上 下
51 / 85
第一章 狼の少女

50.検証

しおりを挟む
「私は...ティルエラング。長いからティルでいいよ」

 女の子が俺に対してそう名乗った。

 まだちょっと睨んでいるなぁ。
 まあ、名前を教えてくれてよかった。

「俺もナオって呼んで」
「あの子は?」

 ティルは窓の方を向いて聞いた。

「ルーンだよ、俺の妹」

 実の妹ではないけど、まあその辺はいいか。

 俺は再度、ティルにお礼を言った。

「加勢してくれてありがとう。まだ窓の下に1人いるんだけどね」

 ルーンの方を見ると、ちらちらと窓の下を伺っている。
 ティルは俺に顔を向けて聞く。

「どうして襲われているの?」
「たぶん強盗だと思う。ルーン、石を貸して」

 窓の傍まで歩き、ルーンから石を受け取る。
 その石、キースライトの原石をティルに見せて、説明する。

「この石が高価な物らしく、これを奪いに来たんだと思う」
「...キースライトの原石ね」
「知ってるの?」
「噂に聞いたことがある程度よ。淡く黄色く光る貴重な鉱石があるって」
「この街の道具屋と鍛冶屋で見せたんだけど、たぶん道具屋から情報が漏れたか、道具屋の差し金で襲って来たんだと思う」
「...」

 ティルは黙ったまま、じっと俺の手の中にあるキースライトの原石を見つめている。
 その様子を見て、俺は少し不安になった。

 まさかティルもカネに目が眩んで、襲って来たりしないよな?
 あるいは隙を見て奪うつもりとか。

 そんなことを考えていると、ルーンが小さい声で俺に声を掛ける。

「お兄ちゃん...窓の下の人はどうするの?」

 俺も声をひそめて返事する。

「そうだな、出来れば捕まえたいけど、殺し合いになるのは避けたほうがいいよなぁ」
「うん...。お兄ちゃんが戦うなら、私も一緒に戦うから」

 ルーンもこのまま放置出来ないことはわかっているのだろう。
 有無を言わせない、はっきりした口調でそう言った。

 そうだよなぁ、このままじゃ安心して寝られない。
 しかしリスクを犯して、窓の外に出て攻撃を仕掛けても、仲間を呼ばれたりしたらまずいよなぁ。

 どうしたもんかと考えていたら、ティルがぽつりと呟いた。

「だったらアタシが捕まえる」
「え...どうやって?」

 俺は反射的に聞き返していた。
 ティルは淡々と返事する。

「それは秘密」

 秘密かぁ。
 しかし女の子ひとりで捕まえるってのもなぁ。

 助けてもらった恩もあるし、俺は一緒に戦おうと提案する。

「一人じゃ危険だよ。俺達も加勢するから...」
「大丈夫よ。アタシ一人だったら危険は無いから」
「...」

 ティルは憶測ではなく、何かを確信して答えているようだった。

 つまり何か作戦があるのか。
 ひとりで窓の下のやつを確実に捕らえられる作戦が、それも危険が無いような。
 そして俺達がいたら、その作戦は成立しないらしいな。
 まあここまではっきりと断言してるんだし、任せてみようかな。

 俺は念を押して聞いてみた。

「...本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫よ。ただし、ナオとルーンはこの部屋を出ないこと。窓の外を見てもダメ。これを守れるなら、窓の下のやつを捕獲出来るわよ」
「わかった。外を見ずに、この部屋でじっとしてるよ」
「念のため、廊下の方は警戒して見張ってて」

 ティルはそう言って廊下に出て、去って行った。

 大丈夫かな...。

 不安に思いながらも、ティルに言われた通りに行動する。

「ルーン、おいで」

 窓際にいたルーンを呼び寄せ、部屋の入り口を警戒しつつ、ベッドがあった場所で待機する。
 廊下から誰かが侵入し、突然戦闘になった時に俺の妨げにならないようにか、ルーンが遠慮がちに俺の手に触れる。
 しばらく緊張して入り口を見ていたが、何の気配も無く、次第に気が緩んできた。
 ぼーっと入り口や男の死体を見ながら、傍にいるルーンに声を掛ける。

