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battle38…夜空に咲く、花
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宿に戻り入る直前に二人はどちらかともなく手を離した。取り合えず三人の使っていた部屋へと向かっていく。
「ただいまぁ!…って…誰も帰ってない?」
「みたいだな」
「……三蔵?」
「なんだ」
「……今日はありがとうね?お散歩付き合ってくれて」
「…それで?」
「え?」
「そんな事じゃねぇだろ、言いたいのは」
「…?これだよ?」
「…なら俺の思い過ごしか…?」
そう呟いた三蔵。しかし雅は本当は違うことを言いたかったのを三蔵に見透かされた様でごまかしてしまった。
「三蔵」
「…なんだ」
そのまま答える事無く背中からきゅっと巻き付いた雅。
「三蔵疲れてるだろうから…十秒でいい…」
「フン…それなら…こっちのがいいだろうが…」
そう言うとくるりと体の向きを変えて三蔵はそっと雅を抱き締めた。
「…三蔵の心臓の音…落ち着く…」
「…そうか」
「……ありがと」
そういって離れようとする雅。しかし三蔵が離してくれなかった。
「三蔵?」
「今のはお前の分の十秒だろうが…ならあとは俺の分の十秒貰ってもいいだろうが」
「……三蔵…」
そう言いながらきゅっと抱き締めた腕は離れなかった。ぽんっと頭を撫でるとそっと体を離す三蔵。
「そろそろあいつらが戻ってくる…」
「クス…」
そうしてそっと離れて時期に悟空と八戒は戻ってきた。
「ただいまぁ!!」
「おかえりなさい!八戒、今日はごめんね?お買い物……」
「いえ、いいんですよ、たまに三蔵と二人というのも楽しかったですか?」
「うん!街の広場にお散歩行ってきた!」
「そうですか、それは何より」
「片付けは手伝うね!」
そういって八戒の手伝いを始める雅。荷物に缶詰や買ってきた食料、備品を詰めていく。
「あれ…?」
そう、雅は一つの荷物に手が止まる。
「…どうかしましたか?あ…それ」
「これ…誰の?」
「貸してください?雅」
そういって八戒は雅からその荷物を受けとると三蔵の前に歩みよった。
「…なんだ?」
「これ、三蔵に」
「俺は何も頼んじゃいねぇはずだが?」
「えぇ、これは僕と悟空からのいつものお礼ですよ。受け取ってください?」
「……なんだこれは」
そう言いながらも袋の中を見た三蔵。中には、白シャツに白いTシャツ、それに黒の上着と細身のデニムが入っていた。
「で…?これをどうしろと?」
「今回みたいにまだ妖怪に襲われていない街や村だってこれから先たまにあると思うんです。その時に雅と出掛ける時には、そういう服だって悪くないと思うんですよ。」
「……」
「いきなりいろんな色やデザインだと、三蔵絶対着ないでしょうから。シンプルにしてみました。」
「……八戒、それって…」
「私服とでも言いましょうか?法衣ばっかりだと雅に飽きられちゃいますよ?」
「そんな……私そんなことは…」
「まぁ雅、黙ってろって」
悟空に小さく耳打ちされた雅。三蔵の返事をただずっと待っていた。
「……ハァア……」
「どうです?三蔵」
「…そんなに着ねえからな」
「いいんですよ、たまにで。」
「…三蔵、着るの?」
「俺が着たら不満か?」
「そんなこと無い!!着てるのみたい!!」
「……フン…」
そう返事しながらも、紙袋の口を元の様に折り畳み、脇に置いた三蔵。
「なぁなぁ!せっかくなんだからさ!明日、三蔵それ着て出掛けようぜ!」
「悟空?明日にはこの街出る予定なんですが…」
「そっか……でもまぁ、!いつでも見れるよな!」
「そうですよ、楽しみが増えましたね、雅」
「ん!!楽しみ!」
そう話していた。しかし、その時は意外と早く来た。
夕食の時、もう薄暗くなってきているにも関わらず、まだ外はざわざわとしている。宿で夕食をしていた四人は外の様子を気にしていた。
「何だか外騒がしいね…」
「何でしょうか」
「おや、旅の方。知っていてこのタイミングでいらしたのでは?」
「何かあるんですか?」
「この街の花火大会の日なんです。今夜。なので皆楽しみにしているんですよ?」
「花火……?って何?」
「火薬を玉に詰めて、打ち上げるんです。諸説あるのですが、赤や黄色などの色が夜空に花の様に広がるので花火、というらしいですよ?」
「へぇぇ、俺見てみたい!!」
「私も!」
「なぁ三蔵!」
「…チッ…おい八戒、お前も来い」
「いいんですか?」
