創世戦争記

歩く姿は社畜

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グラコス王国編 〜燃ゆる水都と暁の章〜

フレデリカの居ない日々

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 フレデリカとドゥリンが旅立ってからというもの、いつもの喧騒は消え失せてアレンの周りは静かになった。
(凄いな、あいつが居ないだけでこんなに静かなのか)
 コーネリアスが死んでからアレンが追われる身になるまでの間のような静けさ。懐かしい感覚に気が緩み、思わず欠伸が出てしまう。
「ちょっと根を詰め過ぎじゃないか?」
 そう言ったのは、水晶盤と羊皮紙を持ったアーサーだった。
「朝は自主練、朝食後は演習、昼からはパカフと一緒に会話講座、夜は例のスライムの研究…休憩時間は取れてるのか?」
「取れてる。それより、漸く海竜アクアドラゴンが演習に乗り気になった」
 フレデリカとドゥリンが旅立った後、アレンはキオネやラザラスを通じて海竜に演習への参加を呼び掛けていた。彼らは海竜としての姿なら海でしか戦えないが、彼らは人の姿にもなれる。強大な竜族は脆弱な人間の姿になるのはデメリットが大きい。しかし海竜や飛竜スカイドラゴンは巨体を維持する為に大量の食事を摂らねばならない。だが人の姿であれば食費を制限出来る。その為に竜族は長い時間をかけて人型に近い形へ変身出来るよう進化したのだ。しかし、人の姿でも戦えるのはキオネやラザラス達〈処分者〉のみだ。
「帝国の主力は海軍じゃない。まずは地上で戦えるようにしないと。それから…問題は空だな」
「空?」
「…俺の初陣は飛空艇団で有名なリサリア王国だったが、同行していた飛龍隊が全ての飛空艇を落とした。この国の防衛に関する資料を漁っていたが、海竜が口から出す光線と飛竜のドゥリンだけしか飛竜に対抗する術が無い。やらかしたよ、は今、フレデリカと苏安スーアンへ向かっている。考えてみろ、圧倒的な物量と火力、連携力を兼ね備えた飛空艇団を落とすような化物共が帝国には居る。深海でのんびり生きている海竜だけで太刀打ち出来る相手じゃない」
 有翼人ハーピィが居ればなぁ、と呟くとアレンは立ち上がって伸びをした。
「演習に行くのか?」
「ああ。海竜を超遠距離射撃の出来る兵士に育て上げる」
 しかしそう言い切ったは良いが、いざ演習の会場へ向かうと、海竜達はかなり好き勝手して遊んでいた。
(わー、こりゃ凄い)
 恐らく竜族はこの世界で最も『集団行動』、『連帯感』、『責任感』という言葉が似合わない種族だ。この場に居る海竜達はやはり好き勝手して遊んでおり、屋台で買い占めた大量のアジのフライを美味そうに食べる者、鯵のフライに何やら怪しげなソースを掛ける者、砂遊びを始める者、地面を水浸しにして泥合戦する者…様々だ。
 海竜が投げた剛速球の泥がアレンのすぐ横を通り過ぎる。
(古い方の服を着てて良かった…)
 アレンは竜族のマイペースさ、精神年齢の低さに何度も驚かされてきた。しかし、海竜達を見てアレンは違和感に気付く。
(外見年齢は十代から二十代…結構若い。そしてやってる事は初等科の低学年レベル…異様な精神年齢の低さだな)
 アレンはいつの間にか横に立っていたキオネを見上げる。
「なあ、海竜ってもう此処に居るので全員か?」
「戦いに出られる年齢、身体の者はこれで全てだよ。少なくてびっくりした?」
「ああ、かなりね…」
「僕達は長命だから個体数が増えにくいんだ。それに、竜として与えられた時間に飽きて自害する者も多い」
「飽きる?」
「以前にも言ったけど、僕の父は反乱を起こされてリヴィナベルク城が陥落した後、自ら処刑台に立った。父が死んだ後、それに感化されたのか、高齢の海竜達は次々とリヴァイアサン達父祖が眠るとされるグラコス海溝の底にあるリヴィナ海淵⸺海竜ですら耐えられない水圧の域へと沈んでいったんだ。永く無駄な時間を過ごすより、父祖の元で古の武勇伝を聞きたいと願ってね。内戦より前は三百頭の海竜が居たんだけど、このままじゃ絶滅だな」
 この場に居る海竜はキオネや〈処分者〉を含めても五十に満たない。
(下手を打てば、海竜は一瞬で絶滅する)
「因みに、数が少ない僕達海竜に戦闘訓練を行うよう言ったのはどうして?」
 ラザラスも気になるのか、じっとアレンを見詰めている。アレンは空を指差した。
「対空防衛。海竜が口から吐き出す光線や衝撃波、水流は鍛えれば飛竜の飛ぶ最も低い高度に到達するかも知れない。しかも、威力が飛竜より高い」
「良い目の付け所だね。僕達は本来水中で生活する。口から吐き出す光線や衝撃波、水流は本来狩りに使う物だが、水中は水の抵抗をモロに受けるからね、火力はあるんだ」
「抵抗の無い場所でぶっ放したらどうなるか、気にならないか?」
 ラザラスが興味を惹かれたかのように短く「ほぅ」と言うと、アレンは大きな声でわざとらしく言った。
「飛べない海竜が地上や海から飛竜を撃ち落としたら面白そうなんだけどなー!」
 べしゃり、と水溜りに泥団子の落ちる音がして演習場が静まり返る。そして海竜達は自身が飛竜を撃ち落とす姿を想像して金色の目を輝かせた。
(よし、釣り針に掛かった。もう一押しだ)
「キオネぇ、陸からも狙撃出来たら格好良いよなぁ」
「え?格好良いって、僕からしたら陸からの狙撃って出来て当たり前なんだけど…」
 アレンは思わずキオネを蹴り飛ばしたくなった。海竜を釣る為に巻いた餌を台無しにされた気分だ。しかし、海竜達に効果は抜群だったようだ。
「え、出来て当たり前だって。俺やった事無いよ…」
「もしかして私達、ダサい?」
 アレンはキオネを見上げた。
「もしかして、わざと?」
「え、何が?」
 アレンは理解した。天然とはキオネのような奴の事だ。
(天然発言でポカやられたら困るが、士気を上げられたなら上々。このまま訓練に持ち込もう)
 アレンは手を叩いてざわめく海竜達を静まらせた。
「お前達にキオネが持っているような魔導モシン・ナガンを配る。良いか、玩具じゃなくてこれは武器だ。俺の許可なく人に向けて発砲したり、齧ったり、こらそこ!振り回して人をぶっ叩かないように!」
 早速振り回そうとした二人に向かってそう言うと、二人はびしっと敬礼した。
「宜しい。それから注意事項だが、演習ではキオネより俺の指示を優先するように。理由は⸺」
 一々説明しなくても解るとは思いたいが、相手は海竜だ。人間(魔人)の一般常識は通用しない為、理由を説明しなければならない。
 騒がしい、マイペース、奔放過ぎる。フレデリカ要素を更にもっと厄介な領域へ昇格した物を詰め込んだ輩が四十数名。アレンはフレデリカ達が旅立ってからまだ一週間も経っていないのに、もう彼女を懐かしく思うようになってしまった。

