創世戦争記

歩く姿は社畜

文字の大きさ
上 下
197 / 197
創世戦争編 〜箱庭の主〜

〈厄災〉ヨルム

しおりを挟む
 アレンは巨大な結界を張った。ヨルムのブレス攻撃は恐ろしい。あの息を浴びれば、身体が腐るのだ。
(もっと早く、これが出来ていれば)
 アーサーは死ななかったのだろうか。
 ヨルムの息攻撃を受け止めるアレンの結界は、青い光で夜空を照らした。
「リーターヌ(強襲に特化した小型の飛空艇)を出せ。ヨルムを攻撃!砲撃用意!」
 アレンはアネハル艦隊に目を付けたヨルムに向かって、更に巨大な魔法を使う。
「消えろ、虚無ヴォイド!」
 空にぽっかりと空いた大穴に、敵も味方も唖然とする。
「糞…ッ、飲み込め!」
 身体に負担のかかる行為だが、アネハルを壊滅させたくない。
 巨大な穴はヨルムを追跡する。アレンの魔法は速さに定評があるが、これだけ大規模な魔法を使うと速度も遅くなる。
「全艦に告ぐ。旋回して避けろ!」
 旋回しながらも砲撃を加え、ヨルムの動きを遅らせる。〈桜狐オウコ〉の式神達も果敢に攻撃を加えると、ヨルムの動きが遅くなった。しかし犠牲者は増え続ける。アレンは魔法の速度を上げようとした。身体が限界に達して血を吐くが、構わない。
「速く、もっと!」
 奴はアーサーの仇だ。アーサーだけじゃない。リヴィナベルクでは大勢が死んだ。彼らの死に報いなければならないのだ。
「アレン…」
 フレデリカはアレンを後ろから抱き締めた。彼女から流れる魔力は暖かく、痛みを和らげてくれる。何度も身体を重ねた二人の魔力は共鳴し、より痛みを和らげられる。
「フレデリカ…」
 これで戦える。
「ヨルム、覚悟しろ!」
 紫の巨竜は自我があるのか無いのか分からないが、穴から逃げるように飛行する。しかし、急速に速度を上げた穴はヨルムの右翼を刳り取った。
「アギャアアアアアア、ガアアアアアアアア!」
 巨体を支える翼を片方失ったヨルムは、悍ましい悲鳴と共に墜落する。しかしその巨竜は闘志を失っておらず、大蛇のように鎌首を擡げて口を大きく開く。
「まただ!」
 アレンが結界を張った瞬間、ヨルムが息攻撃をする。その衝撃波は凄まじく、敵味方問わず身体が吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
 アレンとフレデリカも衝撃波で吹き飛ばされ、地面に転がった。その際に結界が解け、味方に死傷者が出る。
 ヨルムが口を再び大きく開ける。
(やばい、間に合わない!)
 そう思った、その瞬間。
「アレン、あれ見て!」
 ヨルムの近くに苏陽が立っている。その周囲には鎖が漂い、狙いを定めている。鎖は苏月のものだ。他にもヌールハーンの魔力が巨大な蛇の形になり、ヨルムを包囲する。
 アレンの水晶盤が鳴った。
「ヌールハーン、月さん…!」
『あのデカブツは我と苏月で仕留める』
『安心しろ、今度は酔わない。貴公は不朽城へ向かえ』
 アレンは頷いた。
「全軍、不朽城へ!ヨルムは苏安陸軍とクテシア陸軍が相手をする!」
 その言葉に全員が答える。士気は上がり、誰もが屍を超えて進もうとしていた。



