創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

時の盗人

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 世南セナンの北東部にある二日程馬を走らせた森の中、ザンドラはガンダゴウザ達と合流した。
「酷くやられたなぁ、フーゲンベルクの娘」
 ガンダゴウザがニヤニヤと笑いながらそう言う。
「初めまして、ガンダゴウザ。私の事を知ってるのね」
「お前の母親に金切り声で怒鳴られたからなぁ」
「それは、申し訳無いわ」
 罪悪感は無い。だが、ザンドラを追っていた兵士達は全員が殺されてしまった。ガンダゴウザの巨体から放たれた戦棍メイスの一撃は、馬ごと兵士を叩き潰してしまう。罪悪感があるとすれば、それはザンドラを捉えようとした何も知らない苏安スーアン兵にのみだ。
 濃厚な血の匂いに吐き気を覚えながら辺りを見渡すと、倒木に梓涵ズーハンが座っていた。梓涵は血の匂いなど気にも止めていないようで、黙々と水晶盤を弄っている。
「こんばんは、梓涵」
「…こんばんは」
 そう言った梓涵は警戒しながら顔を上げた。
(ザンドラさん、何を考えているの?)
 ザンドラは予め、精神操作の術に対抗する為に精神保護の魔法を自身に掛けていた。だから梓涵にはザンドラの思考を読み取れない。ここからは、能力や魔法を一切使わない腹の探り合いだ。
美凛メイリンは元気?」
「ええ、元気ですよ。本家の方が美凛様と話してたけど、凄い暴れてました」
「本家?」
 嫌な予感がする。
 平静を保つザンドラに梓涵は淡々と言った。
な方でしたね。外へ聞こえてくるぐらいには、激しかったですよ」
 ザンドラは笑みを浮かべたままだが、内心は怒りで暴れてしまいたかった。
(下衆な…あの子の身体じゃ限界があるのに、無理に孕ませようとしてるのね)
 全ては純血を保つ為に。苏月はグラコスの襲撃を知り、手元で娘を囲って保護したかったのだろう。だがそれは裏目に出てしまった。
 近くの天幕から悲鳴が聞こえてくる。美凛のものだ。
「あんな小さい娘の何処が良いんだか…ウェイの娘よ、俺はファズミルやヴェロスラヴァとは違って幼女が犯されるのはあんまり好きじゃない。他所でやってくれんか。もう四回目だぞ」
 尖った耳を掻きながら言うガンダゴウザにザンドラは賛成したくなる。どうやら近親婚を繰り返すと、倫理観という物が無くなるらしい。
「知りませんよ。本家の人間はもう、人ではありませんから。ソレアイアで待っていれば良かったのに…文句なら梦蝶モンディエ様に言えば良いのでは?貴方の上司で、本家の遠縁ですから」
「むぅ…」
 梦蝶という人物には逆らえないのか、ガンダゴウザは小さく呻くと離れていった。
 二人きりになると、梓涵は腕を組んだ。
「何で来たんですか?」
「あんまりな言い方ね。苏月スー・ユエに殺されかけたから逃げてきたのよ。まさか、同盟相手の部下を殺そうとする程気のれた人間だと思わなかった」
「…あれは、ではありませんよ」
「え?」
「アレンさんもね」
 梓涵はザンドラに聖書を渡した。
「貴女は、聖書を信じますか?〈創世の四英雄〉が旧世界の救世主メシアだったと、信じますか?」
「ええ…だって、神話であるより前に歴史よ。誰もが、彼らのお陰で生きている」
「じゃあ、どうして英雄の生き残りであるアレッサンドロに逆らうのでしょう」
「…」
 帝国が東へ侵攻して来ている、そう言おうとしてザンドラは思い留まった。下手な発言をすれば、敵対者として殺されかねない。
「…何が言いたいの?」
 苦し紛れにそう言って先を促すと、梓涵は言った。
「アレッサンドロにはの子供が居ます。十二神将〈剣姫〉李恩リーエン、同じく十二神将〈弓姫〉弥月ミィユエ。そして、〈神風〉
 ザンドラは目を見開いた。
「アレンが、皇帝の子…!?」
