あいばな開花 ~異世界で愛の花を咲かせます~

だいなも

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第一章 狼の少女

26.船の見張り

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 時間にして10分程だったのだろう、俺は少し意識を失っていた。
『狂戦士』の力で極度に疲労したことによって、眠っていたようだ。『狂戦士』の効力は切れていた。
 後頭部に柔らかい感触があり、ルーンが膝枕をしてくれていた。

「ん...ルーン。傍にいてくれたのか」
「お兄ちゃん...よかった」
「思ったよりも疲れるなこれ」
「うん...でもお兄ちゃん凄い」
「何が?」
「だって...自分の意識で動いて、私と会話して、『狂戦士』になっても理性があったよ」
「あーそれなんだが...ルーン、お前にやってほしいことがある」
「?」
「待て、それよりもまずあの4人を助けないとな」
「あっ...そうだねお兄ちゃん」

 まずは4人を救出することが先決だと、俺は会話を切り上げて立ち上がる。
 救出もそうだが、傍に血だらけの遺体が三つあり、少しでも早くこの場からルーンを遠ざけたかった。
 俺はルーンに声を掛け、奴隷4人の救出に向かう。

「ルーン、カギを」
「はい...お兄ちゃん」

 ルーンから鍵を受け取り、歩き出す。
 すぐに牢屋がある部屋に着き、まずはミラリオの牢を開錠する。

 ミラリオは...かなり驚いてるようだな。まあ当然か。

 俺は努めて優しくミラリオに声を掛ける。

「あいつら3人は俺が殺した。もう大丈夫だよ、君は奴隷じゃない」
「...」

 ミラリオは驚いて声を出せないようだった。
 俺は構わずに牢の扉を限界まで開ける。
 続けて残り3人の牢を開錠して回った。ルーンはずっと俺の背に隠れていた。
 全ての牢を開けた後、俺は部屋の中央に移動し、大きな声で告げる。

「みなさん、もう大丈夫です。あの3人は私が殺しました。みなさんはもう奴隷じゃありません。」

 4人はおずおずと俺たちに近づいてくる。

「これから倉庫に行きます。衣料や食料がありますので自由に使ってください」

 俺はそう告げて、ルーンの手を引いて歩き出す。
 後ろからぞろぞろと4人はついて来ているようだった。

 倉庫の扉を開けて中を指し、声を掛けて4人を促す。

「どうぞ、水に果物に干し肉など、いっぱいありますよ」

 4人は中に入り、色々物色している。
 それを見届けてルーンに告げる。

「ルーン、わかっているとは思うがもう1人を始末しないといけない」
「うん...あの天井の部屋だよね」
「ああ、ルーンは待っていてほしいが...」

 俺は言い終わる前に黙った。
 それはもちろん、ルーンがじっと睨んでいたからだった。

「わかった、ルーンも一緒に行こうな」
「うん!」
「ただし、あいつの相手は俺がする」
「うん、でも危ないことはしないでね」
「大丈夫だよ」

 ランタンを二つ調達し、隠し扉を開き、扉は開けたままにして二人で奥に進む。
 ルーンはずっと俺の左手を握っている。

「ルーン、前回と同じことにならないように、ランタンを点けないで行くぞ」
「うん、そうだねお兄ちゃん」
「ゆっくりと静かに進もう、覚えてるよな?」
「大丈夫だよ」

 そのまま二人で進み、船がある部屋の前に着く。

 もしかしたら部屋に入った段階で侵入者を探知する仕組みとかあるかもしれないな。
 急いで部屋に行くか。

「ルーン、部屋に入ったらすぐに階段を登って天井の部屋に行く。『狂戦士』の力を使う」
「わかった...気をつけてね、お兄ちゃん」
「ああ、ルーンを抱えて進むからランタンを持っててくれ」

 俺はルーンを両腕で抱きかかえる。お姫様だっこの状態だ。

「ルーン、ランタンを点けて」

 ルーンの左手にあるランタンがオレンジ色の光を放つ。
 それを見て『狂戦士』の力を使い、地面を蹴り出して部屋に突っ込む。
 元々の能力なのか、『開花』で視力が強化されているのか、非常に夜目が効いた。

 淡いランタンの光だけで部屋の隅々まで見える...。
 真っ暗でもこんなに見えるのか。

 部屋に入ってすぐ左手にある階段を4段飛ばし程で駆け上がる。
 すぐに天井傍の部屋の入り口に着く。
 勢いを落とさずに木製のドアを力任せに蹴破る。

 ドガッ!!

 部屋に入ってすぐに、椅子に座って本を読んでいる男が目に入る。
 テーブルの両サイドに椅子があり、男の向かいの椅子は空席になっている。
 男はローブのようなものを着ており、フードが付いている。

 ぐっ!衝動が...!

