78 / 109
苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜
帝国の息を浴びた森
しおりを挟む
「何だぁこの黒いの」
「うわ、気色悪いな…」
同盟軍は互いに顔をした見合わせながら武器の先っぽで木の破片を突っつく。黒い何かは妙に粘っこく、ひとりでに蠢いている。
「寄生虫…?ではないよな。顔何処だよコレ」
巨人達は黒い何かに目を向ける事無く、破城槌で経路を確保している。
アレンが木の破片を観察していると、扉が開いた。扉からパカフがコンラッドを連れて来る。
「先生、久し振り」
「遅れてすまない。しかし、随分派手にやっているな」
パカフが黒い何かを調べる為にコンラッドを呼んだのだろう。コンラッドは地面にしゃがんで破片を手に取った。
「これは気色悪いな…」
「何か分かるか?」
「いや。だが、僅かに帝国に満ちている魔力を感じる」
「…?帝国だけ満ちてる魔力が違うのか?」
コンラッドは試験管を取り出すと、破片をその中に入れる。
「国ごとに満たす魔力が違う。近年は国を満たす魔力は減少傾向にあるが、帝国は逆を行っている。お前は三十年も帝国に居たんだ、気付かなくて当然だろう」
「満ちてる魔力が多いとどうなるんだ?」
コンラッドは氷嚢で額を押さえながら破片を観察している苏月を見詰めた。
「どの国家にも、神代から伝わる武術や魔法、或いは強力な能力を持っている。それが弱まるんだよ。苏安なら身体超化で、帝国なら皇帝の時空魔法がそれに当てはまる。苏月は美凛のパンチをもろに食らったらしいが…彼なら回避出来た筈。食らっても、あんなに痛がる事は無いだろう」
「ソレアイアの背後に帝国が居るのはやはり確定だな」
「地理的にもソレアイアは抑えておきたい場所だろう。森を東に行けばバルタスがあり、バルタスを北東へ進めば獣人のライカニア合衆国がある。森を西に出れば苏安があるし、南東へ進めばグラコスも抑えられる」
アレンは破片を観察しながら問うた。
「この黒いのに取り憑かれたら、木は生きられるのか?」
「さあな。だが以前私がリーサグシア大森林に来た時…と言ってもリーサグシアが滅ぶ前だからもう五十年以上も昔か。その時は木々は石化していなかった。それはもう美しい森だったよ。春は花々が咲き乱れ、夏は青々とした葉が生い茂り…この季節は本来、それはもう見事な紅葉が見れた。かつては苏安の皇帝やリーサグシアの王族に紅葉狩りに招待されたものだ」
今や石化した木に生い茂る葉は緑がかった灰色で、光合成しているのかどうかも怪しい。
「石化も、帝国の仕業だろうか」
「ソレアイアが〈奈落〉を狙っていたらしいな。〈奈落〉へ向かうには苏安領を抜けなければならないから、可能性はある。それと、除霊師に聞いた。遺物に帝国とソレアイアが干渉したらしいな」
「ああ。エルフは生贄にされて、生存した奴らは捕虜として保護している」
捕虜への待遇については、苏安側と〈プロテア〉側で意見が割れた。侵略行為を受けている苏安としては、自分達の兵糧を侵略者に分けてやるつもりはさらさら無いようで、一定期間は生存可能な量しか与えないという意見が出た。そして〈プロテア〉は多国籍軍だ。特にソレアイアンエルフのザンドラも在籍している事から、ある程度の食事を摂る権利を主張した。一部の苏安兵もザンドラが美凛を救出した事を知ってそれに賛同したが、ザンドラ本人が苏安のやり方に任せたいと発言した。
「…あれを保護とは言わないと私は思うがね」
「…死ぬ事は無いだろうが。凄まじい拷問だったな」
何をどう思ったのか、どういう訳か苏月が拷問を担当する兵士に拷問の方法を伝授していたのだ。その結果、情報を吐かせた後は廃人同然になってしまった。
捕虜となれば、その次に待ち受けるのは死だ。その間に拷問があるかどうかは状況次第だが。
「ザンドラと捕虜の発言によれば、大森林の中には井戸が一つある。その井戸から地下水路を通って城の内部へ侵入出来るらしい」
