創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

魔境

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 一方、東門にて。
「…変わりませんね、真秀場まほろばは」
 慎重に進軍しながら表春うわはるは呟いた。その声にコンラッドが問う。
「真秀場は美しい都だと聞いていたが、ずっとこんな姿なのか?」
 空は淀んで黒い靄が漂い、魑魅魍魎が飛び回る。道の隅を彩るように植えられた桜の木は邪気によってとうに枯れ、もうどうやって立っているのか不思議な程だ。
「帝の光が持つ明神の加護が強過ぎて…旧世界の怪物まで呼び寄せてしまったのです」
「旧世界?滅びたのではなかったのか?」
 遥か遠い昔、旧世界は〈第一次創世戦争〉によって滅びたとされている。
 だが、表春は首を振った。
「歴代のすめらぎとその一部の親族にのみ口伝で伝承されていますが…旧世界は人の住めぬ地になったというのが事実です。と言うのも、この世界の中には旧世界に繋がる場所が複数あるからです。そしてそれらの大半は、明神の加護を強く受けた場所に存在します」
「普通は光と闇で調和が取れる筈だが…」
 真秀場の内部は、闇に偏ってしまっている。その結果、旧世界の汚染された大気が流れ込んで兵士達の体調に悪影響をもたらしている。
「コンラッドは平気なようですが…」
 兵士達は咳込み、中には血を吐いて蹲る者も居た。
(真秀場の大気がここまで汚染されているとは…)
 二千年前はこんなに酷くなかった。表春はこの魔境と化した大気に慣れてしまったが為に、普通の人間に悪影響が出るとは思いもしなかったのだ。
「体調に異常をきたした者は、直ちに撤退しなさい。長居は危険です!」
 その言葉に、多くの者達が撤退を始める。残ったのは極わずかの兵士と、数名の〈プロテア〉構成員のみとなった。
「…このように、旧世界では人は生きていけません」
 コンラッドは問うた。
「お前が皇を弑そうとするのは…」
 表春は御祓棒を見て言った。
「過ぎた闇を払い、貴族街で尽きぬ甘い幻に溺れる貴族共を叩き起こす為です。この真秀場の異変に帝国の関与も疑っておりましたが…」
 都の中心から智稜に現れた魔物と同じ気配がする。
「クロですね」
 光と闇の調和を崩す行為はとても危険だが、凡人には不可能だ。しかし聖フェリドール王国のかわりに帝国が現れてから世界で異変が起きている。異常気象、余りにも活発な地殻変動、魔人の魔物化…。挙げればきりが無い。
「…しかし一体何者なのだ、アレッサンドロは。聞けば、本人ではないと言うじゃないか」
「この都に、奴の行動理念が隠れているやも知れません。先ずは進みましょう」
 


