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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜
〈社畜連盟〉
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二日後、桜宮城に武装した〈社畜連盟〉がやって来た。
「今は私がリーダー代理だから、あんたは此処で大人しくしてて」
〈社畜連盟〉は大和国内の魔人の排除を掲げる反政府組織だ。五年前のトロバリオン騒動は世界中に大きく報道され、その際にアレンが十二神将である事、魔人である事がバレてしまった。此処にアレンが居る事がバレたら、除霊師達〈桜狐〉と〈社畜連盟〉の同盟は不可能となる。
アレンもその事は承知しているようで、素直に頷いた。
「分かった。気を付けてな」
今日は神殿からアリシアが出て来てアレンと囲碁をしている。暇する事は無いだろう。二人はどうやら和解したらしく、会話はあまり無いが、関係は良好なようだ。
「フレデリカ、気を付けてね」
そう言ったアリシアは精神を病んだ気配はもう無く、彫りが深い顔に大和の着物が映える以外は普通の女に戻っている。しかし、弟を亡くした事で更に多くの者が死ぬ事が心配なのだろう。その緑の瞳は心からフレデリカを心配しているようだ。
「分かってる。それじゃあ行ってくるね」
御代官様に見送られながら、フレデリカは魔法で衣装を着物から普段の白いブラウスとスカートに変え、アイビーの髪飾りが付いている事を確認する。
今から〈桜狐〉と〈社畜連盟〉の会談に参加するが、両組織は大和屈指の危険な武装組織だ。有事に備えて〈桜狐〉は武装しており、同様に〈社畜連盟〉も武装している。これは会談前の手紙の遣り取りで双方の同意の元に決定された事だ。
本丸の大広間に入ると、普段の白い装束ではなく鮮やかな着物を纏った除霊師が座って待っていた。既にゼオルとパカフ、コンラッドも着席している。
「お早う御座います、フレデリカ」
「遅かったじゃねぇか」
ゼオルは灰色の着物に袖を通して、何処か嬉しそうだ。
「気ぃ抜くなよ。この対談は成功させなきゃいけないんだから」
「ゼオルの兄貴、大和の武士から稽古付けて貰いたいだけでしょ」
そう言ったのは、すっかり大きくなったパカフだ。細身だが、上背だけならアレンを超えてしまった。
フレデリカがパカフの横に座ると、パカフは小声で尋ねた。
「アレンの兄貴、元気?」
「ええ。だいぶ回復したみたい。まだぼんやりしてるけど、マシよ」
その時、襖が開いた。向こうから髷頭の男達が入って来る。
「アレンの話題はここまで。聞かれても答えちゃ駄目よ」
小声でそう言うと、一同は立ち上がった。
除霊師は薄い笑みを浮かべて歓迎の言葉を言う。
「ようこそ、桜宮城へ。この私、桜宮表春が歓迎致します」
桜宮城の女城主、桜宮表春⸺それが除霊師の正体。中性的な容姿と大和の女にしては高い身長は威圧感を感じるが、大和武士はそれで動じる事は無い。
「歓迎に感謝しよう、表春殿。私が〈社畜連盟〉の盟主、榊原勝永だ。…して、こちらが仲介人の〈プロテア〉かな?」
勝永がフレデリカ達の方を向いたので、フレデリカは愛想良く笑う。
「フレデリカよ」
「パカフです」
「コンラッドだ」
「俺はゼオル」
次々と飛び出すカタカナ名に武士達は目を白黒させるが、勝永は落ち着いたまま返す。
「分かりやすい自己紹介、有り難う。さて、さっさと対談を始めようか桜宮殿」
勝永は回りくどい事を嫌う性格のようで、速やかに対談は進行していった。
この会議は表春と勝永、そしてフレデリカのみに発言権があり、それ以外の者は有事の際に動く為にこの場に居る。今は表春も勝永も大人しく座って話し合っているが、彼らは根っからの反政府組織だ。最悪の場合、武力衝突が起こりかねない。
(しかし、随分ややこしい組織と関わる)
会議の内容は、協力という名の一時停戦の条件だった。特に、桜宮領内での過ごし方についてである。
