あいばな開花 ~異世界で愛の花を咲かせます~

だいなも

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第一章 狼の少女

35.帰宅

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 俺とルーンはゼストの家に向かって、歩いていた。

 さて、どれくらいかかるかな。
 前に来た時は、確か半日ぐらいだった気がするが...今よりも幼い時だからなぁ。
 いや、それは道があっていればの話だ。もし迷ったりしたらルーンは大丈夫かな。

 そんなことを考えながら、ルーンの手を引いて歩いていると、時折ルーンが珍しいキノコを見つけて、はしゃぎだす。

「あっ!見てお兄ちゃん、金色のキノコがあるよ!」
「おー、あれはライツホルンだな。干物にするとなかなかうまいんだよ。採っていくか」
「すごーい!お兄ちゃん物知りだね!」
「まあ食えるやつと、そうじゃないやつぐらいはわかるかな」

 ルーンは楽しそうだな、よかった...。
 苦しい表情でもしていたらどうしようかと思ったが、杞憂だったな。

 ルーンは森の中の動植物に興味津々だった。
 リスが俺たちの前に姿を現すと、ひときわ笑顔になる。

「見てお兄ちゃんっ!リスさんがいるよ、可愛いね!」
「ああ、ほんとだな。平和な森だなぁ」
「こっちに来るかな?おいでおいで...」

 ルーンは小さくて可愛い手をリスに向かって振り、手招きをする。
 俺はそんなルーンをぼーっと見つめていた。

 可愛いなぁ...。
 前の世界では33年も生きてて、子供や妻どころか彼女が出来たことも無く、友達もいなかったからな。
 俺を慕ってくれている女の子が、笑顔になったり楽しそうに振る舞う姿が、こんなにも可愛いとはな。

 俺はルーンをぼーっと見つめながら、無意識の内に呟いていた。

「本当に可愛いなぁ...」
「うん!そうだね、お兄ちゃん!」
「いや、俺が言ったのはお前のことだ」
「えっ...」

 ルーンがピタッと動きを止める。

「リスも確かに可愛いが、そのリスを見て楽しそうにしているルーンが、本当に可愛いと思ったんだよ」
「も、もう!お兄ちゃんたら...」

 ルーンは顔を赤くしてうつむいてしまう。
 しかし、か細い声でボソッと呟いた。

「お兄ちゃん...ありがとう」
「ああ、家に帰ろうぜ。疲れたら背負ってやるからな」

 俺はまた、ルーンの手を引いて歩き出した。


 2~3時間程だろうか、ルーンとあれこれ森のことや、家のことなどについて話しながら歩いていたら、川が見えた。
 俺達の進行方向に対して、川の流れは逆走し、海に向かって流れているようだった。
 川を渡る必要が無かったので、川沿いに歩き続ける。

「そういやこんな川があったな...」

 俺は川を見て、あることを思い出していた。

「お兄ちゃん、前に来た時にここを通ったの?」
「ああ、確かにこんな川があった。ちょうどトイレに行きたい時に、川が見つかったから助かったんだ。それははっきり覚えている。というか今も行きたかったんだけどな。前回といい、今回といい、運がいいな」
「お兄ちゃん、おトイレに...。私も一緒にする!」
「ルーンも我慢してたのか?」
「我慢って程じゃないけど...お兄ちゃんと一緒に居たいの...」
「ああ、もちろん一緒だ。ほら、おいで」
「うん...」

 顔を赤く染めたルーンが、おずおずと俺の傍に来る。
 俺とルーンは川で排泄を済まし、そのまま体を洗った。
 ついでにタオル代わりの布や、下着なども洗う。
 川から上がり、傍で腰を降ろして休憩をした。
 風がそこそこあり、暖かい日だったので、衣類はすぐに乾いた。
 水があることで衛生的になり、気分がよくなった。

 流れる水が使えるってのは、ありがたいもんだな。
 ルーンも汚れた下着で気持ち悪かっただろう。
 今夜のテントは川沿いに張るか。

 川の傍で休憩し、川を利用出来たことで、歩き疲れていた体もだいぶ楽になった。
 空を見ると、夕焼けがうっすらと見えている。
 俺は今夜のことについて、ルーンに話し掛けた。

「ルーン、今夜は川沿いにテントを張ろうか」
「川の傍で泊まるの?そんなの初めて!!」
「ああ、基本的には危険は無い...と思う。寝相が悪くて川に落ちたり、洪水で川が氾濫しない限りは、川の傍は快適だぞ」
「お兄ちゃんと一緒に寝るから大丈夫だもん!」
「そうだったな。俺もルーンが傍に居てくれたら安心する」
「お兄ちゃん!」

 ルーンが笑顔で抱きついてくる。
 俺は優しく受け止め、頭を撫でてやりながら言った。

「ルーン、もう少しだけ歩くぞ。暗くなる前にテントを張るから、明るい内に歩こう」
「はーい!」

 その後、俺とルーンはしばらく歩き、空が薄暗くなった頃にテントの設営を始めた。

 テントは俺がやるか。
 ルーンは...薪を集めてもらおう。

「ルーン、テントを張っておくから薪を集めてくれるか?すぐそこに落ちてるやつでいいぞ」
「わかった、お兄ちゃん」

 ルーンは薪を集めて、テントの傍に置いていく。
 俺がテントを張り終える頃には、結構な数の薪が積み上げられていた。

「凄いな...こんなに集めてくれたのか。大変だっただろう、ありがとな」
「お兄ちゃんの役に立って嬉しいな」
「ああ、ルーンのおかげで助かってるよ」
「えへへ...」

