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第一章 狼の少女
25.開花の力
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燈色の光が視界に入る。
木箱の上に置かれたランタンが淡く光を放っている。
「...」
俺は目を覚ます。
「...またか」
思わず呟いてしまった。
俺は確かに生き埋めになった。胸にルーンを抱いて。
だがまたここに戻って来た。
これは本当に俺の祝福の力なのか?
ということはこの先ずっとここに戻り続けるのか?死ぬ前の記憶を引き継いだまま?
...いや、その考えは危険だ。
祝福の力で巻き戻っているならば、俺はこの能力の弱点を確信していた。
それは「どうせ戻るから次またやり直せばいい」という認識になること。
死んだら時間が戻る。それだけならば簡単だ。
だが実際は、ある条件を満たしている場合のみ戻る、ということも考えられる。
例えば死ぬまでの時間や、どこで死ぬか、どうやって死ぬか。
そういったことを考慮せずにいるとどうなる?
あがけば生き残れる状況でも、次があるからと安易に死を選ぶようになったら?
強敵に遭遇した時に、次回の被害を減らすために、敵の手の内を見てから死を選ぶようになったら?
もしその次が無かったら?
次が必ずあると確証を得ているならいいが、祝福の力はほぼ何もわかっていない状態である。
ゆえに、最も危険なのは「次がある」と思い込むことだった。
...さっきのはまた俺の甘さだったな。
船があったことで安堵していた。
あれだけの人数がいるから安心していた。
初めて入る部屋なのに、隅まで警戒していなかった。
よしっ、次は無い...。
死んだら終わりだ。
その当たり前のことを忘れないようにしないとな。
俺は心に刻むように強く意識した。
おっと、ルーンをほったらかしにしていたな。
俺はまたあの3人を油断させる為、ルーンにどう説明しようかと考えていたら、ルーンから話しかけてきた。
「お兄ちゃん、ここって...?さっきのは?」
「ああ、ついうたた寝してしま」
............え?
...今ルーンは何と言った?
「...ルーン、今なんて言った?」
「え...。ここはどこで、さっきのは...」
「そうじゃない、今俺のことお兄ちゃんって」
「うん...。だってお兄ちゃんって呼んでもいいって...」
まさか...ルーンも記憶を持ち越しているのか?
「ルーン、俺達は一緒に海岸にいたよな。覚えてるか?」
「う、うん...」
「俺たちは海岸で抱き合ってたよな?」
「だ、抱き合って......うん...」
ルーンが顔を真っ赤にする。
「ルーンがひどく泣きじゃくって、その後二人で祝福のことを話したよな、覚えてるか?」
「泣きじゃくって...。もうっ!そんなこと忘れて!」
ルーンが真っ赤な顔のまま、「むー」っと唸って怒った顔をしている。
「ルーン、俺はなんの果物を食べていた?」
「お、お兄ちゃんは...バナナを食べてたよ」
「ルーン、さっきまで俺たちはどうしていた?」
「船がある部屋にいて...洞穴が崩れて...私はお兄ちゃんに抱えてもらってたけど...でも...」
間違いないな、これは。
ルーンははっきりと覚えている。
「お兄ちゃん...これって、お兄ちゃんが言ってた死ぬ前に戻るっていう...」
「ああ、俺は2回目の巻き戻りだけどな」
しかしなぜだ?
1回目はルーンの記憶は持ち越していなかった。
今回は持ち越している。
ルーンと一緒に死んだからか?
...いや、違う。
おそらくあの花だ。
俺は『開花』を意識する。
木製の枠に白い花がある。『ルーン』と『狂戦士』の文字。
1回目に戻った時に花は存在していなかった。
つまり1回目の死亡時には花は無かった。
そして2回目の死亡時には花はあった。
これは...ルーンの花が根付いたことで、俺の巻き戻りにルーンの花、つまりルーンが影響を受けたってことか。
そう解釈するのが妥当...なのか?
俺は目を閉じて、白い花を強く意識する。
...海岸で感じた時よりも花が開いている気がするな。
あの時が1分咲きだから、これは2分咲きってとこか?