〈社畜連盟〉は大和の武装勢力(公家や武家を含む)の中では最大級だ。しかし公家や大名のような武家とは異なり、明確な領土を持たない。というのも、元は大和にある企業に奴隷のように扱き使われ果ては隷属魔法で死ぬまで搾取される事に抵抗する、非公認とはいえ一種の労働組合のような物だからだ。
対して〈桜狐〉は各国の王侯貴族や有力商人などとも繋がりがあり、明神に守られた豊かな土地を持っている。土地を持つ者と、持たざる者。一歩違えれば、本当に武力衝突が起きてしまうのだ。
「あなた方〈社畜連盟〉が桜宮領に滞在するのなら、桜宮領の法令に従って頂く必要があります。やむを得ない場合を除く許可の無い決闘や戦闘の禁止、町民や村民からの略奪禁止、所有物の検閲…我が領の法を守れますか?」
〈桜狐〉に有利な条件とも取れるが、勝永は快く頷いた。
「郷に入っては郷に従えと言う。守ると誓おう」
そう言うと、後ろに控える部下達に目配せした。
部下達が納得したように頷くのを見ると、勝永は問うた。
「では…ここからは少数でお話したいのだが、宜しいかな?」
表春は怪訝そうな顔をしたが、直ぐに鶴蔦達を下がらせる。
〈社畜連盟〉が退出したのを見てフレデリカ達も退出しようとしたその時、勝永はフレデリカ達を止めた。
「貴殿らにも関係のある事だ」
フレデリカ達が席に戻ると、勝永は表春に先程より近い場所に移動して声を落とす。
「この桜宮城から、魔人の気配が二つしますが」
〈桜狐〉は気配探知に優れた者が多い。気付かない筈が無い。
(言われてみれば確かに…無害な気配過ぎて気付かなかったわ。一つはアレンの物で、もう一つは何かしら)
フレデリカが表春の方を向くと、表春は難しい顔をした。よく分からないのだろうか。
「近年、稀にですが領内に魔人が侵入する事がありますからね…討ち漏らしでしょうか。御指摘、有り難う御座います」
「我々〈社畜連盟〉も魔人の動向に気を配ろう。領民に被害を出す訳にはいかんだろう」
「お気遣い感謝します」
榊原は一礼すると、広間から退出して行った。表春はその背を目を細めて見送る。
襖が閉じられても表春が目を細めたままだったので、フレデリカは表春の肩を軽く叩いた。
「…はっ!」
「除霊師、どうしたの?」
表春は溜息を吐いてフレデリカ達をじっと見詰めると、意を決したように立ち上がる。
「…ええい、あなた方には、そろそろ言わねばならぬようですね。皆、ついて来てください」
すっくと立ち上がり、表春は大股に歩き出す。しかし歩幅の割に足音は聞こえない。
「ちょっと除霊師!」
フレデリカ達が慌てて表春の後を追うと、表春は苛々と言った。
「あの榊原という男、油断なりませんね」
「勝永の事?」
本丸を出て神殿までの道を行きながら除霊師は答える。
「ええ。只人の分際で、こんなにも微かな魔力に気付くとは。フレデリカ、貴女は魔人の気配に気付きました?」
「いいや、余りにも無害過ぎる気配だったから、言われて気付いた」
「無害、ね…そうですか」
それっきり表春は黙ると、神殿の中に一行を通す。
神殿の中には何人もの武装した巫女が立っており、祝詞が木製の建物の中で響いている。よく磨かれた床と空気中に漂う香が厳かな雰囲気を際立たせており、聖域に入った事を感じさせる。
「懐かしい…こんなにも明神の気配を強く感じたのは幾星霜ぶりかしら」
明神を祀る桜宮神宮。しかし、除霊師は振り向いて言った。
「今からあなた方を通すのは、明神の祭壇ではありません」
そう言って神宮の最奥まで進むと、厳重に錠を掛けられた扉を解錠した。扉の向こうは地下へ続いており、神宮内部より暗く湿気っている。
階段を降りながら表春が指を振ると、壁に掛けられた蠟燭に火が灯る。
「五年…いいえ、二十年間黙っていた事を、先ずは謝罪します」
地下は意外と広く、試験管やアルコールランプ、フラスコや医学書が棚の中にしっかり並べられている。机の上にも医学書は積まれており、イルリニア医学と東雅医学の二種類を表春は研究している事が伺える。しかし、ふと顔を上げたフレデリカの目が見開かれた。
目の前に、巨大なカプセルが置かれている。中には透明な液体が満たされており、カプセルには何本もの管が繋がっている。
