創世戦争記

歩く姿は社畜

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フェリドール帝国編 〜砂塵の流れ着く不朽の城〜

神々の戦いと只人

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 時は数日前に遡る。
「…つまり、皇帝の狙いはアレンだと言うのか?」
 ヌールハーンは問うた。それに対して苏月が答える。
「ああ。今までの状況からそう断定して間違い無いだろう。アレンはアレッサンドロの力を持ちながら、同時に明神と闇神の因子を持っている。ソレアイアで狙われたのもアレン一人だ」
 アレッサンドロに成り代わった闇神を父に持ち、明神の力の一片を持つアリシアが母である彼は、間違い無く皇帝にとって脅威だ。
「度々帝国軍が襲撃を仕掛けてきますが…まさか、アレン殿を狙っているとは」
 シルヴェストロは恐ろしいと言いながら鬣を揺らした。そのシルヴェストロの目線は、アルヴァ王として会議に参加しているアリシアが持っている、小さな小瓶に向けられている。
「その小瓶に入っている闇の因子がある種の目印なのですな?」
 ジェラルドはアリシアを心配そうに見た。
「そんなのを持っていて危なくないのか?」
「あら、大丈夫よ。ゼオル君を護衛に付けてくれたでしょ。揚げ物の油からも守ってくれそうな勢いだったわ。ね?」
 バルタス王国に所属する騎士の癖に、まるで最初からアルヴァの騎士だとでも言わんばかりに刀に手を掛けているゼオルを見たジェラルドは呆れた顔をした。
「…それはそいつが家事ガチ勢だからだな。ゼオル、一応所属はバルタス王国なんだからな?」
「言われなくても知ってる」
 ぶっきらぼうにそう言った彼は、会議中でも警戒を緩めない。まさに近衛の鑑だ。
「しかし困った者が敵になったものだ。闇神ハーデオシャなど、〈厄災〉と破壊神の父親みたいなものではないか」
 メルティアはロザリオを弄りながら言った。
「勝てるのか?〈厄災〉の因子を持つ貴殿らで」
 苏月、ヌールハーン、そしてシルヴェストロの三人を交互に見やると、シルヴェストロは目を逸らした。
「勝てないなんて言おうものなら、後で夫人達にこってり絞られますしな」
「夫人の前に我が貴様のその毛皮を剥いで絨毯にしてくれても良い」
 ヌールハーンの物騒な発言にシルヴェストロは全身の毛を逆立てた。
 苏月は自分の隣に座るシルヴェストロの毛を逆撫でしながら言った。
「ゴホン…結論から言うが、勝てない。だが、勝利へ繋がる一撃をくれてやる事は可能だ。その為の布陣を敷いてある」
 意地の悪い策士である彼が勝てないと言い放った事に、メルティアは眉を吊り上げた。
「負け、即ち死…これはそういう戦いだろう」
「それは全体の話だ。例えば私が死ねば東方連合が負けるかと言われたら、絶対に違う。ヌールハーンが死ねばクテシアは負けるか?そうではないだろう。だがが居る」
 その例外とは、他でもないアレン達〈創世の四英雄〉の事だ。
「アレン達の中の誰か一人でも死ねば、間違い無くこの戦争は負ける。だが今の彼らでは皇帝には勝てない」
 これは、『全体』の勝利を賭けた大勝負だ。
「全体が勝つには、これしか無い」
 その為の段取りはしてきた。後は実行するだけだ。



