ポンコツαの初恋事情

京夜灯

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美容院Acid

ポンコツαの初恋事情 10

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「日向くん、襟足長いから、ウルフにしちゃおっか」

「えっ?ウルフって何ですか?」

「あー‥‥、じゃあ、全部僕に任せてくれるかな」

日向がハサミの音と共に落ちていく髪を見て、恐怖におののいていると

「じゃあ、前髪も切るよー」

と、ダッカールを外され、おりてきた前髪の長さにに戦慄した。

(うわっ、こんなに伸びてたんだ。俺やばいな)

そんな感想を抱いていると、とうとう前髪にも鋏が入り、日向が目を瞑ると、鋏の動く音だけが聞こえてきた。

「じゃあ、ヘアカラーはいるね~」

ヘアカットが終わると、睦月はニトレル手袋をはめ、リズミカルな音を立てて薬剤をまぜていく。

初めて嗅ぐにおいに、日向は再び背筋を凍りつかせた。

(なんか、ツーンとした変なにおいがする) 

頭にどんどん冷たいクリーム状の薬剤が塗布されていく。

その冷たい感触と、髪色が変わるという未知の体験から、日向はすっかり怯えてしまった。

冷たい思いをさせられたかと思えば、今度はラップで頭を巻かれ、大仰な機械で熱を加えられ

(うぅっ、冷たいやら熱いやら、俺、今どうなってんだろう‥‥‥助けて、帳先輩!)

日向は帳に縋りつきたい気持ちでいっぱいになり、涙を滲ませた。

日向がひたすら堪え忍んでいると、タイマーの音が鳴り、シャンプーユニットへと再び案内された。

そして、咲夜の頭皮マッサージの様なシャンプーに癒され、日向はようやく全てのしがらみから解放された安堵のもと、ドライヤーを当てられ、髪を乾かされた。

「このままでも充分なんだけど、どうせならより格好良く仕上げたいなぁ。日向くん、ワックスって使った事ある?」

睦月の問いかけに、美容師二人に感情を弄ばれ、疲れきった日向は、か細い声で声で、「ないです」と答えた。

「疲れさせちゃってごめんね。でも、ワックスの使い方をここで勉強していけば、日向くんはもっと格好良くなれるよ」

(う~ん、帳先輩に恋愛対象として意識して貰いたいし、格好良くなりたい。でも、ホストみたいな髪型にされて、悪目立ちしたらどうしよう)

日向は期待と不安の入り交じるなか、真っ直ぐに鏡を見つめ、されるがままになっていた。

だが、日向の不安を消し去る様に、鏡越しに映る睦月の細くて長い指は、しなやかな動きで日向の髪を整え、垢抜けさせていった。

(凄い‥‥鏡に映っているのは本当に俺なのかって思う位に爽やかになった。髪型ひとつでこうも印象が変わるんだ)

感動の大きさから日向が言葉を失っていると

「お礼の言葉とかないの~?」

と、睦月がおちゃらけた声で日向に話しかけた。

その声に、ハッと我にかえった日向は、ようやく感謝の言葉を口にする。

「あっ、有り難うございます。俺、まるで別人みたいに見違えって‥‥す、凄いですね、感動しました!」

「ま、カリスマ美容師ですからぁ~?」

ふざけ混じりに返された睦月の言葉に
「あははっ、それ、自分で言いますか?」

日向は声を出して笑い、二人の様子を見ていた咲哉もまた、楽しそうに微笑んだ。

最後にケープを外され、日向が立ち上がろうとした、その時

「あっ、日向くん、終わったの?」

先程まで眠っていた帳が目を擦りながらゆっくりとソファから起き上がり、日向の方へと歩いてきた。

「わぁ、その髪型も髪色も、ぜーんぶ似合ってるよ!」

「そっ、そうですか‥‥ね‥‥?」

「うん、髪型が整った分、顔立ちもハッキリ見える様になって、今の君、すっごく格好良いよ!」

(わわわわわっ!帳先輩に褒めて貰えた!格好良いって、言って貰えた!嬉しいなぁ。母さん、俺を産んでくれて有り難うっっっ!!)

