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第一章 狼の少女
19.海岸
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俺は意識を失ったルーンをお姫様抱っこで抱える。
まずは...この部屋から出るか。
3人の男の死体とパーツが散乱し、おびただしいほどの血液が辺り一面を汚している。
こんな部屋にルーンを残したくない。
すぐにルーンと一緒に部屋を出て、しばらく歩き、倉庫に入る。
前回入った時に見つけたタオルや水を使い、ルーンの体を綺麗にしてやる。
そしてバスタオルの上にルーンを寝かせ、深く呼吸する。
「はぁ~~~~。なんとかなったな」
「ルーン、お前を守ることができたよ」
「俺を信じてくれて、力を使ってくれて、ありがとな」
目を閉じているルーンに声をかけた。
俺は勢いよく腰を下ろそうとして、銅板がつっかえていることに気が付いた。ヒモを外そうとしたら、カギが銅板に落ちて音がする。
あっ、他の奴隷のこと忘れてた。
まあ襲い掛かって来るやつはいないだろうが、念のためナイフを隠し持っておくか。
ルーンは...ここに寝かせておくか。
ルーンを置いて行くことに一瞬不安を覚えたが、もうあの3人は死んでいる。
俺はナイフを懐に隠し持ち、倉庫の中にある果物や水を大きなカゴに入れて、倉庫から出る。
扉を開錠し、まっすぐ歩いて牢屋の部屋を目指す。
部屋に入ると、すぐ右の牢屋から声がした。
「あのっ、何があったんですか?」
ルーンと同じくらいの女の子だ。所長が言ってた二人とはこの娘のことだろう。
俺は黙って牢屋まで近づく。
女の子はビクッとして、壁まで後ずさった。
「怖がらせてごめんね、あの3人は俺が殺した。君はもう奴隷じゃない、自由だよ」
そう言って開錠し、扉を大きく開ける。
女の子は俺をじっと見ている、すぐには信じられないようだ。
「そこに果物と水がいっぱいあるから、好きなだけ食べてね」
俺はそれだけ言って、次の牢に移動する。
女の子は俺が移動したのを見た後で、おずおずと牢屋から出る。
少し躊躇っていたが、水をごくごくと飲みだした。
俺はそれを見て安堵し、次の牢にいる者に話かける。
中にいたのは獣人族の女の人だった、疲れたような顔をしている。
「あの3人は俺が殺した、あなたはもう奴隷じゃない。自由です」
同じことを言って開錠し、開放する。
そのまま後の二人にも同じことをした。
3人目は獣人族の男、4人目も獣人族の男だったが、3人目より年を取っていた。
しかし、獣人族は見ただけでは何歳かわからんな、寿命はエルフの半分くらいはあるらしいが。
4人はカゴにあった果物を食べ、水を飲んでいた。
俺が近づくと4人は立ち上がり、俺に向かって頭を下げ、各々お礼の言葉を述べた。
俺はそんな4人に声をかける。
「しばらくは森を抜けてすぐの海岸にいます。何かあったら声をかけてください。あと、この道をまっすぐ行った先に部屋があります。倉庫の扉を開けておきますから、治療薬や衣類など自由に使ってください」
それだけ言い、ルーンの元に行こうとした俺に、女の子が声をかける。
「あのっ!」
「うん?なに?」
「あの...助けてくれてありがとう」
「うん、繰り返し言うけど、君はもう奴隷じゃない。今はもう自由だ」
「はい...」
女の子はまだ何か言いたそうだったが、俺は背を向けて倉庫に向かって歩き出した。
俺は奴隷を使うやつを心底嫌っている。
まあそういうプレイで一時的に奴隷になりきって楽しむ、ということならいいが。
人をモノのように扱い、ゴミのように扱い、躊躇なく壊す。
俺に力があれば、そういうやつらを根絶やしにしたい。
だからか、女の子には俺の気持ちを押し付けるように、「君はもう奴隷じゃない」と繰り返し言ってしまった。
まあいいか、事実だし。
外の海岸に行くと言ったのは、単純にこの洞穴にいたくなかったからだ。
ルーンをここに置いておきたくなかった。
だから俺はルーンがいる倉庫に戻り、また大きいカゴに干し肉やらパンやら果物やら水やらを詰める。大きいタオルも適当に詰める。そしてルーンを背負い、カゴを持って洞穴を出た。
辺りは真っ暗だった、夜の10時くらいだろうか。
ルーンを背に乗せ、森を歩いている。
ルーンはまだ起きない。
...。
ミミズクのような鳴き声と、波の音が聞こえる。
森には猛禽類でもいるのか?
