凜恋心

降谷みやび

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battle1…出会い

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「出ていけ!」

そう追い出されたのはみやび。理藩村のごく普通の家庭に生まれ、今現在は21才になる年頃の娘だった。

にもかかわらず、嫁の貰い手もなく、家庭でも邪険にされていた。

容姿は格別美人と言うわけではないが、そこいらの娘よりは可愛らしい。髪は長めの栗毛色、目は大きくパッチリとし、体も細身だが痩せすぎと言うわけではない。性格も優しく、天真爛漫だがはっきりとしたところは男性顔負けな所もある。

ただ、他の娘と決定的に違うところ。それは『魔力持ち』ということ……

妖怪が出没する中で、妖力ならまだしも、魔法となると異端児のように扱われていた。

「ほら、雅、これ」
翠藍すいらん兄…いつもありがとう」
「いや、いいよ。いつも悪いな」
「翠藍!!そんな奴に構うな!」
「母さん、いい加減にしろよ、毎日毎日…!」
「あんな!早く居なくなってくれやいいのに!」
「母さん!」
「いいよ、翠藍兄ぃ、私行ってくるね!」

にこりと笑い、雅は今日も家を出る。いつも通りに村の外れの大きな大木の麓で時間を過ごす一日が始まる。稼ぐ事も、移動手段すらも絶たれているため村からも出られない。皆が皆、雅の事を見ないように、気付かないように接していた。そんな中でも兄の翠藍だけは見放すこと無く食料の確保、夜寝るための場所等の確保もきちんとしていたものの日中はどうしても外で過ごさなくてはならなかった。

そんなある日、村の入り口が急に騒がしくなった。

「三蔵法師様がいらっしゃった!」
「三蔵法師様ご一行だ!」

そんな声が雅の耳にも届いてきた。

「三蔵…法師?」

ポツリと呟くもののどこか自分には関係ないと言う気持ちが強い雅は、どさりと草むらに仰向けになった。そのまま時間を過ごしながらも、手のひらを見つめ、ふわりと魔力を具現化させてみる。

「こんな力…要らないのに…そうしたら私も今ごろは…」
『なんだそれ?ねぇねぇ、それすっげぇきれい!』

うしろから突然声をかけられ、びくりと肩を震わせながらゆっくりと振り替える雅。

「えぇ?!なんでやめちゃうの?めちゃくちゃ綺麗だったのにぃ!」
「……えっと…誰?」
「俺?悟空!さっきこの村に着いたんだけどさ!なんか遠くから見えて!!」
「さっきって…じゃぁ三蔵一行の…?」
「三蔵なら向こうにいるけど、それより、さっきの!!もう一回見せてよ!!」
「見ても気持ちのいいものじゃないし……」
「そんなことねぇ!!俺はすげぇ綺麗だと思った!」

目をキラキラさせてみている悟空。その勢いに負けそうになる雅。そんな時だ。遠くから歩いてくる背の高い人がいた。

「あー、居た居た。おい、バカ猿、こんなとこでなぁにやってんだぁ?」
「猿って言うな!エロ河童!」
「んだと?やんのか!?」
「売られた喧嘩なら買ってやるぜぃ!ゴキブリ河童!」

ワチャワチャと始まってしまった喧嘩なのか、じゃれあいなのか…それを見た片眼鏡を着けた温厚な男性が雅に近付いてくる。

「すみません、うちの悟空がご迷惑かけたみたいで。」
「いえ、そんなこと…」
「…?あぁ、あの二人なら気にしないでください、よくあるので。」
「…ッ!?」

その人の肩越しに、少し離れたところで木に凭れたばこを吹かしている金髪の男性がいる。

「…おい、八戒。行くぞ」
「はいはい、ではこの辺りで、ほら悟空、悟浄、行きますよ?」
「八戒ぃぃぃ」

ずるずると半ば引きずられるように去っていく一行。あの双肩にかかったもの、そして少し前に三蔵一行が来たとの声、この村で見たことの無い四人組。

「…間違いない…」

驚きにも似た感覚のまま雅は、とにかく早く日が落ちることだけを待ち続けていた。
どれ程の時が経ったか、日もしっかりとくれた頃。いつものように勝手口から音を立てずに入っていく。しかしこの日は勝手が違っていた。

「…!何で戻ってくるんだ!出ていけ!」
「な…んで……」
「三蔵様が居らしてるのにお前がいたら迷惑だ!ほら、とっとと出てお行き!」
「三蔵…様?」
「翠藍!翠藍!!!」

翠藍を大声で呼びつけながらも、まるで犬や猫を払うかのように雅を追い出そうとする母。そんなところに翠藍はやってきて母を押さえ、雅に申し訳なさそうな顔をして無言で訴えた。