なんで海岸の時よりも咲いてるんだろうか...。
その時俺は、直感である可能性を意識した。
俺の祝福、『開花』の力が「巻き戻り」だとしたら、「根付いた花がどれだけ開花してるか」ということに何の意味がある?
巻き戻りは巻き戻りだ。巻き戻るか戻らないかのオンとオフしかない。
花が1分咲きだろうが、満開だろうが、戻るなら戻る、戻らないなら戻らない、じゃないのか?
もちろんさっき考えたように、どれくらい経過してから死ぬか、どこで死ぬか、どうやって死ぬか、の判定基準で、開花の度合いによって巻き戻るか戻らないかが決まる、ということはあり得る。
例えば1分咲きなら3日以内に死んだら巻き戻り、満開なら30日以内に死んだら巻き戻る、とか。
しかし、俺はどうもそうではない気がした。直感だがそうではないと考えた。
おそらくだが、『開花』の能力と巻き戻りは別なのではないかと。
祝福を受けたことが巻き戻りと関係しているのは間違いないと思う。
だけど『開花』の能力と巻き戻りが同じとは考えにくい。
じゃあ開花の度合いは何を意味するのか。
さっき白い花を強く意識した時に、ある感覚があった。
この感覚は言葉では説明できないが、俺は確信している。
これは...。
俺はルーンに向き直り、強い口調で言う。
「ルーン、今回は俺もルーンも巻き戻った。なぜルーンも一緒に戻ったか、だが...たぶんルーンの花が根付いたからだと思う」
「う、うん...」
「だが今俺が確認したいのは別のことだ。それにはルーンの協力が必要なんだ」
「別のこと?どうすればいいの?」
「ああ、前回でもうわかっていると思うが、あと90分程であの3人がルーンを連れ去りに来る」
「うん...」
「ルーン、俺は奥の木製のドアの内側で待機しておく。あいつらが来たら俺があいつらを殺す」
「お兄ちゃん一人で!?」
「ああ」
「だめっ!お兄ちゃんが危ないよ!」
「ルーン、俺に考えがあるんだ。言うことを聞いてほしい」
「でも...」
「このベッドに何かを入れて俺が寝ているように見せかけておく。よく見たらバレるだろうが、あの3人が牢屋の前に無警戒で立ち止まればいい」
「お兄ちゃん一人でどうやって戦うの?」
「考えがあるんだ、だがもしうまくいかなくても、またルーンを守ってみせる」
「お兄ちゃん...」
「ルーン、信じてくれ」
ルーンは納得していなかったが、俺がルーンの目をじっと見ていると、ルーンはしぶしぶ返事する。
「...わかった」
「もう一つ。もしルーンが襲われそうになったら、躊躇わず『狂戦士』の力を使うこと。あの時と同じように俺が必ず止める、いいな。」
「約束して。私を助けようとして死んだりしないって」
「...わかった。約束するよ、ルーン」
「うん...私もうまく力を使えるかわからないけど...お兄ちゃんを守る為なら出来そう」
「よしっ、じゃあ準備するからここで待っててくれ」
俺はすぐに牢を出て木製の扉に向かう。
中から適当な物を盗んでベッドに仕込み、布をかぶせる。
なかなか気に入らず、3往復ぐらいしてしまった。
頭部から足にかけて...うーむ、プロの仕事だな。
俺は出来に満足し、ルーンに振り向いて両肩に手を置き、大事なことを伝える。
「ルーン。俺はあいつらがこの牢を開錠する前に攻撃を仕掛ける。カギは同じくこのベッドの下に置いておくが、絶対にこの牢から出るなよ。いいな」
「うん、わかった」
「よし、じゃあ俺は奥の扉で待機しておく。くれぐれも牢から出ないようにな」
「わかったよ、お兄ちゃん」
俺はすぐに木製の扉の内側に移動する。
扉はほんの少し開けておく、通路側からはまずわからない。
隙間に耳を付け、音に集中する。
...しばらくするとあの3人の足音が聞こえた。
よし、やるか...。
俺は確信していた。
白い花を強く意識した時に、確信していた。
アレはつまり俺が...。
俺の『開花』の力、木製の枠内にルーンの花が根付いた。
花には「誰の花か」を示す名前があった。それはまだわかる。
だが「その者の祝福」を示す必要があるか?
