創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

行軍

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 グラコスのチンピラ共を掻き集めた軍隊は今やしっかり調教され、素早く、そして規律を守って行動出来る軍隊へ変貌を遂げた。
(頑張ったよなぁ、俺)
 海竜アクアドラゴンすらも容赦無く張り倒して体罰を行ったアレンには誰も逆らえない。
 扉の向こう、拠点で行軍の準備を終えたアレンは役五千名の兵士を見渡す。
(まだ、数が足りない。魔人を殺すには五千じゃ足りない)
 苏月は十万人の兵を連れて行くそうだ。その十万人でも、帝国軍の人数の一割にも満たない。
「アレン、苏月の方は準備が出来たって」
 思考に耽っていると、隣からフレデリカが声を掛けてきた。その声で現実に引き戻されると、アレンは扉に向かって手を掲げた。すると、扉が重々しい音を立てて開く。同時に貴族街の門も開いたようだ。
 アレンが馬の腹を蹴ると、しっかり隊列の整った軍隊が扉から出て来る。
 扉の外に出たアレンは、苏安軍の先頭を馬で進む苏月を見た。装飾の少ない黒い装束に簡単な防具。狩りに行くと言った方が納得出来る出で立ちだが、誰も気にしてはいないらしい。
(只の天才なんだろうな)
 予行演習も無しに軍事パレードを開始したが、扉と門が開くタイミングはぴったりだった。扉が開く時に生じる揺れや音を感じ取って指示したのだろう。そしてその結果、民衆は苏安軍と〈プロテア〉の団結力を思い知った。こういう事を面倒臭がりそうな性格だが、彼は進んでやった。つまり策があるからなのだ。実際、見せ付けるようにゆっくり行軍するのではなく、さっさと馬を進めている。それでも民衆からしたら重厚感のある行進だろう。
「〈プロテア〉と苏安軍に栄光あれ!」
 誰かがそう叫ぶと、歓声と花が舞う。
 栄光、そんな言葉に何か意味はあるのだろうか。人を殺して手に入れる栄光は、血の色をしている。アレンは帝国に居た頃、最も多くの人間を殺した。月末に渡される金は妙に重く、生温かく感じたものだ。人を殺さない立場の者は気楽で羨ましい。外部から偽善を叫んでいれば良いのだから。
「〈プロテア〉の阿蓮アーリェン将軍!少しお話良いですか?」
 アレンは思わず手綱を引いた。大胆にも、行軍を邪魔するように報道陣が出て来たのだ。
「ちょっと…⸺」
「アーサー氏の後に反帝国組織〈プロテア〉のリーダーに就任されましたが、その前には何をやっておられたのですか?」
「出身はどちらですか?」
「リヴィナベルクで飛竜スカイドラゴンを撃退されましたがどのように勝利したのですか?」
「アーサー氏が亡くなって、今の心境は⸺」
 次々と並べられる質問とこちらに向く水晶盤に戸惑い、不快感を感じていると、フレデリカが怒った。
「ちょっと、邪魔しないでよ!こっちにはこっちの予定があるんだから!」
 しかし報道陣は水晶盤にアレンの姿をしっかり収めようと水晶盤を掲げて近付いて来る。
(このままじゃ、アレンの目が映る!)
