1 / 1
1.砂の星のひかり
1.溺れる、うまれる
しおりを挟む彼女の貝の髪飾りは、光を詳細に反射させていて、それは僕に懐かしい音楽の優しいコード進行を連想させた。
殺人的な寒風の吹く1月、学校へ続く道の脇にけもの道を見つけた。僕は好奇心の赴くままその道を辿って奥地へと踏み入った。
ずいぶんと長く歩いた。授業はもう4時限目にさしかかっただろうか。
僕は昔から、ものごとを台無しにしたいという欲動を抱えていた。過剰な断捨離、やりこんだゲームやSNSアカウントの削除、すべての連絡先の遮断、これらはすべて衝動的に、突発的に起こってしまう。そして今、卒業間近の僕は高校三年間の無遅刻無欠席を台無しにした。これは破壊衝動なのか破滅願望なのか、僕にはよくわからなかった。
歩きづらいけもの道をかき分けながらなお進むと、大きな谷にあたった。大きいとは言っても、山岳大国日本では、特別珍しいというものでもない。谷底まで10メートル、いや15メートルはあるだろうか、引き返そうかと思ったが、沢に沿って下った先に吊り橋を見つけた。立派な橋だが、年季を感じさせるカビ臭さを漂わせていた。せっかくここまで来たのだからせめて、眺めのいい尾根まで登ってみようと思い、橋を渡ることにした。立派な尾根がその前後の植物相を変え、赤や黄色の花が風に揺れる景色を想像して僕はわくわくした。
僕は溺れた。比喩ではなく。不幸なことに、老朽化した吊り橋ごと15メートルの高さから落下して、渓流に飲まれたのだ。体は急速に冷やされ、激しい流れにかき回されてどちらが上なのかもわからない。水が肺を満たす感触がリアルに感じられる。脳が警鐘を鳴らしているが、もう助からないことは僕にも理解できた。落下の衝撃で手足もまともに動かないからだ。色々な人の顔が網膜に投射されたと思うと、すさまじい速度で僕の後方へと駆け抜けていった。
「これが走馬灯?」と僕は言った。
「走馬灯?」と誰かが言った。
気がつくと僕はどこかに横たわっていて、視界は青空で満ちていた。
「随分、うなされていたね。誰でも死の間際の顔は恐怖で歪むものだが、君の顔はそれがあまりにも・・・ぬふっ、顕著なものだから。」
声の方を見るとそこには少女が一人、立っていた。ぬふっ、と笑う少女の髪には、貝の髪飾りが付いていた。
僕は体を起こして周りを見渡してみる。天井に穴の空いたドーム状の部屋だ。砂か木粉のような素材だけで作られているのか、部屋の印象としては色彩に欠けているように思えた。それに日差しが強く、暑い。(どうして天井が無いんだ?)。
僕は少女に声をかけた。
「あなたは誰ですか?それに、ここは?」
僕はまず自分の声に驚いた。僕の声じゃなかったからだ。
「僕の声じゃない!?」
それによく見れば、僕の体は僕の体ではなかった。少女に尋ねる。
「何が起きてるんです?僕は・・・僕は死んだのでしょうか?」
頭の中はパニックだ。
「ぬふっ、落ち着くんだな。一度に複数の質問をするな。」
少女はニヤニヤと笑いながら言った。
「体は思い通りに動くか?同期はうまくいったはずだが。」
「あそこまで歩いてみてくれ。鏡がある。」
言われた通りに歩く。色々なことが起こりすぎて頭がどうにかなりそうだが、だからこそまずは目の前のやれることをやっていくしかないように思えた。
「体は動くけど、少し違和感があります。」
僕は鏡の前まで歩いた。鏡には少女が2人うつっていた。
「・・・2人?」
もうひとりの少女は僕だった。
「ぬっふふふ、驚いたか?どうやら上手くいったようだ!」
彼女はそう言った、と思う。僕は驚きすぎて、彼女の言葉を上手く聞き取れなかった。
僕は呆然としながら、もう一度空を見てみることにした。
今まで見たどんな空よりも荘厳で、超然とした青空だった。
雲の足跡も、匂いも残っていなかった。
「新しい体はどうだ?ん?」
「ぬふっ」
ぬふっ、と彼女は笑っていた。
「私の名前はカルキシュネ。」
「カルキと呼んでくれればいい。」
「僕は、僕の名前はハル。」
光が僕たちを包んでいた。
彼女の貝の髪飾りは、光を詳細に反射させていて、それは僕に懐かしい音楽の優しいコード進行を連想させた。
1
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

日本国宇宙軍士官 天海渡
葉山宗次郎
SF
人類が超光速航法技術により太陽系外へ飛び出したが、国家の壁を排除することが出来なかった二三世紀。
第三次大戦、宇宙開発競争など諸般の事情により自衛隊が自衛軍、国防軍を経て宇宙軍を日本は創設した。
その宇宙軍士官となるべく、天海渡は士官候補生として訓練をしていた。
候補生家庭の最終段階として、練習艦にのり遠洋航海に出て目的地の七曜星系へ到達したが
若き士官候補生を描くSF青春物語、開幕。


【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


大きな町で小さな喫茶店を趣味で営む水系最強超能力者ツカサさんの経営戦略!!以前所属していた組織の残党から能力を狙われていますが問題ありません
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
SF
ここはビッグスターシティ
世界でも最高の立地条件と物資の補給が充実しているこの大都市は全世界の中心と言えるほどの経済成長を遂げていた。
もともと目を見張るほどの経済成長を遂げていたこの町は成長に伴いここ数年で株価が更に急上昇した為、この辺りの土地価値は一気に1000倍程に膨れ上がった。
そんな価値あり土地15歳の少女が1人喫茶店を開く。
なかなか人通りの多い通りを拠点にできたのでそこそこの収入がある。
ただし、彼女は普通の喫茶店のマスターではない。
超能力者である。
秘密結社の秘密兵器である彼女はそれを周囲の人間達に秘密にして生きていく。

戦国記 因幡に転移した男
山根丸
SF
今作は、歴史上の人物が登場したりしなかったり、あるいは登場年数がはやかったりおそかったり、食文化が違ったり、言語が違ったりします。つまりは全然史実にのっとっていません。歴史に詳しい方は歯がゆく思われることも多いかと存じます。そんなときは「異世界の話だからしょうがないな。」と受け止めていただけると幸いです。
カクヨムにも載せていますが、内容は同じものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる