創世戦争記

歩く姿は社畜

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苏安皇国編 〜赤く染まる森、鳳と凰の章〜

歪な宴会

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 広大な城は宴の準備で宮女や宦官達が慌ただしく走っている。しかし、彼らは忙しい中でも謝坤を見つけると必ず頭を下げる。
 謝坤は城へ向かいながら宮中の注意事項を話してくれたが、宮中の注意事項と言っても大した事は無く、最低限の礼儀だとか不適切な行動は避ければ良いとの事だ。グラコスのように無法地帯でないのが救いだ。ある程度やってはいけない事(やったら処罰されるような事)が分かりやすい。
 しかし、アレンはすれ違う人間を見て違和感を覚えた。
「謝坤、宴会の支度にしては武官が多いよな。それに、女も武官やってるのか」
「お、イイとこに気付いたなぁ!」
 謝坤はそう言ったが、不思議とその顔は真面目だ。
「陛下が即位されてから、女も科挙を受けて官員になれるようになったんだ。と言うのも、陛下が即位したての頃は男は戦争で数が減っていたからなんだ。だから優秀な者は性別問わずに採用するようにした。それから武官が多い理由だけど、やっぱりこの国も治安が悪くなりつつあるんだ。特に今日は陛下が本家の捕虜を連れ帰った事で厳戒態勢に入ってる」
 武官達はしっかり武装して周囲を警戒している。犯罪者まみれのグラコスとは違う空気にアレンは気を引き締めた。
 宴会の会場である謁見の間へ行くと、既に大勢の貴族や妃が集まっていた。一同は談笑を楽しんでいるように見えるが、実際は腹の探り合い、貶し合いだ。その中でも女の声は高いのでよく聞こえる。
「あの青髪さんが陛下のお客人?何だか、変な髪色ね。もうちょっと黒みが強ければ陛下の御髪のような髪色だったのでしょうけど」
「その横、美凛メイリン公主様じゃない?相変わらずギョロギョロした大きな目だこと」
「皇后様も目がギョロギョロしてたわよねぇ、陛下はあんなのの何処が気に入ったのかしら。年増じゃない」
 嘲笑、好奇の目…随分と懐かしい感覚だ。それが美凛にも向けられている事に戸惑いを禁じ得ないが、美凛とその妃達を見比べてある事に気が付く。
(美凛の顔は苏安スーアン人の顔じゃない。人種が違うのか)
 アレンが妃達を見ているのに気付いた謝坤が言う。
「上級妃が後で陛下に報告するだろうから、聞かれない限り口を挟むなよ」
「分かった」
 下級妃達の陰口を聞きながら案内された席に座ると、そこは上級妃より上座に近い場所だった。戸惑いを隠せないアレンが謝坤とフレデリカの顔を交互に見ると、上級妃の一人が助け舟を出してくれた。
「陛下の親戚でお客様ですから、安心してお座りくださいな」
「ど、どうも…」
 アレンが座ると、フレデリカとその上級妃は談笑を始めた。
「フレデリカ様、そちらの青髪の方はボーイフレンド?」
「あら、分かっちゃう?フフーン、そうよ」
「違う違う」
 アレンが慌てて否定すると、上級妃達はクスクスと笑った。その顔を見てアレンはある事に気付く。
(あれ、下級妃の連中より結構年上…?)
 年齢は三十後半から四十代くらいだろうか。もう子供を作る事が困難な年齢層の者が上級妃に多い。妃とは、言い方を変えれば次の皇帝を孕み産む為の存在だ。だが、豪華な衣を纏う明らかに位の高い妃の多くは四十路くらいだ。
 アレンがフレデリカに問おうとしたその時。
「陛下のおなーりー!」
 一同は一斉に立ち上がって礼をする。アレンも周りを真似して苏安式の礼をする。
 衣擦れの音がして、あの男と、更に別の誰かの気配が複数近付いてきた。しかし足の運び方は戦い慣れている者のそれだ。衣擦れだけで、足音が一切しない。
 衣擦れの音はアレンの目の前で止まると、代わりに低く落ち着いた声を発した。
「面を上げよ、阿蓮アーリェン将軍」
 アレンが顔を上げると、目の前には苏月が居た。服装は先程と同じ黒色だが、もっと豪奢な物になっている。アレンより少し背の低い彼はアレンを見ると薄く笑った。
「苏安への来訪は初めてか」
「…はい」
「初めてにしては、礼の仕方が上手い。のだろう。二十七世婦も見習うべきだな」
 そう言って下級妃達の方を向くと、若い女達は萎縮する。
「…今宵は宴だ。堅苦しい事は無しに楽しむと良い」
そう言って皇后舞蘭ウーランの手を取って玉座へアレンの前を通り過ぎると、脳内に再び声が響く。
『実家のコネだけで入宮するような女共より、遥かに良い待遇を約束しよう。刹那の宴を楽しめ』
 その声に不穏な響きを感じていると、苏月は階段の上にある玉座へ腰を下ろし、一同も腰を下ろす。すると、宮女と宦官達が食事を運んで来た。
