あいばな開花 ~異世界で愛の花を咲かせます~

だいなも

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第一章 狼の少女

19.海岸

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 俺は意識を失ったルーンをお姫様抱っこで抱える。

 まずは...この部屋から出るか。

 3人の男の死体とパーツが散乱し、おびただしいほどの血液が辺り一面を汚している。
 こんな部屋にルーンを残したくない。

 すぐにルーンと一緒に部屋を出て、しばらく歩き、倉庫に入る。
 前回入った時に見つけたタオルや水を使い、ルーンの体を綺麗にしてやる。
 そしてバスタオルの上にルーンを寝かせ、深く呼吸する。

「はぁ~~~~。なんとかなったな」
「ルーン、お前を守ることができたよ」
「俺を信じてくれて、力を使ってくれて、ありがとな」

 目を閉じているルーンに声をかけた。
 俺は勢いよく腰を下ろそうとして、銅板がつっかえていることに気が付いた。ヒモを外そうとしたら、カギが銅板に落ちて音がする。

 あっ、他の奴隷のこと忘れてた。
 まあ襲い掛かって来るやつはいないだろうが、念のためナイフを隠し持っておくか。
 ルーンは...ここに寝かせておくか。

 ルーンを置いて行くことに一瞬不安を覚えたが、もうあの3人は死んでいる。
 俺はナイフを懐に隠し持ち、倉庫の中にある果物や水を大きなカゴに入れて、倉庫から出る。
 扉を開錠し、まっすぐ歩いて牢屋の部屋を目指す。

 部屋に入ると、すぐ右の牢屋から声がした。

「あのっ、何があったんですか?」

 ルーンと同じくらいの女の子だ。所長が言ってた二人とはこの娘のことだろう。
 俺は黙って牢屋まで近づく。
 女の子はビクッとして、壁まで後ずさった。

「怖がらせてごめんね、あの3人は俺が殺した。君はもう奴隷じゃない、自由だよ」

 そう言って開錠し、扉を大きく開ける。
 女の子は俺をじっと見ている、すぐには信じられないようだ。

「そこに果物と水がいっぱいあるから、好きなだけ食べてね」

 俺はそれだけ言って、次の牢に移動する。
 女の子は俺が移動したのを見た後で、おずおずと牢屋から出る。
 少し躊躇っていたが、水をごくごくと飲みだした。
 俺はそれを見て安堵し、次の牢にいる者に話かける。
 中にいたのは獣人族の女の人だった、疲れたような顔をしている。

「あの3人は俺が殺した、あなたはもう奴隷じゃない。自由です」

 同じことを言って開錠し、開放する。

 そのまま後の二人にも同じことをした。
 3人目は獣人族の男、4人目も獣人族の男だったが、3人目より年を取っていた。

 しかし、獣人族は見ただけでは何歳かわからんな、寿命はエルフの半分くらいはあるらしいが。

 4人はカゴにあった果物を食べ、水を飲んでいた。
 俺が近づくと4人は立ち上がり、俺に向かって頭を下げ、各々お礼の言葉を述べた。
 俺はそんな4人に声をかける。

「しばらくは森を抜けてすぐの海岸にいます。何かあったら声をかけてください。あと、この道をまっすぐ行った先に部屋があります。倉庫の扉を開けておきますから、治療薬や衣類など自由に使ってください」

 それだけ言い、ルーンの元に行こうとした俺に、女の子が声をかける。

「あのっ!」
「うん?なに?」
「あの...助けてくれてありがとう」
「うん、繰り返し言うけど、君はもう奴隷じゃない。今はもう自由だ」
「はい...」

 女の子はまだ何か言いたそうだったが、俺は背を向けて倉庫に向かって歩き出した。
 俺は奴隷を使うやつを心底嫌っている。
 まあそういうプレイで一時的に奴隷になりきって楽しむ、ということならいいが。
 人をモノのように扱い、ゴミのように扱い、躊躇なく壊す。
 俺に力があれば、そういうやつらを根絶やしにしたい。
 だからか、女の子には俺の気持ちを押し付けるように、「君はもう奴隷じゃない」と繰り返し言ってしまった。

 まあいいか、事実だし。

 外の海岸に行くと言ったのは、単純にこの洞穴にいたくなかったからだ。
 ルーンをここに置いておきたくなかった。
 だから俺はルーンがいる倉庫に戻り、また大きいカゴに干し肉やらパンやら果物やら水やらを詰める。大きいタオルも適当に詰める。そしてルーンを背負い、カゴを持って洞穴を出た。

