創世戦争記

歩く姿は社畜

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フェリドール帝国編 〜砂塵の流れ着く不朽の城〜

怒る

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「…それじゃあ、二十四時間は当院で安静に」
 年老いた魔人はそう言って溜息を吐いた。
「全く、稀有な者が居たもんじゃ。魔人の混血で、スー氏に連なって?そんでもって時空魔法の使い手とは、のう?」
 魔人はナオスクルで最も腕の良い医者だった。名をホベルトと言い、あのオグリオンの師でもある。
「助けてくれてありがとう。ところで、あんたは人間や魔法族マギカニアに対して何も思わないの?」
 フレデリカの問いにホベルトはふさふさの白い眉をぐいと寄せた。
「魔法族か…随分と懐かしい名を聞いた。儂は千年生きておるが、あれから二百年、いや三百?…どっちにしろ、随分と長く感じたわい」
 ホベルトは窓の外を見た。夕日に赤く染まるナーシクル山脈を見る目は疲労に満ちていて、長い時を感じさせる。
「あの山脈を遥か西へ迂回して越えなければ、魔法族に出会う事は無い。なのに何故、儂らは憎み合うのかのう」
 ホベルトは魔法族に対して憎しみを抱いてはいないらしく、アレンとフレデリカ、そしてコンラッドがやって来ても何も言わなかった。
「儂は医者じゃ。病める者が居れば治す、それだけ。種族なんかは、寿命と身体構造、主要な食物が違う以外はほぼ何も変わらん。差別する理由は無かろう。とはいえ違う所もあるから区別はするが…」
 帝国領にも獣人やその他種族は一定数居る。ホベルトの机の上は、様々な種族の身体について記された解体図や医学書が置かれていた。その中に、付箋がいっぱい貼られた医学書がある。表紙に書かれている著者の名前はオグリオンのもので、何度も使われたのかボロボロだった。
「その本、オグリオンの…」
 ホベルトは横目でアレンを見た。
「コーネリアスの小僧は生きていた…。オグリオンは…あの糞餓鬼は生きているのか?」
 フレデリカは答えた。
「ええ、五年前に会った段階では」
 ホベルトはパイプを手に取ると、煙草の葉を詰めて言った。
「あやつは、弟子の中で最も出来が良かった。この千年で何人もの弟子を取ったが…万民を救おうと医学書を書き続けたあの子は、儂の誇りだよ」
 パイプに煙草の葉を詰める手が止まった。そして今度は、思い出を辿るように葉を出して戻していく。
「奴は特に、人間に興味津々だった。何年か前に急に連絡してきてな。まさか、仕えていた主が人間を拾っていたとは」
 フレデリカは横になって静かに話を聞いているアレンの顔を見た。
「あの神医が彼について聞いていたのなら…もしかして彼の病を治せたりしない?オグリオンが彼の血の病について気付いてたって事は無いかな」
「遺伝的な疾患を根本から治す方法は現代には無い。遺伝子検査を行えても、遺伝的な疾患を治すのは遺伝子に何かを書き加えるからじゃ。フレデリカ、お前さんは〈創世の四英雄〉だと言ったな。ならば分かるじゃろう、古代技術はもう使えぬとな」
 〈創世戦争〉の発端は、技術革命とその技術を用いた戦争による環境汚染だ。神々の暇潰しとして創造神と時空神によって創られた世界はやがて醜く汚され、怒り狂った神々によって破壊された。だから優れた古代技術は封印され、シュルークの手によって古代技術の知識を持たない愚者達が新たな世界へ飛ばされたのだ。
(古代には遺伝子の疾患を治す技術があった。だけど私はそれを知らない…)
 知っているのはシュルークだけだろう。彼は天才だった。大気や土壌を汚染する機械ではなく、何も汚染せずに機械と同等の事をやってのける魔導具を開発したのだから。
「フレデリカ、お前さんが何を考えているのかは分かる。シュルークに聞いて、無理矢理にでも治すつもりじゃろう」
 図星を突かれたフレデリカは目を逸らした。禁忌を犯せばどうなるか分からない。しかし、どうすれば良いのだろう。
「治療法は無いが、症状の緩和ならば出来る。この病というのは、激しい頭痛と吐き気、高熱によって体力が減る事で免疫が落ちてしまう病じゃからの。健康的な食事と充分な睡眠。これが処方箋じゃ」
 ホベルトはアレンに問うた。
「好き嫌いはあるか?」
「…魚。魚が嫌い。好きな物…は分からないけど、多分果物は好き」
