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第一章

第1話 第二王子、シリル

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「よし、まずはコイツからいくか……」

 高等部へ上がって半年が経った。
 俺の手元には、この半年間全力で調べあげたローズの婿候補リストがある。

 このリストを作るために、俺は学園で評判の人物を訪ねあっちこっち飛び回り、侯爵家の権威も借りつつなんとか人脈を築いた。
 その分勉強を疎かにしてしまい、成績は中等部の頃に比べいまいち奮わないが……これも可愛い妹の為なのだ。仕方がない。
 
 成績を犠牲にした分、このリストのほとんどの人物たちとは、友としてなかなかよい関係を築けたのではないかと自負している。
 既に妹の紹介を済ませ、何度か会わせているヤツもいる。
 
 念のため、彼らとの会話の端々に、妹の良さのアピールをさりげなく忍ばせていく努力も怠らなかった。サブリミナル効果ってやつだ。
 あとは何とか機会を作って、リスト対象者と妹をいい雰囲気に…… 

「おはよう、ロジェくん。何を見ているの」

 不意に声をかけられて、俺は飛び上がった。
 前方から、クラスメイトの女生徒がやってきたところだった。
 俺は慌ててリストを折り畳んでポケットへしまいこんだ。

「ああ、君が見てもつまらないものだよ。ごきげんよう、ブロワ嬢」
「そろそろ名前で呼んでくれないと寂しいわ。エレーヌよ」

 女生徒は、両手を祈るように合わせ、首を傾けた。
 
「ええ……俺と君は、そこまで親しい仲じゃないだろ」
「そんな、冷たいこと言わないで……」

 彼女が急に瞳を潤ませながらしょんぼりと俯いたのをみて、俺は心の中でため息をついた。
  
 この娘はエレーヌ・ブロワ。ブロワ男爵家の令嬢だ。
 稀少な聖属性魔法の適性者だかで、生徒はおろか教師陣からも一目置かれている。
 何やら込み入った事情で最近まで庶民として生活していたらしく、上流階級の規律やら空気感に対しては恐ろしく鈍感である。

 この国では珍しい黒髪が印象的で、そのまっすぐな髪を腰の辺りまで伸ばし、真後ろの下の方で一つにくくって垂らしている。
 彼女の故郷の女性聖職者によく見られる、スタイルとかって言うらしい。
 
 清楚な雰囲気がたまらないと、男子に人気だとか。 
 俺はといえば、彼女は少し苦手な部類だ。
 
 こちらの様子に構わずやたらどうでもいい話を振ってきて、忙しいからと僕がつれない態度をとるといつもこうだ。
 正直、めんどくさい。

「ああ、悪かったよ。エレーヌ。これでいいかい?」

 イライラを極力隠しながら、なんとか繕った微笑みでフォローをする。
 顔を上げたエレーヌは、先程までの落ち込みが嘘のように、にっこりと笑った。

「ありがとう、嬉しい」

 両手をこちらへ伸ばしたエレーヌは、そのまま俺の手をそっと包んだ。
 俺はあまり気にしないが、貴族の礼儀に細かい妹が今の状況を見たら何て言うだろうな、という思いがチラと頭によぎった。
 男爵家から侯爵家への距離感としては少し近すぎて、捉えようによっては失礼な行いだ。

 と、その時、俺の背後から穏やかな声が聞こえた。
 同時に、誰かが自分の肩に腕をまわすのを感じた。
  
「おや、廊下の真ん中で、何の話をしているんだい?」

「シリルさま!」
 
 声をかけてきた人物を確認したエレーヌは、目を輝かせて両手を引っ込めた。

 俺は、肩にまわされた腕が重くて思わず息を吐いた。
 退けてほしい思いを込めて軽く叩くが、一層強く引き寄せられてしまう。
 首だけを動かせて抗議のまなざしを向けると、シリルは微笑みながら俺を見下ろすのみだった。

「ロジェ。今日は僕の買い物に付き合ってくれる約束じゃないか。あんまり遅いから呼びにきたんだよ」

 シリルは拗ねたように首をかしげ、蒼い髪がさらりと動いた。
 
「し、失礼しました!殿下、すぐ参りましょう」
  
 この男、シリル・アングレームはこの国の第二王子だ。
 歳は俺の2つ上。
 社会勉強のため、今年一年だけこの学園に編入しているクチである。

 ――そして何を隠そう、妹の婿候補リスト筆頭の人物だ。
 性格よし、頭脳よし、家柄は言わずもがな。
 男女問わず人気の殿下と、家柄しか取り柄のない俺が仲良くなれたのは本当に、本っ当に運が良かった。

 さて、妹の為だ。こんな事で心証を損ねてはいけない。
 改めて殿下の腕から抜け出そうともがいたところで、エレーヌが口を挟んだ。 

「殿下のお買い物って、何を買われる予定なのですか?私、とても興味があります……!」

 さすがに、女心に理解のないと評判(妹談)の俺でも何となく意味が分かった。
 この言い方は、私も連れてって、だ。

 一瞬、シリルの周りの空気が凍ったような気がした。
 
 エレーヌは気付いていないようで、何をしたいのかやたらゆっくりとした瞬きを、パチリパチリとこちらへ見せつけている。

「それは秘密。もういいかな。時間が惜しいんだ」

「え?…………はい」
  
 殿下がやけにきっぱりと断ると、エレーヌも流石に空気を読んだのか、名残惜しそうに退いた。

「行こう、ロジェ」

 シリルは俺の肩を抱いたまま促した。

 エレーヌに背を向け、廊下の角を曲がって階段を降りたあたりで、背後で何かを殴り付けるような鈍い音が、かすかに響いていた。
 
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