付与された祝福の名前がはっきりと感じ取れたのはなぜだ?
ソレはつまり俺が...。
3人の足音が牢屋の前で止まったようだ。
俺が...根付いた花、いや、根付いた者の祝福を...使用できるということだよな。
俺は白い花の『狂戦士』を強く意識した。
その瞬間、恐ろしい感覚に襲われる。
殺戮、破壊の衝動。
両腕と両足に力が漲る。
聴覚が研ぎ澄まされているのか、反射した空気の振動を拾い、あの3人の声がはっきり聞こえる。
両手が筋肉で肥大化し、両手の爪が太く硬くなって突き出ている。
この爪なら人体を引き裂くことも容易だろう。
俺は衝動を抑えきれず、扉を開ける。と同時に肥大化した足で地面を思い切り蹴り出す。
ダンッ!
信じられないくらいのスピードが出ていただろう。
衝動が強すぎてそんなことは考えられなかった。
あの3人まで5メートル程の位置に来た時、彼らはようやく強襲する獣に気づいたようだった。
だがもう遅かった。
一足飛びで所長に接近し、右腕の一振りで首を飛ばす。
ガシュッ!!
そのまま勢いを落とさずに、傍の看守に左腕を振るう。
看守は咄嗟に槍を盾にしたが、槍ごと看守の胸を刈り取る。
ギンッ!!ザシュッ!!
そこで漸く見張りの男が俺に対してナイフを振りかぶるが、振り下ろす前に俺は右腕を突き出していた。
グシャッ!
俺の腕は見張りの男の胸を抉り、貫いていた。
腕を抜くと、男は崩れ落ちる。手からナイフが落ちていく。
俺は意識があった。
体の向きを牢屋へと向ける。
ルーンは驚愕の表情をして、何も言えないようだ。
俺が恐れていたのは、俺の衝動がルーンに向き、ルーンを殺してしまわないか、ということだった。
だが、殺意と破壊の衝動が恐ろしく強いが、ルーンを認識することはできた。
そしてルーンに対しては、一切の衝動が働かない。
衝動はある、だがルーン対しては攻撃する気が起きない、木箱やベッドを攻撃したくならないのと同じだった。
俺は衝動を堪えて、なんとか声を出す。
「ルーン...、俺が...わかるか...?」
「お兄ちゃん...」
3人の内、所長はすでにこと切れている。
看守も見張りも、もう虫の息だ。
「ルーン...俺はお前を、襲わない...大丈夫だ」
「お兄ちゃん...その姿、『狂戦士』の力を...?」
「ああ...ほんとに疲れるな...これ」
「お兄ちゃん...すごい...。はっきりと意識があって、会話もできるんだ...」
「たぶん...開花の力だ。少し咲いたことで...祝福の力が...強化されたんだ...」
「お兄ちゃん...」
俺は理解した。
2分咲きになったことで、根付いた者の祝福の力が強化されたんだろう。
おそらく、身体能力や知覚能力が強化され、いつもよりも研ぎ澄まされているんだろう。
まあいつもの状態を知らないが、強化無しの状態では、意識を持たない機械として目に映る者を殺戮、破壊しているのだろう。
また、根付いた花であるルーンが殺戮の対象になっていないことも確認できた。
今、奥の奴隷がいる部屋に行ってしまうと、あの4人を殺してしまうかもしれない。
まあそこまで行って、牢屋を力任せに破る体力があるかどうかは別だが。
「ルーン...俺も『狂戦士』になった。お前の気持ちが...お前の苦しみが...少し、わかったぞ...」
「お兄ちゃんっ...!」
ルーンは涙を浮かべて、カギを取ろうとベッドに向かっている。
俺は、体力の限界が来たらしく...格子に縋るように倒れた。
ルーンが扉を開錠する音が響く。
木箱の上に置かれたランタンが淡く光を放っている。
「...」
俺は目を覚ます。
「...またか」
思わず呟いてしまった。
俺は確かに生き埋めになった。胸にルーンを抱いて。
だがまたここに戻って来た。
これは本当に俺の祝福の力なのか?