バーンズフォレストみたいに狩りができたらいいなぁ。
すぐに海岸に出る。
ザザーンと、波が鳴る。
大きめのタオルを砂浜にひいて、ルーンを横たえる。
そのすぐ横に座り。傍にカゴを置く。
カゴから干し肉と水の入った小さい樽を出す。
水をゴクゴクと飲み、干し肉をむしゃむしゃと食べながらルーンを見る。
うまいなこの肉。
もっと食うか。
カゴに手を突っ込んでもう1枚取り出す。
またむしゃむしゃと食う。
これはうまい。
もう1枚...。
いかん、ルーンの分も残しておかねば。
水をゴクゴクと飲んで、果物に手を伸ばす。
リンゴをシャリシャリと食べながら、空を見上げる。
星が空いっぱいに広がっている。
綺麗だった。
幻想的な光景があった。
しばらく空を眺めていると、ルーンが動き出した。
「う...あ...あれ...?」
「ルーン、おはよう」
俺の声に、ルーンは上体を起こし、辺りを見回す。
俺を見つけると、
「あの、ナオ様ここは?」
「洞穴を出て、森を抜けて、海岸まで戻ってきたんだ」
「わたし...どうして...?」
「覚えてない?ルーンのおかげで助かったんだよ」
「私の...?あっ!」
ルーンは、はっとした顔をして、すぐに悲しげな顔する。
そして、俺と目を合わせようとせず、後ろを向いてしまう。
「私...ナオ様を...」
「大丈夫だよ、この通り怪我もしてないから」
「でも、でも!私は...ナオ様を殺そうとした...。ナオ様は私を助けてくれたのに」
「ルーン」
「ナオ様は私に名前をくれました。ナオ様は私に楽しい話をいっぱいしてくれました。ナオ様は私を助けると言って安心させてくれました。そしてその通り、私の命を助けてくれた」
「ルーン」
もういい、とばかりに呼び続けるが、ルーンは止まらない。
涙声になって、感情的になって、続ける。
「そんなナオ様に対して...私は殺そうとしました。私は...目に入る者すべてを殺さないと止まらない獣なんです...!呪われた獣なんです!!」
ルーンは止まらなかった。泣きながら謝り続ける。
「ナオ様...ごめんなさい...。ごめんなさい。ごめんなさい」
ルーンは後ろを向いたまま、わんわんと泣いている。
両手を目にあて、叫ぶように泣いている。
「うわあぁぁぁん...。ナオ様ああぁぁぁごめんなさい...」
おそらく、この島に来る前もあの力で誰かを殺してしまったんだろう。
ルーンが抱えていた悲しい過去が、今、堰を切ったように自分自身を責めているのかもしれない。
俺は我慢できなかった。
我慢できずにルーンを後ろから抱きしめた。
「ルーン」
俺はそう言って、ひときわ強くルーンを抱きしめる。
俺の力に反応したルーンが、泣きじゃくる勢いを落とす。
俺はルーンを自分に振り向かせる。勢いは落ちたが、ルーンはまだ泣いている。
カゴからタオルを掴み取り、ぐしゃぐしゃになったルーンの顔を丁寧に拭く。
そして、ルーンの目を見て、ルーンの両肩に手を置いて、はっきりと告げる。
「ルーン、よく聞け」
「うっ...はい...」
まだ少し泣いていたが、俺の言葉に返事する。
俺たちの傍では、変わらず波の音がザザーンと響いている。
空には満天の星。
「俺はルーンと約束をしたな、俺がルーンを止めるって」
「う...ぐすっ...、はい...」
「そしてその通り、俺はルーンを止めた。俺だけの力で止めた」
「はい...」
「だから俺はもうルーンをいつでも止められる。ルーンを怖いと思ったことは一度も無い、これから先もだ」
「はい...」
「そんな俺だから、ルーン。お前に対して言わないといけないことがある」
「はい...」
波はどこまでも繰り返している。
ザザーンと音を鳴らせて繰り返している。
俺はルーンの目をじっと見つめたまま、逸らさない。
「ルーン。お前は呪われた獣なんかじゃない」
「...」
「お前はただの...可愛い女の子だよ」
「ナオ様...!」
ルーンはすぐに目を見開いて、信じられないというような、驚愕の顔をしていた。
しかし、その目に涙を浮かべ、すぐに泣き顔に変わる。
俺は泣きだす前のルーンをぎゅっと抱きしめた。
今度の涙はさっきと違うことはわかっている。
