あいばな開花 ~異世界で愛の花を咲かせます~

だいなも

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第一章 狼の少女

28.検証

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 4人が乗った船を見送ると、ルーンと二人きりになった。
 外はもう暗く、夜になっている。
 俺は振り返ってルーンに話し掛けた。

「ルーン、疲れただろ。ちょっと休もうか」
「うん。でもお兄ちゃん、さっきやってほしいことがあるって...」
「あ、そうだった」
「なぁに?お兄ちゃん」
「うーん...。ルーン、ちょっとついて来て」
「わかった」

 俺はルーンの手を握り、来た道を戻る。
 ルーンの手を引いたまま隠し扉まで戻り、倉庫の前まで着く。

「ルーン、お腹すいてないか?」
「さっき食べたから大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「そっか、わかった」
「あ、でも...」
「うん?どうした、ルーン」
「お兄ちゃん...おトイレ行きたい」

 ルーンが少し顔を赤くしてそう言った。

「あー...、この部屋がそうじゃないか?」

 俺は傍の扉を指差した。倉庫の扉から見て右側にある木製の扉だった。
 しかしルーンは動かない。

「...」
「どうした?ルーン」
「お兄ちゃん...一緒にいて。ひとりは怖い...」
「そ、そうだな。いろいろあったからな」

 過去の経緯はわからないが、俺と同じくルーンも奴隷として牢に入れられた。
 そして、あの3人の男に無理矢理犯されそうになった。

 怖かっただろうな、無理もない。
 出来るだけルーンの傍にいて、怖い思いをさせないようにしよう。
 しかしトイレは...。

「あー、ルーン。その...扉の前にいるからな」
「...」

 ルーンがすごく悲しそうな顔をしている。

「わかった。目を閉じて耳を塞いでおくから一緒に入ろうな、ルーン」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん」

 まあルーンからすれば、少しの時間でも俺と離れるのは不安なのかもしれないな。
 用を足した後に扉を開けて、もし俺が消えていたらどうしよう...とか。

 俺は目を閉じて、両耳を強く塞いでいた。その間、ルーンはぎゅっと俺にしがみついていた。
 何も見えず、何も聞こえなかったが、ルーンの体温は感じられた。
 しばらくするとルーンの腕が解かれた。

 もうしばらく待ってから声をかけるか...。

 俺がそう思っていると、ルーンの方から声をかけてきた。

「...お兄ちゃん、終わったよ」
「ああ、わかった」
「わがまま言ってごめんね、お兄ちゃん」
「何言ってんだルーン、俺もルーンが傍にいると嬉しいんだよ。いつも一緒にいような、ルーン」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん」
「あー、ルーン。俺もトイレを使いたいんだが...」
「あっ...お、お兄ちゃん...」

 目を開けるとルーンの顔は真っ赤になっていた。
 俺は両腕でルーンを持ち上げて位置を入れ替える。
 ルーンは顔を真っ赤にしたまま黙って俺にしがみつき、目をきつく閉じた。

 ...。
 これは恥ずかしいな、ルーンもこんな気持ちだったのか。

 2人とも用を足して手を洗い、トイレを出る。俺はルーンの手を握って、二人で歩き出した。
 ルーンはまだ顔を赤くしたままで、俺に聞いてきた。

「お兄ちゃん、どこに行くの?」
「海岸だ」
「また食料とか持って行かなくていいの?」
「必要なったらまた取ってくればいいからな、そういや今夜はどこで寝ようか」
「お兄ちゃんと一緒ならどこでもいいよ!」

 ルーンは元気よくそう答えたが、俺はルーンを牢屋の中では寝させないようにしようと思っていた。

 また牢屋に入れるのだけはダメだな。
 かといってあの3人が使ってた布団を使う気にはなれないし。
 倉庫を探したら、布団か布団の代わりになりそうなものぐらいあるか。

 そう考えながら洞穴を抜けて、ルーンと一緒に夜の森を歩く。
 またミミズクの鳴き声が聞こえてくる。
 俺とルーンはたわいもない話をしながら森を抜けて、海岸に辿り着いた。
 前回と同じく、波がザザーンと打ち寄せている。上を見上げると、満天の星。

 こんないい場所でルーンと2人きりか、洞穴の中が牢獄じゃなく、宿泊施設とかなら最高なんだがなぁ。

 俺は癒される空間の中でゆっくりと振り返り、ルーンに声をかけた。

「ルーン。頼みがある」
「なぁに、お兄ちゃん」
「ルーンの祝福、『狂戦士』の力を今ここで使ってくれ」
「え...でも...」
「ルーンが心配してることはわかってる、大丈夫だ」
「...」
「まず自分の意志で使えるかどうかだが、これはルーン自身が自分の祝福の力を意識してもらうしかない。仮に自分の意志で使えなくても大丈夫だからな」
「うん...」
「そして、理性を失って俺を襲うことについてだが、これも大丈夫だ」
「どうして?」
「俺がルーンより強いからだ」

 俺は強い声ではっきりとルーンに告げる。

「ルーン、知ってるだろ?俺は生身の状態でルーンを止めた。生身でもルーンを止めることが出来るんだ」

 そう言いながら『狂戦士』の力を使い、俺の外見は変化していく。
 オオカミの耳と尻尾が生え、両腕両足が肥大化し、爪が硬く鋭くなっていく。
 徐々に破壊と殺戮の衝動が沸き上がるが、ルーンは対象にはならない。
 出来るだけ平常心を保つよう努めて、ルーンに告げる。