ということはこの先ずっとここに戻り続けるのか?死ぬ前の記憶を引き継いだまま?
...いや、その考えは危険だ。
祝福の力で巻き戻っているならば、俺はこの能力の弱点を確信していた。
それは「どうせ戻るから次またやり直せばいい」という認識になること。
死んだら時間が戻る。それだけならば簡単だ。
だが実際は、ある条件を満たしている場合のみ戻る、ということも考えられる。
例えば死ぬまでの時間や、どこで死ぬか、どうやって死ぬか。
そういったことを考慮せずにいるとどうなる?
あがけば生き残れる状況でも、次があるからと安易に死を選ぶようになったら?
強敵に遭遇した時に、次回の被害を減らすために、敵の手の内を見てから死を選ぶようになったら?
もしその次が無かったら?
次が必ずあると確証を得ているならいいが、祝福の力はほぼ何もわかっていない状態である。
ゆえに、最も危険なのは「次がある」と思い込むことだった。
...さっきのはまた俺の甘さだったな。
船があったことで安堵していた。
あれだけの人数がいるから安心していた。
初めて入る部屋なのに、隅まで警戒していなかった。
よしっ、次は無い...。
死んだら終わりだ。
その当たり前のことを忘れないようにしないとな。
俺は心に刻むように強く意識した。
おっと、ルーンをほったらかしにしていたな。
俺はまたあの3人を油断させる為、ルーンにどう説明しようかと考えていたら、ルーンから話しかけてきた。
「お兄ちゃん、ここって...?さっきのは?」
「ああ、ついうたた寝してしま」
............え?
...今ルーンは何と言った?
「...ルーン、今なんて言った?」
「え...。ここはどこで、さっきのは...」
「そうじゃない、今俺のことお兄ちゃんって」
「うん...。だってお兄ちゃんって呼んでもいいって...」
まさか...ルーンも記憶を持ち越しているのか?
「ルーン、俺達は一緒に海岸にいたよな。覚えてるか?」
「う、うん...」
「俺たちは海岸で抱き合ってたよな?」
「だ、抱き合って......うん...」
ルーンが顔を真っ赤にする。
「ルーンがひどく泣きじゃくって、その後二人で祝福のことを話したよな、覚えてるか?」
「泣きじゃくって...。もうっ!そんなこと忘れて!」
ルーンが真っ赤な顔のまま、「むー」っと唸って怒った顔をしている。
「ルーン、俺はなんの果物を食べていた?」
「お、お兄ちゃんは...バナナを食べてたよ」
「ルーン、さっきまで俺たちはどうしていた?」
「船がある部屋にいて...洞穴が崩れて...私はお兄ちゃんに抱えてもらってたけど...でも...」
間違いないな、これは。
ルーンははっきりと覚えている。
「お兄ちゃん...これって、お兄ちゃんが言ってた死ぬ前に戻るっていう...」
「ああ、俺は2回目の巻き戻りだけどな」
しかしなぜだ?
1回目はルーンの記憶は持ち越していなかった。
今回は持ち越している。
ルーンと一緒に死んだからか?
...いや、違う。
おそらくあの花だ。
俺は『開花』を意識する。
木製の枠に白い花がある。『ルーン』と『狂戦士』の文字。
1回目に戻った時に花は存在していなかった。
つまり1回目の死亡時には花は無かった。
そして2回目の死亡時には花はあった。
これは...ルーンの花が根付いたことで、俺の巻き戻りにルーンの花、つまりルーンが影響を受けたってことか。
そう解釈するのが妥当...なのか?
俺は目を閉じて、白い花を強く意識する。
...海岸で感じた時よりも花が開いている気がするな。
あの時が1分咲きだから、これは2分咲きってとこか?
