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帳先輩のヒート

ポンコツαの初恋事情 42

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静かな室内には、先程と変わらず、帳の荒い呼吸が響いている。
日向は戸惑いながらも、いつの間にかベッドに座っていた帳に視線を向けた。
帳は震える手で水を飲んでいたが、彼の額には冷や汗が浮かび、唇は震えている。
「帳先輩、まだ起き上がっちゃ駄目ですよ。」
日向が優しく注意を促すが、その声には焦りが混じっていた。
数時間前、突然倒れ、苦しそうに喘いでいた帳の姿を思い出すと、胸が締め付けられ、日向は心配で仕方がなかった。
帳は無理やり笑顔を作りながら、かすれた声で気丈に振る舞う。
「だい‥‥じょうぶ‥‥。薬、効いてきたから‥‥」
その姿を見た日向は、胸の奥が酷く痛むのを感じた。
彼がどれだけ無理をしているのかが、明らかで日向の目から見ても、明らかであったらだ。
「異様に喉が渇くんだ‥‥唇がかさついて‥‥でも、僕、一人で水を飲めるまで落ち着いたよ。だから‥‥大丈夫」
帳の言葉を受け、日向は苦しげに眉を寄せると
「こんなにふらついた状態で、大丈夫なわけがないでしょ!」
と、焦りと心配が入り混じった声で帳の身体を気遣い、彼を支えようと手を伸ばした。
しかし、帳は突然強い声で
「触らないで‥‥!」
と、語気を荒げ、伸ばされた日向の手を拒絶した。
驚いた日向は、その場で固まってしまい、やがて帳の拒絶にじわじわと悲しみがこみ上げ、彼は声を震わせた。
「帳、せん‥‥ぱい‥‥‥?」
日向の表情に、帳は眉を下げ、申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。
「いっ、いきなり怒鳴って、ごめん」
「なんで、どうして、突然、触るななんて‥‥‥」
日向が困惑した様子で帳の言葉を待っていると
「日向くん。申し訳ないんだけど、暫く僕を一人にしてくれないかな。」
と、一人で帰る様促され、その言葉に、日向は胸を突かれたような痛みを感じた。
「どうして、そんな事を言うんですか。さっき、俺が帳先輩を襲いかけたからですか?」
日向は必死に声を震わせ、帳に問いかけたが、彼は力なく首を振った。
「違う、そうじゃないんだ」
「なにも違わないじゃないですか!怖い思いをさせてしまったから、それで、俺のこと、嫌いになったんでしょ?」
日向の声は大きく響かせたが、その声には恐れが強く滲んでいた。
「そんなことで、僕が君を嫌いになるわけないじゃないか!」
日向の言葉を、帳は声を荒げて否定する。
「じゃあ、どうして俺に触られるのを拒むんですか?」
日向の瞳には、悲しさから涙が滲み始める。
彼の表情に帳もまた胸元を抑え、苦しそうに言葉を絞り出した。
「このまま一緒にいたら、僕の発情期に日向くんを巻き込んでしまう」
「だからって、どうして俺を遠ざけようとするんですか。帳先輩にとって、俺はそんなに頼りない存在なんですか?」
必死に問いかける日向の瞳からは、涙がとめどなく溢れ出し、頬を伝い落ちてゆく。
日向の悲痛な表情に、帳もまた、鼻を啜りあげ、目から大粒の涙を流した。
「‥‥ヒートに当てられて‥‥日向くんが僕の項を噛んでしまったら、僕たち番関係になってしまうんだよ」
帳はしゃくりあげながら、どこか辛そうな目で日向を見つめる。
「それの何がいけないんですか?」
「何がって‥‥‥」
「そのまま帳先輩と俺が、番になれば良いだけの話じゃないですか。」
その言葉に、帳の瞳が揺れる。
「俺達の通院先の病院に電話した時に、色々な話を聞きました。帳先輩、強力な薬で発情期を抑えこんでたって、本当ですか?」
