創世戦争記

歩く姿は社畜

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魔導王国アミリ朝クテシア編 〜砂塵と共に流れる因縁の章〜

偽物の言う事

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 武公ジェティはバルコニーから戦いを見下ろしていた。
「コーネリアスが生きているのは誤算だったなぁ」
 二十年前まで、二百年もの間序列一位に君臨していた最強の魔人だ。簡単に潰せる相手ではない。
(陽動作戦とは、随分と手の込んだ事をするじゃないか)
 望遠鏡を取り出して南西を見ると、一方的な殺戮と化した戦場が見える。そこにはためくのは苏安とライカニア、そして〈プロテア〉の旗だ。
(嵌められたな。苏月とシルヴェストロは手強い相手なのに)
 アレンが頭も使える事は知っていた。だが、人の子と舐めていたのは事実だ。少数で乗り込んで来たのは、勝てると踏んでの事だろう。
(あいつは将軍時代も唐突な行動をして首級を挙げていたな。敵に回したらこんなに厄介だったなんて)
 大物二名を使った陽動作戦は序列一位のオドを誘い出す為の作戦だ。勝てると踏んだのは、城に居る将軍が李恩と弥月、そしてエティロの三人と踏んだからだろう。
(恐らく、何処かしらに撤退した死に損ないが将軍の情報を漏らしたな)
 ジェティは舌打ちして李恩を目で追う。彼女は先陣をきって戦う時、必ず名乗りを上げる。しかも他の将軍の名前もだ。特に指示が無ければそうしている彼女だったが、今回は名前を伏せるべきだったかも知れない。城を守っているのが他の将達なら、或いは将の名前が判っていなければ、アレンの行動はもっと慎重なものになっただろう。
 その時、背後で物音がした。
「…そこで何をやってるんだい?」
 緑の髪の男女は、ジェティを見ると後退った。どうやらどさくさ紛れに侵入して来たらしい。女の手には遺物を操作するコントローラーが握られている。
 ジェティはそのコントローラーが操作する物に心当たりがあった。魔導ではなく純粋な熱を打ち出す古代遺物、熱光線砲台だ。
 ジェティは笑った。この二人の事は
「アリージュ、シハーブ、そのコントローラーは玩具じゃないよ。返して」
 かつてこの身体の持ち主が浮かべていた笑顔を浮かべると、アリージュは怯んだ。しかし、シハーブはアリージュを庇うように大鎌を構える。
「…アリージュ、こいつはティヤーブにぃじゃない」
 ジェティは笑顔で問うた。
「熱光線砲台で何をするつもり?お兄は怒らないから、話してご覧よ」
 アリージュは後退りながら震える声で言った。
「違う…貴方は違う。貴方はティヤーブお兄様じゃないわ!」
「アリージュ、走って!」
 シハーブが叫ぶと、アリージュは隣の窓を割って飛び降りた。ジェティが気を取られていると、喉元に鎌が迫る。
「墓荒し、お前だったのか!」
 寡黙で極度の人見知りであるシハーブが声を荒らげるのが面白くてジェティは嗤った。
「そうだよ、ボクだよ!ねぇどうだい、兄の死体を荒らされた上に、家族まで殺された気分は!?」
「殺された…?」
「第三王子アイユーブだよ。ほら、腕が届いただろう?」
 シハーブは鼻を鳴らした。
「偽物の言う事は嘘だって、相場は決まってんだよ。答えろ糞餓鬼、アイユーブ兄は何処だ」
 シハーブの大鎌が脳天に叩き付けられる直前、ジェティは結界で防いだ。
 金属がぶつかるような不快な音の下、ジェティは嗤った。
「そんなにお兄に会いたいんだ。良いよ、会わせてあげる」
 そう言うと、空間魔法を発動した。すると暗い穴の中から誰かが出て来る。
「アイユーブ兄…!?」
 壊れた機械仕掛けの人形のようにぎこちない動きでシャムシールを構えるのは、兄のアイユーブだった。
 アイユーブは口から血を溢しながら声を発した。
「…し、ハーブ…?」
 酷い暴行を受けたらしく、全身傷だらけだ。
 ジェティは冷たく嗤った。
「アイユーブ、シハーブとアリージュを殺せ」
 