「悟浄が居ないんだ。俺一人で二人は面倒見きれん」
「…なるほど、そう言うことですか」
「そう言えば、悟浄は?」
「…知らん」
「きっと、今日見た店員さんと……」
そう言うと悟空はキスの真似事をした。
「……そっか…!」
「だろうね」
「…フン…」
そう言っていた。
・・……その頃の悟浄……・・
悟空の予想通りに昼間の休憩の時に入った店の店員と一緒にいた。戯事を済ませ、悟浄は裸のまま、女性は軽く服を着て、ベッドの上にいた。
「悟浄さん……」
「ん?どうかした?」
「私…悟浄さんと一緒にいたい…」
「あーー、ごめん、明日にはこの街出る」
「え…どうして?」
「んー…ま、野暮用?」
「大事なこと?」
「まぁ、な」
「私…悟浄さんと一緒にずっといたいって思ってる…どうしてもだめ?…何でもするよ?身の回りとか食事とかも…!」
「あ、そう言うの……ごめん」
そう言いながら、ふぅっとたばこをふかした悟浄。しかし、女性は諦めないと言わんばかりにたばこを奪い取りそっと唇を重ねようとした。
「唇はだぁめだって」
「どうして?」
「……どうしてだろうねぇ」
「昼間一緒にいたの…恋人?」
「あぁ、違うわ。」
「忘れられない恋人がいるの?」
「そう言うわけでも無いんだけどなぁ」
そうあやふやに答えながら取られたたばこを取り返し、口に咥えた。
「どうしてもダメなの?」
「うん、ごめんね?」
ふっと笑いながらも悟浄は涙を浮かべながら部屋を後にする女性を見送るでも無く、外を見上げていた。
「あぁあ……だっせぇなぁ……フラれてんのに…まだ雅のこと…考えちまう……」
ふぅぅっとたばこをふかし上げると、たった一度したキスを思い出していた。
花火を見に行くべく支度を始める。雅はどうしようと考えながらも、着替える服が無い為、髪だけでもと編み出した。
「……何か…雅って器用だよな…」
「そうかな…うまくできてるか自信無いけどね…」
「かわいい!」
「……へへ、ありがとう、悟空!」
「本当ですねぇ」
そんなことを話していた時、宿主の奥さんがやってきた。
「あ、よかった。まだ出掛けてなかったみたいだね」
「あの……」
「これ、よかったら着てみるかい?」
そういって差し出してくれたのは浴衣だった。
「この花火目当てでも無く、ただこの街に着いたって言うなら何かの縁だよ。それに旅の途中だって言うなら いい思い出になるんじゃないかい?」
「あの…これ……」
「私が若い頃に着ていたものだからね…少しくたびれてはいるがまだまだ着れるさ。よければだが」
「ありがとうございます、お借りしてもいいんですか?」
「あぁ、他の宿泊者に女性ってあまり目だった子はいなかったからね」
「あ……でも…」
そう呟いて雅は頭を下げた。
「ごめんなさい…」
「どうしたんだい?」
「私、今まで着た事無くて……着方が…」
「それなら私が着せてやるさ」
快く申し出てくれた奥さんの心遣いに雅は甘えることにした。
「さて、そうとなれば男共は出ていった!ほれ!」
「そうですね、悟空?先に三蔵のとこに行きましょう?」
「そうだな!じゃぁ雅!後でな!」
「うん」
そう話して一旦雅一人残り、別れていった。奥さんと二人きりになり、浴衣を着付けてもらう。手際よく着せていく奥さん。
「あんたは、幸せ者だね」
「え?」
「私にもね、娘がいたんだよ。でももう三年前に嫁に行っちまってね。」
「そうなんですね、でも娘さんも幸せだと思いますよ?好きな相手と結婚して行かれたなら…」
「……」
「あの…」
「もうずっと遠くの街の……二度と会えないところにね…たまたま立ちよった旅の人に一目惚れしちまってね…」
「そうだったんですね…」
「でもまぁ、便りも無いが…たぶん元気にやってるはずさ。よし!できた。慣れるまでは多少歩きにくいだろうが、ゆっくり歩いて貰う事だね」
そういって背中をぽんと押され、雅はゆっくりと歩きだした。
コンコン…
「……あ、」
「ごめんなさい、お待たせ……」
「タク…おせぇ…よ……」
「似合うかな…」
「…ほら、三蔵」
「……まぁ、それなりにな」
「ありが……さ…んぞ…」
「何だ」
「……ッッ」
「何だ、言いたいことがあるなら言え」
「…かっこいい……」
「…チッ、何だそれ…」
「作戦成功だな!八戒!」
「そうですね。三蔵細いですからサイズも心配でしたが…」
「…フン」
「さて、それじゃぁみんな揃ったのでいきましょうか、ほら、雅?見惚れてますけど、あなたも相当かわいいですからね?」
そう八戒は促してみんなで向かうことにした四人。
