ポンコツαの初恋事情

京夜灯

文字の大きさ
上 下
5 / 49
ポンコツαの初恋

ポンコツαの初恋事情 5

しおりを挟む
日向が病室のドアをそっと開けると、椅子に座っていた帳が日向に向かい、慌てて駆け寄った。

「日向くん、大丈夫? 目が赤いよ? 何があったの!?」

「あ、あの、検査の結果、身体的な異常は見られませんでした」

それを聞いた帳は「良かったぁ」胸を撫で下ろした。

「だけど……」

「だけど、ってことは、なにか他に問題があったの?」

帳の表情が安堵から動揺へと変わる。

日向は瞳を潤ませしゃくりあげた。

「俺、実は、第二の性がαだったんです!過去にβだって診断を受けていたのに、突然そんな事を告げられて俺、俺っ……!」

「日向くん……」

「俺、今日初めて運命の人の香りを嗅いで、ラット状態に陥って、倒れたらしくて、うぅっ……」

涙を流しながらその場にへたりこんだ日向ね身体を帳が包み込む様に抱き締める。

「うん、いきなりそんな事言われたら、戸惑っちゃうよね。僕も初めて第二の性別がΩだと告げられた時は、君と同じで、すぐには受け入れられなかったから」

「帳……先輩」

日向が涙を流しているのは、歓喜にうち震えての事なのだが、帳は日向を気遣う様に、更に包容を強めた。

(あれ、この状況……もしかしてこれって役得なのでは)

日向の邪な思考に気付くことなく、帳はゆっくりと言葉を続ける。

「でも大丈夫。運命の相手の香りを感じ取ったなら、その人はきっと近くにいる筈だよ」

「はい……」

「あの辺りは人通りも多いし、エレベーターも沢山の人が利用するから、すぐに相手を特定するのは難しいかも知れないけど、きっと大丈夫だから、ね?」

そう言うと、帳は日向の背中を優しく何度も何度も撫でさする。

日向は嬉しさのあまり、帳を抱きしめ返し、彼の首に顔を埋めて深呼吸をしている様に見せかけて、とろけるような芳香で肺を満たした。

(あぁ、やっぱり良い香りがする。しかも、美人の包容なんて、最高じゃないか)

そうして一通り帳の香りとぬくもりを堪能した日向が顔を上げると、慈しみ深く微笑む帳と目があった。

「少しは落ち着いたかな?」

「はいっ、うっ、あっ、有り難うございますぅっ……」

「それなら良かった。僕はこのまま仕事に戻るけど、日向くんは今日、明日と二日は休むようにって、武元部長から連絡があったんだ」

「そう、なん‥‥ですね‥‥‥」

「今日は色々あって疲れただろうから、ゆっくり休んでね」

優しく告げて、立ち上がろうとした帳の手を日向はぐんと強く引くと、涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を上げ

「帳先輩、お礼とか……色々あるので、電話番号と通話アプリのID、教えて下さい…」

と、彼に対して懇願した。

そんな情けない日向の様子を気にする事なく、帳はニコリと微笑むと、自身の携帯電話を取り出した。

「もちろんいいよ。日向くんのも教えてねっ!」

そうして互いの連絡先を交換し終えると

「日向くん、お大事にね」

帳は手を振り、今度こそ部屋を出ていった。

彼が完全に立ち去ったのを見計らうと

(あーーーっ!好きっ、すきっ、だいすきぃぃぃっ!!!)

日向は心の中で叫びながら、ベッドの上をゴロゴロと転がり、枕に顔を埋めた。

そうして日向が発狂していると、ピロンッとメッセージアプリの通知音が鳴り、携帯を覗き込むと、『差出人:望月帳』と、今しがた登録したばかりの人物の名前が表示されていた。

日向はう~っ、と呻き声をあげ、再びベッド内を転げまわると鼻息荒く、メッセージを開いた。

『日向くん、今日は本当に有り難う。初対面なのに、馴れ馴れし過ぎたかな?でも、今日君と話せて楽しかったよ。次に会社で会えるのを楽しみにしてるね』

(うわあぁぁぁぁぁっっっ!嬉しい!嬉しすぎる!!)

日向は口元をへにゃりと緩ませ、帳の声を思い出し、メッセージの内容を脳内再生し続けた。

暫く悶絶していた日向であったが、徐々に落ち着きを取り戻すと、帳に返信をしようと携帯に向き直った。

どうでも良い相手や、余程親しい間柄の相手であれば、数分で打ち終わる文章が、相手が帳であるというだけで緊張してしまい、メッセージを打ち終わるのに、普段の何倍も時間がかかってしまった。

『こちらこそ、本日は目の前でいきなり倒れてしまい、申し訳ありませんでした。また、病室にまで付き添っていただき、有り難うございます。俺も帳先輩と話していると、凄く楽しいです。次にお会いした際は、もっと沢山お話出来ると嬉しいです』

日向が今日のお礼を述べつつ、好意を乗せて送ったメッセージは、普段のものに比べ、長いものとなった。

自分の気持ちをすべて伝えるならば、通話した方が良いのではとさえ思ったが、仕事中にそれは迷惑になると考え、いつでも気楽に読んでもらえる様にと、送信ボタンを押した。

だが、流石に出会ったばかりの相手にぐいぐい行き過ぎた自覚はあり

(何をやっているんだ俺は……。引かれてしまっていたらどうしよう)

と不安で頭がいっぱいになり、脳内で一人反省会を開いていると、ピロンッと携帯の音が鳴り、日向は前のめりになりながら、携帯に触れるが早いか、受信したメッセージを開いた。

『早速の返信、ありがとう。日向くんにそう言って貰えると嬉しいな。また何か困った事や、相談事があれば、いつでも連絡してね。今日は心も身体も疲れているだろうから、ゆっくり休んでね』

(っっっ!この気配りが行き届いたメッセージは神がかってる)

帳のメッセージは、あまり会話を長引かせずに、なおかつ次につなげやすい様に切り上げられており、帳のささやかな気遣いを感じとった日向は、そういう所は社会人だなぁと深く感心させられた。

「だめだ。帳先輩の事を、知れば知る程好きになってしまう」

日向は甘酸っぱい気持ちを抱えて病院を後にすると、タクシーで自身の住むマンションへと帰宅した。

マンションに到着し、部屋に入るなり彼はスーツを適当に脱ぎ捨てると、ジャージへと着替え、寝室へと向かった。

そのまま日向の身長に合わせたダブルベッドへ背中から倒れ込むと、ギシリとスプリングが軋む音が耳に響いた。

日向ははぁっ、と大きく息を吐くと、今日体験した怒涛の様な出来事に疲れはて、自宅に帰ってきた安心感と脱力感からゆっくりと目を閉じ、やがて深い眠りへと落ちていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

溺愛オメガバース

暁 紅蓮
BL
Ωである呉羽皐月(クレハサツキ)と‪α‬である新垣翔(アラガキショウ)の運命の番の出会い物語。 高校1年入学式の時に運命の番である翔と目が合い、発情してしまう。それから番となり、‪α‬である翔はΩの皐月を溺愛していく。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

いつの間にか後輩に外堀を埋められていました

BL
2×××年。同性婚が認められて10年が経った現在。 後輩からいきなりプロポーズをされて....? あれ、俺たち付き合ってなかったよね? わんこ(を装った狼)イケメン×お人よし無自覚美人 続編更新中! 結婚して五年後のお話です。 妊娠、出産、育児。たくさん悩んでぶつかって、成長していく様子を見届けていただけたらと思います!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

処理中です...