「ティルが窓の外を見るなってさ、何だろうな」
「うん...」
「それにしてもどうやって捕まえるんだろう、あの感じだと戦闘する様子じゃなかったけど」
「たぶん、祝福の力だと思うよ、お兄ちゃん」
「ああなるほど。じゃあ窓の外を見るなってのは?」
「力を使う所を見られたくないか、巻き添えにならないように...かな?」
「巻き添えだとしたら、どんな能力が考えられる?」
「うーん...。眠ったり、麻痺したり、失神したり...」
「あり得るな」

 30分くらいだろうか、ルーンとそんなことを話していたら、廊下から足音が聞こえて来た。
 短剣を握りしめ、緊張して入り口を見ると、ティルが出て行った時と同じ姿で戻って来る。
 そして、俺達を見ながら淡々と答えた。

「もう大丈夫よ。外の男は捕まえて、その後ホテルの支配人に突き出したわ」

 俺は安堵して短剣を収めながら聞いた。

「怪我は無い?」
「大丈夫よ」
「よかった。その男に聞きたいことがあるんだけど、案内してくれる?」
「...それはやめたほうがいいわ」
「どうして?」
「もう死んでるから、何も答えられない」
「え...」

 ティルの言葉に混乱する。

 さっきは『捕まえて』『突き出した』って言ってたよな?
 どういうことだ...?

 状況を把握しようと、ティルに確認する。

「ティル、さっき『ホテルの支配人に突き出した』って...」
「うん、だから捕まえてから死体を突き出した」
「...」

 捕まえてから死体になるまでの部分が無かった。
 ティルは構わず続けて話す。

「誰の差し金か聞くつもりだったの?」
「うん」
「それなら私がもうやった」
「おお!で、答えは?」
「それを言おうとしたけど、言う前に死んだわ」
「...なるほど」

 ようやく状況が把握出来てきた。

 ティルは死んだと言ったな。
 ということは、捕獲した現場で他の誰かに、直接殺されたわけじゃなさそうだな。
 口封じの為に、予め何かされてたのか?

 そんなことを考えていたら、ティルが提案してきた。

「念のため死体だけでも見る?こいつも連れて行かないといけないし」

 ティルは床で死んでいる男を指す。

 ...ティルが嘘を吐いてるとは思えないが、ティルの言う通り、念の為見ておいた方がいいか。

「一応見ておくよ、案内を頼めるかな?」
「いいわよ、ついて来て」
「わかった。こいつは俺が運ぶよ。ルーン、一緒に来るか?」

 ルーンに死体を見せるのはどうかと思ったが、考えてみればあの島からずっと凄惨な現場を一緒に見ていた。
 よって、ルーンに対して度々そういう気遣いをすることは、逆に嫌がられるかと思って声を掛けていた。

「...うん。お兄ちゃんと一緒に行く」
「...」

 ティルは少しの間黙ってルーンを見ていたが、結局何も言わずに廊下に出た。

「ルーン、死体は俺が持って行くから触らない様に」
「...はーい」

 さすがにルーンに男の死体を触らせたくない。

 俺はティルの後を追って、床の男をズルズルと引っ張って1階まで移動する。ルーンも後ろをトコトコと付いて来ていた。
 1階に降りるとティルが紳士的なホテルマンと会話していた。
 俺が死体を運んで来た所を見ると、もう話しをつけていたのか、すぐに指示を出した。