なんで海岸の時よりも咲いてるんだろうか...。
その時俺は、直感である可能性を意識した。
俺の祝福、『開花』の力が「巻き戻り」だとしたら、「根付いた花がどれだけ開花してるか」ということに何の意味がある?
巻き戻りは巻き戻りだ。巻き戻るか戻らないかのオンとオフしかない。
花が1分咲きだろうが、満開だろうが、戻るなら戻る、戻らないなら戻らない、じゃないのか?
もちろんさっき考えたように、どれくらい経過してから死ぬか、どこで死ぬか、どうやって死ぬか、の判定基準で、開花の度合いによって巻き戻るか戻らないかが決まる、ということはあり得る。
例えば1分咲きなら3日以内に死んだら巻き戻り、満開なら30日以内に死んだら巻き戻る、とか。
しかし、俺はどうもそうではない気がした。直感だがそうではないと考えた。
おそらくだが、『開花』の能力と巻き戻りは別なのではないかと。
祝福を受けたことが巻き戻りと関係しているのは間違いないと思う。
だけど『開花』の能力と巻き戻りが同じとは考えにくい。
じゃあ開花の度合いは何を意味するのか。
さっき白い花を強く意識した時に、ある感覚があった。
この感覚は言葉では説明できないが、俺は確信している。
これは...。
俺はルーンに向き直り、強い口調で言う。
「ルーン、今回は俺もルーンも巻き戻った。なぜルーンも一緒に戻ったか、だが...たぶんルーンの花が根付いたからだと思う」
「う、うん...」
「だが今俺が確認したいのは別のことだ。それにはルーンの協力が必要なんだ」
「別のこと?どうすればいいの?」
「ああ、前回でもうわかっていると思うが、あと90分程であの3人がルーンを連れ去りに来る」
「うん...」
「ルーン、俺は奥の木製のドアの内側で待機しておく。あいつらが来たら俺があいつらを殺す」
「お兄ちゃん一人で!?」
「ああ」
「だめっ!お兄ちゃんが危ないよ!」
「ルーン、俺に考えがあるんだ。言うことを聞いてほしい」
「でも...」
「このベッドに何かを入れて俺が寝ているように見せかけておく。よく見たらバレるだろうが、あの3人が牢屋の前に無警戒で立ち止まればいい」
「お兄ちゃん一人でどうやって戦うの?」
「考えがあるんだ、だがもしうまくいかなくても、またルーンを守ってみせる」
「お兄ちゃん...」
「ルーン、信じてくれ」
ルーンは納得していなかったが、俺がルーンの目をじっと見ていると、ルーンはしぶしぶ返事する。
「...わかった」
「もう一つ。もしルーンが襲われそうになったら、躊躇わず『狂戦士』の力を使うこと。あの時と同じように俺が必ず止める、いいな。」
「約束して。私を助けようとして死んだりしないって」
「...わかった。約束するよ、ルーン」
「うん...私もうまく力を使えるかわからないけど...お兄ちゃんを守る為なら出来そう」
「よしっ、じゃあ準備するからここで待っててくれ」
俺はすぐに牢を出て木製の扉に向かう。
中から適当な物を盗んでベッドに仕込み、布をかぶせる。
なかなか気に入らず、3往復ぐらいしてしまった。
頭部から足にかけて...うーむ、プロの仕事だな。
俺は出来に満足し、ルーンに振り向いて両肩に手を置き、大事なことを伝える。
「ルーン。俺はあいつらがこの牢を開錠する前に攻撃を仕掛ける。カギは同じくこのベッドの下に置いておくが、絶対にこの牢から出るなよ。いいな」
「うん、わかった」
「よし、じゃあ俺は奥の扉で待機しておく。くれぐれも牢から出ないようにな」
「わかったよ、お兄ちゃん」
俺はすぐに木製の扉の内側に移動する。
扉はほんの少し開けておく、通路側からはまずわからない。
隙間に耳を付け、音に集中する。
...しばらくするとあの3人の足音が聞こえた。
よし、やるか...。
俺は確信していた。
白い花を強く意識した時に、確信していた。
アレはつまり俺が...。
俺の『開花』の力、木製の枠内にルーンの花が根付いた。
花には「誰の花か」を示す名前があった。それはまだわかる。
だが「その者の祝福」を示す必要があるか?
付与された祝福の名前がはっきりと感じ取れたのはなぜだ?
ソレはつまり俺が...。
3人の足音が牢屋の前で止まったようだ。
俺が...根付いた花、いや、根付いた者の祝福を...使用できるということだよな。
俺は白い花の『狂戦士』を強く意識した。
その瞬間、恐ろしい感覚に襲われる。
殺戮、破壊の衝動。
両腕と両足に力が漲る。
聴覚が研ぎ澄まされているのか、反射した空気の振動を拾い、あの3人の声がはっきり聞こえる。
両手が筋肉で肥大化し、両手の爪が太く硬くなって突き出ている。
この爪なら人体を引き裂くことも容易だろう。
俺は衝動を抑えきれず、扉を開ける。と同時に肥大化した足で地面を思い切り蹴り出す。
ダンッ!
信じられないくらいのスピードが出ていただろう。
衝動が強すぎてそんなことは考えられなかった。
あの3人まで5メートル程の位置に来た時、彼らはようやく強襲する獣に気づいたようだった。
だがもう遅かった。
一足飛びで所長に接近し、右腕の一振りで首を飛ばす。
ガシュッ!!
そのまま勢いを落とさずに、傍の看守に左腕を振るう。
看守は咄嗟に槍を盾にしたが、槍ごと看守の胸を刈り取る。
ギンッ!!ザシュッ!!
そこで漸く見張りの男が俺に対してナイフを振りかぶるが、振り下ろす前に俺は右腕を突き出していた。
グシャッ!
俺の腕は見張りの男の胸を抉り、貫いていた。
腕を抜くと、男は崩れ落ちる。手からナイフが落ちていく。
俺は意識があった。
体の向きを牢屋へと向ける。
ルーンは驚愕の表情をして、何も言えないようだ。
俺が恐れていたのは、俺の衝動がルーンに向き、ルーンを殺してしまわないか、ということだった。
だが、殺意と破壊の衝動が恐ろしく強いが、ルーンを認識することはできた。
そしてルーンに対しては、一切の衝動が働かない。
衝動はある、だがルーン対しては攻撃する気が起きない、木箱やベッドを攻撃したくならないのと同じだった。
俺は衝動を堪えて、なんとか声を出す。
「ルーン...、俺が...わかるか...?」
「お兄ちゃん...」
3人の内、所長はすでにこと切れている。
看守も見張りも、もう虫の息だ。
「ルーン...俺はお前を、襲わない...大丈夫だ」
「お兄ちゃん...その姿、『狂戦士』の力を...?」
「ああ...ほんとに疲れるな...これ」
「お兄ちゃん...すごい...。はっきりと意識があって、会話もできるんだ...」
「たぶん...開花の力だ。少し咲いたことで...祝福の力が...強化されたんだ...」
「お兄ちゃん...」
俺は理解した。
2分咲きになったことで、根付いた者の祝福の力が強化されたんだろう。
おそらく、身体能力や知覚能力が強化され、いつもよりも研ぎ澄まされているんだろう。
まあいつもの状態を知らないが、強化無しの状態では、意識を持たない機械として目に映る者を殺戮、破壊しているのだろう。
また、根付いた花であるルーンが殺戮の対象になっていないことも確認できた。
今、奥の奴隷がいる部屋に行ってしまうと、あの4人を殺してしまうかもしれない。
まあそこまで行って、牢屋を力任せに破る体力があるかどうかは別だが。
「ルーン...俺も『狂戦士』になった。お前の気持ちが...お前の苦しみが...少し、わかったぞ...」
「お兄ちゃんっ...!」
ルーンは涙を浮かべて、カギを取ろうとベッドに向かっている。
俺は、体力の限界が来たらしく...格子に縋るように倒れた。
ルーンが扉を開錠する音が響く。
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