「おかしいとは思っていたんです。何故アレッサンドロが居ながら、裂け目から漏れてくる魔素が年々増えているのか…それはね、ザンドラさん。英雄の力を奪った者が居るからなんですよ」
「皇帝は、認知しているの?」
「梦蝶様から聞きましたが、認知しています。ふとした時に街を散策していたら、夜鷹のように客を取っていたアリシアさんを見つけたようで。今まで、利用価値を見極める為に殺さずにいたのでしょう」
 驚きを隠せないザンドラに梓涵は嗤う。
「でも、普通に考えれば分かりますよねぇ?神代の禁忌魔法を宿したら、の混血では耐えられないって。でもあの人は、死に至らず魔導不完全症で済んでいる」
 梓涵は何も言わないザンドラに更に言った。
「創造の力を持つ魔女と、時の盗人。そして、破壊神の力を宿した者があの陣営の中に居ます」
「破壊神?」
「破壊の眷属…キオネのような存在です。思い付きませんか?」
「…」
 黙りこくるザンドラに梓涵は嗤った。
「貴女、本当に何しに来たんですかぁ?その短剣から、破壊の気配が漂ってますけど」
「これは…」
 苏月の血だ。
「英雄への反逆者には、死を」
 梓涵は鉄製の扇子を取り出すと、ザンドラに向けて振り下ろした。
「くっ…!」
 鉄扇を短剣で防ぐが、騒ぎを聞き付けた魔人達が集まってくる。
 ザンドラは鉄扇を掴むと、素早く背後に回って梓涵の腕を思い切り捻り上げた。
「ぐ、ああああっ!」
 大きな音がして梓涵の肘が外れる。ザンドラは自分より小柄な梓涵を魔人達の方へ突き飛ばして氷魔法で道を塞ぐと、悲鳴の聞こえた天幕へ駆け込んだ。
 天幕の中は暗いが、湿った音と啜り泣く声、荒い息遣いが聞こえる。
「美凛から離れろ、このデブ!」
 ザンドラは近くにあった椅子を掴むと、思い切り男の頭に叩き付けた。何度も何度も、雄と雌の匂いより血の匂いが濃くなるまで、無心で殴る。
「ザンドラ…っ」
 暗がりでよく見えないが、美凛は泣きながらか細い声を出した。ザンドラは上着を脱ぐと、裸の美凛に着せた。
「美凛、逃げるよ!立って!」
 そう言って細い腕を引っ張って立たせると、美凛は姿勢を崩してザンドラにもたれ掛かった。
「痛い…」
「あのデブ…!」
 ザンドラはもう一回本家の男を殺してやろうと考えたが、一回殺したら二回目は無い。直ぐに切り替えて天幕を出る。
 天幕を出ると、ザンドラが張った氷の壁が破壊されたところだ。騒ぎを聞き付けたガンダゴウザが戦棍で壁を破壊したのだ。
「捕まえて!」
 肘を庇いながらそう叫ぶ梓涵に舌を出すと、口笛を吹いて馬を呼ぶ。
 真っ白なたてがみを靡かせながらやって来た馬に跨ると、ザンドラは素早く腹を蹴った。
 ザンドラは片手に手綱を握りながら水晶盤を開いてアレンに連絡を取った。
「アレン、今何処!?」
『世南の北東部を進んでる』
「私も世南北東部に居る。助けて、追われてる!」
 アレン達がどの辺に居るのか分からない。だが、早く苏安軍と〈プロテア〉に合流しなければ。
 ザンドラは後ろを向くと、魔法陣を複数展開する。
「照らせ、炎光フレイムレイ!」
 魔法陣から放たれた黄金の炎が足元を燃やし、辺りを照らす。しかし、それは敵にも居場所を知らせてしまう。
「きゃあ!」
「ザンドラ!」
 魔人の放った矢がザンドラの肘を撃ち抜く。
 落馬したザンドラは炎に照らされた大きなやじりを見て青褪めた。
(これ、毒矢じゃ…!)
 魔人用に作られた矢は、ザンドラの左肘を砕いて貫通している。もう左腕は使い物にならないだろう。
「観念しなエルフ!」
 魔人の一人が馬上から槍をザンドラに向かって振り下ろしたその時だった。
「観念するのは、お前らだ!」
 聞き慣れた低い声が響くと、目の前の魔人は馬ごと真っ二つに斬られた。
 臓物と血飛沫を浴びながら、青年は言った。
「…俺の部下に何してやがる」
 その時、背後から角笛と矢が空を切る音が聞こえた。同盟軍がザンドラと美凛の救出に来たのだ。
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