『狂戦士』の力により、目の前の男を殺したくてたまらない。
 首を斬り、体を引き裂き、血で染め上げたい。
 俺は男から視線を外さずにゆっくりルーンを傍に降ろす。
 男は何が起こったかわからず、ただ茫然とこちらを見ている。

 落ち着け...。
『開花』だ、意識しろ。

 俺は『開花』の能力を意識する。ルーンの花、『狂戦士』の能力。

 ...よし、収まったか。

 試してはなかったが、任意で花の能力を使用することが出来るのであれば、任意で花の能力を解除することも出来るだろうと思ってた。
 実際意識すれば、衝動は収まっている。
 落ち着いて目の前のローブ姿の男を観察する。

 武装はしていないな...それに周辺にも武器になりそうなものは無い...よし。
 今更こんなことをしても意味が無い。さっき牢屋の前で殺してるからな。
 でも...やっぱりルーンは女の子だから。

 俺は男を見たまま静かに口を開く。

「ルーン、部屋の外に出て階段を見張っててくれ」
「えっ...お兄ちゃん?」
「ルーン、この部屋に危険は無い。外で待ってて」
「...」
「大丈夫だ、扉は壊したからすぐに逃げられるし、ルーンもすぐに入ってこれるだろ」
「...わかった」

 ルーンはしぶしぶ俺の傍を離れ、部屋の外に出る。
 扉があった位置から一歩程外側で止まって階段を見ている。

 耳も塞いで欲しかったけどさすがに納得しないだろうな。

 俺はゆっくりと男に近づく。
 男はようやく事態が呑み込め、慌てて立ち上がる。
 俺は先制して男に告げる。

「動くな、それ以上動くと殺す」

 男はビクッとして動きを止める。
 俺は幾分か声を和らげ、落ち着いた感じで話し掛ける。

「さっきのように椅子に座っててくれるか、そのほうが落ち着いて話ができるだろ?」

 男はしばらく動きを止めたまま黙っていたが、やがてゆっくり椅子に座る。
 先ほどの『狂戦士』状態の外見を見た為か、男は少し怯えているようだ。
 男の正面の椅子は空いているが、俺は座らずにテーブルの傍で立ったまま話しを続ける。

「あの3人は死んだ。そして奴隷は全員解放された」
「...」
「事と次第によっては、あんたも解放してやってもいい」
「ほ、本当か!?」
「ああ、まずは下にある船でこの島を出たい。壁をなんとかしてくれるか?」
「...」
「あんたが何もしなくても時間を掛ければ俺達でも壁を破壊できる。このまま何もせずに殺されるほうがいいか?」
「わかった...壁を取り除こう」

 男は椅子から立ち上がり、部屋の奥に行く。
 奥には棚があり、水晶玉を一回り小さくした球が幾つかある。
 赤、黄、青、緑、黒...。それぞれの色をした球が並べられていた。
 男は黒い球を手に取り、床に叩きつける。
 球が割れると部屋の外から物音がした。爆発音ではなく、ガラガラと崩れるような音だった。

 なるほど、起爆装置ではなく、魔法で岩を繋ぎ止めていたのかな。

 壁を確認したいが、男からは視線を外せなかった。
 ルーンに指示を出して下の様子を調べてもらう。

「ルーン、少し階段を降りて船の正面にある壁を見てくれるか」
「わかった」

 ルーンが階段を降りる音が聞こえた。しかしすぐに戻って来て同じ位置に立つ。

「お兄ちゃん、壁が無くなって外の光が見えるよ。船が通れるくらいの穴だった」
「ありがとう、ルーン」

 俺とルーンのやりとりを見ていた男は、懇願するように声を荒げる。

「下の船を使ってこの島を脱出してくれ!俺はこのまま見逃してくれるよな!?」
「ああ、だが奴隷について聞きたいことがある」
「なんでも聞いてくれ!」
「この洞穴には牢屋は6つだけか?」
「ああ、そうだ」
「解放した奴隷は俺を含めて6人だが、これで全部か?」
「そうだ、昨日1人入れ替えがあったからな」
「なるほど...あんたはあの太った男の部下だったのか?」
「ああ、まったくひどい上司だぜ。あいつら3人が散々遊んだ奴隷しか俺の所に回さねえ。あんなやつらが殺されてもなんとも思わねえよ」
「もう充分だ。ありがとう」
「そ、そうか」
「じゃあここでお別れだな」
「え」

 俺は力いっぱい利き腕を振るっていた。

 ドンッ!!

 ローブを着た男の頭部が壁に叩きつけられた。ゴトッと音を立てて床に落ちる。
 まだ聞こえているのかどうかわからないが、『狂戦士』状態のまま、俺は床にある頭部に告げた。

「お前も散々奴隷を虐げてきたんだな」

 頭部が無くなった男の胴体、その首から血が噴き出している。
 それを見続けていると、遺体を破壊したい衝動に駆られたので、すぐに「狂戦士」を解除する。
 ふと、テーブルの上にある男が読んでいた本が目に留まる。
 俺は本に挟まっていた栞を抜き、男の遺体に落とした。
 ぴくりとも動かない頭部に話しかける。

「続きを読むことは無いだろ?向こうでお前が虐げてきた人達に詫びるんだな」

 俺は歩いてルーンの傍まで行く。
 ルーンは部屋を、部屋の中の俺をずっと見ていた。

 ルーンに見せたくなかったから指示を出したんだがな...。

 ルーンは俺の意図を読んでいたようだ。
 ジトっとした目をして、ルーンが俺に言った。

「お兄ちゃんっ、ひとりで...」
「ごめんな、ルーン」

 俺はルーンの言葉を遮って謝った。

「もうっ...、また私を気遣ってくれたんだよね」
「余計なことだったかもな、ごめん。とにかく一旦戻ろう」

 話を強引に終わらせ、俺はルーンの手を引っ張って歩き出した。

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