創世戦争記

歩く姿は社畜

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バルタス王国編 〜騎士と楽園の章〜

グラコスへ

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 美凛メイリンは元々、苏安スーアンに帰るつもりは無かったらしい。なので苏安ではなく、グラコスに行くという事に賛成した。
 しかし、その顔は暗いままだった。
「美凛、どうした?」
「…今度はファーティマとサーリヤともお別れだなんて」
「挨拶はしたか?まだならやってこい」
 戦争中は、いつ何処で誰が死ぬか分からない。永遠の別れは唐突に訪れるものだ。
「…永遠のお別れみたい」
「そうだな。けど、挨拶をしないよりマシだろ。ほらあっち見てみな。ゼオルが御父上と挨拶して…るのか?」
 壮年の男性が、怪我でゼオルが満足に動けない事を良い事に、頭を滅茶苦茶に撫でている。
「アレンは、お別れ出来た?」
 十五年前、コーネリアスを送り出した時を思い出す。まさか養父が殺されるとは思わず、別れの言葉は言えなかった。
「…いいや、出来なかった。きっと俺は後悔してる。だからお前も言ってきな」
 そう言うと、美凛は頷いて歩いて行った。丁度ファーティマとサーリヤは社龍と話しているらしく、社龍とも挨拶が出来る筈だ。
 アレンは特に別れの挨拶をする人も居ないのでその場を離れようとすると、ガラの悪い男女がやって来た。
 女の方が話し掛けて来る。
「お前か?元十二神将のアレンって」
「そうだよ。アンタ達は?」
「私はグラコス海軍総司令官のテオクリス。こっちは陸軍総司令官のカルノスだ」
 アレンは女の顔には見覚えがあった。グラコス海域から帝国海域で暴れまわっていたテオクリス海賊団の頭領だ。
(賞金首が総司令官か…)
 カルノスが値踏みするようにアレンを見ていると、テオクリスはカルノスを肘で突いて言った。
「おい、キオネ陛下の客人だぞ」
「ああ、失礼」
 アレン除霊師に渡された手紙を思い出した。
「合同軍事演習、だっけ?俺達、大して兵数無いけど」
「ああ。兵が足りないとかその辺は大丈夫。グラコスはドラゴンより人間の方が多いからな」
 カルノスの言葉にアレンは思わず分かりきったことを問う。
「犯罪者達?」
「一般人に犯罪者、闘技奴隷に娼婦、何でもござれだ」
(頭数揃えるには充分かも知れない。下層民は信用出来ないが、肉壁程度にはなるだろう。しかし…)
「…〈プロテア〉がグラコスの領土内で徴兵するのを認めるという事か?」
「陛下からの伝言だ。『ああもう、好きにやっちゃって良いよ~』…だそうだ」
 カルノスは仕草まで付けてそう言った。
(油断…ではなかろう)
「無法国家だから、商人に手を出さない限り何やっても良い」
 信じられんだろ、と言ってテオクリスは肩を竦めた。しかし縛るルールが無いのは好都合だ。
「分かった。場所は…首都リヴィナベルクか?」
「ああ、テオクリスが同行する。俺はラトン人の討伐があるからな」
 その時、角笛が響いた。
「ラトン人の襲撃だな。行ってくる」
 そう言ってカルノスが立ち去ると、入れ替わりでゼオルと話していた男がやって来た。
「ご挨拶が遅れてすまない。私は〈玄鉄騎士団〉団長のバザン・スミスだ」
「こちらこそ遅れてすまない。アレンだ」
 バザンは挨拶を終えると、北の方を見た。
「アレン殿は、この大陸の情勢を何処まで御存知で?」
「いや、全くと言って良い位だ」
 バザンは苦笑する。その顔は何処から自嘲混じりだ。
「実を言うとな、私達も把握しきれていない。私達〈玄鉄騎士団〉はジェラルド王弟殿下にナザリムベルクへ招集されたが…君王の心の内は誰にも理解出来ない」
「君王?ジェラルドって現国王の弟だろう」
「我々〈騎士団〉は楽園に忠誠を誓っている。その楽園が何を示すのか、騎士団の中で考え方の違いがあるだけでな。例えば、〈白銀騎士団〉は国王に忠誠を誓うが、彼らの王とはジェラルド王弟殿下だ」
「じゃあ、〈玄鉄騎士団〉は?」
 バザンはファーティマ達とじゃれ合っている息子のゼオルを見て微笑んだ。
「我々の楽園は、平和その物だ。〈玄鉄〉は騎士団の中で唯一、平民の入団を許可している。それはひとえに、全ての民が平和である為にだ。我々は平和へ導いてくれる指導者に従う。そしてそれは〈白銀〉と同じく、ジェラルド王弟殿下であると思っている」
「謀反を起こす気か?」
「否、我々は謀反を起こさない。何故なら、我らの進む先にこそ真なる楽園があるのだから」
 アレンは目を細めた。これ程までに眩い忠誠心を見た事が無い。鈍い黒の金属を彷彿とさせる呼び名だが、その忠誠はよく磨かれた金属のようだ。
「じゃあ、事が終わったら協力してくれるか?」
「勿論だ。では、我々はナザリムベルクへ向かう。息子の事を頼んだ」
 そう言うと、バザンは野営地へと戻って行った。
 アレンは横に立つテオクリスに問うた。
「あんた、キオネに忠誠を誓っているのか?」
「ああ。あの人が創り出す未来を見てみたいからな。だから私はあの人の騎士にも大砲にもなる。あの人の方が強いけどね」
 アレンにはそんな絶対の忠誠は無かった。だが、いつか彼らのような騎士になりたいと望む日は来るのだろうか。
(…いや、きっと無いのだろうな)
「他人に忠誠を誓わなくても良いとは思うよ。けど、お前はもっと自分と周りを信じな」
「…どういう意味?」
 テオクリスの言葉に首を傾げると、彼女はアレンの胸に拳を当てた。
「お前からは、猜疑心まみれな匂いがする。忠誠とは一種の宗教だ。グラコスでは…いいや、この世界では宗教に頼らないと生きていけないよ」
「自分と周りを、か。頑張るよ」
「ああ。それじゃあ準備しな。終わったらグラコスへ向かうよ」
 アレンはテオクリスと別れると、ファーティマに近付いた。
「よお。扉を返すの忘れてたよな」
 そう言ってファーティマはアレンに扉の媒体である歯車を渡そうとして来たが、アレンは首を振った。
「激戦が予想されるだろ。万が一の為に持ってけ」
「俺達が捕虜になって奪われるとか考えねーの?」
「お前なら戦況を見て判断出来るだろ」
 ファーティマは面食らったような顔をしたが、直ぐに笑い出した。
「お前、俺が揶揄おうとしても駄目だな!まあ良いや、これは持ってくよ。使わない事を祈るけどさ」
 そう言うと、ファーティマとサーリヤは社龍が連れて来た馬に跨った。
「次会うときは戦場だな」
 社龍は俯きながら言った。
「パーティー会場の方が良いんだけどな…」
「戦争という段階すっ飛ばしやがったよこいつ」
 思わずアレンが言うと、兄妹は笑い出した。
「確かにな。じゃあパーティー会場で会えることを祈るよ」
 最後にファーティマは美凛の方を向いて言った。
「じゃあ、いつかまた」
 アレンは人の心に疎いが何となく察した。ファーティマは美凛に恋しているのだと。
「美凛の事は任せておけ。余計な蝿は潰しておく。だから安心して⸺」
「よ、余計な事言うなよ!ほらサーリヤ、さっさと行くぞ!」
 そう言うと、兄妹は馬の腹を蹴った。
 兄妹を見送って美凛はアレンの腕を揺する。
「キオネ達に認められれば、また皆と会えるかな」
「ああ会える。だからさっさと済ませてしまおう」
「うん!」

