創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

死した筈の者

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 二十年前。
「呼び立てて悪いな」
 青灰色の髪を白い布で尻尾のように束ねた魔人は、天幕にやって来た白服の一団を見もせずに言う。
「実際にお会いするのは初めてですね、神医オグリオン。それから…」
 寝台に横たわる白い魔人と、オグリオンの横に立つ白い魔人。白い魔人達は瓜二つで、一卵性双生児かと思う程だ。
「影武者の用意は出来ているのですね」
 白服⸺表春うわはるは横たわっている白い魔人の手を取ると、脈を測った。
「毒はもう吐かせましたよね」
「ああ」
 十二神将〈剣聖〉コーネリアスは帝国領東部で起こっている反乱を鎮圧する為に進軍していたが、野営中に毒を盛られてしまった。
「反乱の鎮圧…というのが任務内容ですが、あれは帝国の自作自演ですよ」
「…だが、帰還する訳にもいかんだろ」
 そう言うと、ぼんやり突っ立っている影武者に白い大剣クレイモアを渡した。
「生きて帰れる保証は無いのですよ?帝都に残されたアラナンとアレン君はどうするのですか?」
 オグリオンは影武者の服装を整えながら自嘲気味に言った。
「生きて帰ったところで…」
 裏切りがバレた以上、帝都に戻れば殺される。だが帝国を出たら?自分達のような魔人に居場所なんて、最初から存在しなかった。今まで殺されなかったのが不思議なくらいだ。
「万一の為にアラナンを残した。あいつだって、ちったぁ戦える。それに…アレン君を連れて行ったところで逃げ場は無ぇよ」
 表春は水晶盤を開くと、コーネリアスから送られてきた少年の写真を見た。
(十五とは言え、こんな幼いのに…)
 外見はまだ七歳くらいにしか見えない少年の、なんと哀れなことか。小さくてふっくらした手は養父の服をしっかり掴み、青い目は大きく鋭いが、目付きに反して養父に甘えるようにしがみついている。
「善処なさい、貴方だけでも生きて帰れるよう」
「…はいはい。それじゃあさっさとその馬鹿連れてってくれ」
 その馬鹿、というのはコーネリアスの事だ。今まで散々苦労させられたのだから、馬鹿と言いたくなるのも仕方の無い事かも知れない。
鶴蔦つるつた桑名くわな、コーネリアスを運びなさい。可及的速やかに、船に連れて行くのです。私は少し遅れて合流します」


