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第5章 巫女孤影
第56話 奪還3
しおりを挟む「取り込まれているって・・・どう言う事ですか!?」
セシリーの悲痛な声にカンナは気の毒そうな視線を向ける。
「・・・ルーシーの魂が宿っていない。まだ身体に止まっては居るが出て行く寸前・・・恐らくはあの水晶球に同調して吸い込まれてる寸前だ。・・・そうなって仕舞っては、魂を元の在るべき位置に戻す事は殆ど不可能だ。」
「そんな・・・。」
セシリーが呻く。
シオンは黙って祈りを捧げ続けるルーシーに近づいた。そして、愛しい少女に触れる。カンナが叫んだ。
「よせ、シオン!ルーシーに喰われるぞ!」
しかしシオンはカンナの制止に動きを止める事も無く後ろからそっとルーシーを抱き締めた。瞬間。ルーシーの身体から衝撃波の様なものが吹き出しシオンを吹き飛ばした。
「シオン、止めろ!本当に殺されるぞ!そのルーシーは彼女で在って彼女では無い!」
カンナが必死な表情で再度制止する。
しかし立ち上がったシオンは再びルーシーに歩み寄る。
「ルーシー、俺だ。シオン=リオネイルだ。・・・俺が解らないか?」
「カンナさん、『シオンがルーシーさんに喰われる』と言うのは?」
ミシェイルの問いにカンナは答える。
「・・・今のルーシーは魔女とソレの贄になった女達に半分同化している。謂わば『女』で在りすぎる状態だ。そんな存在に対して異質である『男』のシオンが触れれば、先ず極端な拒絶が起こる。・・・そしてやがてシオンが彼女達に受け入れられた時・・・その時にシオンは一溜まりも無く『彼女達』に喰われてしまう。男が女を求める様に女も男を本能では求めるモノだからな。だからルーシーは愛する存在であるシオンの全てを容赦なく吸い尽くすだろう。」
「・・・では今は拒絶の段階なのか?」
「そうだ。今は未だ良い。しかし受け入れられるのも時間の問題だ。・・・何と言っても肉体の主はルーシーだからな。直ぐにシオンは受け入れられるだろう・・・そうなったら・・・喰われる。」
再びシオンはルーシーに弾かれて壁際に叩き付けられた。シオンは立ち上がりルーシーに歩み寄る。
その様子を見守りながらカンナは話を続ける。
「・・・チャンスが在るとしたら拒絶から受け入れに切り替わる刹那の『戸惑い』を見せた瞬間だ。そこに恐らくは唯一、彼女達につけ込む機会が在る。」
またシオンが壁際に叩き付けられた。
「ソレまでシオンが保てば良いけどな。」
ミシェイルが歯痒そうに呟く。
「そろそろだ・・・」
カンナが独り言ちた。
シオンを吹き飛ばす力がかなり弱くなった。シオンはフラつきながら立ち上がると、再度祈り続けるルーシーの後ろ姿に声を掛けた。
「ルーシー・・・俺だ、シオンだ。・・・向かえに来たよ。」
少女の身体が身動いだように見えた。
シオンは何度目かの抱擁をルーシーに施す。
シオンの表情が一瞬、苦悶に歪んだだが、今度は吹き飛ばされなかった。少年は、少女の胸の前で組まれたその両の手を愛しみ包み込むように自分の手を重ねる。
そして目を瞑る銀髪の少女に優しく語りかけた。
「ルーシー・・・俺を喰らいたいならそうして良い・・・。だから君が戻って来られないなら、せめて俺も一緒に連れて行ってくれ。・・・君の側に俺を置いてくれ。」
ルーシーから光りが漏れ、シオンを包み込んでいく。シオンはまるでルーシーの中に包み込まれる様な安らぎを感じて眼を閉じた。
「シオン!!」
ミシェイルが叫んだ。
「カンナさん、止めなくて良いの!?」
アイシャの問いにカンナは頷いた。
「・・・今のは喰らっている様には見えなかった。ルーシーがシオンを迎え入れたような・・・賭けてみよう。・・・シオンとて過酷な人生を歩み、絶望と死線を知る者。その中から何度も立ち上がって来た男だ。希望を求める心の強さでは私とて彼には及ばない。その心の強さに賭けてみよう。」
カンナの小さな身体が震えていた。
セシリーは美しい顔を蒼白にしてシオンとルーシーを見つめる。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
