創世戦争記

歩く姿は社畜

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大和神国編 〜陰と陽、血を吸う桜葉の章〜

再会

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 チェスの駒やらメモ帳の切れ端やらで散らかった会議堂に一人の女と、幼い少年が入って来る。
「遅れてすまない。武公我らまで呼ばれるとは思わなんだ」
 茶色の癖毛を靡かせて女が言うと、会議堂の中の将軍十一名は立ち上がった。
 筆頭のオドが頭を下げる。
「御足労をお掛けします。梦蝶モンディエ様、ジェティ様」
 梦蝶は十一名の将軍を見渡して紅く縁取られた目を細める。
 十二神将は〈神風〉アレンがとなっており、適任者も居ない為空席となっている。
「あ~あ、一人居なくなっちゃったからさぁ。神将は帝国の主戦力なのにねぇ」
 ジェティがにやにやと嗤いながら言うと、梦蝶の娘の一人である李恩リーエンが問うた。
「居なくなった?ジェティ、どういう事だ?」
 李恩と弥月ミィユエは梦蝶と皇帝の子で、この中では妃である梦蝶の次に権力がある。しかし、人間の混血である李恩に敬語で問われなかった事に不満を感じたジェティは口を尖らせながら答える。
「アレンの奴、裏切っていたのさ」
 十一名の神将に動揺が走る。
 梦蝶が水晶盤を取り出して操作すると、大きなホログラムが出て来た。そこには、苏安軍と共闘する〈プロテア〉とアレンが映っている。
「今回私とジェティが会議に参加したのは、クテシア北西部にあるラダーン城の攻略についてだけではない。アレンが消えた事は皆の記憶にも新しいだろう。何せ、まだあれからしか経っていないのだから」
 アレンの屋敷周辺が燃え、アレンとその家の使用人達が行方不明になって約五年の月日が流れた。
「ラダーンの攻略に忙しい所申し訳無いが、報告だ」
 すると、アレンと親しかったラバモアが問う。
「しかし、何故五年経った今だ?」
「東側で起きた出来事の情報は、クテシアによる妨害で帝国には入って来ない。その為に発覚が遅れた」
 嘘だ。梦蝶は〈大帝の深淵〉を通して東側の情報を手に入れている。アレンの情報を神将に伝えなかったのは、クテシア侵攻に専念させる為だった。しかし思いの外、クテシア侵攻の進捗は芳しくない。そこで招集された梦蝶とジェティは、この機会にアレン達の事を伝えようと考えたのだ。
 この話は既に、裁判神官として東側に〈大帝の深淵〉を送り込んで邪魔者を排除するニコとロウタスには通してある。
「えーと、そうなると…アレン先輩の処遇はどうするッスか?」
 エティロが顔色を伺うように問うと、ジェティは嗤った。
「裏切り者には死あるのみだよ。処刑方法は覚えてないけど、罪状によって変わる。それから確か、〈プロテア〉とか言ったっけ?そいつらは皆殺し以外無いのさ」
 アレンと親しかった者達が顔色を真っ青にする。コーネリアスと交流のあったオド、ラバモアとミロス、アンタル、ヴィターレ、そしてエティロ。
 ジェティと梦蝶は彼らをしっかり記憶に刻んで話を進める。
「とは言え、帝国の情報は五年遅れている。以前は苏安に居たようだが、今は何処に居るか分からない。そこで、ニコとロウタスはラダーン攻略から外れてもらう」
「ラバモア達はいつも通り、海から攻撃だよ。ラダーンの侵攻にはオドと李恩、弥月、エティロが行く。そして同行者はボクだ」
 ハーケは暫く留守番をする事になるが、当のハーケは黙々とメモ帳を片手にチェスの駒を動かしている。
「ふむ…会議の意味がありませんな」
 オドがハーケの相手をしてやりながらそう言うと、梦蝶は巻物を取り出した。
「作成会議と軍法会議だ。ラダーン攻略の詳細と、アレンの処罰について」
 梦蝶が胸に手を当てると、ハーケ以外の一同は座席から立ち上がって同じように胸に手を当てて敬礼する。
「軍法と国に忠誠を」
 フェリドール帝国式の作法で彼らは言う。
 軍事大国となったフェリドールは軍法と最高司令官であるアレッサンドロが絶対だ。しかし、ラバモアとミロスは微かに疑問を抱き始めていた。
 本当に、アレンが裏切ったのか?
 ラバモアやミロスは陸でも海でも、〈プロテア〉のような反帝国組織と戦った経験がある。そしてそれらは全て、金銭的余裕が無い。アレンを靡かせるには、安定した衣食住が必要だ。しかし、金の無い反帝国組織にアレンが衣食住だけで雇われるだろうか。何か裏がある気がする。
「…一同、着席」
 全員が着席すると、ラバモアは神将に就任して初めてメモ帳と羽根ペンを取り出した。違和感があれば、直ぐに気付き、素早く行動出来るように。
 