「なぁ!あっちいってみようよ!」
「悟空?あんまりはしゃぐとはぐれちゃいますよ?」
「こっちこっち!!」
「全く…」
少し離れたところで三人が追い付くのを待っている悟空。しかし一生懸命歩くものの雅の歩調がいつもとやはり違っていた。
「おい、八戒」
「はい?」
「先に行け」
「…ですが…」
「あまり人混みに紛れると吐き気がする」
「……クス、そうでしたね」
クスクスと笑いながら八戒は悟空の後を追う。
「なぁな!八戒?」
「はい?」
「三蔵と雅、どうしたの?」
「雅が浴衣、着てるでしょ?いつもみたいに歩けないんですよ、だからゆっくり歩かなきゃいけないですし、あのかわいさ、見たでしょ?」
「うん!!」
「だから三蔵にボディーガード頼んだんです。またいつでも、五人揃って花火見れるだろうから今夜は雅に三蔵貸してあげましょう?」
「そうだな!!うん!」
そんな事を話しながら先を歩く二人と、少しずつ距離が空く雅の横に、歩きながら三蔵は歩いていた。
「ごめんね、三蔵」
「何がだ」
「だって…八戒や悟空たちと一緒に回れないし…」
「別に、俺はあいつらと一緒に花火見たい訳じゃねぇよ」
「え…でも…」
「フン……」
「あ……もしかして…私が見たいっていったから?」
「だとしたらどうすんだ…」
「…ありがとう」
「…タク…」
そう短い会話をしながら雅の歩調に合わせて歩く三蔵。自身の浴衣姿になれないということもあわせ、隣を歩く三蔵の服装もまた、慣れなかった。
「三蔵?」
「なんだ」
「……本当に似合ってる…それ…」
「…雅のが似合ってるだろう」
「え?」
「二度は言わん」
「ね、もう一回言って?」
そのお願いを言っている時に花火は上がり出す。
~~~ーーーー…・・ドンッ!!
一瞬耳を押さえる雅。しかし次の瞬間に夜空が昼間のように明るくなる。それに誘われる様に顔をあげた雅
「わ…ぁあ!きれい……」
そう見とれていた。じぃっと花火に見入っている雅の顔を盗み見るようにして上から見下ろしていた三蔵。
「……本当に…きれいだな」
「…え?ごめん、何?」
目が合った時だ。ふっと目の前の花火に影が落ちる。
「好きだって言ってんだよ」
「さんぞ…ン…」
ふわりと唇が重なった。すぐに離れるとしれっとした様子で三蔵は花火を見上げる。恥ずかしさといきなりの事で驚いたのとで雅は、きゅっと三蔵の右腕に巻き付いた。
「…おい…」
「三蔵が悪いんだから…」
「……なんでそうなる」
「ばか…」
「花火、見ねぇのか」
「……見るもん」
そう言いながらも腕を絡めたまま、雅もゆっくりと顔をあげて、夜空に咲く大輪の花を見ていたのだった。
「ただいまぁ!…って…誰も帰ってない?」
「みたいだな」
「……三蔵?」
「なんだ」
「……今日はありがとうね?お散歩付き合ってくれて」
「…それで?」
「え?」
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「…?これだよ?」
「…なら俺の思い過ごしか…?」
そう呟いた三蔵。しかし雅は本当は違うことを言いたかったのを三蔵に見透かされた様でごまかしてしまった。
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「三蔵?」
「今のはお前の分の十秒だろうが…ならあとは俺の分の十秒貰ってもいいだろうが」
「……三蔵…」
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「そろそろあいつらが戻ってくる…」
「クス…」
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「…どうかしましたか?あ…それ」
「これ…誰の?」
「貸してください?雅」
そういって八戒は雅からその荷物を受けとると三蔵の前に歩みよった。
「…なんだ?」
「これ、三蔵に」
「俺は何も頼んじゃいねぇはずだが?」
「えぇ、これは僕と悟空からのいつものお礼ですよ。受け取ってください?」
「……なんだこれは」
そう言いながらも袋の中を見た三蔵。中には、白シャツに白いTシャツ、それに黒の上着と細身のデニムが入っていた。
「で…?これをどうしろと?」
「今回みたいにまだ妖怪に襲われていない街や村だってこれから先たまにあると思うんです。その時に雅と出掛ける時には、そういう服だって悪くないと思うんですよ。」
「……」
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悟空に小さく耳打ちされた雅。三蔵の返事をただずっと待っていた。
