創世戦争記

歩く姿は社畜

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日常の崩壊

対の魔法

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 何故、〈創世の四英雄〉の名を名乗ってはいけないのか。何故、彼らの用いた魔法や能力を使ってはいけないのか。
 彼らは破壊神ネベとその眷属達と戦い、神々に干渉され滅び逝く〈旧世界〉から切り離された、〈新世界〉を創り出した。
 彼らは英雄であり開拓者。そして創造神。
 世界には数多の宗教がある。しかし、〈創世戦争〉はどの宗教の聖典にも記載されており、神話であると同時に史実である。
 〈創世戦争〉で活躍した英雄はそれ程までに偉大な人物だった。そんな彼らの名を名乗るのは最大の不敬とされている。
 そして彼らの力は世界を創造出来る。逆を言えば、虚無を創れる。世界を崩壊させかねない危険な力であるが故に、裁判神官と呼ばれる者達が世界を監視し、不敬をはたらいた者を裁く事で秩序を保っているのだ。

 アレンは『自称』フレデリカの顔を見た後、コンラッドの顔を見た。
「安心したまえ、君の耳は正常だ」
 問う前に答えられたアレンは逃げ道を探った。あの時は危なかったとは言え、アレンも派手に魔法を使った。このままでは転移魔法でやって来る裁判神官に船もろとも沈められる。
「大丈夫よ、私が魔法で糞神官共の探知能力を妨害しているから」
「疑わしいかも知れないが、こいつは二百年前に滅びた聖パノチサナス王国の始祖、フレデリカ・フェルザード・パノチサナス本人だ。魔力は最盛期の一割も持っていないらしいが、こいつは確かに禁忌魔法を使える」
 アーサーは情けない顔のまま説明した。
 アレンはまじまじと『自称』フレデリカを観察した。神話では、フレデリカは眩い黄金こがねの髪に白い肌、光の加減によって色が変わる不思議な瞳、誰もが羨む豊満な身体をしていたと言う。しかし目の前の女は瞳の色以外は何も一致していない。
「もしかして、聖書の中の私の容姿を鵜呑みにしてる?かぁわいいねぇ、まあ聖書の内容は殆どそのままよ」
 まるでこちらの心を見抜いたかのような台詞だ。
 フレデリカがクスクス笑っていると、扉が開いて潮風と共に料理の匂いが入って来る。
(船の上…こいつらは俺を生け捕りにして…何が目的だ?)
「晩御飯ですよー。あ、十二神将さんも起きたんですね。一週間も寝てたんですよ」
 そう言って給仕の猪頭族オークの青年は料理を机の上に置いた。
 アレンは猪頭族の青年に問うた。
「ねえちょっと、これどういう状況?」
 猪頭族の青年はフレデリカ達を呆れた目で見た。
「ちょっと、ちゃんと説明してあげないと!特にコンラッドさんとフレデリカさん!貴方達は長生きなんだから、そのくらいちゃんとしてください!」
 青年は三人に代わって説明してくれた。
「先ずアレンさん、貴方は一週間も昏睡状態でした。そして貴方が寝ている間、あっちの吟遊詩人擬きが東方連合から〈プロテア〉のリーダーを辞任するように命令されました」
 アレンもここまでは理解出来た。問題は、何故アレンにリーダーをやらせようとするのか。
「東方連合は僕達〈プロテア〉に対して、吟遊詩人擬きより有能な指揮官を見付けて組織の力が充分であると二人の王に判断されるまで一切の行動を禁止しました。そこで白羽の矢が立ったのが⸺」
の俺、という訳か」
「はい。十二神将〈神風〉アレンさんにお願いしようと、賛成多数で可決されました」
 アーサーが溜息を吐く。
「いや反対が八割だったよ」
「…反対の方が多いじゃねぇか」
「黙らせました。だから賛成のほうが多いです」
 アレンは呆れた。そうまでして軍事大国となった帝国と戦いたいのか。
「俺が断るとは考えてない訳?」
 フレデリカが口を挟んだ。
「断れる状況じゃないと思うわよ」
 そう言って彼女は扉を指差した。
「外は海。けどこの船を動かすには魔導エンジンを動かさないといけない。この船の奴らを皆殺しにしたら、あんた一人じゃ操縦も出来ないでしょ。それにあんたの毒を治す為の血清は私達の仲間が持ってるからね」
「もし俺に帝国への強い忠誠心があったら?」
「それはそれで面白そうね。調教し甲斐があるわ」
 フレデリカは魔法で薄い刃のような鞭を創り出した。そして大きく振りかぶる。