「あとは日向くんの手足の長さ引き出したいなぁ。日向くん、よそ行きの服はどんな物があるの?」

帳が声を弾ませて、そう尋ねると、日向は気まずげに頬を掻いた。

「ジャージと、今着ている服とか、昔買ったTシャツとか、リクルートスーツ位しかないです」

「えっ、それだけ?」

帳に尋ねられ、日向が自身の服装を省みると、焦げ茶色に何犬かも分からない犬がでかでかとプリントされていた。

帳が驚きに満ちた表情で日向を見つめると

「はい、友達も少ないですし、基本、人と外出することがないので、こんなのしか持ってないです」

日向は寂し過ぎる告白をして苦笑いをした。

(帳先輩、引いちゃったかなぁ‥‥‥)

好きな人に格好悪いところを見せてしまったと、日向がガックリと項垂れていると

「日向くんさえ良ければ、僕と一緒に服を買いに行こうよ。古着とか抵抗がなければ僕の行きつけのお店、紹介するよ」

と、帳が明るい声で提案した。

「こんな格好悪い俺でも良いんですか?」

日向がゆっくりと顔をあげると

「古着屋さんなら、日向くんはなにも気負わず普段着で入れると思うんだけど、どうかな?」

と、帳がニッコリと微笑んだ。

(あー、もう、この気遣いが堪らなく嬉しい!俺の天使!!やっぱり俺には帳先輩しかいないっ!!!)

日向が帳の事を心の中で崇め祭っていると

「勿論!こんな男前と歩けるなんて、僕は世界一の幸せ者だなぁって思うよ」

帳にストレートに褒められ、ボッと日向の顔が赤くなる。

「そっ、それは俺の台詞ですよ。帳先輩のような綺麗な人と一緒に歩けるなんて‥‥俺のほうが、世界一の幸せ者ですよ!」

「あ、ありがとう」

「あー、帳先輩との買い物デート、楽しみだなぁ」

その言葉に驚いた帳は

「デッ、デートだなんて、日向くん、いくらなんでも僕をからかいすぎだよ」 

と、頬を朱色に染めて、慌てふためいた。

「帳先輩、今度の土曜日と日曜日なら、どっちが都合が良いですか?」

「えっ‥‥と‥‥」

「俺は、1日でも早い方が良いので、土曜日は空いていますか?」

「うん。」

「当日は何処で待ち合わせしましょうか?」

「ちょっと待ってね」

「何時に待ち合わせしましょうか?」

「日向くん、落ち着いて!」

日向は矢継ぎ早に尋ねると、帳に期待の眼差しを向けた。

「えっと‥‥‥じゃあ、土曜日で」

「よっしゃー!!」 

日向が思わずガッツポーズをすると

「日向くん、今日はやけにテンション高いねぇ」

と、帳は眉毛をハの字に曲げながら笑った。

「帳くん、日向くんまたねー」 

「またのご来店お待ち致しております」

会計を済ませると、二人の店員に見送られ、日向と帳は美容院を後にした。

「夜は物騒なので、家まで送ります。

というか、送らせて下さい!」

「えぇっ、僕、男だし大丈夫だよ?」

「いいえ、帳先輩は可愛らしいから、俺、心配で心配で‥‥‥お願いですから、家まで送らせて下さい!」

もう少し、帳と一緒に居たい気持ちと、帳が不審者に襲われたらどうしようという不安から、日向が懇願すると

「可愛いって‥‥でも、有り難う。日向くんは頼もしいなぁ」

帳がさりげなく日向を立て、楽しそうに鼻歌を歌いながら、買い物袋を揺らして日向の隣を歩き出した。

「帳先輩、上機嫌ですね」

「トリートメントして貰ったからねー」

その言葉の通り、髪も嬉しそうに街灯の光を反射していた。

日向がフワフワとした帳の姿を眺めていると

「うわっ!」

という声と共に何かにつまずいた帳が、日向の方へ倒れこみ、日向はとっさに帳を胸に抱きとめた。

帳の項からは変わらず日向の大好きな香りがしており

(あぁ、やっぱり帳先輩の香り、たまらないなぁ)

