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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜
三人の龍王
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開戦から数時間後。とうに日は西の果へ沈み、漆黒の上空を星々の代わりに爆発と魔法陣、そして街を焼く炎が照らしていた。
アレンの銃が火を吹き、飛竜の背を皮膜を焼き払う。
「やっとか!」
魔導銃を弾の形状で撃っていたが、海竜の光線を参考に魔力をそのまま放出する形にした。こっちの方が効果は絶大で、あれだけの猛威を奮っていた飛竜が海に落ちて海竜に襲われている。飛竜は海竜によって噛み付かれ、赤く濁った渦が出来上がる。
潮風の中に血や肉の焼ける匂い、火薬の匂いと腐敗臭が混ざっており、嗅覚は既に無いに等しかった。これ程の激戦は何年振りだろうかと自問する。もしかしたら初めてかも知れない。だが、アレンは十五年も最前線で戦い、生還した。だが今、飛竜を打破する術を見付けた。絶望は終わるのだ。
「皮膜だ!皮膜を焼いて海に落とせ!」
形勢は今、変わりつつある。コンラッドと〈桜狐〉達は攻勢を強めている。
その時、アレンは西の海に赤い旗の船を見た。赤地に金糸の鳳凰。苏安からの援軍だ。船に積まれた大砲が一瞬光ると、光線を放って飛竜を攻撃する。
「アレンさん、危ない!」
アレンが援軍に気を取られていたその時、上から飛竜が口を開けて迫って来た。
(やば、死んだ)
しかし、アレンが食われる前に何者かが飛竜に体当たりした。紫の鱗の飛竜、ドゥリンだ。そしてその背に乗っているのは黄土色。
「…フレデリカ!」
「良かった、間に合った!」
ドゥリンがアレンの乗る朱雀の横を飛行すると、アレンはもう一度苏安の船団に目を向けて問う。
「あれ、連れて来てくれたのか?」
「事態に気付いた苏月がたまたま江華に居た社龍に出征するよう言ったみたい」
「道理で増援が早い訳だ。遠距離射撃で済ませてるのはそういう指示か?」
「苏月は基本的に社龍の戦に口出ししない。あれは社龍の判断だけど、正解だと思うわ」
フレデリカはキオネと交戦中のヨルムを見て目を細めた。
「何あいつ、気配がゴチャゴチャしてて気持ち悪い」
「飛龍王ヨルム。〈厄災〉リントヴルムの子孫だ」
「ええ、リントヴルムの気配はする。けどもう一つ、別の気配もするのよ。キオネ以上の厄介者ね」
ドゥリンが口を開いた。
「私の親戚ってー、あんなキモいのー?」
アレンは思わずハッとした。
「ドゥリン姉さんも〈厄災〉の親戚?じゃあ厄災を斃す方法知ってる?」
「それはフレデリカの方が詳しいんじゃないかなぁ」
しかしフレデリカは首を振った。
「私達は破壊神を斃す事は出来た。破壊神は眷属である〈厄災〉より強いけど、生まれて間も無かったし…〈厄災〉はそもそも、あらゆる自然現象の元素のような物だから人の手では斃せないのよ。キオネの父親、ゴトディスは自ら死を受け入れたけど…あれが自ら受け入れるとは思えないわ」
「けどこのままじゃヨルムに好き勝手されてしまうよな。このままじゃキオネが負ける」
陸の上でもキオネは強い。しかし、まだ二十八年しか生きていない若造が何千年も生きた老獪な龍王に勝つのは不可能だ。
「飛竜が撤退しても、ヨルムは撤退しないぞ」
「何とかして行動不能にしないと…」
「行動不能に出来なくても戦意を喪失させる方法は無いかな」