「除霊師…これは一体…!?」
「カプセルは古代遺物を修復した物です」
蠟燭で照らされたカプセルの中身。それは、死んだ筈のコーネリアス・ザロだった。
「今は私がリーダー代理だから、あんたは此処で大人しくしてて」
〈社畜連盟〉は大和国内の魔人の排除を掲げる反政府組織だ。五年前のトロバリオン騒動は世界中に大きく報道され、その際にアレンが十二神将である事、魔人である事がバレてしまった。此処にアレンが居る事がバレたら、除霊師達〈桜狐〉と〈社畜連盟〉の同盟は不可能となる。
アレンもその事は承知しているようで、素直に頷いた。
「分かった。気を付けてな」
今日は神殿からアリシアが出て来てアレンと囲碁をしている。暇する事は無いだろう。二人はどうやら和解したらしく、会話はあまり無いが、関係は良好なようだ。
「フレデリカ、気を付けてね」
そう言ったアリシアは精神を病んだ気配はもう無く、彫りが深い顔に大和の着物が映える以外は普通の女に戻っている。しかし、弟を亡くした事で更に多くの者が死ぬ事が心配なのだろう。その緑の瞳は心からフレデリカを心配しているようだ。
「分かってる。それじゃあ行ってくるね」
御代官様に見送られながら、フレデリカは魔法で衣装を着物から普段の白いブラウスとスカートに変え、アイビーの髪飾りが付いている事を確認する。
今から〈桜狐〉と〈社畜連盟〉の会談に参加するが、両組織は大和屈指の危険な武装組織だ。有事に備えて〈桜狐〉は武装しており、同様に〈社畜連盟〉も武装している。これは会談前の手紙の遣り取りで双方の同意の元に決定された事だ。
本丸の大広間に入ると、普段の白い装束ではなく鮮やかな着物を纏った除霊師が座って待っていた。既にゼオルとパカフ、コンラッドも着席している。
「お早う御座います、フレデリカ」
「遅かったじゃねぇか」
ゼオルは灰色の着物に袖を通して、何処か嬉しそうだ。
「気ぃ抜くなよ。この対談は成功させなきゃいけないんだから」
「ゼオルの兄貴、大和の武士から稽古付けて貰いたいだけでしょ」
そう言ったのは、すっかり大きくなったパカフだ。細身だが、上背だけならアレンを超えてしまった。
フレデリカがパカフの横に座ると、パカフは小声で尋ねた。
「アレンの兄貴、元気?」
「ええ。だいぶ回復したみたい。まだぼんやりしてるけど、マシよ」
その時、襖が開いた。向こうから髷頭の男達が入って来る。
「アレンの話題はここまで。聞かれても答えちゃ駄目よ」
小声でそう言うと、一同は立ち上がった。
除霊師は薄い笑みを浮かべて歓迎の言葉を言う。
「ようこそ、桜宮城へ。この私、桜宮表春が歓迎致します」
桜宮城の女城主、桜宮表春⸺それが除霊師の正体。中性的な容姿と大和の女にしては高い身長は威圧感を感じるが、大和武士はそれで動じる事は無い。
「歓迎に感謝しよう、表春殿。私が〈社畜連盟〉の盟主、榊原勝永だ。…して、こちらが仲介人の〈プロテア〉かな?」
勝永がフレデリカ達の方を向いたので、フレデリカは愛想良く笑う。
「フレデリカよ」
「パカフです」
「コンラッドだ」
「俺はゼオル」
次々と飛び出すカタカナ名に武士達は目を白黒させるが、勝永は落ち着いたまま返す。
「分かりやすい自己紹介、有り難う。さて、さっさと対談を始めようか桜宮殿」
勝永は回りくどい事を嫌う性格のようで、速やかに対談は進行していった。
この会議は表春と勝永、そしてフレデリカのみに発言権があり、それ以外の者は有事の際に動く為にこの場に居る。今は表春も勝永も大人しく座って話し合っているが、彼らは根っからの反政府組織だ。最悪の場合、武力衝突が起こりかねない。
(しかし、随分ややこしい組織と関わる)
会議の内容は、協力という名の一時停戦の条件だった。特に、桜宮領内での過ごし方についてである。
〈社畜連盟〉は大和の武装勢力(公家や武家を含む)の中では最大級だ。しかし公家や大名のような武家とは異なり、明確な領土を持たない。というのも、元は大和にある企業に奴隷のように扱き使われ果ては隷属魔法で死ぬまで搾取される事に抵抗する、非公認とはいえ一種の労働組合のような物だからだ。