「…あのぅ、……あ」

ひょっこりと顔を覗かせた八戒は母親に罵倒されている雅に気付いた。しかしそれに気付かない母親は尚も雅に罵倒を繰り返す。

「出ていけ?異端児!この役立たずの化け物が!!!」
 
その言葉を最後に雅は俯いて家を後にした。ハァハァと肩で息をする母親と、押さえる翠藍の背中から八戒は再度声をかけた。

「あのぉ、すみません…忙しいときに…」

その声に振り向いた母親はまるで先程の人とは別人のようににこやかに八戒に笑いかけた。

「お付きの方、いかがなさいましたか?」
「いえ、お節介かと思ったんですけど、大きな声がしたので…」
「ごめんなさいねぇ。騒がしくて」

そういいながら平静を装うかのように俯き加減に答えた母親。すっと目を細めた八戒はその場を離れた。部屋に戻ると大きなため息を吐いていた。

「どうした」
「いえね、今日昼間に出会った女性がここにいましてね…」
「それで?」
…そう呼ばれていました。」
「異端児…か」
「なぁなぁ、イタンジって…なんで?」
「てめぇも異端児だろうが。」
「そうじゃなくて!何であの子が異端児なの?!ってこと!」
「そんなこと俺らじゃわかんねぇだろ。」
「常識がない、とは思えなかったんですがね。だとしたら悟空と同じように特質的な事なのか…」
「…さっき見かけただけじゃわかんねぇだろうが。」
「それが、化け物、ともいわれていたのが気になりましてね」
「化け物…か……」
「でも俺、あの子が手から出したの、すげぇキレイだと思ったよ?」
「手から…?」
「おぅ!こう、なんていうか、八戒の気功みたいな感じなんだけど、なんかちょっとちがくて…上手く言えねぇんだけどさ!」
「なるほど…」

そう話していると悟浄は何を思ったのか、徐に椅子から立ち上がった。

「悟浄?」
「たばこ、切れたわ。買ってくる」

そう言いながら後ろ手に手を振り部屋から出ていった。その背中を止める事もせず三人は見送った。

「…いいんですか?三蔵」
「なにがだ?」
「悟浄を行かせてしまって。」
「タバコがなくなったならてめぇが買いに行けばいい。ガキじゃねぇんだ。」
「そうかもしれないですが…」
「きっとあの子の事探しに行ったんじゃねぇのかなぁ。」
「…フン」

自分には関係ないと言わんばかりに窓際でたばこをふかし、月を見上げていた。

時ほぼ同じくして…

ポケットから買いに出た筈のタバコを出し、咥えながら膝を抱え突っ伏している雅を見つけた悟浄は、ゆっくり近付いて声をかけた。

「おねーちゃん、こんな夜に一人でいたらアブねぇよ?」
「……ぇ…?」

ゆっくりと顔を上げ振り返る雅の目にはうっすらと涙が溜まっていた。

「あーぁ、こりゃ…たまんねぇな…」

ポツリと呟きながら木に凭れ火をつけるまえのタバコをくしゃりと潰した悟浄。

「あ、……さっきはうるさくしてすみません。お仲間の方にも迷惑かけてしまって…」
「んぁ?…八戒の事か?べっつに?迷惑だなんて思ってねぇよ。」
「私いたら…ゆっくり出来ないですよね…すみません」

立ち上がった雅の手首をきゅっと握り、呼び止めた。

「まぁってって、一人で泣く事なんか許さねぇよ?」
「でも…知らない人に迷惑かけるわけには…」
「あー、そういう…俺は沙悟浄。姉ちゃん、名前は?」
「え…私…?」
「そ、名前。」
「…雅です。花洛雅からく みやび…」
「雅ちゃんね、これで知らない人じゃなくなった。だろ?」

にっと笑う悟浄の顔につられるように雅も泣きたい気持ちが少しだけ和らいだ。その場に二人がならんで座り、沈黙を破ったのは悟浄だった。

「…で?どうして一人で泣いてんの?あそこに居たってことは、家、なんだろ?」
「………そうです。」
「もしかして、俺らが居る部屋が雅ちゃんの部屋ってオチは…」
「それはそうなんですが、私の部屋だったのはもう十年以上前の事なので…」
「…どう言うこと?」
「あの家にとって私は邪魔な存在でしかないので…」

少し悲しみを帯びた様に笑う雅。視線を向けること無く頭にポンッと大きな手が乗った。

「無理して笑うことなんてしなくていい。心が解らなくなっちまう」
「…大丈夫です。何か気を遣わせちゃってすみません…」
「男は女に頼られてなんぼの生き物だからな。」

その言葉を聞いた雅はそっと両手を差し出した。

「…ん?」
「悟浄さん、見てて?」

そういうと手の上にふぅっと小さく息を吐く。するとふわっと浮かぶ、ピンクのような、キラキラと光る玉状の「何か」がそこに浮かぶ。

「…ほぅ……これかぁ、悟空が言ってたのは…」
「…ん、昼間の…悟空さんって言うんだ…」

そっと空に放り投げるように手放した。

「これが私が母親に異端児って言われる要因なんだ…この力が出たのが十一の時、今から十年前の誕生日だった。」

ゆっくりと話し始める雅。そんな相手の話を突っ込むこともなくただ悟浄は聞いていた。

「ひょんな事で両親が喧嘩しちゃって…誕生日に喧嘩しないでって怒っちゃったの。そしたら父が…バラバラになっちゃった……私が…気付かない間に手にしてした力が暴走して…父を殺した…だから母になじられても…化け物と言われても…怒ることはしないようにしたの。ニコニコして、怒ることはしないで、力の使い方を自分自身で何とかしようって…」

そこまで話すと雅はふと空を見上げ、月を仰いだ。

「こんな話してごめんなさい、気持ちの良い話じゃ…無かった…」
「雅ちゃん…」
「私は外でってのもなれちゃってるから…帰ってゆっくり休んでください、母も私がいなければ穏やかなので…」

にこやかに、でもどこか寂しそうに笑う雅に何も言えないまま、ペコリとお辞儀する相手の意思のまま悟浄は三人の居る所へ戻っていった。

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