創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

邪神に捧ぐ贄

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 血の海と化した無駄に広い広間は、今度は貴族の処刑場ではなく戦場と化した。
 人の姿から元の姿に戻ったガンダゴウザとコーネリアスが交戦している隙に、御代官様が奥の襖を気にしているのを見たアレンはフレデリカにそっと指示した。
「ネメシアを護衛に残す。祭壇の解析を頼めるか?俺はこの奥を確認してくる」
「分かった。何かあったら呼ぶわ」
 アレンはその言葉に頷くと、祭壇の向こうにある襖に手を掛けた。しかし、アレンの腕力をもってしても襖は開かない。
「くっそ、襖は押したり引いたりしないと駄目なやつじゃねぇだろ!」
 少なくとも、約五年の大和ヤマト生活でそんな扉は見た事無い。
 試しに蹴ってみても駄目だ。何か、人外の力によって守られているようだ。
「アレン、何やってんの!?」
「襖が開かない!」
 フレデリカはこちらにやって来ると、襖を殴った。
「おいすめらぎ、居るんでしょ!?開けなさいよ!」
 しかし、返ってきたのは沈黙だ。
 フレデリカは襖を横に動かそうとするが、それが出来ないと知るや否や、襖を乱暴に蹴り始めた。
(…皇が明神の末裔なら、此処に居る事は間違い無い)
 アリシアが持つものに近い気配が扉の向こうからするのだ。しかし、その気配は祭壇から流れる魔力によって掻き消されようとしている。
 その時だった。
「ワンッ!」
「フレデリカ、危ない!」
 〈大帝の深淵〉がフレデリカに向かって襲い掛かって来た。
 アレンはフレデリカを突き飛ばして右手の手甲鈎を剣で受け止めるが、魔人の怪力によって襖に押し付けられる。襖は壁のようで、アレンと魔人の体重を受けてもびくともしない。
 魔人はもう片方の手甲鈎で攻撃してきた。
 アレンはその左腕を身体を低くして躱すと、股間に膝を叩き込んだ。
「ギャッ!?」
 魔人が股間を押さえて姿勢を低くすると、今度はその顔面に拳を叩き込む。
 鼻血を噴き出して姿勢を崩した魔人は祭壇の角に強く頭をぶつけると、それっきり動かなくなった。
「フレデリカ、大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫よ」
 血溜まりに転んで汚れた服を恨めしそうに睨んで立ち上がると、フレデリカの顔が凍り付いた。
「アレン、祭壇を見て!」
 その言葉にアレンが祭壇の方を向くと、先程頭を打って絶命した魔人を祭壇から伸びた黒い手のようなモノが心臓を抉って吸収していた。
「あいつだけじゃない!」
 兵士達が討ち取った他の魔人の死体もだ。吸収する贄の数が増えるにつれ、襖の奥へ流れ込む魔力が増大している。
(あれ、この魔力…それにこの気配って…)
 何処かで感じた気配だ。しかし、周囲から響く武器の音や悲鳴に集中力を切らされて思い出せない。
(ヴェロスラヴァ?いや違う。ユエさんとキオネ?ヨルム?いや、もっと近くて、だけど遠い…)
 その時、魔人が悲鳴を上げた。
「うわ、嫌だ、やめてくれぇぇ!」
 黒い手は優先的にガンダゴウザとコーネリアスを除く魔人を狙う。生きたまま心臓を抉られた魔人達は泣き叫んだ。
「…謀られたな」
(だが、コーネリアスとガンダゴウザは狙われていない。コーネリアスは魔人では珍しい事に聖属性攻撃を行えた。それかも知れない)
 アレンは兵士達に指示した。
「これ以上死体を増やすな。敵は今から生け捕りにしろ。聖属性魔法を使え!」 
 アレンの指示に兵士達は素早く応える。室内は魔法陣の輝きに照らされ、その光に黒い手が怯んだ。
 それを視界の端に捉えたガンダゴウザはコーネリアスに向かって言った。
「成る程、貴様がかの手に狙われん訳だ」
「残念。モテなかったみたいだぜ、俺達」
 コーネリアスはガンダゴウザの戦棍メイスを軽々と躱すと、真面目な顔をして問うた。
「…俺が倒れた後の事は粗方聞いた。オグリオンや俺の部下にに手ぇ出したのはテメェか?」
 ガンダゴウザは嗤った。
「だったら何だ?」
 コーネリアスは静かに冷たく、だが確かな怒りを込めて笑った。
「…別に?戦争ってのはそういうモンだ。それに、俺じゃお前を殺せないって事が分かった。だから…」
