創世戦争記

歩く姿は社畜

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魔導王国アミリ朝クテシア編 〜砂塵と共に流れる因縁の章〜

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 クテシアの大将軍ウサーマは城壁の上から大規模なパレードを眺めていた。
(援軍要請したが、こんなに早く来るとは…)
 隣国苏安の西域でも準備を含めて三ヶ月以上は掛かると思っていたが、噂の元十二神将によって進軍速度を大幅に上げたらしい。
「確か…〈神風〉、だったか」
 水晶盤の向こうに映っていた青髪の青年。伏目がちで元気の無い顔からは連想出来ない程の速い動きに感心すると、部下が持っている水晶盤を魔法で浮かせた。
「陛下、御覧ください。〈東方連合〉の軍隊です」
 クテシアには英雄の末裔の加護を望む小国の主達が派手なパレードをして自国の力をアピールし、ヌールハーンにとって有益な存在であると強調する事がよくある。しかし今回のそれはもっと派手な救いの手だ。
『どうやって…こんな大軍が…』
 先頭の青い旗に目が行く。〈レジスタンス=プロテア〉だ。グラコスや苏安、大和では〈プロテア〉が活躍していた。
 ヌールハーンは後悔した。何故〈プロテア〉に投資して味方に引き入れる事をしなかったのだろう。
『…入城を許可しろ。我はあれと…元十二神将と話がしたい』
 ウサーマは頷くと、部下に開門するよう伝えた。



