創世戦争記

歩く姿は社畜

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創世戦争編 〜箱庭の主〜

亀裂

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 ロマナースの戦いが終わると、アネハル飛空艇団の飛空艇団を率いる王女フレアが船から降りてくる。その手には水晶盤が握られていた。
「盟主、他の部隊と連絡がついた。全軍、暴走した反乱軍を撃破し終えた。有翼人ハーピィの斥候からも同じ連絡を受けている。〈鍵〉の封鎖を解いてほしい」
「ああ、伝達に向かっていた有翼人か。それなら封鎖を解こう」
 アレンは咳き込みながら鍵の封鎖を解く。まだ喉に血が詰まっている感じがする。
「封鎖を解いた。次の集合場所はミレトクレタで良いか?思薺スーチーさんがそこで〈鍵〉を持って待ってる」
「ああ、賛成だ。地図を確認したが、ミレトクレタからなら強行軍すれば一週間で不朽城まで辿り着ける」
 ロマナースを奪還出来なかった帝国は、焦っている筈だ。今の内に畳み掛けるのが最適解だろう。
「飛空艇団もミレトクレタへ向かってくれ。それからミレトクレタの北部には故リサリア王国領がある。飛空艇の発着場も多いから、決戦前に飛空艇の点検をするのも良いだろう」
「助言ありがとう。アネハル飛空艇団は陸軍より速く移動できる。リサリアに向かってから合流しよう。水晶盤で詳細を送っておいてくれ」
 フレア王女は飛空艇に乗り込むと、リサリア領へ向かって出立した。
 アレンはそれを見送って指示を出す。
「負傷兵はロマーノ子爵が面倒を見てくれる事になった。動けない負傷兵はロマナースで待機。動ける奴は〈拠点〉に戻って交代で物資を運搬しろ。グラコスから兵糧が届いた!」
 数が減っていた兵糧の入荷の報せに、兵士達の瞳が輝く。兵糧が減ってからはフレデリカの創造魔法で食べ物を創ってはいたが、どうやらフレデリカは『料理』は出来るものの、『加工済みの食べられるもの』と『大量生産』が苦手らしい。なけなしの量しか賄えなかった。
 フレデリカはフフンと笑った。
「兵糧解決、戦力も解決。塔の天辺でお高く止まってる皇帝の鼻っ面を圧し折ってやろうじゃないの」
「ああ。一足先にミレトクレタへ向かってみるか?今は明るいから、不朽城が見えるかも」
「良いわね。行ってみましょ」
 二人は〈鍵〉を使って〈拠点〉を介し、ミレトクレタへ移動した。そして石柱群の光景に目を見開く。
「おいおい…」
 石柱群では戦闘があったらしく、死体が幾つも転がっている。
「アレン、こっち魔人の死体」
 フレデリカは魔人の死体をひっくり返した。鎧を着た、まだ若い男だ。
「徴兵されてまだ間も無かったんだろう。この腕、剣を握る機会の無い奴の腕だ」
 アレンは思薺を探した。彼女なら、此処で何があったのか知っている筈だ。
(あの男、所属を示す腕章が無かった。…無所属の兵士…脱走兵か?)
 二人は一番大きい天幕に入った。そこには想像通り、思薺が居た。そしてその横には、初めて顔を見る男が居た。
(あの首輪…奴隷?)
 アレンは思わず、自分の首に手を当てる。アレンは主を持たない奴隷階級だった。その為首輪は無かったが、大半が首輪を持っていた。
「思薺さん、何で天幕に彼が?」
 思薺の部下が男に茶を勧めると、男は涙を流して茶を飲んだ。
「帝国兵に追われていたそうです。話を聞いた感じ、帝都の脱走奴隷です」
 男は温かい茶にボロボロと涙を流した。歳は三十を超えているだろうか。外見は半魔人のアレンの方が若いが、歳は恐らく近い。
「詳しく聞かせてくれるか?」
 アレンとフレデリカは男の向かいに座った。
 男は視線を茶から二人に向けると、目を見開く。
「貴方…」
 男の視線はアレンに釘付けになっていた。
「あの…スラム街のアリシアさんの…」
 アレンは眉を跳ね上げた。
「母さんを知ってるのか?」
「ええ…スラムに居た頃の貴方についても」
 彼はコーネリアスが飴をあげた、アージャ王国出身の奴隷だった。
「俺達は、皇帝の生贄にされかけたんです。アリシアさんを蘇らせる為の、生贄として」
 男はアレンを見て拳を握った。
「アリシアさんは、敵を倒すようにと貴方に言っていました」
「ちゃんと?」
「ええ…」
 『ちゃんととはどういう事だろう。そうおもっていると、フレデリカは胸を張った。
「任しといて。もうじき帝国は終わるんだから」
「じゃあ、俺達も…」
「ええ、自由よ」
 フレデリカの言葉に男は目を輝かせる。二十年以上も奴隷として生きてきたのだ。自由に憧れるのは当然だ。
 アレンは提案した。
「フレデリカ、一度不朽城の様子を見よう。必ず勝つぞ」
「ええ」
 二人は思薺の天幕を出た。死体を片付ける兵士達の横を通り、石柱に登る。そこから見える景色は、絶景だった。
「綺麗…」
 夕日が白い砂漠を橙色に染める。そして夕日に照らされた遠くの不朽城の尖塔はどこまでも高かった。逆光で不朽城は黒く見えるが、その存在感は圧倒的だ。
「…帰ってきたんだな、俺は」
 アレンの呟きは、望郷に近いものがある。三十年を過ごし、コーネリアスと過ごした思い出のある地でもあるのだ。
「屋敷は、焼けてるんだろうな」
 フレデリカはあの屋敷を思い出した。オグリオンの暴走と襲撃によって燃えていたあの屋敷からアレンを救い出して五年が経つ。
「長かったような、短かったような…」
 十万年生きる彼女ですらそう思っているのだ。アレンにとっては長く感じる。しかし、この戦いももうじき終わる。
「特に変わった様子もないし、下に戻るか」
「ええ、そうね」
 望郷の思いを捨てて石柱を降りようとした、その時だった。
「うわっ!?」
 地震だ。
 二人はしゃがんで抱き合いながら揺れに耐える。
(地震が多い…何が起きてるんだ)
 フレデリカの華奢な身体が飛ばされないようしっかり抱き締めながら西を見たアレンは、目を見開く。
「おいフレデリカ、あれ…」
 フレデリカはアレンの言葉に西を見た。そして同じように目を見開く。
「不朽城が、動いてる…!?」
 不朽の尖塔が地面に沈み、今度は遠くから見ても分かる異様な速度で上昇する。その高い尖塔は空の結界に突き刺さり、凄まじい轟音が響いて空が裂ける。その亀裂は一気に東の彼方まで伸びた。伸びた先は、同じような亀裂のあるグラコスのリヴィナベルク上空だろう。
 何が起きているのかは分からない。だが、早く帝都を制圧せねばまずい事になる。二人の本能がそれを告げていた。
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