「ああ、あの古井戸か。確かにリーサグシア城に通じている」
「俺達〈プロテア〉と苏安から精鋭を選んで内部からリーサグシア城を陥落させる。それ以外の軍はある意味、陽動だ」
コンラッドはパカフを見て言った。
「私とパカフも同行しよう。地下水路は水の流れが速い。魔法使いの同行は必須だろう。ほかには誰が行くんだ?」
「〈プロテア〉からはロルツとゼオル。苏安からは思薺さんとその部下、そして謝坤。それから〈桜狐〉だ」
「心強い者達ばかりだな。パカフ、戦えそうか?」
パカフは自分用の魔導書を取り出すと力強く頷いた。
「兄貴、攻撃魔法も覚えたんだ。皆の役に立てるよ!」
アレンはパカフの頭をわしわし撫でた。
「頼もしいよ。無茶はするなよ」
「うん!兄貴達は正面から攻めるんだろ?兄貴も無茶しないでよ!」
角笛が響き、本隊が動く。パカフ達奇襲部隊は最初は本隊の歩兵と共に動き、途中から森に潜入する事になっている。
「それじゃあ二人は歩兵隊の元へ向かってくれ。俺は騎馬隊と合流してくる」
そう言ってその場を離れると、フレデリカが連れて来た二頭の馬のうち、青鹿毛の馬の手綱を取ると、慣れた動作で跨った。
「思ったんだけど、慣れてるよね。砂漠に居た時も馬に乗ったの?」
「この辺とは品種違うけどね。教養として乗馬の訓練は受けていたよ」
戦いに関するあらゆる事は、コーネリアスが死んだ後に梦蝶によって全て叩き込まれた。より発展した格闘術、人体の急所、馬の乗り方、拷問の仕方…。
(あれ、そう言えば月さんは梦蝶についての話題を出さないな)
フレデリカと共に馬を駆って先頭へ追い付くと、後ろから苏月と舞蘭もやって来た。
「月さん、破片の黒いあれから帝国の魔力が感知された」
「やはり背後に居るのは帝国か」
「ほぼクロだよ今の所人体への影響は無いけど…」
「いや、木が石化していたのだから、その内何らかの影響が出て来る」
「でもその為の油紙だろ?」
同盟軍の兵士は全員、防具の下に水を通さないように油紙を何重にも巻いている。しかし黒いねばねばは水に溶け、妙に纏わり付く。
「でも影響が無くても、これじゃあねぇ…」
苏月が跨っている漆黒の馬は慣れない感触が面白いのか、跳ねるように進んでいる。
「…その子は楽しそうだね」
「杏杏は…いつも通りだな。だが馬も子供も、何を考えているのか分からん…」
アレンは苏月の額を見た。
「美凛に殴られたんだっけ」
「…いきなりお盆て叩かれて右ストレートとか、年頃の娘って難し過ぎないか?まだ頭がガンガンする」
「冷やし過ぎて顔が真っ白になってるよ…そろそろ冷やすの止めときなよ」
「分かった…」
アレンは溜息を吐くと前方を見た。巨人達が破城槌で気を砕き、魔法使い達がこれ以上水が流れないように木を凍らせる。
「…〈プロテア〉は良いな」
おもむろに苏月がそう言う。
「…え?」
「多数の種族や異なる特技を持った者達が、ああやって互いに助け合える。簡単に出来る事ではないよ」
太古の昔、旧世界が誕生した頃。神々は創造神ソピデモトによって創り出された生命に特性を与えた。竜族には圧倒的な力を、エルフには完成された美と森との会話能力を。そして人間はには個性と同調圧力を。
「人間と魔法族が魔人を制御しようなど思わなければ、こんな戦争も無かったのかも知れないと思うと、虚しくなるよ」
苏月は静かに破壊される森を見詰めている。アレンは口を開いた。
「コンラッド先生によれば、この森はもっと美しかったらしい。人間達が魔人を制御しようなど考えなければ確かに帝国が事を起こす事は無かったのかも知れない。だけど、先ずはこの森から帝国の影響を取り払ってしまおう」
苏月のような考えの者は恐らく少ない。だが、どちらか一方を皆殺しにしてしまう訳にはいかない。アレンとしては魔人達との共存を望んでいるが、その為には圧倒的な勝利が必要だ。
「アレン、目的の井戸が近付いて来たわ」
先ずは帝国の影響を取り払い、ソレアイアと苏安の領土問題にけじめをつける。
フレデリカが南を指差すと、アレンは号令を掛けた。
