あいばな開花 ~異世界で愛の花を咲かせます~

だいなも

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第一章 狼の少女

16.ナオ様との出会い ■

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 ■ルーンの視点■


 私を乗せた船は、島に着いていた。
 しかし私は、目の前の現実よりも、昨日の出来事が頭から離れなかった。

 私はあの人たちを、この手で殺してしまった...。
 今でもはっきりと目に焼き付いている。
 私を拾って育ててくれた人。暖かい食べ物と寝床をくれた人。
 その人を、私はこの手で殺してしまった。

 自分に与えられた神々の祝福。

 あの時は、自分を育ててくれた人たちが殺されると思い、何かに縋ろうと必死だった。
 誰でもいい、なんでもいいから、助けてほしい、そう思った。
 気が付いたら、あの人たちは死んでいた。
 ただ、私がこの手で殺した記憶は残っていた。

 何が祝福なんだろう。

 自分の意志では使えない祝福の力。

 私は祝福の力で化物になった。
 こんな祝福なんかいらない。
 こんな呪われた力は二度と使いたくない。

 ナイフを持った男に促されて、船を降りて歩き出す。
 こんな幼い少女が何かをするとは思っていないのか、手は縛られていなかった。
 しかし、何かをする気力も無かった。

 これからどうなるんだろう...。

 しばらく歩くと洞穴の入り口が見えた。
 私を歩かせた男は、入り口でタバコを咥えている見張りの男と何かを話している。
 それを呆然としながら見つめる。
 見張りの男は一度洞穴に入り、すぐに別の男を連れて戻って来た。その男は長身で眼鏡をかけていた。
 どうやら私の値段の話をしているらしい。

 私はお金で買われるんだ...奴隷になるんだ...。

 値段は決まったようで、私を歩かせた男は去って行く。
 そして、長身で眼鏡の男も洞穴内に去って行った。
 残された見張りの男が、私に対して歩くように促す。
 私はまた、呆然とそれに従って洞穴内を歩き出した。

 牢屋の前まで来ると、男の子が牢屋に入っていた。
 私より2つか3つくらい年上だと思う。
 私をじっと見ている。

 私のことを化物だと思っているのかな...。

 初めて会ったので、私の祝福のことは当然知らないだろう。
 しかし、自分を見つめている少年が、見透かしているように思えてならない。
 自分を見る全ての目が怖かった。

「おい、ガキ同士仲良くしろよ」

 見張りの男は去って行った。
 牢屋には私と年上の男の子だけが残される。

 この人も...私が殺してしまうのかな。

 地面を見たままそう考える。
 と、そんな私を見かねたのか、男の子が私に話かけて来た。

「あの、とりあえず座ったら?」

 私は答えなかった。
 この人も私を怖がっているんだろう。
 いずれ私がこの手で殺してしまうんだろう。
 いや、もしかしたら私を騙してひどいことをするかもしれない...。

 不安が頭に浮かび、男の子の顔を見られずにじっと地面を見つめ続ける。
 男の子は再び話しかけてきた。

「どうぞ、開いてるよ。僕のベッドじゃないから遠慮しなくていいからね」

 男の子はそれだけ言うと、じっと黙って私を見ている。
 座らないと男の子は何度も言ってきそうなので、私はベッドに座る。
 私が座ったのを見て安心したのか、男の子は自己紹介を始める

「こんにちは。僕はナオフリートって言うんだけど、君のお名前は?」

 私はまたも答えなかった。いや、答えられなかった。

 名前...。

 祝福の力を得た時に、神々によってルナウルフという言葉を意識させられた。

 でもあれは名前じゃない...と思う。

 私が黙って俯いていると、男の子は言葉を続ける。

「えと...突然こんなところに入れられて怖いよね、僕も一緒だよ。大丈夫、僕は君に対してひどいことは絶対にしないからね」

 返事をしない私に対して、彼は言葉を続ける。
 焦りながらも、私を安心させようと声を掛けてくれているのがわかった。
 そんな彼の姿に、彼への印象が変わっていく。

「寒くない?これ使う?」

 彼はベッドの上にある布を私に差し出していた。

 私のことを気遣ってくれている。
 この人...私が怖く無いのかな。

 昨日の光景が思い浮かぶ。両腕を血でべっとりと汚した自分の姿。
 彼の優しさを見て、私は思い切って彼に聞いてみる。

「...あなたは、私が怖くないの?」

 彼はすぐに答えた。
 私に笑顔を向けて。

「ああ、怖くないよ」

 私は彼の顔を見ていた。
 突然こんなことを聞いたのに、彼は私に何も聞かずに笑顔で答えてくれた。
 私が聞きたかった言葉を、彼は言ってくれた。
 彼の答えと笑顔で、もう私の印象は変わっていた。