 
「…そしてオグリオンも、戦いの果てに毒で昏睡状態に陥った。これが事の顛末です」
「アレンは勿論…」
 フレデリカの問いに表春は頷く。
「ええ、知らせていません。コーネリアスが再び目を覚ます保証がありませんでしたから」
 表春は空間魔法で大剣を取り出した。
「リヴィナベルクの戦い、トロバリオン騒動…この二つを通し、コーネリアスの魂がこの剣に宿っている事は察しました。剣の修復を頼んだのは、この剣が今のコーネリアスの肉体代わりとなっているからです」
「けど、トロバリオン騒動の時に砕けたよね」
 フレデリカがそう言うと、パカフが表春の手の中で浮く剣に触れた。
「…その、コーネリアスさん?その人の魂はまだ此処にある。けど、闇に侵食された形跡が残ってる。でも魔人なんだろ?それなら、直ぐに目が覚めるんじゃないかな」
 その時、カプセルの中に入っているコーネリアスの身体が動いた。
「あれっ、動いた!?」
 白い睫毛が揺れ、黒い眼球と金色の瞳が見える。
「肉体は一応、生きているのですよ。カプセル内の液体は生命活動促進剤です。生命活動に必要な物は全て含まれています」
 大きな手がカプセルの表面に触れると、驚いたパカフが後退りする。
「安心してください。今のコーネリアスはある種の廃人ですから。武勇伝という名の奇行蛮行を繰り返した人物ですが、危害を加える事はありません」
 全身の細胞は一つと欠ける事なく動いているが、思考は勿論、脳が命令を下せる内容に限りがある。今のコーネリアスでは、カプセルの表面に触れるだけで限界だ。
「大剣は暫く、わたくしの元で預かります。それから、〈社畜連盟〉の動きに気を付けてください。特に、榊原には要注意です」
 警戒はしないより、し過ぎな方が良い。一行は頷くと地下室を出て行くが、フレデリカは大剣に触れて呟いた。
「…早く目ぇ覚ましなよ」
 アレンはきっと、会いたい筈だ。
 剣から手を離して地下を出ると、再び祝詞が聞こえてくる。
 フレデリカは前を歩くゼオル達を引き止めて言った。
「…少し、殿と話がしたい。先に戻ってて欲しい」
 桜宮神宮に祀られる明神。内なる創造神を覚醒めさせた今のフレデリカならば、もしかしたら〈創世の四英雄〉に力を貸した明神と話せるかも知れない。
 ゼオル達は素直に頷くと、神殿を後にした。
 祝詞が響き、香木が焚かれた神殿の奥に佇む明神像の前に立つと、その姿を見上げる。銅像は優しく慈愛に満ちた顔をしており、美しい手はまるで救いの手を差し伸べているかのようだ。
(何だかんだ、サアの銅像を見るのは初めてだったな)
 明神サア。遥かな昔に記憶の海に沈んだその眩い姿を思い起こしながら、フレデリカは両手を握って膝を付く。
『ねえサア、アレンの目が覚めないの。まだこっちに戻って来ない。コーネリアスもよ。コーネリアスさえ戻って来れば、アレンにガツンと言って目を覚まさせてくれるかも知れないのに。私、どうすれば良いの?』
 神頼みなんて、フレデリカの性分ではない。だが、今は神にでも縋りたい。あの夜のアレンは活き活きしていたが、翌朝は再びぼんやりと過ごしていた。アレンは平穏な日常を望んでいたが、それはこういう形ではなかった筈だ。
 しかし、明神からの応えは無い。
(それもそうか…)
 明神は〈第一次創世戦争〉の終結と同時に、その力を使い果たして消滅した。遺っているのは、サアが生きとし生けるもの全てを守ろうとした想いの残滓だけ。各地にある明神像は、シュルークが著した聖書に記載された姿を職人が再現しただけの金属塊に過ぎない。この空間に満ちている明神の気配はの正体は、其れの残滓だ。
 明神はもう居ない。この目で其れの最期を見届けた。にも関わらず金属塊に縋ってしまう己の弱さに自嘲しながら立ち上がると、背後に明神に近しい者の気配がした。
「フレデリカ、どうしたの?」
 振り向くと、そこには花束を抱えたアリシアが立っていた。
「アリシア…」
 異郷の女は花束を銅像の前に置いて手を合わせながら言った。
「貴女って、神に祈るような人だった?」
「…いいや」
 軽く祈り終えると、アリシアは銅像を見上げた。
「あの子の事、気にしてくれてるのね」
 アリシアは長い睫毛に縁取られた目を伏せる。その顔には後悔と罪悪感が滲んでいる。
「…ありがとう。あの子の事、想ってくれて」
 そう言って暗い顔で視線を逸らす。
「…私だと、愛情より罪悪感が勝っちゃうから。此処には、明神の巫女としてと、懺悔の為に来てる」
 堕ろさずに生んだ子を虐待した事の罪悪感から、懺悔の為に通っているらしい。しかし、一体誰が彼女を責められるだろう。戦争に翻弄され、奴隷に堕とされ、生きる為に行った売春で憎い魔人の子を宿し、一人で陣痛に苦しみながら出産した。責められるのは、虐待を受けていたアレンだけだ。しかし、アリシアはその辛い記憶をアレンに思い起こさせたくないのだろう。運命によって精神も人格も歪められたが、元は只の無垢で可憐な王女だった筈だ。
「除霊師から、事の顛末は聞いていたの。懺悔と、あの子のお養父とうさん…それから、アーサーの為に祈るね」
 もう若くないその横顔は懺悔の為に暗いが、一人の優しい女性がそこには居る。人生の大半を狂わされた、哀れな女。しかし、その優しい眼差しは遥か遠い昔に見た事がある。
(こんな偶然があるなんて)
 明神の残滓を持つ者。慈愛で大地を照らす女神の生き写しだ。
 フレデリカはアリシアの祈祷を邪魔しないよう、静かにその場を立ち去った。アリシアに任せれば、侵食していた闇は何とかなるかも知れない。今自分に出来るのは、アレンの側に居てやる事だけだ。
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