創世戦争記

歩く姿は社畜

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フェリドール帝国編 〜砂塵の流れ着く不朽の城〜

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 その五日後、アレン達はザロ家と会談の日程が調整出来たので、ザロ領へ向かう旨を各国の王達に伝えた。
「思ったより早かったですな」
 シルヴェストロは驚いたようにそう言うが、その顔は驚いた様子など微塵も無い。
「コーネリアスに聞いたんだけど、ザロ家が抱えてる軍隊は凄く強いんだって。味方にするしかないよな」
 ジェラルドはそれを聞いてうんうんと頷いた。
「味方になれば心強いじゃないか。個々の武将が強くとも、結局は全体の質が求められるのが戦争だ」
「俺もそう思う。一騎当千なんて奴らは幾らでも居るけど、そいつら単騎じゃ駄目だし」
 一騎当千だけでは交渉材料として弱い。強過ぎる力は味方を潰すし、単騎では数の暴力に負けるからだ。
 ザロ家の保有する戦士団は帝国全土に知れ渡る程に勇猛な戦士達で構成されている。そして戦士団を率いる現ザロ家当主レオカディオ・ザロ辺境伯も勇猛果敢かつ、知性的な人物だ。
「コーネリアスの件はまだ伏せてるが、レオカディオ辺境伯と連絡が付いて、対談まで持ち込めた。だけどそのザロ伯と交渉する人選で悩んでるんだ」
 辺境伯というのは国境を守る貴族だ。しかし拡大し続ける帝国は国境が常に変わる。変わる国境に対して家という不動産や大勢の使用人を抱えた辺境伯達は中々動けず、いつしか国境だけでなく無名領に隣接する大規模な領土を持つ貴族を辺境伯と呼ぶようになった。
「可能なら、ムーバリオス家との結託を妨害出来るような奴が欲しい」
 アレンがそう言うと、コーネリアスが説明した。
「俺の実家とムーバリオス家は仲が良くない。というのもムーバリオス家はナーシカルバフ大橋を守っていて、対してザロ家はパノチサナスに隣接していた。パノチサナスは帝国とは対象的に肥沃な土地を持っていたからな。隣は良いモン食ってるのに自分らは乾いた砂と腹の足しにもならない無名領との境界にある城塞だなんて、良い気分じゃねぇだろうよ」
 その言葉に苏月スー・ユエが答えた。
「うちからは美凛メイリン舞蘭ウーランを貸そう。美凛なら妨害行為などお手の物だろう。私も何度変な悪戯をされた事か…」
 横に座っていた舞蘭が抗議するように夫の腕を掴んだ。
「あなた、私の作ったご飯以外食べないでしょ。私が居ない間のご飯はどうするの?それに私、諜報活動の真似事は向いてないわよ?」
「美凛が変に何かやらかさないか見てて欲しい。あとあの背後霊みたいな女も」
「あなたの祖先じゃないの…」
 舞蘭が尚も抗議しようとするのを苏月が手で制すると、ヌールハーンも言った。
「クテシアからはアイユーブとアリージュ、それからシハーブを貸す。アリージュは次の王だからな、そろそろ外交もやらせないと」
 それを聞いた空軍を率いるメルティアが問う。
「公主や王子、王女…護衛はどうするんだ?」
 至極正論だ。しかし、その公主や王子、王女達は腕っ節に定評がある。
 アレンは遠い目をした。
(俺に預言は出来ないけど…こいつらが殺される未来が見えない)
 付けられた護衛の方が足を引っ張ってしまうような人選だ。しかし万が一を考えて護衛は付けたい。
(シハーブはアリージュの護衛なんだろうけど、護衛としては数えない。アイユーブは…まさか預言で危機回避させようとかそういう魂胆じゃないだろうな)
 考えあぐねていると、メルティアが提案した。
「飛空艇で護送しよう。リサリアが滅びた今、最強の飛空艇団を保有するのはアネハル連峰だ。連合の武威を示せるだろう」
 シルヴェストロはそれに反論する。
「武威を示すという点では賛成ですが、飛空艇では帝国にも動向が知れましょう。それと、武威を示すならアレン殿にも行ってもらわねば」
「一応、俺は最高司令官なんだけど…」
 試しにそう言うとヌールハーンが鋭く返してきた。
