが煮えくり返る思いだ。
 
 ローズが魔物を召喚しただと?
 あの会話を聞く限りでは、召喚したのは確実にエレーヌの方だ。
 そしてあの女がローズを嵌めようとわざと落っこちたに違いない。
 
 ただ、あんな大ケガをしても構わないほど、あの女に利益があるとは思えないが……

「ローズ・ヴァンドーム侯爵令嬢。どうかこちらへ」

 シリルの硬い声が、こちらへ投げられた。

 ローズの肩が、びくりと震える。
 俺はローズと目をあわせ頷くと、腕を差し出した。

「おいで。俺と一緒に行こう……大丈夫。誤解はすぐとけるよ」

 蒼白な顔のローズが、俺の腕に手を置いた。
 その手は微かに震えていた。
 それでも、しっかりと前を向いて歩く姿は、まさに貴族令嬢の鑑だった。

 
―――― 


 エレーヌとシリルの周りを囲うように、騎士やエレーヌの友人の令嬢たちが心配そうな顔で立ち竦んでいる。
 その手前で3人の貴族令息が、こちらを睨み付けていた。 

 俺はその3人組を見回し、こいつら全員、エレーヌと噂のあるやつらだな……と気付いた。
 
「ローズ嬢、経緯の説明を頼む」
 
 エレーヌを騎士のひとりに運ばせ、シリルが立ち上がる。
 他の騎士たちは、魔物の出現した現場を確認するため、ガゼボの階段を登っていった。
 
 ローズが口を開く前に、エレーヌ親衛隊のうちの1人、メガネの男がしゃしゃり出てきた。
 
「殿下。説明もなにも、状況を見れば明白ではないですか」

 このメガネは、エイゼンシッツ侯爵家の一人息子、クレマン・エイゼンシッツだ。
 
 シリルの同級生で、魔法の知識に造詣が深い人物として有名だ。
 なんでも、学生の身ながら既に魔塔へ出入りしており、魔法の研究にも深く携わっているとか。
 
 ちなみに、舞踏会の始めにエレーヌの左腕側にくっついていたヤツがこのクレマンだ。

 まるでローズが犯人だと決めつけたような言い方にいらっとした俺は、クレマンにくってかかった。
  
「魔物を喚んだのは、ローズじゃない! ブロワ男爵令嬢の方だ。俺はお前らが来るずっと前にこの階段の裏にいたから全部聞いてたんだよ」

 クレマンは俺を見据えると、メガネをくい、とあげた。

「ということは、エレーヌが魔物を召喚し、わざわざ自分を襲わせ、勝手にひとりで落下したと?そう言いたい訳か?」

 その通りだ。一言一句間違っていない。
 俺はぶんぶんと強く頷いた。

「そして、君はそれを止めるでもなく、コソコソと階段下で盗み聞きしていた、と」

「うっ……」
 
 痛いところを突かれた。
 だが、正直に話すしかない。
 
「そ、そうだよ。ローズを探してたらここを見つけて……会話の内容的に、ちょっと出づらかったから隠れてたんだよ。それにアレが出てきた時、なぜか動けなかったんだ」

 フン、とクレマンは鼻で笑った。

「嘘が下手すぎる。大方、身内を庇っているのだろうが――いいか、第一に、エレーヌがわざわざ体を張ってそんな自作自演をする理由がないだろう。可哀想に、あの大怪我を見たか?それにひきかえ君の妹は、エレーヌを前から疎ましく思っていたようだな」

「そんなことは、ない。ローズは無礼なあの女に貴族としての規範を教えてやろうと……」

 俺がゴニョゴニョと反論しきらないうちに、エレーヌを心配そうに見送っていた令嬢のひとりが、恐る恐る手を挙げた。
 
「わ、わたくし、ローズ嬢がエレーヌ嬢へ必要以上に厳しく接する現場を目撃いたしましたわ……!」
「わたくしも……!」

 次々と手が挙がる。
 ローズとよく一緒にいた令嬢も手を挙げた。
 ローズは微動だにしなかったが、指が白くなるほど手を握りしめていた。
 ショックを受けているのだ。
 
「おい、やめろよ。ローズの気持ちを考え、」 
「第二に、」

 クレマンは畳み掛けた。
 
「エレーヌは聖属性の魔法使いだ。つまり魔物や瘴気を祓うことは可能だが、呼び出すことは不可能なのだ。まぁ今回の魔物は、突然すぎてさすがの彼女も対処できなかったのだろう」