「そして今回は生身じゃなく...『狂戦士』の力を使って、いつでも...ルーンを止められるようにしておく...。強化された...俺が、ただの可愛い...女の子であるルーンに負けるわけが...ないだろ?」
「それでも、私がお兄ちゃんを襲うなんてことになったら...」
「たぶん...大丈夫だ、そうは...ならない。それに今後...2人で生きていく...ためには、これは必要な...ことなんだ。ルーン...やってくれるか?」

 破壊と殺戮の衝動に抗いながら、ルーンを説得する。
 ルーンは躊躇して俯き、しばらく黙っている。

 やっぱり俺がルーンを止めることが出来るとわかっていても、襲い掛かること自体が嫌なんだろう。
 逆の立場だったら俺も嫌だな。
 ルーンが俺より遥かに強かったとしても、理性を無くしてルーンを襲うようなことはしたくない。
 しかし俺の見立てでは、『開花』の力によって、そんなことにはならないと思うが...。

 ルーンは顔を上げ、真剣な表情で声を出した。

「わかった。お兄ちゃんの言うとおりにする」
「ああ、大丈夫...だ。ルーンも俺も...怪我することは...無い」
「うん!でも...自分の意志で出来るのかな...?」
「ルーン...」

 俺はそう言って、ゆっくりとルーンの両肩に獣じみた手を優しく置き、囁いた。

「ルーン、目を...閉じて」
「うん」
「大丈夫、俺は...傍にいるからな。祝福の...力を...意識して」
「わかった」

 ルーンは両手を握りしめ、集中している。

 ルーン、大丈夫だ。
 2分咲きになったルーンの花。
 俺がルーンの力を使った時は、自分の意志で発動と解除が出来て、理性があり、ルーンが破壊と殺戮の対象外だった。
 推測だが、ルーンもきっと...。

 俺は両肩に置いた手に僅かに力を入れ、ルーンをじっと見つめる。
 ルーンは徐々に...変化していった。

 よし、祝福の力を自分の意志で使えるみたいだな。

 ルーンは俺と同じように、オオカミのような獣じみた姿になる。
 そして...瞳が血のように真っ赤に染まる。
 俺はルーンの両肩から手を離し、ゆっくりと半歩ほど後ずさり、ルーンに声をかける。

「ルーン、俺が...わかるか?」
「...」

 ルーンは虚ろな目で俺を見ている。

「ルーン、大丈夫だ。ここに...俺たちの敵はいない」
「...」

 俺は何度もルーンの名を読んで、声をかける。

「ルーン、俺はいつでも...お前の傍にいる。だから...自分自身を...恐れるな」
「お...にい...ちゃん...」
「ルーン!俺がわかるか?」
「うん...お兄ちゃんは...私が...守る...よ...」
「ああ...ありがとな、ルーン。俺も...ルーンを守るからな」
「うん...」

 よし、これでルーンは自分の意志で『狂戦士』の力が使え、理性を失うことは無く、そして俺に対して破壊と殺戮の衝動は無いようだ。
 やはり『開花』の力により、俺とルーンの相互で能力が強化され、俺たちはお互いを敵と認識していないようだ。

「ルーン、もう大丈夫だ...。意識して『狂戦士』の力を...解除出来るか?」
「やってみる...」

 ルーンはまた目を閉じて、集中している。
 俺も同じように、意識して『狂戦士』の力を解除する。
 ルーンは徐々に外見が変化し、元の姿に戻っていった。

 よし、これで証明されたな。
 俺の祝福『開花』の力は、俺だけでなく能力の持ち主も強化されるということか。
 たぶん、根付いた花が咲くほど能力が強化されるんだろう。

「ルーン、解除できたみたいだな」
「うん...凄いね。これもお兄ちゃんの祝福の力が影響してるの?」
「どうやらそうみたいだ」
「そうなんだ...理性もあるし、それに今までの時より疲れなかったよ」
「ん?疲労度も違うのか...?」
「うん」
「なるほど...」

 やはり色々強化されたんだな。
 最も有難いのは理性を失わずに済む点だな。
 お互い理性があれば窮地を切り抜ける確率は飛躍的に高まるはずだ。

「ルーン、俺たちはもう自分の意志で『狂戦士』の力を使うことが出来るぞ。理性があって、衝動は強いが抗えない程じゃない。それに何より、俺は可愛いルーンを襲う心配が無いのが安心だな」
「私も!目の前のお兄ちゃんに対しては、何も思わなかった。お兄ちゃんは大事な人だから...襲う心配がなくなったのが嬉しい!」

 ルーンは満面の笑みで、嬉しそうにそう言った。

 よかった...。

 牢屋の中で悲愴な面持ちをしていたルーン。
 俺は、ルーンのこの笑顔を見れたことが、何より嬉しかった。
 俺に与えられた力で、ルーンをこの笑顔にすることが出来た。
 俺も同じような顔をしていたんだろう。ルーンがずっと嬉しそうに俺の顔を見ている。

 ルーンが祝福の力に不安を抱くことは無くなったな。
 そして、こんな俺でも目の前の女の子を笑顔にすることが出来たんだ。

 異世界に来て、漸く心の底から嬉しいと思えた。

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