「ナオ様...!ナオ様!ナオ様!ナオ様ああああ!!!」
ルーンが俺の胸に顔を埋め、泣きじゃくる。
俺は好きなだけそうさせてやる。
先ほどと同じ勢いで、わんわんと泣いている。
しかし、俺は止めようとはしなかった。
「うわああぁぁぁぁぁぁん!ナオ様ああああぁぁぁぁぁぁ!」
ルーンの鳴き声は、波の音をかき消すかのようだった。
30分ほどだろうか、ルーンはずっと俺の胸で泣いていた。
俺はずっとルーンを抱きしめていた。
ルーンはずっと苦しんでたんだな。
俺なんかの胸でよかったら24時間使っていいぞ。
落ち着いてきたのだろうか、ルーンは勢いを落として泣き止んでいる。
俺は、片腕でルーンを抱いたまま、カゴをゴソゴソと漁る。
そしてタオルを出し。ルーンに話かける。
「ルーン、顔を上げて。可愛い顔をちゃんと綺麗にしないと」
「...っ!」
俺の胸に顔を埋めている為、表情は見えない。
しかし顔を真っ赤にしていることはわかった。
耳まで赤くなっている。
呟くようにルーンは言う。
「あの...貸してください。自分で...やります...から」
「わかった」
俺はタオルを手渡してやる。ルーンは俺の胸から顔を外すと、まずは俺の胸をタオルで拭き、それから器用に自分の顔を拭いていた。
俺はそれを眺めていたが、可愛い仕草につい声をかけてしまう。
「ルーンは可愛いな、妹がいたらこんな感じだったのかな?」
「...ナオ様。私もナオ様のこと、お兄ちゃんみたいに思ってます」
「じゃあ俺もルーンのことを可愛い妹だと思うようにする」
「あの...じゃあ『お兄ちゃん』って呼んでいいですか?」
「ああ、もちろん。ただし敬語は禁止だ」
「はい...わかり」
とさっそく敬語を使ってしまったルーンが言い直す。
「わかった。お兄ちゃん」
それを聞いた俺は、またつい感想を言葉に出してしまった。
「ルーンは可愛いなぁ...」
「お兄ちゃん...」
顔を赤くして、ルーンは恥ずかしがるように、胸から顔を外さない。
その時、ふと聞いたことのあるような音が、頭の中に響く。
シャランッと鈴のような音が鳴った。
なんだこの音?
どっかで聞いたことあるような...。
なんだっけか。
俺は記憶を探り、思い当たる。
あ、あの時の夢だ。
『開花』という言葉が思い浮かぶ。
しかし、いったい何を開花させるんだ?
開花させて何が起こる?だいたい肝心の花はどこにある?
何もわからないまま、再び『開花』を意識すると...。
花があった。
いや、これは花というより蕾か?
若干咲いている蕾、が正しい表現だな。
そこには真っ黒だった木製の枠の中に、左上に一輪の白い花というか、蕾があった。
一分咲き、というのだろうか、少しだけ咲いた花がある。
これはなんという花だろう。
俺は花屋でも学者でもないのでわからん。
まあ何の花かはどうでもいい、この花がここにあることで何が起きるか、が問題だな。
前見た時に枠の中は真っ黒だったはずだ。
それがいつのまにか花がある。
なんで花が突然出てきたんだ?何かの条件を満たしたのか?
...わからん。
ふと、今度は白い花そのものに意識を集中する。
すると...
白い花に重なるように文字が、
花の下に文字が、
二つの文字が出る。
白い花に重なるように『ルーン』の文字
白い花の下には『狂戦士』の文字
...ルーン?
ルーンの花?狂戦士の花?
この花が出て来たのはルーンと関係があるのか?
それにしても...。
タオルで念入りにゴシゴシと顔を拭いていたルーンを腕におさめながら、俺は言葉に出してしまった。
「『狂戦士』...か」
ルーンのあの変化、狂戦士という表現がぴったりだな、ただの偶然か?
と考えていると、ルーンが僅かに震えているのがわかった。
「ルーン?」
「...お兄ちゃん、どうして私の祝福の力を知ってるの?」
「祝福?」
「うん...私が受けた祝福の力は『狂戦士』」
「...」
確かこの世界は、稀に神々から祝福を受ける者がいる。
祝福は特異な力だったはずだ。
ルーンは神々の祝福の受けている。
俺は脳裏に一つの可能性を思い浮かべていた。
もしや...この『開花』というのは、俺に与えられた祝福なのか?