するとドゥリンが提案した。
「私もリントヴルムの末裔だからねー、飛龍王として眷属を使役する権限はあるんだー。試してみるー?」
「その手があるのか」
「ヨルムの方が強いけど、多少爺のやる気を削ぐことは出来るかも知れないよー」
間延びした声で言うものだから信憑性に欠けるが、今は手段を選り好みする余裕は無い。
「やろう。フレデリカ、朱雀の方に乗れ。ドゥリン姉さんを援護しよう」
フレデリカが朱雀に飛び乗ると、ドゥリンは相変わらず間延びした声で言った。
「耳塞いでてねー」
ドゥリンはアレンとフレデリカが耳を塞いだのを確認すると、間延びした声に似つかわしくない凶暴な声で咆哮する。その声は爆撃音を掻き消し、夜の闇に響いた。それは破壊行動から得る快感に耽る飛竜の気を引くには、充分過ぎる物だった。
「私が飛龍王ドゥリンである。偽の飛龍王を破壊せよ」
飛竜の目から快感や恍惚が消え失せ、虚ろになる。そしてその長い首はゆっくりとヨルムへ向けられた。
異変にヨルムが気付いたその瞬間、飛竜達が〈桜狐〉にも追い付けない速度でヨルムへと襲い掛かる。
「お前達、何事ですか!?」
戸惑うヨルムを他所に、飛竜達はヨルムへと噛み付く。
(糞、これが只の老いた飛竜であれば簡単に殺せたのに…若者を殺してしまっては哀れ過ぎますよ)
飛竜もまた、海竜と同じように高齢化と個体数の減少が進んでいる。ヨルムの中に、どちらかというと若手の竜…難なく子を作れる年代の竜を殺してしまうという選択肢は無かった。しかも下手に動けば、羽撃き一つで自分の二回りも小さい飛竜を殺してしまいかねない。
動けずにいるヨルムに砲撃の嵐が降り注ぐ。先程まで離れた所から砲撃していた社龍の船団も移動して砲撃している。その中に、ヨルムは自身と同じ紫の鱗を持つ竜を見た。
(ああ、原初の末裔か。今殺しておけば…)
紫の竜が口を大きく開けると、光が集まる。味方ごと殺しかねないそれは、間違いなく自分に向けられた物だ。このままでは他の若い竜が殺される。ヨルムとしては、それだけは避けたかった。
ヨルムは近くに居た飛竜を無造作に掴んで投げ捨てると、翼を広げずに跳躍した。紫の竜、ドゥリンが怯んだ瞬間、咆哮する。すると操られていた飛竜達は正気を取り戻した。
「…この若造が!」
「ドゥリン!」
アレンとフレデリカが叫ぶが、手遅れだった。
怒りのままに振り翳したヨルムの巨大な爪がドゥリンの身体を抉り、海面に叩き付ける。しかし、ヨルムはもう一体の龍王の存在を忘れていた。
「隙だらけだ、ヨルム!」
長い巨体をバネのように跳躍させ、キオネがヨルムの至近距離まで近付く。そして顔面めがけて過熱水蒸気を吐き出した。
「ガアアアアアアアア!」
千度以上の高温で顔を焼かれたヨルムが悲鳴を上げた。高温で干からびた鱗が捲れ上がり、爛れた肉と骨が露出する。
すかさずアレンは叫んだ。
「全員撃て!」
フレデリカが轟音の中、アレンに向かって叫ぶ。
「アレン、攻撃が頭蓋骨に防がれてる!」
「何か履物ある?俺が穴を空けてくる!」
「履物!?」
そう言ってフレデリカが空間魔法で取り出したのは、船で移動していた時の分厚いもこもこスリッパだった。
「…まあ良いや。貸して」
「これで行くの!?耐久性が心配⸺」
「モタモタしてたら負けるだろ!さっさと終わらせるぞ!」
アレンは朱雀をヨルムの元まで近付けると、グリーヴからもこもこスリッパに履き替えた。
「篭手も要らないかな。よし、行って来る!」
フレデリカが止める間もなくアレンは剣を持ってヨルムの頭に飛び乗った。
(くっそ、熱過ぎる!)