 一方、西門にて。
(何故こうなった…?)
 キオネの最側近、〈処分者〉のラザラスは目の前の光景に困惑を隠せないでいた。
「犬~」
「かわいいねぇ~」
 幼いキオネの姿をした魔物とウルラが、アレンの飼い犬である御代官様を撫でて戯れているのだ。しかも、その御代官様は満更でもなさそうな顔をしている。
(このキオネ様の気配は明らかに魔物だが…)
 その瞳が純粋過ぎるのだ。
(この都には負の感情が満ちているように感じたが…)
 ラザラスは幼少期のキオネを知っている。好奇心旺盛で、純粋無垢な少年だった。王座に就くまでの約十六年間、彼は殺し屋として地下街で生きてきた。そんな彼は純粋に殺しを楽しんでいた。
(もしも、術者が殺意を負の感情として捉えているとしたら?)
 キオネの純粋な殺意は、愉悦に由来している。その愉悦は今、太った犬を愛でる事に向けられている。
 ラザラスは試してみる事にした。
「お二人共、おやつはいかがですか?」
 そう言ってグラコスで人気の小魚のお菓子を渡すと、二人は喜んで食べ始めた。
「ん~!おいしい!」
「美味シイ!コレ好キ!」
 そう言って美味しそうに頬張るキオネの身体が透けていく。
(やはりか)
 キオネの感情に殺意は無く、食事を楽しむ感情で満たされている。やがて、キオネは消え逝く自分の身体に気付いた。
「アレ…ボク、消エテル」
 ウルラは笑った。
「もうおうちにかえるじかんだって!」
「ヤダヤダ!マダウルラト遊ブノ!」
 そう言って駄々を捏ねると、ウルラはキオネを抱き締めた。
「だいじょうぶ、またあしたもあえるから!だから、きょうはもうかえろう?」
 キオネはまた明日と聞くと、その顔に満面の笑みを浮かべた。
「ウン!」
 そう頷くと、ウルラの腕の中からキオネが塵になって消える。
 それを見届けたウルラは、持っていた小魚のお菓子を御代官様にあげて問うた。
「…またあしたも、あえるよね」
 その金色の瞳は遠い空を見詰めている。
 ラザラスはどう答えるか一瞬迷ったが、頷いた。
「…はい。なので、今日中に都を落としましょう」
「うん」
 ウルラは立ち上がると、門の外に向かって言った。
「はいっていいよ」
 その声に呼ばれて入って来たのはゼオルとネメシア率いる部隊と、鳳凰遊撃隊だった。
「空気汚ぇな」
 兵士達も何人か咳き込んでいる。それを見たゼオルは言った。
「耐性の無い奴は直ぐに出ろ。此処は危険だ!」
 美凛メイリンが淀んだ空を見上げる。
「おー…父上が話してた魔境に似てる」
「美凛パパ、魔境に行った事あるのか?」
 ネメシアが問うと、美凛は頷いた。
「友達や母上と走り回ってたら、母上と一緒に足滑らせて〈奈落〉の底に落ちた事があるって。重力がかなり軽くなってたから助かったらしいけど…直ぐに体調崩して死ぬかと思ったって」
「あの人って結構ヤンチャしてたんだ…」
「父上は耐性が無かったけど、母上は生まれも育ちも〈奈落の森〉だから、耐性があったんだって」
 苏安の中部に位置する森の中央には巨大な穴がある。そこもまた、魔境と呼ばれているのだ。
 美凛は目を閉じて懐かしむように言った。
「そう言えば、何度か魔境の夢を見た事があるよ。暗くて汚くて、闇に傾いた場所。本当にあったんだ」
 初めて来る場所に大きな瞳を瞬かせてそう言うと、美凛は歩き始めた。
「美凛待て!」
 ゼオルは慌てて美凛の肩を掴んだ。
「気付いてるか?門をくぐってから、俺達は何者かに監視されてる。下手に動かない方が…」
 美凛は貴族街がある北を見た。
「いや、この気配なら大丈夫。恐らくメルティア女王の気配だよ」
 ネメシアは首を傾げた。
「ん?それって大陸北部の山脈を支配地域にしてるメルティア女王だよな?何で此処に?」
「父上と母上は〈奈落〉の底で過去の怨念達に遭遇したって。その中には旧世界を滅ぼした破壊神のものも。そして此処には父上とキオネ、ヌールハーン女王とメルティア女王の気配もある」
 過去にメルティアは国王である最愛の夫を殺された。親友のように信頼していた第一王妃も重傷を負い、その後間も無く第一王女を残してこの世を去っている。強い憎しみを抱かない方が当然だが、彼女は常に厳寒の雪山のように冷たく落ち着いていた。
「メルティアさんは落ち着いた人だから、こっちからメルティアさんに攻撃を仕掛けなきゃ大丈夫。今は様子を見てるだけだよ」
 そう言って美凛は再び歩き出す。飛び回る魑魅魍魎が接近すれば、それを手で払い除けながら。
 鋭い視線をひりひりと感じながら進むと、都の中央付近でアレン達が魔物と交戦していた。
「また美凛パパの魔物!?」
 ネメシアの大声に苏月が気付き、振り向く。その赤い目は美凛を視界に入れると、驚愕の余りに大きく見開かれた。
ウーラン…何故…」
 最愛の女に似た未来の娘を見た魔物は、此処に居る筈もない女の名を呟く。
 美凛はアレン達が攻撃を継続しようとするのを手で制すと、その傷だらけの身体に右手を当てて言った。
「…迎えに来たよ、ユエ
「舞蘭…」
 自分の手に添えられた大きな血だらけの手をそっと包むと、美凛は言った。
「後は任せて。お休み」
 次の瞬間、苏月の身体が嫌な音を立てて砕けた。それを見たウルラとラザラスが絶句する。
「何、デ…」
 寸勁で身体を破壊された魔物は口から血を吐いて問うた。美凛はそれに対して吐き捨てるように答える。
「気色悪いんだよ。魔物風情が、人の感情を利用して姿形を変えるなんて」
 そう言って彼の白い髪を掴んだ。
「身の程を弁えろよ、痴れ者が。私は舞蘭妃ではないし、お前も皇帝苏月ではない。私に触れて良いのは敬愛する両親と親族、それから私の友人だけ」
 美凛の手が魔法の炎に包まれる。その明神の力を帯びた炎は魔物の頭を焼き、徐々に身体を焼いていった。
 魔物は人格まで寄せているのか、最愛の女と似た女に拒絶されたそれは悲鳴を上げる事も無く、只静かに死を受け入れた。
 それを見届けた美凛は、この魔境には似つかわしくない笑顔で言う。
「よし、除霊師達と合流して、次へ行こう!」
 アレンは未だ燃えて死に逝く魔物をちらりと見ると、頷いた。
「…ああ」
 他者に感情を利用されるのは気に食わないし、それを許してはいけないとアレンは思う。
 東を見ると、表春の部隊が進軍して来ている。
「行くぞ」
 そう言ってアレン達も進軍を開始した。
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