まずは...この部屋から出るか。
3人の男の死体とパーツが散乱し、おびただしいほどの血液が辺り一面を汚している。
こんな部屋にルーンを残したくない。
すぐにルーンと一緒に部屋を出て、しばらく歩き、倉庫に入る。
前回入った時に見つけたタオルや水を使い、ルーンの体を綺麗にしてやる。
そしてバスタオルの上にルーンを寝かせ、深く呼吸する。
「はぁ~~~~。なんとかなったな」
「ルーン、お前を守ることができたよ」
「俺を信じてくれて、力を使ってくれて、ありがとな」
目を閉じているルーンに声をかけた。
俺は勢いよく腰を下ろそうとして、銅板がつっかえていることに気が付いた。ヒモを外そうとしたら、カギが銅板に落ちて音がする。
あっ、他の奴隷のこと忘れてた。
まあ襲い掛かって来るやつはいないだろうが、念のためナイフを隠し持っておくか。
ルーンは...ここに寝かせておくか。
ルーンを置いて行くことに一瞬不安を覚えたが、もうあの3人は死んでいる。
俺はナイフを懐に隠し持ち、倉庫の中にある果物や水を大きなカゴに入れて、倉庫から出る。
扉を開錠し、まっすぐ歩いて牢屋の部屋を目指す。
部屋に入ると、すぐ右の牢屋から声がした。
「あのっ、何があったんですか?」
ルーンと同じくらいの女の子だ。所長が言ってた二人とはこの娘のことだろう。
俺は黙って牢屋まで近づく。
女の子はビクッとして、壁まで後ずさった。
「怖がらせてごめんね、あの3人は俺が殺した。君はもう奴隷じゃない、自由だよ」
そう言って開錠し、扉を大きく開ける。
女の子は俺をじっと見ている、すぐには信じられないようだ。
「そこに果物と水がいっぱいあるから、好きなだけ食べてね」
俺はそれだけ言って、次の牢に移動する。
女の子は俺が移動したのを見た後で、おずおずと牢屋から出る。
少し躊躇っていたが、水をごくごくと飲みだした。
俺はそれを見て安堵し、次の牢にいる者に話かける。
中にいたのは獣人族の女の人だった、疲れたような顔をしている。
「あの3人は俺が殺した、あなたはもう奴隷じゃない。自由です」
同じことを言って開錠し、開放する。
そのまま後の二人にも同じことをした。
3人目は獣人族の男、4人目も獣人族の男だったが、3人目より年を取っていた。
しかし、獣人族は見ただけでは何歳かわからんな、寿命はエルフの半分くらいはあるらしいが。
4人はカゴにあった果物を食べ、水を飲んでいた。
俺が近づくと4人は立ち上がり、俺に向かって頭を下げ、各々お礼の言葉を述べた。
俺はそんな4人に声をかける。
「しばらくは森を抜けてすぐの海岸にいます。何かあったら声をかけてください。あと、この道をまっすぐ行った先に部屋があります。倉庫の扉を開けておきますから、治療薬や衣類など自由に使ってください」
それだけ言い、ルーンの元に行こうとした俺に、女の子が声をかける。
「あのっ!」
「うん?なに?」
「あの...助けてくれてありがとう」
「うん、繰り返し言うけど、君はもう奴隷じゃない。今はもう自由だ」
「はい...」
女の子はまだ何か言いたそうだったが、俺は背を向けて倉庫に向かって歩き出した。
俺は奴隷を使うやつを心底嫌っている。
まあそういうプレイで一時的に奴隷になりきって楽しむ、ということならいいが。
人をモノのように扱い、ゴミのように扱い、躊躇なく壊す。
俺に力があれば、そういうやつらを根絶やしにしたい。
だからか、女の子には俺の気持ちを押し付けるように、「君はもう奴隷じゃない」と繰り返し言ってしまった。
まあいいか、事実だし。
外の海岸に行くと言ったのは、単純にこの洞穴にいたくなかったからだ。
ルーンをここに置いておきたくなかった。
だから俺はルーンがいる倉庫に戻り、また大きいカゴに干し肉やらパンやら果物やら水やらを詰める。大きいタオルも適当に詰める。そしてルーンを背負い、カゴを持って洞穴を出た。
辺りは真っ暗だった、夜の10時くらいだろうか。
ルーンを背に乗せ、森を歩いている。
ルーンはまだ起きない。
...。
ミミズクのような鳴き声と、波の音が聞こえる。
森には猛禽類でもいるのか?