対して〈桜狐〉は各国の王侯貴族や有力商人などとも繋がりがあり、明神に守られた豊かな土地を持っている。土地を持つ者と、持たざる者。一歩違えれば、本当に武力衝突が起きてしまうのだ。
「あなた方〈社畜連盟〉が桜宮領に滞在するのなら、桜宮領の法令に従って頂く必要があります。やむを得ない場合を除く許可の無い決闘や戦闘の禁止、町民や村民からの略奪禁止、所有物の検閲…我が領の法を守れますか?」
〈桜狐〉に有利な条件とも取れるが、勝永は快く頷いた。
「郷に入っては郷に従えと言う。守ると誓おう」
そう言うと、後ろに控える部下達に目配せした。
部下達が納得したように頷くのを見ると、勝永は問うた。
「では…ここからは少数でお話したいのだが、宜しいかな?」
表春は怪訝そうな顔をしたが、直ぐに鶴蔦達を下がらせる。
〈社畜連盟〉が退出したのを見てフレデリカ達も退出しようとしたその時、勝永はフレデリカ達を止めた。
「貴殿らにも関係のある事だ」
フレデリカ達が席に戻ると、勝永は表春に先程より近い場所に移動して声を落とす。
「この桜宮城から、魔人の気配が二つしますが」
〈桜狐〉は気配探知に優れた者が多い。気付かない筈が無い。
(言われてみれば確かに…無害な気配過ぎて気付かなかったわ。一つはアレンの物で、もう一つは何かしら)
フレデリカが表春の方を向くと、表春は難しい顔をした。よく分からないのだろうか。
「近年、稀にですが領内に魔人が侵入する事がありますからね…討ち漏らしでしょうか。御指摘、有り難う御座います」
「我々〈社畜連盟〉も魔人の動向に気を配ろう。領民に被害を出す訳にはいかんだろう」
「お気遣い感謝します」
榊原は一礼すると、広間から退出して行った。表春はその背を目を細めて見送る。
襖が閉じられても表春が目を細めたままだったので、フレデリカは表春の肩を軽く叩いた。
「…はっ!」
「除霊師、どうしたの?」
表春は溜息を吐いてフレデリカ達をじっと見詰めると、意を決したように立ち上がる。
「…ええい、あなた方には、そろそろ言わねばならぬようですね。皆、ついて来てください」
すっくと立ち上がり、表春は大股に歩き出す。しかし歩幅の割に足音は聞こえない。
「ちょっと除霊師!」
フレデリカ達が慌てて表春の後を追うと、表春は苛々と言った。
「あの榊原という男、油断なりませんね」
「勝永の事?」
本丸を出て神殿までの道を行きながら除霊師は答える。
「ええ。只人の分際で、こんなにも微かな魔力に気付くとは。フレデリカ、貴女は魔人の気配に気付きました?」
「いいや、余りにも無害過ぎる気配だったから、言われて気付いた」
「無害、ね…そうですか」
それっきり表春は黙ると、神殿の中に一行を通す。
神殿の中には何人もの武装した巫女が立っており、祝詞が木製の建物の中で響いている。よく磨かれた床と空気中に漂う香が厳かな雰囲気を際立たせており、聖域に入った事を感じさせる。
「懐かしい…こんなにも明神の気配を強く感じたのは幾星霜ぶりかしら」
明神を祀る桜宮神宮。しかし、除霊師は振り向いて言った。
「今からあなた方を通すのは、明神の祭壇ではありません」
そう言って神宮の最奥まで進むと、厳重に錠を掛けられた扉を解錠した。扉の向こうは地下へ続いており、神宮内部より暗く湿気っている。
階段を降りながら表春が指を振ると、壁に掛けられた蠟燭に火が灯る。
「五年…いいえ、二十年間黙っていた事を、先ずは謝罪します」
地下は意外と広く、試験管やアルコールランプ、フラスコや医学書が棚の中にしっかり並べられている。机の上にも医学書は積まれており、イルリニア医学と東雅医学の二種類を表春は研究している事が伺える。しかし、ふと顔を上げたフレデリカの目が見開かれた。
目の前に、巨大なカプセルが置かれている。中には透明な液体が満たされており、カプセルには何本もの管が繋がっている。
「除霊師…これは一体…!?」
「カプセルは古代遺物を修復した物です」
蠟燭で照らされたカプセルの中身。それは、死んだ筈のコーネリアス・ザロだった。
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