 パレードを終えて城内に招かれたアレン達は、サーリヤの実父であるウサーマ大将軍に出迎えられた。
 金をふんだんに使って装飾された謁見の間はきらきらとして眩しいが、ウサーマ大将軍とその横に控える王子や王女達は、サーリヤの姿を見ると黄金よりも眩しい笑顔を見せた。
「最高司令官殿、娘が世話になりました」
 謁見の間に向かう途中、アレンはヌールハーンとウサーマの関係をシルヴェストロから聞いていた。
 表向きは国王夫妻だが実際は籍を入れておらず、愛人関係であり主従関係であるらしい。しかしそこには確かに愛はあるようで、ラダーンの陥落を聞いて尚冷静に振る舞っていたウサーマの笑顔からもそれは見て取れる。本来なら国王の愛人が姫を呼び捨てで呼ぶなどあってはならないが、ウサーマも安心したのだろう。
「サーリヤが無事で良かった。こいつが居なかったら、俺達も此処には居なかったかも知れない」
 サーリヤが拠点に転がり込んだ事によってアレン達も迅速に行動しラダーンの被害状況についてある程度の想定が出来た上に、必要な物資もある程度揃った。だがそれだけではない。
「国王陛下のおなーりー!」
 侍女達が一斉に衛兵の後ろへ隠れた。
 侍女達の恐怖の対象、光の女王ヌールハーンは、すっかりやつれた顔をして入って来た。
 白い衣は質の良いシルクで作られ、香が焚きしめられて芳香を放っている。しかし、同時に腐敗臭も感じた。その右手にはファルシオンが握られており、左手には白い布に包まれた何かを持っていて強い殺気を感じる。そしてその殺気は、苏月とジェラルドの隣に居るアルフォンサ⸺アマリリスに向けられた。
「危ない!」
 アレンが叫び、ウサーマ達が剣を抜いた瞬間、苏月はアマリリスとジェラルドを突き飛ばしてヌールハーンの剣を魔法で生み出した槍で受け止める。
「ヌールハーン、控えろ!」
 しかし、ヌールハーンはそれを無視して問うた。
「…ウサーマ、我は、元十二神将と話がしたいと言った。だが何故、此処にアマリリスが居る?ああ嫌だ、名を言うのも穢らわしい」
 ジェラルドはアマリリスを庇うように剣を抜いた。
「あの事件で貴国の貴族子弟も大勢犠牲になった事は俺も知っている。だけど、当時の彼女にはあれ以外の手段は無かったんだ!」
「黙れドミンゴの倅。貴様が何か言ったところで、あの子はもう帰って来ない!」
 アマリリスが叫んだ。
「ヌールハーン様、罰は甘んじて受けます。だけど、私は帝国に立ち向かう所存です」
「よう言うわ。他国の王侯貴族を生贄に帝国に降る道を選んだ果に国民全員を死なせた癖をして!帝国に降る際にどれだけ情報を流した?貴様さえ居なければ、我が国の犠牲は減ったのに!」
「…っ!」
 アマリリスが苦痛を感じたように顔を顰める。
 ヌールハーンの罵声はアマリリスの心を深く抉るが、その左手は白い何かを抱き締めるように抱えている。
 それに気付いたのはアレンだけではなかったようだ。苏月がアレンの方を向く。
『武装を強制解除させる。その隙に貴公はその白い布と中身を奪い取れ』
 ジェラルドが叫んだ。
「もういい加減にしろ!こっちは援軍として駆け付けたんだ!先ずは諸悪の根源である帝国を叩くのが先だろう!」
 ヌールハーンの意識がジェラルドに向けられたその瞬間、苏月の長い脚がファルシオンの刀身を横から蹴り飛ばした。同時にアレンはヌールハーンとの距離を詰めると、左手の中にある物を奪い取った。
 苏月は喚くヌールハーンを組み伏せると、アレンの方を向いた。
「中身は?」
 腐敗臭に顔を顰めながら、アレンは中身を確認した。そして中身に驚愕する。
「…これ、誰のだよ」
 そこには、腐敗して変色した肘から先の腕があった。
 ウサーマは苏月と交代して答えた。
「…先日、死ぬ寸前まで痛め付けられた兵士が転移魔法で此処まで飛ばされて来たのです。兵士は今際に…『アイユーブ王子は死んだ』、と」
 シルヴェストロはヌールハーンを見て問うた。
「これが本物のアイユーブ王子の腕か…ヌールハーン殿は確かめたのですかな?確か貴国には、遺伝子なる物を調べる古代遺物などが数多くあったと思いますが」
 遺伝子検査は太古の昔に存在していた技術だ。人と魔法族マギカニアが生み出した技術の一つで、血液や体液、髪や皮膚などから遺伝子を調べて祖先を辿り、血縁関係を特定する。
 主に医療や不倫調査に使われていたらしいが、時代が〈創世戦争〉の直前に近付くにつれ、遺伝子を操作して新しい特性を持つ生命体を生み出す、ある種の禁忌のような行為が横行していた。
 シルヴェストロの鋭い問いに誰もが黙ったが、その沈黙を破る者が居た。
「皆様、口を挟む事をお許し下さい」
「これはこれは、アリージュ王女」
 フレデリカがアレンの元へ駆け寄ると、小声で説明した。
「アリージュは亡くなった王子を含めると第七子だけど、上の奴らは王位継承権を捨てたから王太子でもあるわ」
 国王になる為の教育も受けた彼女は、クテシアの法について話し始めた。
「古代遺物は国王の許可無くして使用出来ないのです。母はこのような状態ですので、とても許可を出せないのです。只…」
 アリージュはフレデリカとアレンを見た。
「法を作った聖祖シュルークは、有事の際に国王が使用許可を出せない場合にのみ限り、英雄二人の許可があれば使用を許可すると書き遺していました」
 英雄二人というのは、この場ではアレンとフレデリカの事を言うのだろう。
 アレンは直ぐに口を開いた。
「許可する。フレデリカも許可するって」
「ちょっと、私まだ何も言ってないわよ」
 そう言いつつも、フレデリカは許可すると答えた。ヌールハーンの精神状態を一時的にでも安定させなければ、アマリリスが寝込みを襲われて殺されかねない。アマリリスだけで済めばまだマシだが、精神異常者の行動は誰にも読めないのだ。
 アリージュは微笑んだ。
「ありがとうございます。これで遺伝子を調べられますわ」
 後ろの方では、王子や王女達が手を取り合って喜んでいる。彼らはどうやら、腕が兄の物ではないと確信しているようだ。
 アリージュはアレンから腕を受け取ると、丁寧に布で包み直して大事に抱えた。その腕が誰の物か判明するまで時間は掛かるが、慈悲深い眼差しはヌールハーンとは違った美しさを持っている。
「アースィム兄様、アーキル兄様、お母様をお部屋まで御連れしてください。シハーブ兄様は弟達を御部屋までお願いします。それからウサーマ将軍は、御客様方を御部屋まで御案内してさしあげて」
 穏やかだが、てきぱきとした指示に皆が感服すると、ウサーマが双子のアースィム王子とアーキル王子にヌールハーンを任せて一同を案内し始めた。
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