 コーネリアスは一歩後ろに大きく下がった。直後、魔法陣が大量に展開される。
「テメェに嫌がらせする事にした」
 縦横無尽に光線が飛び出し、触れる物全てを焼き払っていく。それは極めて正確に、味方や味方に保護された魔人を避けて死体を焼き払う。
 コーネリアスは生存者を襲おうとする手を、舞いを舞うようにくるりと回転しながら華麗に斬り払った。
 それを阻止しようとガンダゴウザが接近を試みるが、コーネリアスはウィンクしながら紙一重で躱し、瞬時に魔法陣を展開する。
「この、死に損ないがぁぁ!」
 怒声が室内に響き、炎が揺らめく。
 コーネリアスの魔法によって発生した火災は、黒い手を舐めるように飲み込んでいった。しかし、それは味方にも影響する。
「ネメシア以外は魔人を連れて撤退しろ!」
 アレンの指示に兵士達が動き出す。
 部下達を失い、コーネリアスによって作戦を邪魔されたガンダゴウザはコーネリアスを睨んだ。
「貴様、次こそは殺してくれるわ」
 コーネリアスは不敵に笑った。
「殺れるもんならな」
 ガンダゴウザが撤退したその時、ネメシアが困惑した表情を浮かべてやって来た。
「何で俺以外?」
「この後俺らが脱出するのにお前の力が必要だから。人魚マーメイドって水を操れるよな?」
 ネメシアは頷いた。
 それを確認したアレンは祭壇に近付いた。
「もっと早く、気付くべきだった」
 五年前に自身の身体を貫いたあの刃と同じ気配。闇と光が互いに引き寄せ合うものなら、アリシアを一晩買ったのは闇に属する者だ。
「…俺なら、この祭壇を操れる」
 そう言ってアレンは祭壇に手を伸ばす。
「動け、襖を開けろ」
 すると、室内で暴れていた手より一回り小さな黒い手が祭壇から現れた。黒い手は襖にぎこちない動作で近付くと、襖を無理矢理開けた。
 襖の向こうは黒い魔力が渦巻いて、部屋にあるものが見えない。
 アレンはその部屋を見据えて問うた。
「フレデリカ、明神の対になる神が居る筈だ。そいつの名前は?」
「明神サア…サアの対…」
 フレデリカが膨大な記憶を手繰っていると、襖の奥から女の声が響いた。
「闇神、ハーデオシャ…其ガ、聖書ヨリ消サレタ、大イナル闇ノ王」
 フレデリカはその声に目を見開いた。
「メルティア…!?いつの間に此処に!?」
 黒い靄のようなものに覆われていた視界が晴れると、茶髪の女がロザリオと弓を握り締めて立っていた。
「聖書ニ綴ラレタ破壊ノ眷属ノ主。我ハ…」
 ロザリオと弓を握る手に力が篭もるのを見てアレン達が警戒したその瞬間だった。
「なっ…!?」
 メルティアの姿をした魔物は弓を投げ捨てて素早く短剣を取り出すと、躊躇う事無く自身の胸に短剣を深々と突き刺した。
「我ハ、闇ノ眷属ニ、成リ下ガル、クライナラバ…死ヲ選ブ」
 雪と氷に覆われたアネハル連峰のように厳格な宗教国家の女王を姿をした魔物は、人格まで受け継いでいるようだ。
 その手のロザリオから光が漏れてくる。
「祈リハ…届イタヨウダ…」
「祈り?」
 アレンの問いに、『メルティア』はアレンとフレデリカの顔を見て安らかに微笑んだ。
「明神ノ勇者、救世主メシアヨ…」
 塵になって消えて逝くその身体と人格は、最期に安堵の込められた囁きを遺してこの世を去る。
「…全テノ者ニ、遍ク救済ヲ…」
 負の感情から生み出された魔物は、最期に祈りを遺して消えた。そしてその光がすめらぎへの道を開く。
 その時、御代官様が尻尾を振りながら吠えた。
「除霊師さん…」
 横には鶴蔦つるつた桑名くわなも居る。
「奴ら…陰陽連は御殿の炎上を見て逃走しました。コーネリアスが先頭で兵士や捕虜を連れていたので何事かと思いましたが…」
 祭壇からは未だ強い闇の魔力が流れている。『副作用』はもう止められないのだ。
「皇は何処ですか?即位には然るべき手順を取らねば…⸺」
 焦りを見せる除霊師を見たアレンは、襖の奥にある布団を指差した。
「皇…あんたの兄さんは、あれだ」
 除霊師はその言葉に、布団の元へ駆け寄った。
 人が一人横たわっているにしては小さいその盛り上がりを暴くように布団を捲ると、その場に居た者の顔が凍り付く。
「そんな…兄上…」
 布団の中には、白い衣を纏い朽ちた人骨だけが横たわっていたのだ。
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