 フレデリカがアレンの方を向くと、報道陣とアレンの間に苏月が入って来た。丁度アレンが隠れる位置に馬を寄せると、馬上から言う。
「お引き取り願おうか、マス諸君」
 ゴミ、そう言われた報道陣の顔が引き攣る。
「皇帝陛下、ゴミとはあんまりな言い分では⸺」
「他人の都合を考えずに偏った報道を繰り返すマスコミをゴミと言わずして何と言う?思薺スーチー、お前なら何て言う?」
 思薺は即答した。
「糞」
「…思ったより汚い言葉で返ってきたな。おい糞共、それは中継か?」
 報道陣が頷くと、苏月はアレンを押して報道陣から離れさせ、馬から降りて雷を纏った槍を取り出す。苏月はアレンの目が水晶盤に映らないように退かしてくれたが、成人男性の平均身長を上回る彼はそんな事をしなくても報道陣の目を釘付けにする。特に、四十路とは思えない程若く端正な顔は女からの視線をよく集める。
「…なら証拠隠滅は難しいな」
 そう言って槍で報道陣を押し退けると、感電した報道陣が悲鳴を上げて水晶盤を落とす。苏月が足元へ転がってきた水晶盤に槍を叩き付けると、べキッと音がして水晶盤が割れた。
「べ、弁償し⸺」
「警告だ」
 低い声は男女問わず、身体の奥底から震え上がらせる。
 苏月は槍を仕舞うと気怠い仕草でしゃがむ。醜い傷痕に覆われた手が記者の髪を掴んで無造作に持ち上げると、髪が千切れ、抜ける音がした。そして報道陣にしか聞こえない程度の大きさの声で耳元に囁く。
「左に傾倒したマスゴミ風情が、二度と東側諸国で馬鹿げた真似をするな。今、貴様の前に居るのは英雄の末裔でスーとそのだ。アーサーがリーダーだった頃から思っていたが、お前達左派は英雄伝説やその子孫を信奉するとか言う割に敬意が足りない。身の程を弁えろ、下衆が」
 そう言い捨てて手を放すと、部下が酒精アルコール消毒液を持ってくる。手を入念に消毒しながら苏月は言った。
「後で貴様らの会社の社長に物申してやる。この都に貴様らが居ると考えただけで不愉快だ。西門からさっさとうせろ」
 報道陣は仲間を担ぐと、まるで物語に出て来る悪役のように悪態を吐いて走り去る。そんな報道陣を嘲笑うように、再び〈プロテア〉と苏安軍を称える歓声が響く。
 苏月が馬に再び跨ると、何事も無かったかのように行軍が始まった。
 歓声の中アレンは苏月の方を向いて言った。
「さっきは助かった。ありがとう」
「構わん。マスゴミは放っておくと調子に乗るからな。次は馬で踏み殺してしまえ」
 苏月は冗談めかしてそう言うと、プロテアの青い旗を見上げた。
「結成から五年…随分と有名になったものだ。アーサーがよっぽど何かやらかさない限り、ニュースにもならなかったのに」
「アーサー達が創設したんだよな」
「言い出しっぺはクルトだ。…悲しい事だよ。彼らのような若者が、他者に強い憎悪を抱いて殺し合いを行うなど。プロテアという花が冠する花言葉は、自由だ。だが、あの旗に刺繍されているの薄桃の旗は…私には憎悪の暗い赤に見える」
「…何故、魔人をあんなに恨む?五年前って、まだ十五歳じゃないか」
 僕達は帝国軍人を全て皆殺しにしてやりたいとすら思ってる⸺クルトが言っていた言葉だ。五年前、クルト達は十五歳だった。十五歳の少年だった彼らが、何故魔人に対してそんなに大きな憎悪を抱くようになったのか。
「彼らが通っていた士官学校は、東方連合の崩壊と共に閉校した。当時学校の管理を任されていたクレスト王国は帝国と交戦していたが、勝ち目が無いと悟った国王バルダは連合を裏切り、士官学校に通う生徒達をにした」
「贄?」
「士官学校に通っていたのは王侯貴族の子供と、有力者からの推薦を受けた一部の平民出身の子供だった。贄にするには充分だろう。今〈プロテア〉に所属している以外の生徒は、ほぼ殺されたか消息不明だ」
 アレンは後ろを振り返った。戦闘員のゼオルとネメシア、そしてロルツ。拠点で待機しているクルトとザンドラ、そしてペータル。クテシアへ帰って行ったファーティマことアイユーブとサーリヤ。連れ去られた美凛メイリンと裏切った梓涵ズーハン。生存者はたったのこれだけ。そう考えると、彼らが友人を殺された恨みを募らせるのも納得がいく。
「東方連合はドミンゴの死によって瓦解した。ドミンゴは…所謂愛すべきバルだった」
「東方の首相を纏めて爆殺しようとして失敗したんだっけ」
「ああ。残念ながら奴らの目論見は失敗に終わり、死んだのはドミンゴ一人だった。そして死んだのは裏切り者のバルダとその娘、アマリリス。アマリリスは、私の異母姉の子だった」
「それは…嫌な事を聞いたな」
「…従姉妹同士、美凛と仲の良い子でな。アマリリスとバルダにとどめを刺したのは私だ」
 アレンは思わず顔を上げて苏月の方を向いた。
「私とあの子の仲が悪い最大の原因だよ」
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