「……ハァア……」
「どうです?三蔵」
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「いいんですよ、たまにで。」
「…三蔵、着るの?」
「俺が着たら不満か?」
「そんなこと無い!!着てるのみたい!!」
「……フン…」
そう返事しながらも、紙袋の口を元の様に折り畳み、脇に置いた三蔵。
「なぁなぁ!せっかくなんだからさ!明日、三蔵それ着て出掛けようぜ!」
「悟空?明日にはこの街出る予定なんですが…」
「そっか……でもまぁ、!いつでも見れるよな!」
「そうですよ、楽しみが増えましたね、雅」
「ん!!楽しみ!」
そう話していた。しかし、その時は意外と早く来た。
夕食の時、もう薄暗くなってきているにも関わらず、まだ外はざわざわとしている。宿で夕食をしていた四人は外の様子を気にしていた。
「何だか外騒がしいね…」
「何でしょうか」
「おや、旅の方。知っていてこのタイミングでいらしたのでは?」
「何かあるんですか?」
「この街の花火大会の日なんです。今夜。なので皆楽しみにしているんですよ?」
「花火……?って何?」
「火薬を玉に詰めて、打ち上げるんです。諸説あるのですが、赤や黄色などの色が夜空に花の様に広がるので花火、というらしいですよ?」
「へぇぇ、俺見てみたい!!」
「私も!」
「なぁ三蔵!」
「…チッ…おい八戒、お前も来い」
「いいんですか?」
「悟浄が居ないんだ。俺一人で二人は面倒見きれん」
「…なるほど、そう言うことですか」
「そう言えば、悟浄は?」
「…知らん」
「きっと、今日見た店員さんと……」
そう言うと悟空はキスの真似事をした。
「……そっか…!」
「だろうね」
「…フン…」
そう言っていた。
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悟空の予想通りに昼間の休憩の時に入った店の店員と一緒にいた。戯事を済ませ、悟浄は裸のまま、女性は軽く服を着て、ベッドの上にいた。
「悟浄さん……」
「ん?どうかした?」
「私…悟浄さんと一緒にいたい…」
「あーー、ごめん、明日にはこの街出る」
「え…どうして?」
「んー…ま、野暮用?」
「大事なこと?」
「まぁ、な」
「私…悟浄さんと一緒にずっといたいって思ってる…どうしてもだめ?…何でもするよ?身の回りとか食事とかも…!」
「あ、そう言うの……ごめん」
そう言いながら、ふぅっとたばこをふかした悟浄。しかし、女性は諦めないと言わんばかりにたばこを奪い取りそっと唇を重ねようとした。
「唇はだぁめだって」
「どうして?」
「……どうしてだろうねぇ」
「昼間一緒にいたの…恋人?」
「あぁ、違うわ。」
「忘れられない恋人がいるの?」
「そう言うわけでも無いんだけどなぁ」
そうあやふやに答えながら取られたたばこを取り返し、口に咥えた。
「どうしてもダメなの?」
「うん、ごめんね?」
ふっと笑いながらも悟浄は涙を浮かべながら部屋を後にする女性を見送るでも無く、外を見上げていた。
「あぁあ……だっせぇなぁ……フラれてんのに…まだ雅のこと…考えちまう……」
ふぅぅっとたばこをふかし上げると、たった一度したキスを思い出していた。
花火を見に行くべく支度を始める。雅はどうしようと考えながらも、着替える服が無い為、髪だけでもと編み出した。
「……何か…雅って器用だよな…」
「そうかな…うまくできてるか自信無いけどね…」
「かわいい!」
「……へへ、ありがとう、悟空!」
「本当ですねぇ」
そんなことを話していた時、宿主の奥さんがやってきた。
「あ、よかった。まだ出掛けてなかったみたいだね」
「あの……」
「これ、よかったら着てみるかい?」
そういって差し出してくれたのは浴衣だった。
「この花火目当てでも無く、ただこの街に着いたって言うなら何かの縁だよ。それに旅の途中だって言うなら いい思い出になるんじゃないかい?」
「あの…これ……」
「私が若い頃に着ていたものだからね…少しくたびれてはいるがまだまだ着れるさ。よければだが」
「ありがとうございます、お借りしてもいいんですか?」
「あぁ、他の宿泊者に女性ってあまり目だった子はいなかったからね」
「あ……でも…」
そう呟いて雅は頭を下げた。
「ごめんなさい…」
「どうしたんだい?」
「私、今まで着た事無くて……着方が…」
「それなら私が着せてやるさ」
快く申し出てくれた奥さんの心遣いに雅は甘えることにした。