日向が詰め寄ると、帳は気まずげに視線を泳がせた。
無言を肯定と捉えた日向は、眉間に皺をよせると
「どうして、俺に隠れて身体に負担のかかる様な事をしていたんですか」
と、帳を問い詰めた。
「だって‥‥発情期が来たら‥‥みっともなく君にすがって‥‥迷惑をかけてしまいそうで‥‥‥その‥‥」
「そんなの、迷惑だなんて思いませんよ。どうして俺に相談してくれなかったんですか」
「それは‥‥その‥‥」
日向は乱暴に自身の涙を拭うと、帳の目を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「帳先輩は、そんなに俺と番になるのが嫌なんですか?」
帳は流れる涙をそのままに、唇を噛みしめ
「そんな訳ないじゃないか」
と、涙声でポツリと漏らした。
「なら、番になって下さいよ」
「日向くん‥‥それは‥‥‥」
「‥‥‥俺と番になるって、言ってください‥‥‥」
日向は涙で視界が霞むなか、鼻をすすりながら必死に懇願する。
「僕だって、君の番になりたいよ」
日向を見つめる帳の瞳もまた、とめどなく涙が溢れさせる。
「でも、駄目なんだ」
「どうして駄目なんですか?」
「だって、日向くんには僕ではない、運命の相手がいるじゃないか」
帳は深い悲しみの滲んだ声で続ける
「日向くんは、僕が君の運命の相手なの?って聞いた時、運命なんか関係なく僕の事が好きだと言ったじゃないか。僕の事、運命の相手じゃないって、否定したじゃないか!」
「それは‥‥」 
「それでも、初めは良かったんだ。日向くんに恋をしていると気付いた僕は、君の恋人になって、楽しい思い出を沢山作って、その幸せな思い出を胸に生きていこうって心に決めていた。だから、君が魂の番と出会った時は、僕は潔く身を引こうって、そう思ってたから。」
「帳先輩、ずっとそんな事を考えていたんですか」
日向は胸が痛むのをぐっと堪え、帳の次の言葉を待つ
「でも、日向くんの事を知れば知る、程強く惹かれていって、一緒に居るだけで幸せだと感じて‥‥僕の中で君の存在がどんどん大きくなっていったんだ」
「それは俺も同じです。帳先輩は、俺の全てなんですから」
日向は強く応えたが、帳の表情はより陰りを帯びてゆく。
「そうして、君がいつも僕ことを深い愛で包みこんでくれるから、それが嬉しくて、幸せで、いつしか君と一生一緒に居たいと願う様になったんだ。君の運命の相手なんて、一生現れなければ良いのにとさえ考えてしまった。僕って最低だよね」
「そっ、そんな事っ‥‥‥!」
「でも、欲張り過ぎて、バチが当たったのかな。最近は、日向くんが主役の結婚式に呼ばれて、友人代表のスピーチをする夢を見る様になったんだ。君が愛おしげに見つめる相手は僕ではない知らない人で‥‥。朝目覚めたら、あぁ、いつかこれが正夢になるんだなって思えてきて‥‥その夢を見る度に、息が出来ない程に苦しくて、辛くてどうしようもなくて、一人、枕を濡らす様になったんだ」
「帳‥先輩‥‥」
「それでも、いつか別れの日が来るその瞬間までは、日向くんの一番側に居させて欲しかったんだ。君は優しいから、僕と番関係になってしまった後に、運命の相手と巡り会ったとしても、自分の幸せよりも、僕の事を優先すると思う。でも、僕の存在が、君の幸せの妨げになるのは耐えられなくて、君の枷になりたくなくて、君とは番わないって、胸に強く誓ったんだ」
肩を震わせ、嗚咽混じりに語る帳の姿に、日向は彼の苦悩と悲しみの深さを強く感じ取った。
日向は自身が言葉足らずであった為に、帳をずっと苦しませていた事に胸が痛み、叫びだしそうになった。
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