シオンは何かに引っ張られる様に空間を飛んでいた。何処に向かっているのかは解らない。だが、この先にルーシーが居る。何故かそう確信出来たシオンは全てに身を任せて飛び続けた。
真っ白な光に包まれた空間、漆黒に覆われた空間、目紛るしく景色変わっていく。そのなかでシオンは常に聞こえてくる悲しみの声、悲哀の泣き声を聞いていた。
――この悲しみは・・・魔女達の嘆きなのか・・・。
何故にそう思ったのかは解らない。ただ、そうなのだとシオンは理解した。
そして別の意識がシオンに流れ込んで来る。
それは愛しい少女の記憶。想い。この世に生を受けてからのルーシーの17年間の記憶。
偏見と差別に満ちた過酷な人生。優しく話し掛けてくる人間は居ない。まるで忌み者を見るような視線。1人で見上げた夕焼け空。
幼くして死に別れた両親への思慕。1人で寂しく生きてきた彼女の「幸せになりたい」と望む純粋な気持ち。
その先に感じた光の中にはシオンやセシリーが居た。彼女が唯一幸せを噛み締めた日々。
やがてそれは終わりを告げ、彼女は戦う決意をする。自分を愛してくれたシオンを、セシリーを、知り合った人々の笑顔を守ろうと。死を覚悟して。たった1人で。
邪教徒に両親の死の真実を告げられ涙を流していた。思い詰めたルーシーが邪教徒相手に戦い、全員を焼き殺していた。そして・・・自らの幸せを諦めていた。
シオンの中にルーシーの笑顔が浮かぶ。口づけを交わした時の恥に噛んだ笑顔が。本当に嬉しそうな笑顔が。
そしてルーシーのシオンへの謝罪の気持ちが流れ込んでくる。シオンの想いに何も応えられない自分を許して欲しいと。
シオンの眼から涙が流れた。
俺は何と素晴らしい女性に出会えた事か。是れほどの女性に思われてこれ以上の幸せなど無い。ならば俺がやる事は1つ。
邪教も邪神も関係無い。そんな些細な事など最早どうでも良い。本当に大切なこの少女を・・・ルーシーを連れて帰る。必ず。何としてもだ。
☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆ ☆☆
シオンの閉じられた眼から涙がひとすじ流れるのを、2人を見守るカンナ達は確認した。
「シオンが・・・泣いてる・・・」
セシリーが呟いた。
「・・・感動の涙であれば良いんだけどな。」
カンナが答える。
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どれ程の長い間、飛び続けたのか。
やがてシオンは広大な穴の広がる場所に出た。もう、前に引っ張られる事は無い。そして、その淵に止まる光に溢れた魂が1つ。
――見つけた・・・
愛しさが込み上げる。
シオンは叫んだ。
「ルーシー!!」
その声が届いたのかビクリと魂が震えた。
シオンはその魂の下に辿り着く。
魂の姿が変化し、ルーシーの姿を形造る。
「・・・シオン?」
ルーシーは何故此所にシオンが居るのか理解出来ずに首を傾げる素振りをする。
「ああ、俺だ。シオン=リオネイルだ。・・・会いたかった、ルーシー。」
「・・・」
ルーシーの瞳から涙が溢れる。
「・・・私も・・・」
シオンはルーシーを抱き締めた。肉体の無い、魂同士の抱擁に感覚などは無い。それでもルーシーは温かさを感じ、シオンの自分に対する強い想いを感じ取れた。
「・・・ごめんなさい。」
ルーシーが謝罪を口にする。
「何も謝る事など無い。君の優しさの全てを、俺は此所に来るまでに見てきた。・・・本当に・・・良く頑張った。だからもういいんだ。・・・もう1度言うよ、ルーシー。俺は君を愛している。俺と皆の所へ一緒に帰ろう。」
「・・・はい。」
シオンがルーシーの手を引き、来た道を辿り出す。
穴から巨大な蛇が飛び出してくる。
「シオン・・・穴から蛇が・・・」
「問題無い。俺達は帰るのだから。」
蛇は猛追して2人を掴むが止めることは出来なかった。いとも容易く、その蛇は千切れて消える。その後も次から次へと蛇が掴みかかるが、揺らぐこと無く出口を目指す2人を止める事は出来なかった。
そして・・・出口が見える。
「君の帰る場所だ、ルーシー。」