もこもこスリッパは意外と耐熱性があるが、熱いものは熱い。
何とか頭頂部まで辿り着くと、アレンは斬れ味の良い形見の大剣を頭に突き刺した。
「ガギャアアアアアアアア!」
ヨルムが激痛に身を捩り、振り落とされそうになるが、ここで手を離す訳にはいかない。体重を掛けて大剣を動かすと、隙間から体液が漏れてくる。しかし、高温で体液は一瞬で蒸発して熱を生む。高温で目の前が暗くなりかけたその時だった。
(え…)
幻覚か、アレンの手に大きな白い手が被せられる。その手の主を見たアレンは思わず呟いた。
「とう、さん…?」
懐かしい顔。白く美しい顔。絵本に出てくる純粋で高潔な騎士のような、優しい顔。そこに立っていたのは亡き養父、十二神将〈剣聖〉コーネリアスだった。
アレンの銃が火を吹き、飛竜の背を皮膜を焼き払う。
「やっとか!」
魔導銃を弾の形状で撃っていたが、海竜の光線を参考に魔力をそのまま放出する形にした。こっちの方が効果は絶大で、あれだけの猛威を奮っていた飛竜が海に落ちて海竜に襲われている。飛竜は海竜によって噛み付かれ、赤く濁った渦が出来上がる。
潮風の中に血や肉の焼ける匂い、火薬の匂いと腐敗臭が混ざっており、嗅覚は既に無いに等しかった。これ程の激戦は何年振りだろうかと自問する。もしかしたら初めてかも知れない。だが、アレンは十五年も最前線で戦い、生還した。だが今、飛竜を打破する術を見付けた。絶望は終わるのだ。
「皮膜だ!皮膜を焼いて海に落とせ!」
形勢は今、変わりつつある。コンラッドと〈桜狐〉達は攻勢を強めている。
その時、アレンは西の海に赤い旗の船を見た。赤地に金糸の鳳凰。苏安からの援軍だ。船に積まれた大砲が一瞬光ると、光線を放って飛竜を攻撃する。
「アレンさん、危ない!」
アレンが援軍に気を取られていたその時、上から飛竜が口を開けて迫って来た。
(やば、死んだ)
しかし、アレンが食われる前に何者かが飛竜に体当たりした。紫の鱗の飛竜、ドゥリンだ。そしてその背に乗っているのは黄土色。
「…フレデリカ!」
「良かった、間に合った!」
ドゥリンがアレンの乗る朱雀の横を飛行すると、アレンはもう一度苏安の船団に目を向けて問う。
「あれ、連れて来てくれたのか?」
「事態に気付いた苏月がたまたま江華に居た社龍に出征するよう言ったみたい」
「道理で増援が早い訳だ。遠距離射撃で済ませてるのはそういう指示か?」
「苏月は基本的に社龍の戦に口出ししない。あれは社龍の判断だけど、正解だと思うわ」
フレデリカはキオネと交戦中のヨルムを見て目を細めた。
「何あいつ、気配がゴチャゴチャしてて気持ち悪い」
「飛龍王ヨルム。〈厄災〉リントヴルムの子孫だ」
「ええ、リントヴルムの気配はする。けどもう一つ、別の気配もするのよ。キオネ以上の厄介者ね」
ドゥリンが口を開いた。
「私の親戚ってー、あんなキモいのー?」
アレンは思わずハッとした。
「ドゥリン姉さんも〈厄災〉の親戚?じゃあ厄災を斃す方法知ってる?」
「それはフレデリカの方が詳しいんじゃないかなぁ」
しかしフレデリカは首を振った。
「私達は破壊神を斃す事は出来た。破壊神は眷属である〈厄災〉より強いけど、生まれて間も無かったし…〈厄災〉はそもそも、あらゆる自然現象の元素のような物だから人の手では斃せないのよ。キオネの父親、ゴトディスは自ら死を受け入れたけど…あれが自ら受け入れるとは思えないわ」
「けどこのままじゃヨルムに好き勝手されてしまうよな。このままじゃキオネが負ける」
陸の上でもキオネは強い。しかし、まだ二十八年しか生きていない若造が何千年も生きた老獪な龍王に勝つのは不可能だ。
「飛竜が撤退しても、ヨルムは撤退しないぞ」
「何とかして行動不能にしないと…」
「行動不能に出来なくても戦意を喪失させる方法は無いかな」
するとドゥリンが提案した。
「私もリントヴルムの末裔だからねー、飛龍王として眷属を使役する権限はあるんだー。試してみるー?」
「その手があるのか」
「ヨルムの方が強いけど、多少爺のやる気を削ぐことは出来るかも知れないよー」
間延びした声で言うものだから信憑性に欠けるが、今は手段を選り好みする余裕は無い。