「味覚障害があると言っていたな。オグリオンが気付いていなかったとは思えんが…治療に時間が掛かるのかのう?兎に角、時間は掛かるかも知れんが治すには亜鉛を摂らないと。幸いザロ領は水が豊富でアボカドもある。アボカドを使った料理を出そう」
 ホベルトはアレンが礼を言う前にすたすたと部屋を出て行った。
 ホベルトが出て行くと、アレンはフレデリカに問うた。
「さっき、何で止めた?」
 怒気を孕んでいるが、フレデリカに対して怒っている訳ではない。只の質問だ。
「あんたに闇魔法を使ってほしくないから」
 アレンは持っている要素や因果が多過ぎる。それらがいつか決壊して、アレンが壊れてしまわないか心配だ。だから危険を孕む闇魔法の使用を避けて欲しかった。
「…俺、凄く怒ってる」
「うん、知ってる。私の為に怒ってくれてたんだよね」
 アレンは黙ったまま身体を起こした。
「ちょっと、ホベルト爺ちゃんが安静にって言ってたでしょ」
「食べる時は起きないと。それとも、お前が食べさせてくれるの?」
 その冗談にフレデリカは笑った。
「私は別にそれでも良いわよ」
 そう言ってフレデリカはにまにまと笑った。その顔が可愛くて、アレンはフレデリカの頬をつまむ。
「ひょっと、ひきなりなひよ?」
「次知ったような口を叩いてこの顔を泣かせたりする奴が現れたら…躊躇無く殺すからね」
「ありがとう。でもそこまでしなくて大丈夫。次は自分で黙らせるから」
 フレデリカはそう言ってアレンの横に腰を降ろした。
「でも私の為に怒ってくれたのは嬉しいなー」
 人間には大き過ぎる寝台の上で脚をぶらぶらさせながらフレデリカは言った。
 その時、扉が空いて美凛メイリン達が入って来た。
「あれ、どうしてあんた達が此処に?」
 アイユーブが水晶盤を持って言った。
「本陣に連絡を入れようとしたが、通信が悪くてさ。アレンの魔法で修理出来ないかなって」
「確かに俺の魔法は物を元の状態に戻せるけど…修理ぃ?魔導具はシュルークの専門だろ」
 謝坤シェ・ゴンが肩を竦めた。
「そのシュルークが出て来ねぇんだよ。陛下に報告したかったんだけど…皇后様も連絡取れないって言っててさ。社龍シャ・ロンの奴にも通信出来ないし、美凛の水晶盤もなんだ」
「待て、舞蘭ウーランさんは一人で残ってるのか?」
「ダラン夫人とお喋りしてる。夫人の周りは武装したメイドが多いから、遊んで来いって言われた」
 ダラン夫人とはレオカディオの妻の事だ。
「ダラン夫人の精神状態が余り良くないから、皇后様がお相手して差し上げてるんだ」
 美凛が頷くと、水晶盤をかちゃかちゃと振った。その表紙に変な人形の付いたキーホルダーが揺れる。
「母上、父上がちゃんと食べてるか心配なの。父上は母上が作った物以外は食べないからね、私も心配!」
 アレンは美凛から水晶盤を受け取ると、通信状況を確認した。
 水晶盤は魔力で文字や音声を届ける魔導具だ。魔力を充填する事で、好きなだけ文字や音声を送れる。しかし、大気中の魔力が乱れていたり弱かったりすると通信が弱まってしまうという弱点があった。
「んー、東方連合の水晶盤は帝国の魔力に対応してないのか?動作は問題無いし、水晶盤の問題では無いんだが…」
 フレデリカは自分の水晶盤を取り出した。
「帝国は魔力が土地によって強さも違うし、ナオスクルならナーシクルの魔力も流れ込んでる。通信は悪くなっても仕方無いよ」
 それでもアレンは水晶盤を睨み続けた。自分の子供をこよなく愛している苏月スー・ユエとヌールハーンなら、連絡して来てもおかしくはない。音沙汰も無いのは、只の通信不良のせいだろうか。
 悩んでいたその時、ホベルトが入って来た。
「おや、客か。お前さん達も食べるかの?人間がどのくらいの量を食べるか分かってなくて普通に作ったのじゃが、明らかに多過ぎての」
 謝坤が目を輝かせた。
「うぉー!美味しそう!皇后様の料理と良い勝負だぞこれ!」
 アボカドを使った美味そうな料理が一同の鼻腔をくすぐる。アレンには味覚が無いが、本能が強く訴えている。間違い無く絶品だと。
「若者はしっかり食べんといかんぞ。ほれ、たんと食べなさい!」
 そう言って魔法で取り出した円机の上に料理を並べると、美凛と謝坤がはしゃぎながら席についた。
「アレンとアイユーブも食べよう」
 アレンは肩を竦めると、ゆっくり寝台から立ち上がって席についた。
「そんじゃ全員、いただきます!」
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