 そして海岸の時のように、ライター程度の火力で火を点ける。

「お兄ちゃんの魔法初めて見た!凄い!!」
「そういや海岸の時は傍で見てなかったな」
「お兄ちゃん、私も魔法教えて欲しいな」
「うーん...俺には魔法の才が無かったからなぁ。教えることも向いてないんじゃないかと思う。まあ家には魔法に関する書物がいくつかあったから、それを見ながら出来るだけ教えるよ」
「わーい」

 ルーンならもしかしたら、魔法の才があるかもしれないな。
 そしたら『狂戦士』の力と組み合わせて戦うこともできるのかな。
 まあ、あまりルーンには戦わせたくはないが。
 生き残る確率が少しでも上がるなら、教える価値はあるな。

 そんなことを考えながら、喜ぶルーンと並んで焚火の傍に座り、晩ご飯を食べた。
 食後のまったりした時間を過ごしていると、森の中をミミズクのような鳴き声が木霊する。
 それを聞いたルーンの目がきらきらと光り、好奇心いっぱいの顔で俺に聞く。

「お兄ちゃんっ!今の鳴き声何?」
「あー、たぶんルクミミズクだな」
「ルクミミズク...」
「森のハンターだけど、人は滅多に襲わないから大丈夫だぞ」
「そうなんだぁ...賢いんだね」
「ああ、人が道具や魔法を使うってのが、わかってるんだろうな」

 俺とルーンはそれからしばらく、焚火の前で色々話しをした。
 そして焚火に薪を焼べ、二人でテントに入る。

「お兄ちゃんっ」

 ルーンがべたっと俺に抱きつく。
 まるでコアラのように、俺の左半身にしがみついている。
 俺はルーンが可愛くて、労いの言葉を掛けてやった。

「ルーン、今日は疲れただろ、よく頑張ったな。ありがとな」
「お兄ちゃんと一緒ならどこへでも大丈夫だよ。私を連れて行ってくれてありがとう...お兄ちゃん」
「ルーン...」

 ルーンは目を閉じて、俺に抱きついたまま眠ってしまった。

 ルーンは泣き言も不満も、何一つ言わずに俺の傍に居てくれたな。
 こんな俺の傍に...。
 33歳の社畜で、パワハラ上司の叱責で追い詰められる毎日だったあの俺に、こんな可愛い女の子が慕ってくれるなんてな。

「おやすみ、ルーン」

 俺は守るように、左手をルーンの体の上に乗せ、目を閉じた。


 ---


 チュンチュンと鳴き声が聞こえ、目が覚める。
 暖かくていい匂いがするものが、体にへばりついている。

 前は抜け出して海に行ってしまったからな...。
 やっぱりルーンが起きた時に、傍にいないのは可哀そうだな。
 逆だったらショックだな。起きた時にルーンがいないのは寂しい。
 でも寝起きだからトイレに行きたい...。

 どうしようかと考えていると、ルーンが目を覚ました。

「う...ん...ん。あっ、おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、ルーン」

 俺が返事すると、ルーンを俺をじっと見つめている。

「...お兄ちゃん、おトイレに行きたいの?」
「なんでわかったんだ?」
「お兄ちゃんのことだからわかるの!お兄ちゃん、私を起こさないように我慢してたんだ...」
「あ、いやそれはだな...」
「ごめんなさい...お兄ちゃん...。私も起きたとこだから、おトイレに行きたい。一緒に行こ!」
「ああ、ついでに顔も洗おう」

 俺とルーンはすぐ傍の川でトイレを済ませ、顔を洗い、口をゆすいだ。
 二人で朝食を取り、その後歯を磨き、テントを畳む。

「よし、焚火に水を掛けて...と。ルーン、準備できたか?」
「はーい。忘れ物は無いよ、お兄ちゃん」
「よし、じゃあ出発するか」

 俺は左手をルーンに差し出す。

「うん!」

 ルーンは元気な声で返事をして、俺の手をぎゅっと握る。

 今日もルーンの笑顔が可愛いな。
 前の世界だったら、眩しすぎて見られなかったかもしれん。
 何かあったら、まずルーンを守らないとな...。

 空には太陽が、煌めく光を放っている。
 森はいつにも増して、陽の光を浴びて輝いて見えた。



 それから、休憩を挟みながら4時間程歩き、見覚えがある景色が広がった。

 この広場は...あの場所か。

 俺はその場所から家までの距離をはっきりとわかっていた。
 嬉しくなって、ルーンにそのことを伝えた。

「ルーン!この場所は知っている。家までもうすぐだぞ!」
「ほんと!楽しみだなぁ!」
「ああ、行こう!」
「うん!」

 俺は早歩きでルーンの手を引く。
 ルーンも同じように、早く着きたいという想いが、歩く速度に現れていた。

 そして、30分も経たない内に、ゼストの家が見えて来る。

「おー、あれだルーン!見えるだろ」
「お家だ!あれがお兄ちゃんが暮らしていたお家...」

 二人は歩いて家の前まで辿り着く。
 そこには誘拐されたあの日と変わらない、いつものゼストの家があった。

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