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些細なすれ違い

ポンコツαの初恋事情 26

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「そのまま上がって良いよ」
雨で半身を濡らし、靴までぐしょぐしょの状態で日向が玄関前で戸惑っていると、帳が大きめのタオルを持ってきた。
帳は日向の髪から滴る雫を拭い、優しく丁寧な手つきで彼の肩や腕、足などの濡れた部分を拭いていく。
「全く君は、何処までも優しいんだから‥‥」
「帳‥‥先輩?」
「僕の方が、濡れてしまえば良かったのに」
切なげに顔を歪め、自虐めいた笑みを溢す帳の姿に、日向の胸がチクリと痛む。
(こんな顔、させたい訳じゃなかったのに)
いたたまれなくなった日向が、帳をそっと抱き寄せると、帳もまた、ゆっくりと日向の背中に腕をまわした。
「日向くん‥‥好き‥‥」
帳から発せられた言葉はどこか弱々しく、消え入りそうな程に小さかった。
「好きっ‥‥大好きっ‥‥こうして僕なんかに優しくするから、僕は君を、手放してあげられないんだ」
我が儘でごめん。身勝手でごめん。気持ち悪くて、ごめん。
そう言って謝罪を繰り返す帳の姿はあまりにも痛々しく、諦めを含んだ瞳は真っ黒に塗りつぶされていた。
「さよならの前に、せめて最後にキスをさせて」
そう言って重ねられた唇は、彼の涙で濡れて、塩辛かった。
「ちょっと待ってください。勝手に終わりにしないで下さいよ」
日向がそっと離れてゆく帳の腰を再び引き寄せ、強く引き留めると、彼の瞳が寂しげに揺れた。
「だって日向君、僕とキスするの、嫌がったじゃないか」
やはり同性の体が受け付けなくて、三ヶ月も放置したんでしょ?
そう続ける帳の言葉に対し、自分はそんなに自分勝手で薄情な人物だと思われていたのかと憤った日向は、大声を発した。
「もうっ、どうして帳先輩はそう先走るんですか!」
帳は驚きからビクリと肩を震わせ、恐る恐る日向の方を見つめた。
「確かに三ヶ月も放置したのは申し訳なかったと思っています。だからって、どうしてそうネガティブな発想に行き着くんですか!」
「日向くん‥‥?」
「確かにあの時、キスを拒みましたよ。でもそれは、あっ‥‥あの日の夜を思い出して、あのっ、正直に言うと、勃ってしまって‥‥衝動のままに押し倒してしまいそうになったからなんです!」
「たっ‥‥勃ったって‥‥‥僕相手に?」
日向の言葉を受けて、帳は恥ずかしさら、顔を真っ赤に染めて、片手で口元を覆った。
「そっ、そうですよ!本当は俺だってずっと、帳先輩と触れ合いたかったし、キスも、セックスもしたかった!」
日向が一気に言い切り、肩で息をしていると、帳が困惑ぎみに尋ねた。
「ちょっと待って、じゃあ、なんで‥‥」
「俺、今までお付き合いはおろか、恋愛自体したことがなくて。だから、キスをしたのも、セックスをしたのも、帳先輩が初めての、童貞たったんですよ!」
日向が半ばヤケクソ気味に叫び、だから誘い方が解らなかったのだと告白すると、帳は瞳孔すら開いているかのように大きく目を見開き、日向をじっと見つめた。
口に出した途端、日向はとてつもない恥ずかしさに襲われる。
そっと帳の様子を伺うと、日向の言葉を受け彼は息を呑んだ。
流石にないと呆れられたのか、はたまた引かれたのかと日向が不安に駆られていると、帳は綺麗な顔を真っ赤に染め、両手で口元を覆って、涙で瞳を潤ませ、身体を震わせた。
「あの、帳‥‥先輩?」
日向が戸惑いがちに声をかけると、帳は極まって涙を流した。
「なにそれ‥‥嬉し過ぎる」
(こんなに喜んでくれるなら、俺の全てをこの人に捧げたい)
帳につられ、日向は瞳を揺らしたが、それと同時に一つの疑問が彼の中で沸き起こった。
日向は勇気を振り絞り、帳に向き合うと
「あの、帳先輩はどうなんですか?」
内心では既に経験かあったらどうしよう。だが、過去の事はどうにもならない。そう思いながらも
「経験‥‥あるんですか?」
日向は、いつになく真剣な面持ちで彼に問いかけた。
すると、帳は顔を真っ赤に染めたまま、戸惑い、盛大に噛んだ。
「えっ‥‥なっ‥‥そりぇ、聞いちゃう?」
(もしかして、もしかしなくても、帳先輩も、俺と同じなのかな?)
先程の不安はどこへやら、日向の心の中で大発表前のドラムロールが鳴り響く。
日向は真意を確認すべく、帳の両肩を掴み、彼の顔を覗きこんだ。
帳はビクッと肩を揺らし、真っ赤な顔で涙目になりながら目を泳がせている。
「帳先輩、ちゃんと答えて下さい」
「あーもうっ、僕は純正の童貞だよ!こんな事、言わせないでよ」
帳の言葉に全てが腑に落ちたと同時に、日向の脳内でくす玉が割れ、色とりどりの紙風吹が舞った。
初めての夜のあの怯えようは、緊張からくるもので、そもそも男性はおろか、帳は女性とすらそういった経験がなかったのだ。
「つまりは、今の先輩は非処女童貞なんですか?」
「だから、言わないでってば!」
恥じらう帳の反応が恐あまりに可愛らしく、思わず噴き出した日向に、彼は怪訝そうな顔をした。
自分達は何を悩んでいたのだろうかとじわじわとした可笑しさに、日向の笑いは大きくなり、顔中に広がっていく。
「ちょっと、日向くん?」
ムスッと不機嫌そうに頬を膨らませた帳に対し
「ハハッ、済みません、つい」
日向が笑いながら謝罪の言葉を口にすると
「ついってなにさ」
と、帳に臍を曲げられてしまった。
「だって、同性同士であることは今時そこまで問題じゃないじゃないですか」
「日向くん‥‥」
「そもそも俺自身、初めから抵抗感もなければ、忌避感もありませんでした」
日向がそう言い切ると、帳はキョトンとした表情をした。
「つまり、どういうこと?」
帳が混乱気味に尋ねてくるものだから、その幼げな表情が愛しくて仕方がなくと
「つまり俺は、初めて会ったその日から、ありのままの帳先輩に恋し続けているって事ですよ」
日向は安心させる様に帳に告げると、再び彼を腕の中に閉じ込め、猫を吸うように彼の香りを肺一杯に吸い込んだ。
「帳先輩、お風呂場、借りても良いですか?」
あわよくばベッドになだれこんでしまおうと帳に尋ねると、その意味合いを理解した彼が
「えっと‥‥あの、あのさ。先に僕が入っても良いかな?色々準備もあるし」
と口にし、そのまま俯いてしまった。
帳のあまりに初心な様子から、やはり、そういった行為に慣れていない事が、ありありと伝わってくる。
日向もまた、初夜の時と同じ様に、緊張から口腔に溜まった唾液を、ゴクリと喉を鳴らして嚥下した。
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