 辺りは真っ暗だった、夜の10時くらいだろうか。
 ルーンを背に乗せ、森を歩いている。
 ルーンはまだ起きない。

 ...。
 ミミズクのような鳴き声と、波の音が聞こえる。

 森には猛禽類でもいるのか?
 バーンズフォレストみたいに狩りができたらいいなぁ。

 すぐに海岸に出る。
 ザザーンと、波が鳴る。
 大きめのタオルを砂浜にひいて、ルーンを横たえる。
 そのすぐ横に座り。傍にカゴを置く。
 カゴから干し肉と水の入った小さい樽を出す。
 水をゴクゴクと飲み、干し肉をむしゃむしゃと食べながらルーンを見る。

 うまいなこの肉。
 もっと食うか。

 カゴに手を突っ込んでもう1枚取り出す。
 またむしゃむしゃと食う。

 これはうまい。
 もう1枚...。
 いかん、ルーンの分も残しておかねば。

 水をゴクゴクと飲んで、果物に手を伸ばす。
 リンゴをシャリシャリと食べながら、空を見上げる。
 星が空いっぱいに広がっている。
 綺麗だった。
 幻想的な光景があった。
 しばらく空を眺めていると、ルーンが動き出した。

「う...あ...あれ...?」
「ルーン、おはよう」

 俺の声に、ルーンは上体を起こし、辺りを見回す。
 俺を見つけると、

「あの、ナオ様ここは?」
「洞穴を出て、森を抜けて、海岸まで戻ってきたんだ」
「わたし...どうして...?」
「覚えてない?ルーンのおかげで助かったんだよ」
「私の...?あっ!」

 ルーンは、はっとした顔をして、すぐに悲しげな顔する。
 そして、俺と目を合わせようとせず、後ろを向いてしまう。

「私...ナオ様を...」
「大丈夫だよ、この通り怪我もしてないから」
「でも、でも!私は...ナオ様を殺そうとした...。ナオ様は私を助けてくれたのに」
「ルーン」
「ナオ様は私に名前をくれました。ナオ様は私に楽しい話をいっぱいしてくれました。ナオ様は私を助けると言って安心させてくれました。そしてその通り、私の命を助けてくれた」
「ルーン」

 もういい、とばかりに呼び続けるが、ルーンは止まらない。
 涙声になって、感情的になって、続ける。

「そんなナオ様に対して...私は殺そうとしました。私は...目に入る者すべてを殺さないと止まらない獣なんです...!呪われた獣なんです!!」

 ルーンは止まらなかった。泣きながら謝り続ける。

「ナオ様...ごめんなさい...。ごめんなさい。ごめんなさい」

 ルーンは後ろを向いたまま、わんわんと泣いている。
 両手を目にあて、叫ぶように泣いている。

「うわあぁぁぁん...。ナオ様ああぁぁぁごめんなさい...」

 おそらく、この島に来る前もあの力で誰かを殺してしまったんだろう。
 ルーンが抱えていた悲しい過去が、今、堰を切ったように自分自身を責めているのかもしれない。
 俺は我慢できなかった。
 我慢できずにルーンを後ろから抱きしめた。

「ルーン」

 俺はそう言って、ひときわ強くルーンを抱きしめる。
 俺の力に反応したルーンが、泣きじゃくる勢いを落とす。
 俺はルーンを自分に振り向かせる。勢いは落ちたが、ルーンはまだ泣いている。
 カゴからタオルを掴み取り、ぐしゃぐしゃになったルーンの顔を丁寧に拭く。

 そして、ルーンの目を見て、ルーンの両肩に手を置いて、はっきりと告げる。

「ルーン、よく聞け」
「うっ...はい...」

 まだ少し泣いていたが、俺の言葉に返事する。

 俺たちの傍では、変わらず波の音がザザーンと響いている。
 空には満天の星。

「俺はルーンと約束をしたな、俺がルーンを止めるって」
「う...ぐすっ...、はい...」
「そしてその通り、俺はルーンを止めた。俺だけの力で止めた」
「はい...」
「だから俺はもうルーンをいつでも止められる。ルーンを怖いと思ったことは一度も無い、これから先もだ」
「はい...」
「そんな俺だから、ルーン。お前に対して言わないといけないことがある」
「はい...」

 波はどこまでも繰り返している。
 ザザーンと音を鳴らせて繰り返している。

 俺はルーンの目をじっと見つめたまま、逸らさない。

「ルーン。お前は呪われた獣なんかじゃない」
「...」
「お前はただの...可愛い女の子だよ」
「ナオ様...!」

 ルーンはすぐに目を見開いて、信じられないというような、驚愕の顔をしていた。
 しかし、その目に涙を浮かべ、すぐに泣き顔に変わる。
 俺は泣きだす前のルーンをぎゅっと抱きしめた。
 今度の涙はさっきと違うことはわかっている。