「作戦開始だ!」
「うわ、気色悪いな…」
同盟軍は互いに顔をした見合わせながら武器の先っぽで木の破片を突っつく。黒い何かは妙に粘っこく、ひとりでに蠢いている。
「寄生虫…?ではないよな。顔何処だよコレ」
巨人達は黒い何かに目を向ける事無く、破城槌で経路を確保している。
アレンが木の破片を観察していると、扉が開いた。扉からパカフがコンラッドを連れて来る。
「先生、久し振り」
「遅れてすまない。しかし、随分派手にやっているな」
パカフが黒い何かを調べる為にコンラッドを呼んだのだろう。コンラッドは地面にしゃがんで破片を手に取った。
「これは気色悪いな…」
「何か分かるか?」
「いや。だが、僅かに帝国に満ちている魔力を感じる」
「…?帝国だけ満ちてる魔力が違うのか?」
コンラッドは試験管を取り出すと、破片をその中に入れる。
「国ごとに満たす魔力が違う。近年は国を満たす魔力は減少傾向にあるが、帝国は逆を行っている。お前は三十年も帝国に居たんだ、気付かなくて当然だろう」
「満ちてる魔力が多いとどうなるんだ?」
コンラッドは氷嚢で額を押さえながら破片を観察している苏月を見詰めた。
「どの国家にも、神代から伝わる武術や魔法、或いは強力な能力を持っている。それが弱まるんだよ。苏安なら身体超化で、帝国なら皇帝の時空魔法がそれに当てはまる。苏月は美凛のパンチをもろに食らったらしいが…彼なら回避出来た筈。食らっても、あんなに痛がる事は無いだろう」
「ソレアイアの背後に帝国が居るのはやはり確定だな」
「地理的にもソレアイアは抑えておきたい場所だろう。森を東に行けばバルタスがあり、バルタスを北東へ進めば獣人のライカニア合衆国がある。森を西に出れば苏安があるし、南東へ進めばグラコスも抑えられる」
アレンは破片を観察しながら問うた。
「この黒いのに取り憑かれたら、木は生きられるのか?」
「さあな。だが以前私がリーサグシア大森林に来た時…と言ってもリーサグシアが滅ぶ前だからもう五十年以上も昔か。その時は木々は石化していなかった。それはもう美しい森だったよ。春は花々が咲き乱れ、夏は青々とした葉が生い茂り…この季節は本来、それはもう見事な紅葉が見れた。かつては苏安の皇帝やリーサグシアの王族に紅葉狩りに招待されたものだ」
今や石化した木に生い茂る葉は緑がかった灰色で、光合成しているのかどうかも怪しい。
「石化も、帝国の仕業だろうか」
「ソレアイアが〈奈落〉を狙っていたらしいな。〈奈落〉へ向かうには苏安領を抜けなければならないから、可能性はある。それと、除霊師に聞いた。遺物に帝国とソレアイアが干渉したらしいな」
「ああ。エルフは生贄にされて、生存した奴らは捕虜として保護している」
捕虜への待遇については、苏安側と〈プロテア〉側で意見が割れた。侵略行為を受けている苏安としては、自分達の兵糧を侵略者に分けてやるつもりはさらさら無いようで、一定期間は生存可能な量しか与えないという意見が出た。そして〈プロテア〉は多国籍軍だ。特にソレアイアンエルフのザンドラも在籍している事から、ある程度の食事を摂る権利を主張した。一部の苏安兵もザンドラが美凛を救出した事を知ってそれに賛同したが、ザンドラ本人が苏安のやり方に任せたいと発言した。
「…あれを保護とは言わないと私は思うがね」
「…死ぬ事は無いだろうが。凄まじい拷問だったな」
何をどう思ったのか、どういう訳か苏月が拷問を担当する兵士に拷問の方法を伝授していたのだ。その結果、情報を吐かせた後は廃人同然になってしまった。
捕虜となれば、その次に待ち受けるのは死だ。その間に拷問があるかどうかは状況次第だが。
「ザンドラと捕虜の発言によれば、大森林の中には井戸が一つある。その井戸から地下水路を通って城の内部へ侵入出来るらしい」
「ああ、あの古井戸か。確かにリーサグシア城に通じている」
「俺達〈プロテア〉と苏安から精鋭を選んで内部からリーサグシア城を陥落させる。それ以外の軍はある意味、陽動だ」