「貴様は連合の最高司令官であると同時にアルヴァの王子だ。外交の一つや二つくらい経験しろ」
「はーい…」
 アルヴァの女王として会議に参加しているアリシアも、今回は簡素だが美しいドレスに身を包んでいる。その老いた顔は穏やかに笑みを浮かべているが、「王子としての自覚を持て」とでも言わんばかりの圧を放っていた。
「人質になりたくないなぁ~…」
 隣でむしゃむしゃと焼き菓子を頬張るフレデリカに救いを求めようとするが、フレデリカは口の中身を飲み込んで答えた。
「良いじゃない、ザロ伯を味方につけるんだったら大義名分は必要でしょ?にはやっぱりコーネリアスだし、そのコーネリアスが帝国と袂を分かつの決心したきっかけもあれば決定的よ」
 これはもう、自分が行くのは決定のようだ。
(まあ仕方無いか…)
 コーネリアスは表向きは死んだ事になっている。そしてそれはザロ伯もそのように伝え聞いている筈。
(だが敵はコーネリアスの生存を知ってしまった。何としてでも妨害しようとするだろう)
 アレンは腹を括った。
「…分かった、俺が行くよ。ていうか初めからそうさせるつもりだったんだろ」
 そう言うと、会議室が沈黙に包まれた。図星のようだ。
「…よっ、白馬のアレン王子!」
 苦し紛れにジェラルドがそう言った。
「うっせぇなぶっ殺すぞ!」
 その怒鳴り声に一同が爆笑する。
 アレンは溜息を吐くと、コーネリアスとフレデリカを連れて部屋を出た。
「…王子とか、柄じゃないんだけど」
「良いじゃない、私の王子って事で」
 フレデリカの発言は聞いていてこっ恥ずかしかったので、アレンは赤面した。
「なーに赤くなってんの?」
 そう言ってフレデリカはアレンの顔を覗き込もうとする。アレンはぷいと顔を背けてフレデリカから逃げる。
 コーネリアスはそれを見て笑った。
(俺も昔は、こんな風に許嫁と仲良くしてたなぁ)
 窓から故郷のある北を見ると、もう遠い昔のように思える青春が蘇る。
『ねぇコーネリアス!』
 青灰色の髪を靡かせる、街一番の美人。双子の兄も優秀で、兄妹揃って非の打ち所が無い。家柄も性格も良く、大勢の男達から求婚されていた。
 一つ不幸があるとすれば、それは結婚した男が種無しだったという事だろう。
 最後に会ったのは、オグリオンが師事していた病院から不妊症と診察された後だった。
『別れよう』
 その時の許嫁の顔は今でも鮮明に覚えている。驚愕と絶望、悲嘆がない混ぜになった、酷く惨めな顔。
 男性の不妊症への理解など、その時代は全く無かった。子供をつくれなければ、周りからは女が責められる。しかし最愛の人が周囲から石女と罵られるのは耐えられなかった。
『他の男と幸せになってくれ』
 そう言って領都を飛び出して二百数年。
(アナスタージア、今何してんのかな…)
 血は繋がっていないが、息子アレンには好いた女と結ばれて欲しい。
 コーネリアスは騒ぐ二人の頭を後ろからワシワシと撫でた。
「お前ら、末永く仲良くするんだぞー?」
 アレンはコーネリアスの手を掴んだ。
「突然どうしたんだよ?」
「んー、別にー?」
 そう言ってアレン達の前を通り過ぎる。この二人には、この戦いを生き延びて欲しい。
(これ以上殺らせねぇよ、あの糞皇帝)
 先日、アリシアから聞いた話がコーネリアスの頭の中で警鐘を鳴らすように響く。
 アイユーブの預言だけじゃない。スィナーンを超えたその時から、連合は薄い刃の上を渡るような進軍を行っている。右も左も、そこかしこに皇帝の悪意があるのだ。
 アイユーブの預言は帝都で連合の面々が処刑された物だけではないだろう。
 コーネリアスは満面の笑みを浮かべた。
「ほら、早く準備するぞ。俺の故郷へ案内してやるよ」
 勝利するには、預言という形で提示される最悪の結末を回避し続ける必要がある。
「はいはい、腕引っ張るなよ」
 アレンとフレデリカはコーネリアスの思惑に気付かないまま、旅立ちの準備に向かった。
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