 クレマンは、これで決まりとでも言わんばかりだ。

「ローズだって、魔物を喚びだすことなんてできない! 俺と一緒で魔法がヘタクソなんだよ。な、ローズ」

 ローズは一瞬、ひとこと余計だと言いたげな視線を寄越したが、やがて頷いた。

「……ええ、私には適性が無いので、魔法の授業も選択しておりませんわ」

 と、その時、ガゼボの調査に向かっていた騎士が、何かを抱え飛び降りてきた。
 
「殿下!」

 アレクシスがあとに続いてこちらへやって来る。

「これが、あの場に」
 
 それは黒くて薄い、大きな羅針盤のようだった。
 表には、妙に不吉な模様が細かく刻まれている。

「これは……魔物を召喚する魔道具ではないか」

 クソメガ……クレマンが息を呑んだ。
 騎士から魔道具をぶん取り、ブツブツと呟きながらあちこちいじりまわして観察する。
 その姿に、俺は食べ物をベタベタさわって味見するハエの様子を重ね合わせた。

「闇魔法の魔道具は禁止されているのに、一体どこで……いやしかし、これを起動するには強力な闇魔法の適性がないと……ああ、なるほど、ここに媒体が仕込まれているな」

 魔道具には、効果を高める為に使用者が“媒体“を入れることがある。媒体とは、使用者の体の一部だ。
 その者の適性が、魔道具の性質に合っていればより強力な効果を発揮する。
 よく使われるのは、血液などの体液や――

「髪だ」

 呟いたクレマンの手には、輝く金の髪が1房握られていた。
 
 皆が一斉に、ローズを振り向いた。

「わ、わたくし、存じ上げませんわ……」
 
 ローズは震えながら首を振った。いっそう蒼白な顔をしている。俺は、我を忘れて叫んだ。

「俺だ!」

 もうヤケクソだった。
 これ以上ローズに辛い思いをさせるわけにはいかない。

「それは俺の髪だ! 俺がやったんだ。それを使って、闇魔法で魔物を……ローズは関係ない!」

 クレマンが、やれやれといった風に肩を竦めた。
 
「ロジェ、やめて」

 俺の裾を引くローズは、顔を歪め今にも泣きそうな顔をしている。
 ああ、どうかそんな顔をしないでくれ。
 
「闇魔法の魔道具から媒体が見つかったってことは……」
「ローズ嬢には闇魔法の適性が?」

 令嬢たちがヒソヒソと囁き合うのが聞こえる。
 エレーヌ親衛隊のひとりが、ぼそりと呟いた。

「……悪魔女め」 

 次の瞬間、俺はソイツめがけて跳ね飛んだ。
 
 侯爵家の令嬢に、なんという侮辱だろう。
 激しい怒りで、胃の中がグラグラと煮立っているようだった。 

「今、俺の妹に、何を言った」
 
 呆気にとられた様子の相手の胸ぐらを片手で掴み、反対の手は爪が食い込むほど拳をしっかり握る。

「やめなさい」
 
 限界まで引き絞った腕を、大きな手が掴んでひきとめた。
 シリルだ。

「何者も、臆測で物を言ってはいけない。そして、暴力は物事の解決に最も不適切な選択だ。――我々には目があり、口があり、耳がある。分かるかい?」

 シリルは令嬢たち一人一人に目を向け、俺の肩に手を置いた。

「しかし殿下! 妹が陥れられたのは、まぎれもない事実です! 俺がその場にいたんです! 闇魔法だなんて……」

 振り返った俺は、シリルが黙って首を振るのを見て絶望した。
 視界の端に、アレクシスの心配そうな顔がうつった。

「……ああそうか、忘れてた。……殿下は、でしたね」

 そうだった。怪我をしたのは他でもない、エレーヌだ。
 シリルがそちらの肩を持つのは、当然のように思えた。

「闇魔法が関わったからには、この件は慎重に進めなければならない」
 
 この場にいる誰もが聞き取れるよう、シリルは声を張り上げた。

「偏見は捨て、あくまで公正に」

 シリルはクレマンをじっと見据え、次にローズへ顔を向けた。

「ローズ嬢。ご協力いただけるかな」

 ローズはしっかりとシリルの目を見つめ、頷いた。
 騎士達が、ローズを取り囲む。
 
「お、おい、ローズをどこへ連れてく気だ。俺も一緒に」
「ロジェ・ヴァンドーム様」

 騎士のひとりが、俺の前に立ちはだかった。

「貴方からは別でお話をうかがいます。ご了承ください」

「い、いやだ! お前ら、ローズになんかしたら許さないからな! ローズ、ローズ! 俺が絶対なんとかしてやる!安心して待ってろ!」
  
 この場の誰より傷ついているはずのローズは、しゃんと胸を張り、気丈にも皆へ会釈をした。
 そして、騎士たちに前後左右をがっちり挟まれながら、城の方へ歩いていった。

 その凛とした立ち居振舞いが、俺の記憶の何かと重なる。

 ピキリ、と頭の奥で何かが割れるような音がした。
 
 そうだ、あの姿は……
 
「"悪役令嬢"、ローズ・ヴァンドーム……」

 脳裏に浮かんだ言葉を呟いた途端、頭が割れるような激しい頭痛が俺を襲った。

 思わず膝をついた俺に、誰かが駆け寄って声をかける。

 それが誰なのかよく分からないまま、俺はあまりの痛みにその場で意識を手放した。
 
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