コンラッドはパカフを見て言った。
「私とパカフも同行しよう。地下水路は水の流れが速い。魔法使いの同行は必須だろう。ほかには誰が行くんだ?」
「〈プロテア〉からはロルツとゼオル。苏安からは思薺さんとその部下、そして謝坤。それから〈桜狐〉だ」
「心強い者達ばかりだな。パカフ、戦えそうか?」
パカフは自分用の魔導書を取り出すと力強く頷いた。
「兄貴、攻撃魔法も覚えたんだ。皆の役に立てるよ!」
アレンはパカフの頭をわしわし撫でた。
「頼もしいよ。無茶はするなよ」
「うん!兄貴達は正面から攻めるんだろ?兄貴も無茶しないでよ!」
角笛が響き、本隊が動く。パカフ達奇襲部隊は最初は本隊の歩兵と共に動き、途中から森に潜入する事になっている。
「それじゃあ二人は歩兵隊の元へ向かってくれ。俺は騎馬隊と合流してくる」
そう言ってその場を離れると、フレデリカが連れて来た二頭の馬のうち、青鹿毛の馬の手綱を取ると、慣れた動作で跨った。
「思ったんだけど、慣れてるよね。砂漠に居た時も馬に乗ったの?」
「この辺とは品種違うけどね。教養として乗馬の訓練は受けていたよ」
戦いに関するあらゆる事は、コーネリアスが死んだ後に梦蝶によって全て叩き込まれた。より発展した格闘術、人体の急所、馬の乗り方、拷問の仕方…。
(あれ、そう言えば月さんは梦蝶についての話題を出さないな)
フレデリカと共に馬を駆って先頭へ追い付くと、後ろから苏月と舞蘭もやって来た。
「月さん、破片の黒いあれから帝国の魔力が感知された」
「やはり背後に居るのは帝国か」
「ほぼクロだよ今の所人体への影響は無いけど…」
「いや、木が石化していたのだから、その内何らかの影響が出て来る」
「でもその為の油紙だろ?」
同盟軍の兵士は全員、防具の下に水を通さないように油紙を何重にも巻いている。しかし黒いねばねばは水に溶け、妙に纏わり付く。
「でも影響が無くても、これじゃあねぇ…」
苏月が跨っている漆黒の馬は慣れない感触が面白いのか、跳ねるように進んでいる。
「…その子は楽しそうだね」
「杏杏は…いつも通りだな。だが馬も子供も、何を考えているのか分からん…」
アレンは苏月の額を見た。
「美凛に殴られたんだっけ」
「…いきなりお盆て叩かれて右ストレートとか、年頃の娘って難し過ぎないか?まだ頭がガンガンする」
「冷やし過ぎて顔が真っ白になってるよ…そろそろ冷やすの止めときなよ」
「分かった…」
アレンは溜息を吐くと前方を見た。巨人達が破城槌で気を砕き、魔法使い達がこれ以上水が流れないように木を凍らせる。
「…〈プロテア〉は良いな」
おもむろに苏月がそう言う。
「…え?」
「多数の種族や異なる特技を持った者達が、ああやって互いに助け合える。簡単に出来る事ではないよ」
太古の昔、旧世界が誕生した頃。神々は創造神ソピデモトによって創り出された生命に特性を与えた。竜族には圧倒的な力を、エルフには完成された美と森との会話能力を。そして人間はには個性と同調圧力を。
「人間と魔法族が魔人を制御しようなど思わなければ、こんな戦争も無かったのかも知れないと思うと、虚しくなるよ」
苏月は静かに破壊される森を見詰めている。アレンは口を開いた。
「コンラッド先生によれば、この森はもっと美しかったらしい。人間達が魔人を制御しようなど考えなければ確かに帝国が事を起こす事は無かったのかも知れない。だけど、先ずはこの森から帝国の影響を取り払ってしまおう」
苏月のような考えの者は恐らく少ない。だが、どちらか一方を皆殺しにしてしまう訳にはいかない。アレンとしては魔人達との共存を望んでいるが、その為には圧倒的な勝利が必要だ。
「アレン、目的の井戸が近付いて来たわ」
先ずは帝国の影響を取り払い、ソレアイアと苏安の領土問題にけじめをつける。
フレデリカが南を指差すと、アレンは号令を掛けた。
「作戦開始だ!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる