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第一章 狼の少女

34.小さな船旅

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 荷物については、テントや寝具、食料に衣類に医薬品などは準備が出来ていた。
 いつでも出発できる状態だったが、ふと船をこのままにしていいものかと考えていた。

 このまま野ざらしってのもなぁ...。
 雨風にさらされて、そのまま劣化させるのも、もったいないよな。
 よし、どうせ棄てられた船だ、試しに動かしてみるか。
 一旦どこかに隠しておこう。

 俺は船の操縦という新しい体験をしようと、わくわくしていた。

「ルーン、ちょっとこの船を動かしてみる。このまま棄てるのはもったいないからな」
「お兄ちゃん運転できるの?」
「いや、操作は勘でやるしかないんだが...まあ最悪座礁するか、沖に向かって進んだらすぐに飛び降りればいいだけだからな」
「危ないよ、お兄ちゃん...」
「ならルーンも一緒に乗るか?」
「...うん。私も乗る」

 俺達は一旦荷物を地面に置き、船に向かう。
 俺は先に船に乗り込み、ルーンに手を差し出す。
 ルーンは俺の手を握り、船に乗り込んだ。
 操縦席に座った俺は、レバーやハンドルなどを軽く触る。

「うーん...さっぱりわからんな」

 俺はひとり言のように呟いていたが、操縦席のすぐ傍に立っていたルーンが俺に言った。

「お兄ちゃん、やっぱり危ないよ」
「まあちょっと触ってダメだったら諦めるよ」
「うん...」
「ルーンは隣の席に座ってて」
「はーい」

 ルーンを隣に座らせて、試行錯誤して船を動かそうとする。

 多分このレバーがギアチェンジみたいなもんか?
 よし、動かしてみるか。

 レバーを操作すると、船が少し振動する。
 そして、船がゆっくりと前進した。

「おー!動いたぞ!!」
「お兄ちゃん凄い!」

 当初はこの船を一旦どこかに隠す予定だったが...。
 これはなんとか操縦できそうだな。このまま北に行って、森の西側まで行くか。

 今の場所から歩いて森に行く予定だったが、変更して海路を使うことにした。

「ルーン。今俺達がいる場所はレイドーム帝国の西で、バーンズフォレストからは南南西にあたる。ここから歩いて森を目指すよりも、船で北上して、バーンズフォレストの西側まで行こう」
「お兄ちゃん、お家の場所はわかるの?」
「昔じいちゃんと海釣りに行ったことがあるんだ。たぶん見覚えのある場所に気が付くだろう」
「わかった」
「荷物を取って来るから待ってて」
「危ないよ、お兄ちゃん」
「大丈夫だって、これで行くから」

 俺はそう言って立ち上がり、『狂戦士』の力を使う。
 船はゆっくりとだが、前進している。当然、荷物を置いている場所から徐々に離れていく。
 俺の外見は、すぐに獣のようなものなる。

 3分咲きになったことによる影響か、衝動もいくぶんか抑えられているな。
 ここにいたらどんどん距離が開く、さっさと回収するか。

 俺は急いでルーンに指示を出した。

「すぐに戻るから、荷物を受け取ってくれ!2往復くらいでいけると思う!」
「はい!」

 勢いをつけて船から飛び降りる。
 砂浜に着地し、大きく蹴り出す。
 荷物を回収して船に飛び乗り、ルーンに渡す。
 あっという間に2往復して荷物を全部回収し、疲れた俺は船の中で横になっていた。
 船はじわじわと前進している。

「はぁ...はぁ...疲れたー」
「大丈夫?お兄ちゃん」

 横になった俺の傍で、ルーンがしゃがんで覗き込むように俺を見ている。

「うん...なんとか」
「お兄ちゃんすっごく速かったよ!私はあんなに速く動けないもん」
「『開花』の力を確認したら、ルーンの白い花は3分咲きになってたからな。たぶんそれで『狂戦士』の力がまた強化されたんだろう」
「えっ?花が開いてたの?」
「ああ、ルーンのおかげだな」
「お兄ちゃん、私は何もしてないよ...」
「いや、そんなことないって。傍に居てくれてありがとな、ルーン」

 俺はそう言って寝転んだまま両手を伸ばし、ルーンを抱き寄せる。
 ルーンはされるがまま、俺に倒れ込む。

「お兄ちゃん...」

 頬を染めたルーンが俺をじっと見つめていたその時、船全体に衝撃が走る。

 ドッ!

 僅かに船体が揺れる。

「あ、やばい。船を前進させたままだった。ルーン、起こしてくれー」
「う、うん」

 ルーンに起こしてもらい、操縦席に座る。
 船は陸地と接触したようだったが、正面からではなく、わずかに擦った程度だった。

 危ない危ない、ちゃんと操縦しないとな。

 俺はハンドルやレバーを少しずつ動かし、なんとかコツを掴んでいた。
 船は少しずつ速度を上げ、北上する。

 オートパイロットみたいな機能は...さすがに無いか。
 まあ速度を上げることが出来たし、2~3時間で森の西側に着くだろう。
 そういやルーンはどうしてるかな。

 船の操縦に夢中になってた俺は、振り返ってルーンの様子を見る。
 ルーンはリュックを開けて、荷物を整理していた。
 俺と目が合うと、ルーンは笑顔で話し掛けて来た。

「お兄ちゃん、喉乾いてない?」
「ああ、そうだな。水をくれるか?」
「はーい!」

 ルーンからもらった水を飲み、前を向きながら声を掛ける。

「ルーン、隣に座ってていいぞ。荷物は陸地に着いてから整理しよう」
「わかった、お兄ちゃん」

 ルーンは隣の席に座り、なぜか前ではなく俺を見ていた。
 ぼんやりと俺を見つめ、頬は僅かに赤く染まっている。

「あー...ルーン、さっきの続きだ。起こしてくれたお礼に、着くまで寝てていいぞ」

 俺はそう言って、ルーンの肩を自分の方に寄せる。
 隣の席から横に倒れるように、俺の膝の上にルーンの頭が乗る。

「お兄ちゃん...」

 ルーンはそう言って、目を閉じた。


 船は何事もなく進み、右側の陸地には森が続いている。
 膝の上にルーンを乗せ、俺はぼんやりと森を眺めていた。
 ルーンはすやすやと寝息を立てている。

 ずっと変わらない景色だなぁ。
 もうだいぶ進んだから、そろそろ見覚えのある景色が出てもいい頃だが...。
 ...ん?
 あれは...。

 正面に、若干朽ちているボート小屋が見える。

 あれだ!間違いない。
 前にじいちゃんと釣りに行ったときに、あの小屋の傍で釣りをしたんだよな。

 船の速度を落とし、ルーンを揺さぶる。

「ルーン、もう着くぞ」
「ん...。お兄ちゃん...?」
「あの小屋が見えるか?あそこだ」
「あ...。うん、あそこに船を置いておくの?」
「ああ、余裕があれば定期的にここに来て、船の整備とか釣りでもしようか」
「うん!楽しそうだね、お兄ちゃん」
「よし、小屋に船を入れるぞ」

 俺は船を徐行させて、なんとか微調整を繰り返しながら、ボート小屋に入れる。
 小屋の中で停泊を済ませると、ルーンと一緒に荷物を背負い、ルーンの手を引いて船を降りる。

 確か...以前来た時はカバーみたいなものがあった筈だが...。
 おっ、あったあった。これか。

 大きなカバーを見つけた俺は、船体を覆うように掛けた。

 よしっ、船を手に入れたぞ。
 最悪こいつを売れば、鉱石とは比べ物にならないくらいカネが手に入るな。
 それに非常時は、家から西側に全速力で走り、船で逃げることも出来るな。
 ただ、メンテナンスをどうするかだなぁ...。まあそれはおいおい考えていくか。
 とりあえずルーンと一緒に、ゼストの家に戻ろう。

 俺はルーンの顔を見て声を掛けた。

「ルーン、お腹すいてないか?」
「寝てたから大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「よし、じゃあ家に向かって歩くか。お腹がすいたり疲れたりしたらすぐに言えよ」
「はーい」
「獣や盗賊が出たら落ち着いて対処するぞ。怯えたふりして、『狂戦士』の力を使って返り討ちにするか、逃げるか」
「お兄ちゃんは私が守るから!」
「ルーンは俺が守る」
「『狂戦士』の力を使ったら、お兄ちゃんを背負って走れるよ!抱っこしてもいいかも!」
「とりあえず行くか。怪しい気配を感じたらすぐに止まって様子を見ること」
「はーい」

 俺はルーンの手をぎゅっと握り、歩き出す。
 ルーンも笑顔で、俺の手をぎゅっと握り返してくれた。

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