 一方、そのフレデリカは舞蘭ウーラン妃の寝殿でお茶菓子を頬張りながら書庫から引っ張り出してきた文献を漁っていた。
「精が出るわね。さっき着いた分なのに」
 そう言って舞蘭は空になったフレデリカの茶器に良い香りの茶を注いだ。
「飛竜って飛ぶのが速いのね。リヴィナベルクから五日でこの凰龍おうりゅう京へ着いてしまうなんて」
「追い風補正もあるよ。この季節はリヴィナ海からの風が吹くからね。上空の風は特に強いし」
 舞蘭は大きな碧い瞳を少女のように煌めかせてフレデリカの話を興味深そうに聞いている。
苏月スー・ユエのような堅物が惚れるわけだ。家事も完璧で愛らしい妻。まさに理想の女性だろう)
 おもむろに舞蘭が口を開いた。
「キオネ君の試練は乗り越えられそう?」
「余裕じゃない?アレンの実力を買ってなきゃ軍の育成なんて任せないわよ」
「あら、そうなのね。じゃあ、彼にも伝えておくわ」
 彼、とは、夫の苏月スー・ユエだろう。
「…ユエは遠征中なんだっけ。あいつが自ら動くって、只敵の首を取りたいだけじゃないでしょ」
 そう言うと、舞蘭は侍女から一枚の写真を受け取った。
「貴女が此処に来る事は月にも話してある。そうしたら、自分が遠征している事について聞いてくるだろうって」
「遠征中に妻と連絡とは、随分と余裕じゃない。本当に食えない奴ね…お見通しか」
「そうね。そして彼としては〈プロテア〉の利用価値を見極めようとしているところよ」
「…成る程ね。だから重要な写真を私に見せようって訳か」
 そう言うとフレデリカは写真を受け取って確認した。
「…複雑過ぎるな…」
「分かって頂けただろうけど、敵は西だけじゃないわ」
 写真に写っていたのは赤い瞳の老人⸺本家の長老が〈大帝の深淵〉に何か袋を渡している様子だった。
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