「その手脚斬り落として監禁するのもアリよね!」
「フレデリカさん、ご飯の前ですよ!」
 青年の制止も聞かず、フレデリカは鞭を振り降りした。
「手脚斬り落とされるのはお前だ、糞アマ。〈虚無ヴォイド〉」
 アレンの冷たい声と共に虚無の穴がフレデリカを囲んだ。
 彼女の振るった鞭は虚無の穴に吸い込まれ、全く別の場所から飛び出す。
「フレデリカ危ない!」
 穴から穴へ出入りする刃は一瞬でフレデリカの身体をバラバラに切り刻んだ。
 猪頭族の青年は慌てて血飛沫と飛び出した臓物から料理を庇い、アレンが椅子から立ち上がると、コンラッドが魔導書を開いてアレンと対峙した。
「俺と戦う気か?」
 コンラッドは答えずに悪態をいた。
「だから言ったのだ、十二神将は危険だと!」
 コンラッドの背後に複数の魔法陣が展開される。アレンはそれを見て左手を上げた。虚無の穴がコンラッドの魔法陣に対抗するように複数形成される。その穴はさっきよりも大きく膨れ上がっていた。
「先に手を出したのはそっちだ。そっちがそのつもりなら容赦はしない」
(アレンの魔力が膨張している…?何だ、この男は!)
「消えろ」
 アレンが手を振り下ろしたその瞬間、虚無の穴はコンラッド目掛けて飛んで行った。
「チッ!〈氷槍フローズンスピア〉!」
 コンラッドは魔法陣から氷槍を放って虚無の穴を相殺しようと試みるが、穴は氷槍を飲み込むと反射してきた。
「何だ、その魔法は…!」
 自分の知識には無い魔法。コンラッドは恐怖を感じながらも氷の壁を展開して氷槍を防ぐが、虚無の穴は壁すら食い破る。
 虚無の穴が目の前まで迫り、コンラッドが諦めたその時。
「何度見ても面白い魔法だね」
 アレンの放った穴は突然動きを止めて消失した。そしてフレデリカの身体がミチミチと音を立てながら再生を始める。
「連射性の無い魔法だけど、君の場合は凄く速い。しかも詠唱を破棄した」
 輪切りにされた身体を癒着させたフレデリカは立ち上がると、今度はボロボロになった服を魔法で直した。
「このクルトがどうやって反対派の八割を黙らせたと思う?クルトは猪頭族だけど、戦闘員じゃないから武力行使は一切してないわ。君のその魔法…今じゃ禁忌魔法と呼ばれているのかしら。私と対になる魔法の使い手だからよ」
 アレンは椅子に腰掛けると脚を組んだ。さっきは少しフレデリカが気に食わなくて暴れたが、条件によっては協力もやぶさかではない。
 アレンはフレデリカに問うた。
「…じゃあお前達が軍事大国であるフェリドールと戦う理由とその先の目的を教えてくれ。それから、どうして二大禁忌魔法の使い手という理由で俺を生け捕りにするのか」
「目的は世界の保存。かつて私が興した聖パノチサナス王国もアレッサンドロが興した聖フェリドール王国も、元は世界を保存する為に存在する組織だった。だけど、フェリドールはいつしか大陸を脅かす脅威となり、世界の秩序を乱している」
 フレデリカは天井を指差した。
「公にはされてないけど、この世界の空の彼方、成層圏より上の宇宙との境界には亀裂がある。この世界は神々からの干渉を逃れる為に他の宇宙とは隔離されているのだけれど、アレッサンドロの時空魔法に不具合でもあったのか、世界を遮断する大規模な結界に亀裂が生じている」
 フレデリカはアレンに目を合わせると机の上に置かれている聖書の頁を開いた。フレデリカが開いた頁には一通の手紙が挟まっている。
「海龍王キオネが魔導望遠鏡で観測した亀裂と報告内容よ。近年大気中の魔素が急増している。魔素は神々が権能を振るう時に発生する、目には見えない本当に小さな粒子。これが増えてるという事は、亀裂は今も広がっていて、近くに神が潜んでいるという事」
「亀裂を塞ぐ為に俺を保護したという訳か」
「そういう事。正直アレッサンドロの奴を生け捕りにして塞がせても良いかなーとか思ったけど、あいつは頑固だし、帝国の君主が簡単に屈する筈が無いから、恐らく〈第三次創世戦争〉の始まる前に首を刎ねる事になりそう」
「勝てる前提なんだ…」
「ええ。今の私、チェス盤の駒が全てクイーンになったような気分よ。君は時空魔法の使い手であると同時に軍人。利用しない手は無いわ」
 フレデリカは手紙を机の上に置いて頬肘を突いた。
「それじゃあ、次は君の事を教えて。君が戦う目的を」
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