2 / 36
第一章
第1話 第二王子、シリル
しおりを挟む「よし、まずはコイツからいくか……」
高等部へ上がって半年が経った。
俺の手元には、この半年間全力で調べあげたローズの婿候補リストがある。
このリストを作るために、俺は学園で評判の人物を訪ねあっちこっち飛び回り、侯爵家の権威も借りつつなんとか人脈を築いた。
その分勉強を疎かにしてしまい、成績は中等部の頃に比べいまいち奮わないが……これも可愛い妹の為なのだ。仕方がない。
成績を犠牲にした分、このリストのほとんどの人物たちとは、友としてなかなかよい関係を築けたのではないかと自負している。
既に妹の紹介を済ませ、何度か会わせているヤツもいる。
念のため、彼らとの会話の端々に、妹の良さのアピールをさりげなく忍ばせていく努力も怠らなかった。サブリミナル効果ってやつだ。
あとは何とか機会を作って、リスト対象者と妹をいい雰囲気に……
「おはよう、ロジェくん。何を見ているの」
不意に声をかけられて、俺は飛び上がった。
前方から、クラスメイトの女生徒がやってきたところだった。
俺は慌ててリストを折り畳んでポケットへしまいこんだ。
「ああ、君が見てもつまらないものだよ。ごきげんよう、ブロワ嬢」
「そろそろ名前で呼んでくれないと寂しいわ。エレーヌよ」
女生徒は、両手を祈るように合わせ、首を傾けた。
「ええ……俺と君は、そこまで親しい仲じゃないだろ」
「そんな、冷たいこと言わないで……」
彼女が急に瞳を潤ませながらしょんぼりと俯いたのをみて、俺は心の中でため息をついた。
この娘はエレーヌ・ブロワ。ブロワ男爵家の令嬢だ。
稀少な聖属性魔法の適性者だかで、生徒はおろか教師陣からも一目置かれている。
何やら込み入った事情で最近まで庶民として生活していたらしく、上流階級の規律やら空気感に対しては恐ろしく鈍感である。
この国では珍しい黒髪が印象的で、そのまっすぐな髪を腰の辺りまで伸ばし、真後ろの下の方で一つにくくって垂らしている。
彼女の故郷の女性聖職者によく見られる、ミコスタイルとかって言うらしい。
清楚な雰囲気がたまらないと、男子に人気だとか。
俺はといえば、彼女は少し苦手な部類だ。
こちらの様子に構わずやたらどうでもいい話を振ってきて、忙しいからと僕がつれない態度をとるといつもこうだ。
正直、めんどくさい。
「ああ、悪かったよ。エレーヌ。これでいいかい?」
イライラを極力隠しながら、なんとか繕った微笑みでフォローをする。
顔を上げたエレーヌは、先程までの落ち込みが嘘のように、にっこりと笑った。
「ありがとう、嬉しい」
両手をこちらへ伸ばしたエレーヌは、そのまま俺の手をそっと包んだ。
俺はあまり気にしないが、貴族の礼儀に細かい妹が今の状況を見たら何て言うだろうな、という思いがチラと頭によぎった。
男爵家から侯爵家への距離感としては少し近すぎて、捉えようによっては失礼な行いだ。
と、その時、俺の背後から穏やかな声が聞こえた。
同時に、誰かが自分の肩に腕をまわすのを感じた。
「おや、廊下の真ん中で、何の話をしているんだい?」
「シリルさま!」
声をかけてきた人物を確認したエレーヌは、目を輝かせて両手を引っ込めた。
俺は、肩にまわされた腕が重くて思わず息を吐いた。
退けてほしい思いを込めて軽く叩くが、一層強く引き寄せられてしまう。
首だけを動かせて抗議のまなざしを向けると、シリルは微笑みながら俺を見下ろすのみだった。
「ロジェ。今日は僕の買い物に付き合ってくれる約束じゃないか。あんまり遅いから呼びにきたんだよ」
シリルは拗ねたように首をかしげ、蒼い髪がさらりと動いた。
「し、失礼しました!殿下、すぐ参りましょう」
この男、シリル・アングレームはこの国の第二王子だ。
歳は俺の2つ上。
社会勉強のため、今年一年だけこの学園に編入しているクチである。
――そして何を隠そう、妹の婿候補リスト筆頭の人物だ。
性格よし、頭脳よし、家柄は言わずもがな。
男女問わず人気の殿下と、家柄しか取り柄のない俺が仲良くなれたのは本当に、本っ当に運が良かった。
さて、妹の為だ。こんな事で心証を損ねてはいけない。
改めて殿下の腕から抜け出そうともがいたところで、エレーヌが口を挟んだ。
「殿下のお買い物って、何を買われる予定なのですか?私、とても興味があります……!」
さすがに、女心に理解のないと評判(妹談)の俺でも何となく意味が分かった。
この言い方は、私も連れてって、だ。
一瞬、シリルの周りの空気が凍ったような気がした。
エレーヌは気付いていないようで、何をしたいのかやたらゆっくりとした瞬きを、パチリパチリとこちらへ見せつけている。
「それは秘密。もういいかな。時間が惜しいんだ」
「え?…………はい」
殿下がやけにきっぱりと断ると、エレーヌも流石に空気を読んだのか、名残惜しそうに退いた。
「行こう、ロジェ」
シリルは俺の肩を抱いたまま促した。
エレーヌに背を向け、廊下の角を曲がって階段を降りたあたりで、背後で何かを殴り付けるような鈍い音が、かすかに響いていた。
850
お気に入りに追加
1,720
あなたにおすすめの小説

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる