あいばな開花 ~異世界で愛の花を咲かせます~

だいなも

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第一章 狼の少女

21.海岸の時間 ■

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 ■ルーンの視点■


 かすかに波の音が聞こえる...。

 洞穴内とは違う匂いがした。
 私は顔に当たる風や潮の匂いに驚き、反射的に声を出して目を覚ました。

「う...あ...あれ...?」
「ルーン、おはよう」

 ナオ様の声がした。
 私は体を起こし、辺りを見回した。
 すぐにナオ様を見つけ、今の状況を聞いた。

「あの、ナオ様ここは?」
「洞穴を出て、森を抜けて、海岸まで戻ってきたんだ」
「わたし...どうして...?」
「覚えてない?ルーンのおかげで助かったんだよ」
「私の...?あっ!」

 私はあの部屋での出来事を思い出していた。
 狂戦士の力は理性が無くなる。しかし記憶に残らないわけではない。
 私は、命を懸けて私を助けようとしてくれたナオ様を殺そうとしていた。そのことをはっきりと覚えていた。
 後ろめたさから、ナオ様の顔を見られなかった。

「私...ナオ様を...」
「大丈夫だよ、この通り怪我もしてないから」
「でも、でも!私は...ナオ様を殺そうとした...。ナオ様は私を助けてくれたのに」
「ルーン」
「ナオ様は私に名前をくれました。ナオ様は私に楽しい話をいっぱいしてくれました。ナオ様は私を助けると言って安心させてくれました。そしてその通り、私の命を助けてくれた」
「ルーン」

 ナオ様は私を責めることはしなかった。
 むしろ、私自身の呵責と悲しみを取り除こうとしていた。
 でも私は泣きながら自分を責め続けた。自分を止められなかった。

「そんなナオ様に対して...私は殺そうとしました。私は...目に入る者すべてを殺さないと止まらない獣なんです...!呪われた獣なんです!!」

 どれだけ叫んでも、ナオ様に対する申し訳ない気持ちが止められず、泣きながら謝り続ける。

「ナオ様...ごめんなさい...。ごめんなさい。ごめんなさい」

 とめどなく悔悟の情が溢れる。
 とにかくナオ様に謝らないといけない。

「うわあぁぁぁん...。ナオ様ああぁぁぁごめんなさい...」

 しかし、そんな私を。
 ナオ様はギュッと強く抱きしめてくれた。

 泣きじゃくる幼い子供を安心させるように。

「ルーン」

 私は驚いて、泣き叫ぶ勢いを落とす。

 ナオ様...私を抱きしめてくれた...。

 ナオ様がタオルを取り、私の顔を上げる。
 涙と鼻水とでぐしゃぐしゃになった私の顔を、丁寧に拭いてくれた。
 ナオ様は私の肩に手を置いて、じっと私の目をみつめる。

「ルーン、よく聞け」
「うっ...はい...」

 ナオ様の言葉に、感情を落ち着かせようと努める。
 辺りは変わらず波の音がザザーンと響いている。
 ナオ様は優しく語り出す。

「俺はルーンと約束をしたな、俺がルーンを止めるって」
「う...ぐすっ...、はい...」
「そしてその通り、俺はルーンを止めた。俺だけの力で止めた」
「はい...」
「だから俺はもうルーンをいつでも止められる。ルーンを怖いと思ったことは一度も無い、これから先もだ」
「はい...」
「そんな俺だから、ルーン。お前に対して言わないといけないことがある」
「はい...」

 波はどこまでも繰り返していた。
 私の心の中の自責をかき消すように、ザザーンと音を鳴らせて響かせる。

 ナオ様は私の目をじっと見つめたまま、逸らさない。

「ルーン。お前は呪われた獣なんかじゃない」
「...」
「お前はただの...可愛い女の子だよ」
「ナオ様...!」

 私は驚きのあまり、何も考えられなかった。
 ずっと自分を責めていた。ずっと自分自身を呪っていた。
 私自身の手で殺したのは、私を助けてくれた人。
 そして先ほども同じことを繰り返そうとしていた。
 そんな私を、止めてくれた人。

 ナオ様...。

 命を懸けて私を止めてくれた人。
 命を懸けて私を助けてくれた人。
 そのナオ様から、自分はただの女の子だと言われた。
 呪われた祝福の力を持つ獣ではなく、ただの可愛い女の子だと。

 ナオ様...!

 また目が熱くなり、涙が溢れ出してくる。
 ただの女の子だと認められた嬉しさで叫び出す前に、ナオ様はまた私をギュッと抱きしめる。
 私はナオ様に抱きしめられても、いや、抱きしめられたことで、より一層大きな声で大切な人の名前を叫んでいた。
 繰り返し、名前を呼んでいた。

「ナオ様...!ナオ様!ナオ様!ナオ様ああああ!!!」

 私はずっとナオ様の胸で泣いていた。
 自責の念はまだあった。しかしそれよりもナオ様に対する感謝と、ナオ様に認めてもらった歓喜の想いで涙が止まらなかった。
 溢れ出す感情を止められなかったが、ナオ様はそんな私を止めようとはしなかった。
 波は変わらずに鳴っていた。

 どれくらい泣き続けただろうか、しばらく泣いた後で私は落ち着きを取り戻していた。
 涙は止まっている。

 ナオ様...。

 私を怖くないと言ってくれた人。
 私の呪われた力を止めてくれた人。
 命を懸けて私を救ってくれた人。
 私をただの女の子だと認めてくれた人。

 私にお兄ちゃんがいたら、こんな感じなのかな...。
 ナオ様...私の大切な人。

 ナオ様はまたタオルを取り出して、声をかけてくれた。

「ルーン、顔を上げて。可愛い顔をちゃんと綺麗にしないと」
「...っ!」

 私はナオ様の胸の中で、先ほどのことを思い出して、急に恥ずかしさが込み上げて来た。

 またナオ様にあんな顔を...。
 だめ、見せられない...。

 顔が熱くなっていくのがわかった。
 なんとか声を出してナオ様に伝える。

「あの...貸してください。自分で...やります...から」
「わかった」

 ナオ様はタオルを手渡してくれた。受け取ってすぐにナオ様の胸を拭く。
 それから自分の顔を拭いていると、ナオ様が優しく話しかける。

「ルーンは可愛いな、妹がいたらこんな感じだったのかな?」

 ナオ様も同じような気持ちだったのかと、私は嬉しくなって答えていた。

「...ナオ様。私もナオ様のこと、お兄ちゃんみたいに思ってます」
「じゃあ俺もルーンのことを可愛い妹だと思うようにする」
「あの...じゃあ『お兄ちゃん』って呼んでいいですか?」
「ああ、もちろん。ただし敬語は禁止だ」
「はい...わかり」

 いけない、敬語は禁止って言われたんだった。
 もうお兄ちゃんなんだから敬語は変だよね。

「わかった。お兄ちゃん」

 それを聞いてナオ様は嬉しそうに答える。

「ルーンは可愛いなぁ...」
「お兄ちゃん...」

 お兄ちゃんは私を優しく抱きしめる。
 可愛いって言ってくれたお兄ちゃん。
 嬉しさと恥ずかしさで、お兄ちゃんの胸に埋めたままの顔が、また熱くなっていた。

 ナオ様...、お兄ちゃん...。
 私の大切な人。

 私はお兄ちゃんの為に生きよう。
 お兄ちゃんを守り、お兄ちゃんの役に立つように生きよう。

 お兄ちゃん...。私の好きな人。
 好きです...お兄ちゃん。

 私は自分の気持ちをはっきりと理解した。
 お兄ちゃんが好きだという気持ち。
 認識すると一層恥ずかしくなり、お兄ちゃんの顔が見れなかった。
 どきどきと胸の鼓動が大きくなっている。
 お兄ちゃんに聞かれないかと気になっていた。

 どうしよう...恥ずかしくてお兄ちゃんの顔が見られない。
 でも、お兄ちゃんの胸...あったかい。

 私はお兄ちゃんの腕の中で、幸せな気持ちで一杯だった。
 その時、ふとお兄ちゃんが呟いた。

「『狂戦士』...か」

 私はどきりとして、無意識に体が震えていた。
 自分の呪われた祝福の力、その名前をお兄ちゃんが呟いていた。

 ど、どうしてお兄ちゃんが私の祝福を...?

 お兄ちゃんのことが好き。
 お兄ちゃんの胸の中でそう認識したことで幸せな気分だったが、今はもうその気持ちは吹き飛んでいた。
 腕の中にいる私が震えていたことに気づいたお兄ちゃんが、怪訝そうに私に聞く。

「ルーン?」
「...お兄ちゃん、どうして私の祝福の力を知ってるの?」
「祝福?」
「うん...私が受けた祝福の力は『狂戦士』」
「...」

 私は顔を上げてお兄ちゃんを見る。
 お兄ちゃんはじっと黙って何かを考えているようだった。

 お兄ちゃんは...私のことをなんでも知っているのかな?

 牢屋にいる時からお兄ちゃんは不思議だった。
 牢屋を開けるカギを持っていた。
 3人の男が来ることを知っていた。
 長身の男が槍で突くことを読んでいた。

 強くて優しくて、不思議なお兄ちゃん...。
 私はそんなお兄ちゃんが好き。

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