バーンズフォレストみたいに狩りができたらいいなぁ。
すぐに海岸に出る。
ザザーンと、波が鳴る。
大きめのタオルを砂浜にひいて、ルーンを横たえる。
そのすぐ横に座り。傍にカゴを置く。
カゴから干し肉と水の入った小さい樽を出す。
水をゴクゴクと飲み、干し肉をむしゃむしゃと食べながらルーンを見る。
うまいなこの肉。
もっと食うか。
カゴに手を突っ込んでもう1枚取り出す。
またむしゃむしゃと食う。
これはうまい。
もう1枚...。
いかん、ルーンの分も残しておかねば。
水をゴクゴクと飲んで、果物に手を伸ばす。
リンゴをシャリシャリと食べながら、空を見上げる。
星が空いっぱいに広がっている。
綺麗だった。
幻想的な光景があった。
しばらく空を眺めていると、ルーンが動き出した。
「う...あ...あれ...?」
「ルーン、おはよう」
俺の声に、ルーンは上体を起こし、辺りを見回す。
俺を見つけると、
「あの、ナオ様ここは?」
「洞穴を出て、森を抜けて、海岸まで戻ってきたんだ」
「わたし...どうして...?」
「覚えてない?ルーンのおかげで助かったんだよ」
「私の...?あっ!」
ルーンは、はっとした顔をして、すぐに悲しげな顔する。
そして、俺と目を合わせようとせず、後ろを向いてしまう。
「私...ナオ様を...」
「大丈夫だよ、この通り怪我もしてないから」
「でも、でも!私は...ナオ様を殺そうとした...。ナオ様は私を助けてくれたのに」
「ルーン」
「ナオ様は私に名前をくれました。ナオ様は私に楽しい話をいっぱいしてくれました。ナオ様は私を助けると言って安心させてくれました。そしてその通り、私の命を助けてくれた」
「ルーン」
もういい、とばかりに呼び続けるが、ルーンは止まらない。
涙声になって、感情的になって、続ける。
「そんなナオ様に対して...私は殺そうとしました。私は...目に入る者すべてを殺さないと止まらない獣なんです...!呪われた獣なんです!!」
ルーンは止まらなかった。泣きながら謝り続ける。
「ナオ様...ごめんなさい...。ごめんなさい。ごめんなさい」
ルーンは後ろを向いたまま、わんわんと泣いている。
両手を目にあて、叫ぶように泣いている。
「うわあぁぁぁん...。ナオ様ああぁぁぁごめんなさい...」
おそらく、この島に来る前もあの力で誰かを殺してしまったんだろう。
ルーンが抱えていた悲しい過去が、今、堰を切ったように自分自身を責めているのかもしれない。
俺は我慢できなかった。
我慢できずにルーンを後ろから抱きしめた。
「ルーン」
俺はそう言って、ひときわ強くルーンを抱きしめる。
俺の力に反応したルーンが、泣きじゃくる勢いを落とす。
俺はルーンを自分に振り向かせる。勢いは落ちたが、ルーンはまだ泣いている。
カゴからタオルを掴み取り、ぐしゃぐしゃになったルーンの顔を丁寧に拭く。
そして、ルーンの目を見て、ルーンの両肩に手を置いて、はっきりと告げる。
「ルーン、よく聞け」
「うっ...はい...」
まだ少し泣いていたが、俺の言葉に返事する。
俺たちの傍では、変わらず波の音がザザーンと響いている。
空には満天の星。
「俺はルーンと約束をしたな、俺がルーンを止めるって」
「う...ぐすっ...、はい...」
「そしてその通り、俺はルーンを止めた。俺だけの力で止めた」
「はい...」
「だから俺はもうルーンをいつでも止められる。ルーンを怖いと思ったことは一度も無い、これから先もだ」
「はい...」
「そんな俺だから、ルーン。お前に対して言わないといけないことがある」
「はい...」
波はどこまでも繰り返している。
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俺はルーンの目をじっと見つめたまま、逸らさない。
「ルーン。お前は呪われた獣なんかじゃない」
「...」
「お前はただの...可愛い女の子だよ」
「ナオ様...!」
ルーンはすぐに目を見開いて、信じられないというような、驚愕の顔をしていた。
しかし、その目に涙を浮かべ、すぐに泣き顔に変わる。
俺は泣きだす前のルーンをぎゅっと抱きしめた。
今度の涙はさっきと違うことはわかっている。
「ナオ様...!ナオ様!ナオ様!ナオ様ああああ!!!」
ルーンが俺の胸に顔を埋め、泣きじゃくる。
俺は好きなだけそうさせてやる。