「アレン見て、舞蘭の得意料理よ」
「意外と…庶民的だな」
「下手な宮廷料理より栄養豊富よ。苏月はちょっと顔色が悪いからね、こういうのが良いわ。彼女、良い奥さんよねぇ」
 そう言って下座の二十七世婦を見て言うと、彼女達は忌々しげに目を逸した。
「青いわねぇ」
 フレデリカの言葉に上級妃達が花弁から朝露が落ちるような笑みを零す。歳を重ねても美しい笑い方は洗練された教育の賜物だが、改めて女の世界という物を感じる。
 その時、アレンは空気が妙にピリつくのを感じた。いや、周囲の武官と同時に殺気に気付いたと言う方が正しいかも知れない。
「えー、皇帝陛下のご帰還と勝利をお祝いして⸺」
 宦官が妙に高い声で何か答辞のような事を言い始めるが、アレンには聞こえない。それより、何か不穏な気配が宴会に紛れ込んでいる。そして苏月は心底どうでも良いのか、皇后と談笑しながら食事している。そこには如何なる者も邪魔を許さないような、女や貴族達が喚き貶し合う此処とは別の世界のような空気が満ちている。
「フレデリカ、この宴会…何かおかしい」
「やっぱりそうよね。皇后主催の宴会は何度か参加してるけど、こんなの初めてよ。あの二人の馬鹿ップルぶりは健在だけど」
 柱の影、会場の外、玉座の周囲。武官が柄に手を掛けていつでも抜剣出来るようにしている。
(何を警戒している?)
 まるで、斬り合いの間に居るような感じだ。
「…この国の泰平を祈りまして⸺」
 答辞を述べていた宦官と、周囲の武官から殺気が漏れる。
「あいつ⸺!」
 アレンが立ち上がった瞬間、宦官は跳躍して皇帝と皇后の前へ立って武器を振り上げる。その身体能力は明らかに人間のモノではない。
「死ね、本家の名を騙る悪魔よ!」
 宦官は武器を振り下ろそうとしたが、身体が動かない。
 しかし苏月は美しい所作で箸を進めており、宦官の事をまるで気にしていない。
 アレンが困惑に満ちた顔でフレデリカの方を向くと、フレデリカはアレンの袖を引っ張って座らせる。
「彼にとって、この場の重要事項は皇后の安全。次に美凛の安全、そして妻の作った料理。邪魔をしたら、一瞬で頭が身体とおさらばするわ」
「じゃあ、あの宦官はどうしてあのまま動けないんだ?」
 アレンが疑問を呈すると、フレデリカは創造魔法で望遠鏡を創ってアレンに渡す。
「見てご覧」
 アレンは美しい装飾の望遠鏡を目に近付ける。
「あれは、鎖?」
 宦官の四肢は細く透明に近い鎖で縛り上げられ、身動きの取れない状態だ。
「最期に、己の過ちを悔いて祈る時間を与えているのよ」
 すると、下級妃の一人が叫んだ。
「陛下、かの者の蛮行を許すのですか!?」
 すると先程フレデリカと話していた上級妃が一喝した。
グァン婕妤しょうよ、控えなさい!二十七世婦の分際で⸺」
「しかしリー貴妃様!」
 黎と管が席を立って睨み合っていると、苏月は貴妃の反対側に座っている女将軍を呼んだ。玉座の前へやって来た女将軍に何やら耳打ちすると、女将軍は苏月と舞蘭の食事を持って退出した。
「舞蘭と黎貴妃、後で後宮の入れ替えを行う。学と教養のある女を探すように。それから謝坤、明日から大規模な軍事演習を行う。が…⸺」
 苏月はゆっくりした動作で玉座から立ち上がると、未だ動けない宦官の胸に手を当てる。
「…不忠の輩は排除せねばならん。そうだろう?」
 次の瞬間、大きな音がして宦官の身体が吹き飛んだ。
(今の、発勁!?)
 事前準備も無く、突然放たれたそれにアレンは目を見開いた。
(何あれ、どうなってるんだ?)
 アレンは苏安の武術については梦蝶モンディエから習っていた。しかし、全くもって理解が出来ない、だった。
『確か…〈神風〉、だったか』
 再びあの声が響く。
『貴公の疾さは、どの程度のものなのであろうな』
 鈍い音がして、宦官の身体が床に落ちる。その拍子に、宦官の変身魔法が解けた。
「エルフだと!?」
 誰かがそう叫ぶと、苏月は左手を上げて一同を静まらせる。
「売られたは、買わぬ訳にいくまい?」
 勝利を前提とした、戦争開始宣言。
「全ては陛下の御心のままに!」
 一同が命を受けて頭を垂れる中、苏月はアレンの方を向いた。
『試練は無い。私と貴公が今やるべきは、クテシアの背後を狙う不届者の破壊』
 玉座から舞蘭が降りてきて、夫に盃を渡す。
「同盟を組もうか。阿蓮将軍」
 それは対等な同盟。アレンとしても断る理由は無い。アレンは盃を上げる。敵に回せば恐ろしいが、味方であれば心強い後ろ盾ができた。
「喜んで、その申し出を受け入れよう」
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