 その頃、門前の広場にて。
「李恩、ジェティが来ているのか?」
 先程、アレンはジェティの魔力を検知した。
「ああ来てるよ。何かする訳でもないのに来るなんて、不思議な奴だな」
 アレンは眉をひそめた。ジェティが何もしないなんてあり得ない。帝国の将軍や貴族は彼の事を、『陰湿悪徳童顔野郎』と呼んでいた。何も企んでいないとすれば、それはもしかしたら翌日に世界が滅びるのかも知れない。
「…おっと」
 楽々と剣を躱すと、李恩は笑った。
「凄い!母上は男は物事を二つ同時には遂行出来ないと言っていたが、お前は思案しながら戦えるんだな!」
 母上、その人物について聞こうとしたその時だった。
「それって多分、料理しながら洗い物とかの話?君は出来てなさそうだね!」
 何処からか飛び降りて来た美凛の蹴りが、咄嗟に回避した李恩の代わりに地面を割る。しかしそれだけでは止まらない。
 顔の割に上背のある美凛の筋肉に覆われた長く太い脚が李恩の胴に迫る。
 李恩は何とかそれを躱すと、美凛を見て目を輝かせた。
「何だ今の蹴り!これが本場の苏安格闘術か!凄い、もっと見せてくれ!」
「うんーよー。けどそっちもいっぱい喋ってよね、君のお母さんについとかてさ。と言う訳でアレンはどっか別の場所行っててよ」
 邪魔者扱いされたアレンは大人しく移動する事にした。その時、矢が飛んでくる。
 城壁の上から狙撃しているようだ。
(忘れてた。弥月を何とかしないと)
 彼女の身長は百四十センチと小柄だが、背丈に不似合いな強弓と太く長い矢を操る女だ。魔人の山賊討伐で共闘した事もあるが、その弓は胸板の厚い大男の胸をも貫通する。当たれば致命傷は免れないだろう。
(階段は無い。五年振りにやるか)
 あの時は苏月に放り投げられたが、今度は自力だ。コーネリアスの血を飲んだ今の自分に不可能は無いようにも感じる。
 アレンは剣を仕舞うと、助走をつけて走った。城壁の前で大きく跳躍すると壁を蹴って駆け上がり、城壁の縁を掴んで飛び乗る。同時に剣を抜くと、襲い掛かってきた敵を叩き潰した。
「無謀な!」
 弥月は素早く矢をつがえて放つ。しかし、その矢はアレンの結界に阻まれてへし折れた。
「なっ…!?その魔法、何故お前が!?その魔法は父上にしか使えない筈!」
「偽物はどうやら嘘しか言わないらしい。時空魔法を扱えるのは、あいつだけじゃない」
「何故だ、私は陛下の子だ!何故赤の他人のお前が使える!?」
 アレンは剣を持って悠然と、だが隙を見せずに近付く。どうやら弥月はアレンとは違って時空魔法が使えないらしい。
「…さあ?何でだろうな」
 弥月は弓を仕舞って剣を抜いた。しかし不利を悟ったその青い目は退路を探っている。
 しかし城壁の上では、退路は一ヶ所しかない。それも一方通行だ。
 弥月が絶望的な表情を浮かべて武器を落とす。
 しかし、無情に振り翳されたアレンの剣が弥月を叩き斬ろうとしたその時だった。
「危なっかしいなぁ、君達姉妹は」
 アレンの目の前から弥月の姿が消え、代わりに少年の声が響く。
「…邪魔するなよジェティ」
 箒に跨がって弥月を抱えた少年は忌々しげに言った。
「それはこっちのセリフさ。今さっきオドの目を通して向こうの戦場を見たけど、本当に嫌な事してくれるね」
「無駄話は要らない。それより弥月を降ろせ。ヌールハーンを大人しくさせる為にもそいつらの首が必要だ」
 ジェティは笑った。幼い顔に不似合いな、邪悪で歪んだ笑みだ。
「おいおい、嘘を言うなよ。あの狂った女を止めるにはクテシアの王子達が必要だろう?だけどそうはさせない」
 そう言ってジェティは城のバルコニーを指差した。
 アレンは警戒しながらその指が示す先を見る。
「…あれ、アイユーブか?」
 魔人の目は人間より視力が良い。五年が経ち髪が伸びているが、間違い無くアイユーブの顔だ。そのアイユーブが、今はシハーブと戦っている。
「あいつに何をした?」
「洗脳と調整、隷属化だよ」
 アレンは考えた。今はシハーブが押されている。もし、このままシハーブが負けて討ち取られたら?或いは相討ちになったら?ヌールハーンの精神異常による殺傷行為は現状身の回りの侍女だけに収まっているが、もし最悪の事態に陥った場合、どうなるか分からない。
「アリージュ王女が近くに居た筈だ。アリージュは何処に居る!?」
 帝国の侵攻を防ぐにはヌールハーンの協力が不可欠だが、それにはこのラダーンでの戦いで、アイユーブとシハーブ、そしてアリージュの生存も不可欠だ。
「さあね。逃げられちゃったよ」
 アレンは舌打ちして命令する。
「作戦変更!敵将の討ち取りよりアイユーブとシハーブの救出、アリージュの捜索を優先しろ!」
 アレンはジェティを睨が、今はジェティより優先すべき事がある。
 視線を逸らさないまま、アレンは魔法で御代官様を召喚した。
「行くぞ御代官様。アリージュを探す」
 そう言うとアレンと御代官様は走り出した。
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