「その死体はこの人が預かるって」
「わかった」

 受付カウンターの近くまで死体を引きずり、ホテルマンに伝える。

「すいません、ここに置いておきます」
「お話は伺っております。お預かり致しますので...」

 ホテルマンは変わらず紳士的に対応していた。
 傍にいるティルが淡々と告げる。

「捕獲した男の死体はこっちよ」

 さっきは死体を引きずっていたから出来なかったが、今は手を自由に使える状態になっている。
 俺はルーンの手を取って言った。

「ルーン、行こう」
「うん...」

 ルーンは俺の手をぎゅっと握りしめて付いて来た。



 ティルに案内されて、宿の裏口から出て倉庫らしき建物に入る。
 入ってすぐ傍の床に男の死体があった。

 口から泡が出ている所を見ると、肺がやられたのか?毒で窒息??
 うーん、よくわからん。

 男の所持品を漁る前に、ティルに聞いてみた。

「こいつの所持品は?」
「ナイフ以外、何も持って無かった」

 まあ信じていいだろうな。
 念の為に死体を見に来た俺が、今ここで念の為に所持品を漁ることは充分あり得る。
 そんな状況で嘘を吐くとは思えない。

 死体を見ても収穫無し。たいした所持品も無し。
 その状況で、俺はわかってて聞いていた。

「...つまり、何の情報も得られないってこと?」
「そういうことになるわね」
「...部屋に戻ろう」

 再びルーンの手を引いて倉庫を出て、裏口からメインエントランスに戻る。
 受付を通って部屋に戻ろうとすると、ホテルマンが呼び止めた。

「お客様、部屋の扉とベッドが壊されたようなので、別の部屋を用意させて頂きました」
「あの、ベッドについては立てかけた結果壊されたので、こちらにも落ち度があります。今は持ち合わせが無いですが、必ず相応の費用を払いますので...」

 俺が申し訳なさそうに言うと、ホテルマンは続けて説明口調で話した。

「とんでもございません。お客様、強盗の侵入を許したのは私どもの落ち度でございます。二度とこのようなことを起こさない様に、防犯を強化致しますので、どうかお許しください。明日の朝まで総出で見張らせて頂きます。宿代については明朝にお返しさせて頂きます」

 ホテルマンは深々と頭を下げ、両腕を突き出して、手の平に乗せた新しいルームキーを俺に差し出した。
 その様子を見て、俺はなんとか落としどころを提案するように言った。

「いえ、それはいけません。...では双方に落ち度があったということで、新しいルームキーは頂きます。それと、俺たちはちゃんと宿泊するので、宿代の返却については受領できません。壊れたベッドについては...後日お金を持ってきます」
「お客様、ベッドについては強盗が破壊しております。これは侵入を許したわたく...」

 俺はキリが無いと思って、ホテルマンの言葉を遮って言った。

「わかりました。ではベッドは強盗が壊したということで」
「はい。では新しいカギをお受け取りください」

 なんとか落としどころが見つかり、ルームキーを受け取った。
 三人でゾロゾロと廊下を歩きながら、俺は今夜と明日のことについて考えていた。

 いくら宿の強盗対策を強化しても、今夜はさすがに安心して寝れないなぁ。
 もし追加で来た賊が、ホテルの従業員以上の手練れだったらどうするんだろう。
 ...いっそ、ティルにボディーガードを頼めないかな。
 何の能力かはわからないが、無傷で賊を捕獲したところを見ると、かなり強そうだ。

 俺は歩きながら、ティルに尋ねてみた。

「ティル、お金はちゃんと払うから。護衛を引き受けてくれたら有難いんだけど...」

 俺の後ろからルーンがギュッと背中に抱きついて来た。

 まあ待てルーン、護衛は必要なんだ。

「...」

 ティルは無言で、前を歩いている。

 この反応は...無理か。
 まあしょうがないな。

 俺が諦めかけていたら、ティルは淡々と答えた。

「いいわよ。報酬については中で話しましょう」

 ティルが立っていた部屋の番号は、新しく受け取ったルームキーと同じ番号だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

処理中です...