 そしてその頃。
「…にしても、この辺は平和なのね」
 長く波打つ金髪を靡かせ、アイビーの髪飾りを着けた女がそう言うと、案内役の侍は笑った。
「ええ、この辺は〈桜狐オウコ〉の領土です故。誰も迂闊に手を出せぬのです」
 フレデリカの横を歩くゼオルは団扇でぱたぱたと扇ぎながら言う。
「これが大和って…昔とは大違いだな」
 ソレアイアとの戦争から四年半が経ち、フレデリカはゼオルと共に大和ヤマト神国へ渡った。
 大和は美しい国で、都会に行けば娯楽や美食に溢れ、田舎に行けば豊かな自然と新鮮な農作物が一面に広がる。しかし同時に戦争が絶えない国で、四季の風景の中には必ず血の赤が混じると言われる。しかし、この桜宮領は争いの気配は無い。あるとすれば、玩具の取り合いくらいだろう。
「確か、出身は大和だっけ」
「国籍はバルタスで取ってるけどね。最後に大和に居たのは二十一年前だ」
 大和で遊女の子として生まれた彼は、四歳の頃に遊女を孕ませた男⸺実父に母親と共にバルタスに連れて行かれ、二人の異母姉と共に暮らしている。
「昔はどんな感じだった?私、大和に来るのは初めてなんだよね」
 ゼオルは田植えが行われている風景に目を細めながら言った。
「こんなに平和じゃなかったよ。もっと荒れてる。土地だけじゃない。小さい時にお袋の仕事場に連れて行かれた事があるけど、遊郭に来る男は皆ギラついた目をしてた。遊郭の遣手婆から聞いたけど、度重なる戦で精神的に参ってる奴が多いから避妊が疎かになるらしい」
 侍が腕を組んだ。
「大和の大半がそうでしょう。首都である真秀場まほろばや皇家の別荘や直轄地以外はそんなもんだそうな。しかし真秀場とは言い得て妙ですな。真秀場とは『大変素晴らしい場所』とか『住みやすい場所』という意味なのですよ。戦、戦、戦の大和の中では、間違い無く桃源郷でしょうな」
 フレデリカは周りの風景を見渡す。桜が咲き乱れるこの風景は、まさに桃源郷だ。では真秀場はどんな場所なのだろう。
「いつか行ってみたいけど…荒れに荒れた国で桃源郷がポツポツあったら、周りの人間は爪を噛みながら言うんでしょうね、『いとわろし』って」
「おや、古語も嗜まれるのですね!」
「いいえ、除霊師⸺桜宮城主がちょっと古典的な喋り方をするから」
 フレデリカはあれから二年後に各地を放浪した末に地底王国ドワーディアで鍛冶師ラヴァ・シュミットを見付け、白い大剣を打ち直してもらった。今日はその剣をアレンと除霊師に届けに来たのだ。
「見えました、あれが桜宮城です」
 満開の桜に囲まれた城塞都市、桜宮。除霊師が城主を勤め、明神の加護を真秀場の次に受けているとされる場所。
「しかし残念でしたな。四月とは思えぬ暑さに、桜も散り始めています。花見を楽しむ余裕は無いでしょうな」
 ゼオルは後ろにかき上げた灰色の髪がふわふわ靡く程強く団扇を扇ぐ。
「まあ良いよ。観光に来た訳じゃないし…」
 そう言うゼオルは何処か残念そうだが、これは観光ではない。
 散りゆく桜を見ながら侍に案内されて桜宮城の本丸に入ると、除霊師の即金である鶴蔦つるつたが出迎えた。
 鶴蔦は白い衣ではなく、鮮やかな色で染め上げられた着物を纏っている。
「お久しゅう御座います。城主は只今不在ですので、此処からは私が案内します。桑名くわな、此処までお疲れ様でした。それでは、お履物をお脱ぎ下さい。後でまた履く必要がありますから、忘れずに」
 フレデリカ達は侍の桑名と別れると、鶴蔦の後ろをついて歩いた。
 桜宮城は山の前に建っていて、城や街の周りを城壁が囲っている。そしてその山の中腹に祭壇のある神殿がある。その神殿に続く道は途中で分かれ道になっており、鶴蔦はそこで足を止めた。
「私が御案内できるのは此処までです。この先はフレデリカ様とゼオル様のみでお進み下さい」
「案内ありがとう」
 そう言って二人が道を進んで行くと、道の先によく肥えた柴犬が居る。
「うわでっぶ…」
 思わずフレデリカがそう言うと、柴犬はまるでついて来いと言うように尻を振る。挑発のつもりなのかは知らないが、何とも締まらない。
 フレデリカとゼオルが肉付きの割に疾い柴犬を追うと、視界が開けた。
 澄んだ池と質素な小屋があるだけの、侘しいが落ち着く場所。
 柴犬が二回吠えると小屋から一人の青年が出て来る。フレデリカはその青年を見て目を見開いた。
「アレン…!」
 肥えた柴犬と青年がこちらを向く。青年は僅かに驚いた顔をすると、下駄を履いて縁側から降りる。
 フレデリカは一気に駆け出すと、歩いてやって来た青年に抱き着く。
「フレデリカ、何で此処に…?」
「逢いたかった!」
 泣きじゃくりながら、防具を着けずに着物を着ているアレンの胸に顔を埋める。
 この五年は本当に長かった。だが、漸く再会出来たのだ。
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