「ナオ様...!ナオ様!ナオ様!ナオ様ああああ!!!」

 ルーンが俺の胸に顔を埋め、泣きじゃくる。
 俺は好きなだけそうさせてやる。
 先ほどと同じ勢いで、わんわんと泣いている。
 しかし、俺は止めようとはしなかった。

「うわああぁぁぁぁぁぁん!ナオ様ああああぁぁぁぁぁぁ!」

 ルーンの鳴き声は、波の音をかき消すかのようだった。

 30分ほどだろうか、ルーンはずっと俺の胸で泣いていた。
 俺はずっとルーンを抱きしめていた。

 ルーンはずっと苦しんでたんだな。
 俺なんかの胸でよかったら24時間使っていいぞ。

 落ち着いてきたのだろうか、ルーンは勢いを落として泣き止んでいる。
 俺は、片腕でルーンを抱いたまま、カゴをゴソゴソと漁る。
 そしてタオルを出し。ルーンに話かける。

「ルーン、顔を上げて。可愛い顔をちゃんと綺麗にしないと」
「...っ!」

 俺の胸に顔を埋めている為、表情は見えない。
 しかし顔を真っ赤にしていることはわかった。
 耳まで赤くなっている。
 呟くようにルーンは言う。

「あの...貸してください。自分で...やります...から」
「わかった」

 俺はタオルを手渡してやる。ルーンは俺の胸から顔を外すと、まずは俺の胸をタオルで拭き、それから器用に自分の顔を拭いていた。
 俺はそれを眺めていたが、可愛い仕草につい声をかけてしまう。

「ルーンは可愛いな、妹がいたらこんな感じだったのかな?」
「...ナオ様。私もナオ様のこと、お兄ちゃんみたいに思ってます」
「じゃあ俺もルーンのことを可愛い妹だと思うようにする」
「あの...じゃあ『お兄ちゃん』って呼んでいいですか?」
「ああ、もちろん。ただし敬語は禁止だ」
「はい...わかり」

 とさっそく敬語を使ってしまったルーンが言い直す。

「わかった。お兄ちゃん」

 それを聞いた俺は、またつい感想を言葉に出してしまった。

「ルーンは可愛いなぁ...」
「お兄ちゃん...」

 顔を赤くして、ルーンは恥ずかしがるように、胸から顔を外さない。
 その時、ふと聞いたことのあるような音が、頭の中に響く。
 シャランッと鈴のような音が鳴った。

 なんだこの音?
 どっかで聞いたことあるような...。
 なんだっけか。

 俺は記憶を探り、思い当たる。

 あ、あの時の夢だ。

 『開花』という言葉が思い浮かぶ。

 しかし、いったい何を開花させるんだ?
 開花させて何が起こる?だいたい肝心の花はどこにある?

 何もわからないまま、再び『開花』を意識すると...。

 花があった。
 いや、これは花というより蕾か?
 若干咲いている蕾、が正しい表現だな。

 そこには真っ黒だった木製の枠の中に、左上に一輪の白い花というか、蕾があった。
 一分咲き、というのだろうか、少しだけ咲いた花がある。

 これはなんという花だろう。
 俺は花屋でも学者でもないのでわからん。
 まあ何の花かはどうでもいい、この花がここにあることで何が起きるか、が問題だな。
 前見た時に枠の中は真っ黒だったはずだ。
 それがいつのまにか花がある。
 なんで花が突然出てきたんだ?何かの条件を満たしたのか?
 ...わからん。

 ふと、今度は白い花そのものに意識を集中する。
 すると...
 白い花に重なるように文字が、
 花の下に文字が、
 二つの文字が出る。

 白い花に重なるように『ルーン』の文字
 白い花の下には『狂戦士』の文字

 ...ルーン?
 ルーンの花?狂戦士の花?
 この花が出て来たのはルーンと関係があるのか?
 それにしても...。

 タオルで念入りにゴシゴシと顔を拭いていたルーンを腕におさめながら、俺は言葉に出してしまった。

「『狂戦士』...か」

 ルーンのあの変化、狂戦士という表現がぴったりだな、ただの偶然か?

 と考えていると、ルーンが僅かに震えているのがわかった。

「ルーン?」
「...お兄ちゃん、どうして私の祝福の力を知ってるの?」
「祝福?」
「うん...私が受けた祝福の力は『狂戦士』」
「...」

 確かこの世界は、稀に神々から祝福を受ける者がいる。
 祝福は特異な力だったはずだ。

 ルーンは神々の祝福の受けている。
 俺は脳裏に一つの可能性を思い浮かべていた。

 もしや...この『開花』というのは、俺に与えられた祝福なのか?

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