 一方その頃、帝国領内にて。
「あ痛たたた…」
 魔人の若い女、オトゥタールは魔物に襲われてできた腕の傷を押さえながら、貴重な食料の入った籠を背負って砂漠を歩いていた。
(サボテン型の魔物の噂は本当だったんだ…家で手当しないと)
 砂漠は凶暴な魔物が多く潜む。多くは魔人ですら獲物としてしまう程に強い。
「うわ、魔物だ!」
 オトゥタールの視界に巨大な魔物が映る。
(寝てるみたい…迂回しよ)
 巨大を刺激しないように迂回すると、魔物の前で誰かが倒れているのを見付けた。
「あの人、怪我してる?助けなきゃ!」
 お人好しのオトゥタール、それが彼女に付けられた渾名だ。オトゥタール本人は気に入っているが、過度なお人好しは時に自分の命を落とす要因になる。しかし幸いな事に、魔物は既に死んでいるようだった。
(ポイズンワーム…凄く強い魔物だけど、まさかあの人が倒したのかな)
 オトゥタールは倒れている魔人に近付くと抱き起こした。
(男性だけど、綺麗な人…けど顔の紫の…ヒビ?これは何だろう。にしても何でこんなに魔物みたいな気配をしてるんだろう)
「大丈夫?しっかりして!」
 身体を揺すると、魔人は青灰色の睫毛を震わせて吐血した。
(毒に侵されてる!薬草は無いかな…)
 オトゥタールは魔人を俯せに寝かせると、鞄の中をあさり始めた。
 すると、魔人が血を吐きながら身体を起こす。
「あ、じっとしてないと!毒が回っちゃう!」
 魔人はオトゥタールの声が届いていないのか、ぼんやりと彼女の傷を眺めている。
「ちょっと待ってて、今日医療道具持ってたかな…」
 オトゥタールが鞄をひっくり返していると、突然布を破る音が聞こえた。
 魔人はオトゥタールの手を掴むと、痙攣する手でオトゥタールの腕を止血し始めた。
(手慣れてる…お医者さんかな。白衣着てるし)
 しかし、布を結び終えた所で魔人は激しく吐血して倒れ込む。
「ちょっと、大丈夫!?」
 オトゥタールは籠を前側に、魔人を背中に背負った。
「大丈夫、あと少しで村だからね…!」
 オトゥタールにも多少医術の心得はある。だが魔人の顔に走る亀裂は見た事の無い症例だった。
(この前、ニュースで魔人が凶暴化したり行方不明になってるって言ってたけど、関係あるかな)
 その時、地面が揺れた。
(最近多いなぁ…!何が起きてるの?)
「う…」
「あと少し辛抱して!」
 オトゥタールは東にある村へ歩き出した。その後ろ、遥か西の方では、再び不朽の尖塔が崩れている事も知らずに。
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