 皇帝は『女神』を愛でながら言う。
「ファズミル、城を動かせ。ニコは〈天界への扉〉を開けるんだ」
 ファズミルは相変わらず何を考えているのか分らない顔で頷く。
「承知致しました」
 皇帝は『女神』に口付けする。それに『女神』は答えるようにしなだれ掛かった。
「ねぇ、あの扉は何かしら?」
「お前は知らなくても当然だろう。あれは、余とお前を楽園へ導くものだ」
 ニコはその二人の遣り取りを聞きながら冷や汗を流した。
(兄上…?陛下は、皇帝アレッサンドロではなかったの!?)
 アレッサンドロは魔法族マギカニアだった。神の兄である筈が無い。
(私の目の前に居るのは、誰!?)
 先程、ニコは外の戦いを窓から見た。戦場を覆うあの青い結界は、皇帝の時空魔法と同じだった。そして目の前の男は、アレンと同じ顔、同じ声をしている。
(お前は、誰!?さっきの空の亀裂は何!?)
 何も分らない。空に亀裂が走った瞬間、巨大な結界の破片が街へ落ちた。
 ニコは玉座の間から退室すると、窓の外を見た。市街地には山のように巨大な結界の破片が落下して、壊れた建物に閉じ込められた市民の救助作業が行われている。
 皇帝こそ、迫害されてきた魔人の指導者にして救世主だと信じていたのに。
(あの男は、魔人の敵だ。敬愛するアレッサンドロ様じゃない!)
 ニコは真実に気付いた。気付いてしまった。
「糞…、糞…ッ!」
 ニコは早足で地下に安置された〈扉〉に近付く。そして、その扉に魔法の鎖を巻き付けた。
(これで時間は稼げる筈)
 ニコが開かずとも、扉は開く。そうなる前に、連合軍を不朽城に入れて陥落させねばならない。あの男は魔人だけでなく、世界の敵だ。
(アレンに協力するのは嫌だけど…)
 そんな事を言っている場合ではない。
 ニコは地下から飛び出した。
「おや、ニコ将軍」
 ニヤニヤと笑っているのは、ファズミル顔の〈大帝の深淵〉二人組だ。
「退きなさい、〈深淵〉」
「そうはいかねぇ、陛下の御命令だ。勘の良い奴は殺せとなァ!」
 ニコは素早く彼らの攻撃を躱し、魔法で攻撃する。しかし、その騒ぎを聞き付けて大勢が集まって来た。
「皆、このままでは⸺」
「ニコは裏切り者だ!」
 ニコは目を見開いた。〈深淵〉がニコを帝国の敵対者に仕立て上げたのだ。その瞬間、野次馬達の目付きが代わる。
「あいつも裏切り者か」
「恥を知れ!」
「殺せ、ニコを殺せ!」
 ニコは叫んだ。
「違う!私は裏切っていない!皆も外を見たでしょう!?破片が落ちて、犠牲者が出ている。陛下が命を下したから⸺」
 しかし、弁解は無駄だった。
「ニコを殺せ!」
 手甲鈎が、ニコの薄い腹を貫通する。
「ぐあッ!?」
 背骨と肋骨を砕いて貫通した鈎は、内臓を引き裂きながら体内を出ていく。
「ぐうッ…!」
 血を大量に吐きながらニコは蹲った。内臓が出て、傷口と傷付いた内臓が毒で爛れる。
「動くなよ、楽にしてやる!」
 このままでは殺される。ニコは血を吐きながらも、怒りに燃える目で〈深淵〉を睨んだ。
「お前達…!」
 此処で殺されてなるものか。ニコは最期の抵抗に打って出た。
「ゴホッ…私は、帝国軍人だ…。私は…十二神将、〈聖女〉ニコ。此処で負ける訳には、いかないでしょうがぁ!」
 ニコの身体が膨れ上がり、身体が作り変えられる。
「ぎゃああああ!」
 身体を引き裂く激痛による悲鳴は、次第に咆哮に変わる。
 白い細腕と脚は屈強な白い四肢に変わり、金色の爪が伸びる。その神々しい魔獣は咆哮すると、呆然とする彼らを尾で薙ぎ払い、城を飛び出した。
 自我を失った獣は意思を持たない。しかし、ニコだった魔獣は東へ走る。彼女は唯、魔人の安寧と繁栄のみを祈っていた。白い魔獣は死んだ彼女の祈りを宿して東の城門へ走る。空から結界の破片が落ち続けるこの惨状を打破する為に。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...