帳の香りに酔いしれた日向が、彼の首スンスンと鼻をならして嗅いだかと思うと、鼻息を荒げて彼の首筋に顔を埋めた。

「日向くん、シャンプーの匂いが良いのはわかるけど、ちょっと怖いよっ!」

帳が本気の抵抗を見せたので、日向は謝罪の言葉を口にし、パッと彼の身体を解放した。

「あっ、すっ、済みません、つい」

「ついって何さっ!?」

帳は首筋を隠す様に手を当てたが、運命の相手の匂いを嗅いで酩酊状態に陥った日向は

「楽しいというか‥‥心地が良くて‥‥幸せな気持ちになります」 

と、帳の顔色も伺わず、素直な感想を口にした。

それには流石の帳も「うわぁ‥‥‥」と顔を引きつらせた。

「あっ、ごっ、誤解なんです。俺はその‥‥下心は‥‥無いといえば嘘になるんですが‥‥あの、えっと‥‥とにかく帳先輩の匂いを嗅ぎたくて堪らなくなっただけで‥‥俺、帳先輩以外の人にはこんな事しないので、安心して下さい!」

と弁明の為に日向が発した言葉は、帳にとって全く安心出来るものではなかった。

だが、それよりも互いの顔の近さに気付いた二人は

「「うわーーーっ!!!」」

と、顔を真っ赤にして叫び声をあげ、ようやく距離を離した。

日向が耳まで赤く染めて俯いていると、帳がぷっ、と笑い声を漏らす。

「あははっ、日向くんと一緒に居ると、色んな事が起こって楽しいなぁ」

「俺、帳先輩にそんな風に言って貰えて嬉しいです。これからも匂いは嗅ぐかもしれませんが、宜しくお願いします。」

帳の言葉に感極まった日向は、再び帳に抱きつくと、彼の首筋に顔を埋めた。

「もー、日向くんっ!だめだって、あっ、もう、そこ、くっ、くすぐったいってばぁ」

帳は口では窘めつつも、どこか楽しげに笑い、日向もまた、帳の優しさに甘え、大型犬の様にじゃれつき、楽しそうに微笑んだ。

そうして笑いあっていた二人であったが、これ以上遅くなりすぎると日向の終電がなくなるんじゃないかと帳に気遣われ、日向は名残惜しげに帳から身体を離すと、仲良く並んで歩きはじめた。

そうこうしているうちに、帳の住むマンションのロビーへと到着し、彼は日向に対して

「日向くん、送ってくれて有り難う。じゃあ、また明日職場でね」 

と、笑顔でお礼の言葉を口にし、手を振りながら、エレベーターへと乗り込んだ。

帳を無事マンションまで送り届けた日向は

(帳先輩の家、きっと綺麗に整頓されてるんだろうなぁ。早くおうちデートまでこぎつけて、TVを観ながらいっぱいイチャイチャして、夜は寄り添う様に同じ布団で眠りたいなぁ。そのうち、互いの家を行き来する間柄になって、お揃いのカップと色違いの歯ブラシを洗面所に並べて‥‥朝は帳先輩より早く起きて、エッグトーストを作って、温かいミルクティーをいれて、一緒に食事を食べるんだ。それでそれで、周囲から『まるで新婚さんみたいでいいな』って羨ましがられて‥‥それから、ぐっ、ぐふふっ)

と、妄想をを膨らませ、冷たい夜風も気にせず、端からみたら不審者に見えるであろうニチャァッとした笑みを浮かべながら歩き、電車に乗りこみ、帰路についた。
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