 この人...私が怖く無いんだ。
 それに私を安心させようと、笑顔で気遣ってくれる。
 優しい人なのかな。

 そう考えていると、彼はまた名前を聞いてきた。

「えっと、とりあえず名前を教えてくれるとありがたいんだけど、ずっと君って言うのも失礼だし」

 困った。
 しかしずっと無視を続けるわけにもいかない。

「僕はナオフリート、君のお名前は?」
「名前...」

 私はそう言って少し間を置いて、答えた。

「...ルナウルフ」
「ルナウルフ?」

 男の子はやはり疑問に思ったようだ、すぐに同じ言葉を疑問形で繰り返した。
 そしてさらに聞いてきた。

「それって名前なの?種族名じゃなくて?」
「...わからない」

 正直にそう答えると、男の子は黙ってしまった。

 やっぱり名前じゃないんだ...。
 どうしよう、私には名前が無い。

 優しくしてくれる彼に対して、自分の名前を答えられないことが悲しかった。
 そして、自分には名前が存在しないということもまた、悲しかった。

 そうだ...名前が無いなら、もらえばいい。
 この人は私に優しくしてくれる、この人に名前を付けてもらおう。

 私は意を決して、彼の顔を見て呟いた。

「名前...欲しい」

 彼は私の意図がわからなかったのか、それとも優しさからか、私に自分で名前を決めるよう促した。

「うん、名前は大事だからね。自分で好きな名前を決めたらいいよ。決めたら僕もその名前で呼ばせてもらってもいいのかな?」

 それを聞いて、私はすぐに意図を伝える。

「違う...ナオフリート様に...名前...決めてほしい」

 男の子は驚いている。
 しかし、黙って難しい顔をして何かを考えている。

 よかった...、私の名前を考えてくれているんだ。
 しばらく考えていたが、思いついたらしく、彼は私にその名前を告げた。

「決めた。君の名前は『ルーン』だ。どうかな?」

 ルーン...。

「ルーン...。ルーン...。」

 私は自然と言葉に出していた。
 私の為に考えてくれた名前。自分で名乗ることが出来る名前。
 私は嬉しくなって、硬かった表情が自然と柔らくなって、彼にお礼を言った。

「ナオフリート様...ありがとう」
「うん。あと僕は『ナオ』って呼んでくれたらいいからね、ルーン」
「うん、ナオ様...」

 ナオ様。
 私に優しくしてくれた人。
 私に名前をくれた人。

 私はナオ様のことが知りたくなった。
 この人はどんな人なんだろう。どこから来たのだろう。何をしていたのだろう。
 ナオ様は優しいから答えてくれるだろう。
 少しずつ質問すると、自然と会話が続いた。

「ナオ様はどこから来たのですか?」
「バーンズフォレストだよ。レイドーム帝国の北西にある森だったかな」
「森で暮らしていたんですか?」
「うん少し前に僕を育ててくれたじいちゃんが死んじゃってね、まあ寿命だからしょうがないんだけど。そこからしばらくは一人で暮らしてたんだ」
「一人で森で生活...ナオ様凄いです」
「いや、大したことないよ」

 ナオ様との会話。楽しくて嬉しかった。
 しかしナオ様が奴隷になるまでの経緯を話すと、私に気を遣ったのか、黙ってしまった。

「...それで昨日、釣り竿を作りに森に行ったんだけど、帰ってきたら家の前に変な奴らがいて、そいつらに捕まってここに...」

 ナオ様が黙ってしまったことで、しばらく沈黙が続く。

 ナオ様、私に気を遣って...。
 ナオ様は優しいから、私に悲しい思いをさせないようにしてるんだ。

 私はナオ様をちらりと見る。どうやら考え事をしたまま壁にもたれ掛かり、うたた寝をしているようだ。

 ナオ様の寝顔...可愛い。

 私は奴隷になっている今の状況を忘れ、じっとナオ様の寝顔を見続けていた。
 しばらく見続けていたが、ふと心配になった。

 ナオ様は私よりも先にこの牢にいた。
 私が来る前に、あの男達にひどいことをされていたんじゃ...。

 ナオ様の体や顔をじっと見る。
 怪我や汚れが無いかをチェックしていく。
 その時、ナオ様が目を覚ました。しかし、どうも様子がおかしい。
 まだ完全に覚めていないのだろうか。
 私の顔を見て驚愕の表情を浮かべている。

「え...。ルーン、大丈夫なのか?」

 大丈夫?

 一瞬、私の不安や悲痛で一杯だった心情を気にかけてくれているのかと思ったが、どうやらそうではないようだった。
 ナオ様はしきりに私を見回してる。

 ナオ様は変な夢でも見たのかな?

「俺は? 生きてる??」

 ナオ様がそう言って、今度は自分を確認し始めた。
 なんだか口調もさっきとは変わって、男の人っぽくなっていた。
 ナオ様が自分の服を捲り上げ、自分の胸を凝視している

 どうしたんだろう、ナオ様...。

 私は様子がおかしいナオ様をじっと見ていた。
 ナオ様はまた私に聞いた。私が理解できないことを。

「ルーン、あの後何が? いや、それよりあいつらは全員死んだのか?」
「...??」

 私はナオ様が何のことを言っているのかわからなかった。
 しかしナオ様は、「私がそれを知っている」と思って私に聞いているのだろう、ということはわかった。

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