「さて、そうとなれば男共は出ていった!ほれ!」
「そうですね、悟空?先に三蔵のとこに行きましょう?」
「そうだな!じゃぁ雅!後でな!」
「うん」
そう話して一旦雅一人残り、別れていった。奥さんと二人きりになり、浴衣を着付けてもらう。手際よく着せていく奥さん。
「あんたは、幸せ者だね」
「え?」
「私にもね、娘がいたんだよ。でももう三年前に嫁に行っちまってね。」
「そうなんですね、でも娘さんも幸せだと思いますよ?好きな相手と結婚して行かれたなら…」
「……」
「あの…」
「もうずっと遠くの街の……二度と会えないところにね…たまたま立ちよった旅の人に一目惚れしちまってね…」
「そうだったんですね…」
「でもまぁ、便りも無いが…たぶん元気にやってるはずさ。よし!できた。慣れるまでは多少歩きにくいだろうが、ゆっくり歩いて貰う事だね」
そういって背中をぽんと押され、雅はゆっくりと歩きだした。
コンコン…
「……あ、」
「ごめんなさい、お待たせ……」
「タク…おせぇ…よ……」
「似合うかな…」
「…ほら、三蔵」
「……まぁ、それなりにな」
「ありが……さ…んぞ…」
「何だ」
「……ッッ」
「何だ、言いたいことがあるなら言え」
「…かっこいい……」
「…チッ、何だそれ…」
「作戦成功だな!八戒!」
「そうですね。三蔵細いですからサイズも心配でしたが…」
「…フン」
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「なぁ!あっちいってみようよ!」
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「全く…」
少し離れたところで三人が追い付くのを待っている悟空。しかし一生懸命歩くものの雅の歩調がいつもとやはり違っていた。
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「はい?」
「先に行け」
「…ですが…」
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「……クス、そうでしたね」
クスクスと笑いながら八戒は悟空の後を追う。
「なぁな!八戒?」
「はい?」
「三蔵と雅、どうしたの?」
「雅が浴衣、着てるでしょ?いつもみたいに歩けないんですよ、だからゆっくり歩かなきゃいけないですし、あのかわいさ、見たでしょ?」
「うん!!」
「だから三蔵にボディーガード頼んだんです。またいつでも、五人揃って花火見れるだろうから今夜は雅に三蔵貸してあげましょう?」
「そうだな!!うん!」
そんな事を話しながら先を歩く二人と、少しずつ距離が空く雅の横に、歩きながら三蔵は歩いていた。
「ごめんね、三蔵」
「何がだ」
「だって…八戒や悟空たちと一緒に回れないし…」
「別に、俺はあいつらと一緒に花火見たい訳じゃねぇよ」
「え…でも…」
「フン……」
「あ……もしかして…私が見たいっていったから?」
「だとしたらどうすんだ…」
「…ありがとう」
「…タク…」
そう短い会話をしながら雅の歩調に合わせて歩く三蔵。自身の浴衣姿になれないということもあわせ、隣を歩く三蔵の服装もまた、慣れなかった。
「三蔵?」
「なんだ」
「……本当に似合ってる…それ…」
「…雅のが似合ってるだろう」
「え?」
「二度は言わん」
「ね、もう一回言って?」
そのお願いを言っている時に花火は上がり出す。
~~~ーーーー…・・ドンッ!!
一瞬耳を押さえる雅。しかし次の瞬間に夜空が昼間のように明るくなる。それに誘われる様に顔をあげた雅
「わ…ぁあ!きれい……」
そう見とれていた。じぃっと花火に見入っている雅の顔を盗み見るようにして上から見下ろしていた三蔵。
「……本当に…きれいだな」
「…え?ごめん、何?」
目が合った時だ。ふっと目の前の花火に影が落ちる。
「好きだって言ってんだよ」
「さんぞ…ン…」
ふわりと唇が重なった。すぐに離れるとしれっとした様子で三蔵は花火を見上げる。恥ずかしさといきなりの事で驚いたのとで雅は、きゅっと三蔵の右腕に巻き付いた。
「…おい…」
「三蔵が悪いんだから…」
「……なんでそうなる」
「ばか…」
「花火、見ねぇのか」
「……見るもん」
そう言いながらも腕を絡めたまま、雅もゆっくりと顔をあげて、夜空に咲く大輪の花を見ていたのだった。
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