シオンが微笑んだ。
「ありがとう、シオン。愛しています。」
ルーシーが微笑んだ。
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「・・・」
シオンの眼が薄らと開いた。瞳が動き、自分がルーシーを後ろから抱き締めている事を確認すると、優しく少女の耳元に口を寄せて呼び掛けた。
「ルーシー。」
その声に導かれる様にルーシーがそのその双眸をゆっくりと開く。
ルビーの如く美しい紅の瞳がシオンに向けられた。
「シオン・・・」
少女の口から零れる声にシオンは嬉しそうに微笑んだ。
「お帰り、ルーシー。」
その言葉にルーシーは涙を浮かべて微笑んだ。
「ただいま、シオン。」
カンナ達は思わず頬を綻ばせる。
「さあ、私達は外に出ましょう。」
セシリーがそう言って皆を宝物殿の外に促した。最後に宝物殿を出たセシリーが2人を振り返る。
「・・・良かった・・・ルーシー・・・ホントに・・・。」
セシリーが外に出ると、ミシェイルが扉を閉めた。
「みんな、出て行っちゃったよ?」
ルーシーが言うとシオンが答える。
「少しの時間だけ、2人きりにさせてくれる様だ。」
「2人きり・・・」
ルーシーはそう呟いて意味を悟ると、顔を真っ赤にした。
そんなルーシーをシオンは正面から静かに抱き寄せた。柔らかく温かい少女の身体にシオンは強く抱き締めた。
「ルーシーは温かいね。」
「・・・シオンも温かい。」
ルーシーがシオンの胸に顔を埋めながら、嗚咽を漏らしている事に少年は気づいていた。
「ルーシー・・・」
「・・・私、人を殺したわ。」
「知っている。俺も算えきれない程の命を奪った。斃さなければ斃されていた。君と同じだ。人は大きかれ小さかれ必ず罪を犯す。こんな世界だ。殺さなければ殺される事態とて数多在る。・・・気にするなとは言わない。でも、なら俺と一緒にその罪悪感を抱えていこう。俺がそうして来た様に。」
ルーシーがキュッとシオンに回す腕に力を込めた。
「・・・みんなも傷付けた。」
「それこそ気にしなくて良い。」
「・・・お父さんもお母さんも・・・私が生まれたせいで・・・」
「・・・ルーシー・・・」
それだけはシオンは何も言えなかった。自分は親になった事が無い。ルーシーの両親はどう思っていたのか。しかし、ルーシーの記憶から覗いた両親の表情はとても穏やかに思えた。だから。
「俺には確かなことは言えない。・・・でも、きっと御両親は君と巡り会えたことを喜んでおられたと俺はそう思うよ。」
「・・・」
ルーシーは答えない。ただ、更に強くギュッとシオンを抱き締めた。やがて。
「私は・・・幸せになっても良いのかな・・・?」
ルーシーがずっと抱えてきた悩み。
其れをシオンに尋ねてくれた事が少年には嬉しかった。
「もちろんだ。」
シオンは力強く答える。
シオンはルーシーをゆっくりと自分から離した。そして彼女の顔を見る。紅の瞳が揺れている。白銀の髪がサラサラと僅かな風を受けて静かに棚引く。
「・・・それが君の本当の姿なんだね。」
ルーシーはハッとなった様に顔を伏せた。
「・・・この姿・・・みんなにだけは・・・貴方にだけは見られたく無かった・・・」
「何故?」
「・・・怖いでしょ?・・・赤い目なんて・・・色んな人に言われたわ。悪魔の様な目だって。見てると気が狂いそうだって。」
ルーシーが消え入りそうな声で尋ねる。
シオンは首を振った。
「とても綺麗だ・・・。本当に息を呑むほどに。」
「でも・・・」
「ルーシー。」
シオンはルーシーの白磁の頬に手を添えた。ルーシーが驚いてシオンを見る。その頬が見る見る紅色に染まる。
「本当に綺麗だ。・・・君を・・・俺だけのモノにしたい。」
「・・・」
ルーシーは驚いたようにシオンを見つめたが、やがて恥ずかしそうに視線を逸らした。
シオンは無言でルーシーの両頬に手を添えて少女の視線を自分に向けさせた。そして顔を寄せる。
「・・・」
少女はソレを受け入れた。
シオンはその小さな紅色の唇に自分の唇を重ねた。
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