先ほどと同じ勢いで、わんわんと泣いている。
しかし、俺は止めようとはしなかった。
「うわああぁぁぁぁぁぁん!ナオ様ああああぁぁぁぁぁぁ!」
ルーンの鳴き声は、波の音をかき消すかのようだった。
30分ほどだろうか、ルーンはずっと俺の胸で泣いていた。
俺はずっとルーンを抱きしめていた。
ルーンはずっと苦しんでたんだな。
俺なんかの胸でよかったら24時間使っていいぞ。
落ち着いてきたのだろうか、ルーンは勢いを落として泣き止んでいる。
俺は、片腕でルーンを抱いたまま、カゴをゴソゴソと漁る。
そしてタオルを出し。ルーンに話かける。
「ルーン、顔を上げて。可愛い顔をちゃんと綺麗にしないと」
「...っ!」
俺の胸に顔を埋めている為、表情は見えない。
しかし顔を真っ赤にしていることはわかった。
耳まで赤くなっている。
呟くようにルーンは言う。
「あの...貸してください。自分で...やります...から」
「わかった」
俺はタオルを手渡してやる。ルーンは俺の胸から顔を外すと、まずは俺の胸をタオルで拭き、それから器用に自分の顔を拭いていた。
俺はそれを眺めていたが、可愛い仕草につい声をかけてしまう。
「ルーンは可愛いな、妹がいたらこんな感じだったのかな?」
「...ナオ様。私もナオ様のこと、お兄ちゃんみたいに思ってます」
「じゃあ俺もルーンのことを可愛い妹だと思うようにする」
「あの...じゃあ『お兄ちゃん』って呼んでいいですか?」
「ああ、もちろん。ただし敬語は禁止だ」
「はい...わかり」
とさっそく敬語を使ってしまったルーンが言い直す。
「わかった。お兄ちゃん」
それを聞いた俺は、またつい感想を言葉に出してしまった。
「ルーンは可愛いなぁ...」
「お兄ちゃん...」
顔を赤くして、ルーンは恥ずかしがるように、胸から顔を外さない。
その時、ふと聞いたことのあるような音が、頭の中に響く。
シャランッと鈴のような音が鳴った。
なんだこの音?
どっかで聞いたことあるような...。
なんだっけか。
俺は記憶を探り、思い当たる。
あ、あの時の夢だ。
『開花』という言葉が思い浮かぶ。
しかし、いったい何を開花させるんだ?
開花させて何が起こる?だいたい肝心の花はどこにある?
何もわからないまま、再び『開花』を意識すると...。
花があった。
いや、これは花というより蕾か?
若干咲いている蕾、が正しい表現だな。
そこには真っ黒だった木製の枠の中に、左上に一輪の白い花というか、蕾があった。
一分咲き、というのだろうか、少しだけ咲いた花がある。
これはなんという花だろう。
俺は花屋でも学者でもないのでわからん。
まあ何の花かはどうでもいい、この花がここにあることで何が起きるか、が問題だな。
前見た時に枠の中は真っ黒だったはずだ。
それがいつのまにか花がある。
なんで花が突然出てきたんだ?何かの条件を満たしたのか?
...わからん。
ふと、今度は白い花そのものに意識を集中する。
すると...
白い花に重なるように文字が、
花の下に文字が、
二つの文字が出る。
白い花に重なるように『ルーン』の文字
白い花の下には『狂戦士』の文字
...ルーン?
ルーンの花?狂戦士の花?
この花が出て来たのはルーンと関係があるのか?
それにしても...。
タオルで念入りにゴシゴシと顔を拭いていたルーンを腕におさめながら、俺は言葉に出してしまった。
「『狂戦士』...か」
ルーンのあの変化、狂戦士という表現がぴったりだな、ただの偶然か?
と考えていると、ルーンが僅かに震えているのがわかった。
「ルーン?」
「...お兄ちゃん、どうして私の祝福の力を知ってるの?」
「祝福?」
「うん...私が受けた祝福の力は『狂戦士』」
「...」
確かこの世界は、稀に神々から祝福を受ける者がいる。
祝福は特異な力だったはずだ。
ルーンは神々の祝福の受けている。
俺は脳裏に一つの可能性を思い浮かべていた。
もしや...この『開花』というのは、俺に与えられた祝福なのか?
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元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
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