「やろう。フレデリカ、朱雀の方に乗れ。ドゥリン姉さんを援護しよう」
フレデリカが朱雀に飛び乗ると、ドゥリンは相変わらず間延びした声で言った。
「耳塞いでてねー」
ドゥリンはアレンとフレデリカが耳を塞いだのを確認すると、間延びした声に似つかわしくない凶暴な声で咆哮する。その声は爆撃音を掻き消し、夜の闇に響いた。それは破壊行動から得る快感に耽る飛竜の気を引くには、充分過ぎる物だった。
「私が飛龍王ドゥリンである。偽の飛龍王を破壊せよ」
飛竜の目から快感や恍惚が消え失せ、虚ろになる。そしてその長い首はゆっくりとヨルムへ向けられた。
異変にヨルムが気付いたその瞬間、飛竜達が〈桜狐〉にも追い付けない速度でヨルムへと襲い掛かる。
「お前達、何事ですか!?」
戸惑うヨルムを他所に、飛竜達はヨルムへと噛み付く。
(糞、これが只の老いた飛竜であれば簡単に殺せたのに…若者を殺してしまっては哀れ過ぎますよ)
飛竜もまた、海竜と同じように高齢化と個体数の減少が進んでいる。ヨルムの中に、どちらかというと若手の竜…難なく子を作れる年代の竜を殺してしまうという選択肢は無かった。しかも下手に動けば、羽撃き一つで自分の二回りも小さい飛竜を殺してしまいかねない。
動けずにいるヨルムに砲撃の嵐が降り注ぐ。先程まで離れた所から砲撃していた社龍の船団も移動して砲撃している。その中に、ヨルムは自身と同じ紫の鱗を持つ竜を見た。
(ああ、原初の末裔か。今殺しておけば…)
紫の竜が口を大きく開けると、光が集まる。味方ごと殺しかねないそれは、間違いなく自分に向けられた物だ。このままでは他の若い竜が殺される。ヨルムとしては、それだけは避けたかった。
ヨルムは近くに居た飛竜を無造作に掴んで投げ捨てると、翼を広げずに跳躍した。紫の竜、ドゥリンが怯んだ瞬間、咆哮する。すると操られていた飛竜達は正気を取り戻した。
「…この若造が!」
「ドゥリン!」
アレンとフレデリカが叫ぶが、手遅れだった。
怒りのままに振り翳したヨルムの巨大な爪がドゥリンの身体を抉り、海面に叩き付ける。しかし、ヨルムはもう一体の龍王の存在を忘れていた。
「隙だらけだ、ヨルム!」
長い巨体をバネのように跳躍させ、キオネがヨルムの至近距離まで近付く。そして顔面めがけて過熱水蒸気を吐き出した。
「ガアアアアアアアア!」
千度以上の高温で顔を焼かれたヨルムが悲鳴を上げた。高温で干からびた鱗が捲れ上がり、爛れた肉と骨が露出する。
すかさずアレンは叫んだ。
「全員撃て!」
フレデリカが轟音の中、アレンに向かって叫ぶ。
「アレン、攻撃が頭蓋骨に防がれてる!」
「何か履物ある?俺が穴を空けてくる!」
「履物!?」
そう言ってフレデリカが空間魔法で取り出したのは、船で移動していた時の分厚いもこもこスリッパだった。
「…まあ良いや。貸して」
「これで行くの!?耐久性が心配⸺」
「モタモタしてたら負けるだろ!さっさと終わらせるぞ!」
アレンは朱雀をヨルムの元まで近付けると、グリーヴからもこもこスリッパに履き替えた。
「篭手も要らないかな。よし、行って来る!」
フレデリカが止める間もなくアレンは剣を持ってヨルムの頭に飛び乗った。
(くっそ、熱過ぎる!)
もこもこスリッパは意外と耐熱性があるが、熱いものは熱い。
何とか頭頂部まで辿り着くと、アレンは斬れ味の良い形見の大剣を頭に突き刺した。
「ガギャアアアアアアアア!」
ヨルムが激痛に身を捩り、振り落とされそうになるが、ここで手を離す訳にはいかない。体重を掛けて大剣を動かすと、隙間から体液が漏れてくる。しかし、高温で体液は一瞬で蒸発して熱を生む。高温で目の前が暗くなりかけたその時だった。
(え…)
幻覚か、アレンの手に大きな白い手が被せられる。その手の主を見たアレンは思わず呟いた。
「とう、さん…?」
懐かしい顔。白く美しい顔。絵本に出てくる純粋で高潔な騎士のような、優しい顔。そこに立っていたのは亡き養父、十二神将〈剣聖〉コーネリアスだった。
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