 そして今。
 皇帝の杖と三人の得物がぶつかり合う金属特有の耳障りな音と、アレンが結界の破壊を試みる音が響く。
「ネべ、ヴリトラ、ウガルルム、破壊神とその眷属である貴様らが、何故余に逆らう!?」
 ヌールハーンは大盾で弾きながら言った。
「我はヴリトラそのものではない。我は光の女王だ」
 魔法と剣を同時に使いながら、前衛として攻撃から味方を守りながら言う。
 皇帝の杖には物を切り裂く魔法が掛けられているのか、ヌールハーンの美しい盾には傷が幾つも走っている。
「破壊の眷属如きが、余に勝てると思うな!」
 皇帝の杖がヌールハーンの盾を弾くと、今度はヌールハーンの後ろから苏月が現れる。
 ばさりと音がして上着と長い髪が翻ると、皇帝の視線が遮られる。直後、皇帝の頭が蹴り飛ばされた。
 鋭い回し蹴りを食らった皇帝の頭が地面に叩き付けられる。そこにシルヴェストロが襲いかかった。
 しかし、二人は違和感に気付いていた。
「苏月、気付いたか?幾ら殴っても手応えが無い」
「…ああ、まるで霧を殴っているみたいだ」
 確かに側頭部を蹴り飛ばした。しかし、簡単に蹴りが当たったのだ。長年戦争に時間を費やした二人の勘が、敵の掌の上で踊らされていると告げる。
 そしてその証拠に、皇帝が動いた。
「ガアアアアア!」
 苏月が咄嗟に尻尾を引っ張ったから即死は免れたものの、ソレアイアでアレンを貫いたあの刃がシルヴェストロの身体を切り裂いていた。
「今の〈厄災〉は、この程度か。見損なったぞ、ウガルルム」
 ぼたぼたと血を流すシルヴェストロに冷たい目線を向けて言った皇帝は、左手に黒い槍を持つとそれを振りかぶった。
「苏月殿…、私の事は、庇わなくて結構…!」
 それが出来ればやっている。しかし、後に即位する美凛の為にも禍根が残るような事はしたくない。
「貸し一だ」
 そう言ってシルヴェストロを庇いながら鎖で妨害すると、槍の軌道が逸れた。
 今度はヌールハーンが皇帝の前に立ちはだかった。そしてファルシオンを皇帝の杖に叩き付ける。
「何故、今アレンを狙う?今でなくとも機会は幾らでもあった筈だ!」
 皇帝はそれを押し返すと、杖を振り下ろしながらヌールハーンの問いに答えた。
「機会はあった。だが、コーネリアスがどのようにあの子供を教育するのか見ていた。余への絶対の忠誠を家庭教師に叩き込ませるのか、国立の学院に通わせるか…だが、最終的に出来上がったのは金で動くような欲深く醜いだ。十二神将にしてみたが、序列は六位止まり。ゴミでしかない割に脅威だけはある。貴様も、有害なゴミは廃棄するだろう?」
 ヌールハーンのこめかみに青筋が浮かんだ。
「自分で撒いた種の責任を取れぬような輩と同じだと言われたくないな!」
 無数の魔法陣が浮かび上がり、その魔法陣の間を縫うように鎖が動く。その鎖は結界を大きく削りながら皇帝を追撃していく。その攻撃ほヴリトラに由来する強固な結界をも削り取った。
 ライカニアの兵士達がシルヴェストロを救助する。
「くっそ、あっちに行きたいのに!」 
 アレンとフレデリカは結界の割れた方へ移動しようとしたが、獣人ライカンスロープが集まっていて移動が困難だ。
 そんな中、アイユーブと美凛が駆け付ける。
「二人共、今どういう状況!?」
 美凛が問い詰めるように問うた。
 アレンが状況を説明しようと広場の方へ向き直ったその時だった。
「…っ!ヌールハーン!」
 皇帝の猛攻に押されたヌールハーンが体勢を崩したのだ。
 ヌールハーンは咄嗟に受け身を取ろうとするが、今度はあの刃がヌールハーンの両脚を太腿から切断し、追撃の刃が腰を大きく切り裂いた。
 骨が砕ける音と、切断された脚がどちゃっと汚い音を立てて落ちる。
「お袋!」
 アイユーブの声が聞こえたのかは分からない。しかし、周囲の悲鳴を嘲笑うように皇帝は言った。
「胴を狙ったつもりだが、外したか。だが次はそうはいかんぞ」
 そう言ってもう一度攻撃しようとしたその時、苏月がヌールハーンと皇帝の間に入った。
「殺らせない」
「本家苏氏の死に損ないか。宋偉の奴め、しくじったな」
 苏月はヌールハーンの側にしゃがむと、ヌールハーンから魔導具を受け取った。
 ヌールハーンの傷口は紫色に変色しており、ヌールハーンの額には脂汗が浮かんでいる。
「苏月…、やれるのか?」
「やるしかなかろう。子供達の為だ。腰をやられたようだが、手足は動くか?」
「腰から先の感覚が無い…だが、右手は動く」
「充分だ」
 苏月は立ち上がると、右手に小さな魔導具を隠し持って姿勢を低くした。
 直後、皇帝との間合いを一気に詰める。
 皇帝は杖で攻撃を防ぐが、その杖は苏月の拳によって容易に砕かれた。
「破!」
 強い発勁によって突き飛ばされ、更に追い打ちを掛けるように苏月が素早く攻撃を叩き込む。
 次第に押された皇帝が、大きな隙を見せた。
(胸元がガラ空きだ)
 右手に魔導具を持つと、得意の貫手が皇帝の胸を貫く。
「ガハッ!」
 皇帝は大量に吐血するが、笑っていた。
「体術は大したものよ…だが、神々には掟がある…下級神では、上級神を殺せない」
 苏月の腕を掴むと、皇帝は告げた。
「…貴様の発勁、見させてもらった。言い遺す事があれば、聞いてやろう」
「地獄に堕ちろ、自分で撒いた種の管理も出来ない色情魔が」
 汚い怨嗟の言葉を吐くと、苏月は怒鳴った。
「ヌールハーン!」
 皇帝が発勁を放つより僅かに早く、結界が苏月の右腕を切断して展開される。
 僅かに遅れて、皇帝の発勁が放たれた。骨の砕ける嫌な音がして苏月の身体が吹き飛ぶ。
 それを見た美凛が目を見開いた。
「父上…!」
 真っ赤な瞳は怒りで燃え、苏氏の血がアレンの剣に宿っている李恩を無理矢理に引き摺りだす。
 無理矢理に李恩を憑依させた美凛は、拳を強く握って結界に叩き付けた。
 けたたましい音と共に結界が割れると、美凛は城壁から飛び降りて皇帝を睨む。
「…お前なんか、殺してやる!」
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