凜恋心

降谷みやび

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battle06…災難、そして心(後編)

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宿に戻ったとたん、八戒は心配そうに雅の前に立った。

「雅…どうしたんですか!」
「あ、心配かけてごめんなさい、でもちょっと短くなっちゃっただけで…」
「どうしてそうなったのか聞いているんです」
「ちょっと…不注意で…」
「…悟空?」
「実は大道芸の人の火吹きで燃えたんだよ」
「…ハァ…話があまりにも見えなさすぎます……」

そうため息を吐くと、八戒は椅子を持ってきて雅を座らせた。

「悟空?ハサミ、借りてきてください。」
「わ…解った!」

急いで部屋を出る悟空と訳が解らない雅。しかしそっと馴れた手付きで髪を鋤き上げると、八戒は雅に問うた。

と言う割にはチリチリにもなっていないし、所どころの焦げだけですんでいます。で、バラバラなこの長さは…?」
「服に燃え移らないよぉにって…火が付いた時に切ってくれたの…」
「はっかぁい!借りてきた!」
「どうも、ありがとうございます。さて、すこし整えますから。」
「八戒?」
「大丈夫!悪い様にはしないですから」
「まぁ、安心していいぜ?俺らもたまに切ってもらってる」
「悟浄…」

そう言ってシャキンとハサミを入れた八戒。心地よくも感じる音が続いていた。

「でも、またなんで火なんて…」
「初めてで嬉しくて…呼ばれたから行ったの。きっと間近で見せてくれるだけだったんだろぉけど、私ビックリして……」
「動いたときにちょうどタイミング良く火が着いた…と。」
「うん…」
「でも雅、怒っていいんだぞ!!理由はどうであれ!」
「怒らなかったんですか?」
「怒れないよ…私が勝手に驚いて動いて、燃えそうな所を助けてくれたんだし…」

へらっと笑いかけた時だ。黙っていた三蔵が口を開いた。

「テメェが悪いと思うならそれでも構わねぇ。でも、その笑い方はするな」
「三蔵?」
「言いたい事も言えねぇ、愛想笑いだけなんざ要らねぇんだよ。ヘドが出るぜ」
「三蔵!!」
「三蔵、言い方がありますよ?」
「だってそうだろうが、悟空の言う通りだ、髪が燃えても、火事にならなかったから良かっただ?本当に良かったのか?言いたいことはなかったのか?」

髪を切ってもらう間とはいえ、膝の上できゅっと手を握りしめる雅。ザクザクと切っていくものの、可愛らしくショートボブに切り揃えていく八戒。そっと切った髪の毛を払い、どうぞと声をかける。

「ほら、まただんまりだろうが。言われて悔しいなら言ってみろ。」
「……ぅには…・・かんない…」
「雅…?」
「…ごめん、八戒…ありがとうね」

そう言って椅子から立ちあがり、部屋の扉に向かった。

「逃げるのか?」

その言葉に一瞬動きが止まるものの、すぐにがチャリとノブを回して出ていった。残された部屋には一行のみが居る。

「三蔵のバカ!」
「なにがだ」
「もう少し言い方があるだろ!雅その後にも怖い思いしてるんだぞ!」
「それがなんだ。優しくするだけがいいんじゃねぇだろうが」
「それはそうでも、言い方があるでしょう?」
「まぁ、確かにな。俺が通りかからなかったら雅チャン、柄の悪い連中になにされるか解らなかったし。」
「悟空が居ただろうが」
「……ムカつく!ハゲ三蔵!」
「なんだと?」
「雅の気持ちなんで解ってやらねぇんだよ!どんな思いだったとか!考えてやれよ!」
「…知らねぇな」

そう言いながらガタリと立ち上がる三蔵。

「三蔵、どちらへ?」
「たばこが切れた」
「待てよ!まだ話は…」

悟空の言葉を最後まで聞かずにバタンと戸を閉めて三蔵は部屋から出ていった。

「三蔵のわからず屋!!」
「まぁまぁ、悟空、その辺にしておけ」
「何でだよ!悟浄だって見ただろ!」

その時だ、悟浄はくいっと顎で三蔵の居た椅子の前にあるテーブルを指した。

「…え…?だって、三蔵さっき…」
「解りにくいよなぁ、うちの三蔵サマも。」
「全くです。」
「…ずりぃよ………」

そう、テーブルには『切れた』と言っていたはずのマルボロが残っている。その悟浄の合図で三蔵が本当は向かったのかは容易に察しが付いたのだった。

その頃の雅は、どっちに行ったら良いかと、うろうろとしていた。勢い良く飛び出してきた以上宿にも簡単に戻れない…とはいえお金もない。ただ、それほど寒い季節でもないことが唯一の救いだった。しかし、慣れないボブヘアに首筋に通る風のせいか…それとも、喧嘩のようにして出てきてしまった罪悪感からか…どことなく寒かった。

「よぅ、姉ちゃん。一人かい?」
「…え?」

広場のベンチに座り俯いていた雅に声をかけたのは、昼間絡んできた男どもだった。

「…ッ!こいつ…」
「あ…えと」
「昼間はとんだ邪魔が入ったが…!!」
「今は一人みてぇだな!」
「やめ…!やだ!」

しかし、街の人達は関わらないようにと避けていく。

「離して…!」
「こいつ…意外とかわいい顔してるじゃねぇか…」
「確かに…クックッ」

気持ち悪くも感じる視線からどうにか逃げ出そうとするも二人がかりでは力が及ぶ訳もなかった。そんな時、男達の動きが止まった。

「おいおい、兄ちゃん、そこ退きな!」
「断る」
「あん?!聞こえなかったか!?」
「テメェらこそウゼェんだよ」
「喧嘩売ってんのか!」

そう言うが早いか、男の内の一人が殴りかかる。掠り際に避けるも少し当たった。そんな相手をこわごわと顔を上げた雅は、やっとそのの顔を見る事が出来た。

「さ…んぞ……」
「あぁあ、全く…本当にどうしようもねぇったらありゃしねぇ…」

そう呟くと男どもに殴りかかる。二人がかりだとはいえ、桁違いに強さが違う。時期に二人の男は去っていった。

「あの…三蔵……」
「なんだ」
「ごめ…ヒック…さい……」
「泣いてんじゃねぇ、ガキかテメェは」
「泣いて…ない」
「めんどくセェな…」
「三蔵……」

きゅっと袖を掴む雅の手は震えていた。

「私…ごめんなさい…」
「謝ることなんざねぇだろ。なんでもかんでも謝るな」
「だって…三蔵怪我して…」
「怪我にも入らねぇ」
「でも…!」
「とりあえずここ離れるぞ。」

そう言いながらもスタスタと歩いていく。しかし心なしか歩調はいつもよりかゆったりしていた。
少し離れた場所に来て、腰を下ろした三蔵はずっと黙ったままだ。

「あの…三蔵…」
「なんだ」
「私……うまく言えないけど……怒ったりしたらいけないって言われ続けてた。だからかもしれない…大事に物事をしてはいけないし、迷惑をかけたりするのもいけないって…」
「…だからなんだ」
「怒って暴走したらいけないから……」
「力のコントロール、八戒に教えてもらうんだろうが。」
「でも…」
「それがウゼェって言ってんだよ。今までの環境とは違うんだ。自分がどうしたいとか、しっかり言え。怒ったって構やしねぇ。それで喧嘩になったって止める奴は居る。力が暴走したってあいつらには傷一つ付かねぇだろうしな。」
「………ッ」
「着いてくると決めたなら、それを信じろ」
「そりゃ…悟空や八戒や悟浄の強さは信じてる…」
「そうじゃねぇよ」
「…じゃぁ何を…ッ!」

三蔵に言いかけた時だ。トンッと三蔵の右手の拳が雅の胸元に当たった。

「信じたいと思ったものを最後まで信じろ。誰かの強さや、優しさなんかじゃなく。テメェが…雅が信じたいと思ったものを信じて、貫け」
「…三蔵……」
「それだけだ」
「…言ってること…難しい」
「ガキだな…」
「バカとかガキって言いすぎ!」
「…クス」
「何がおかしいのよ!」
「それでいい」
「…え?」

先にすくっと立ち上がると上から見下ろす様にする三蔵。少しだけ傾き始めた太陽がキラキラといつも以上に金糸を光らせた。

「帰るぞ」

そういって先に歩き出す三蔵の後を急いで立ちあがり雅は後を追った。

「待って…!三蔵」
「断る」
「ちょっとくらい待ってくれても…」
「遅い」

そう悪態にも似た言葉を吐きながらも三蔵の口許は微かに緩んでいたのだった。
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