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第一章 狼の少女
15.救出成功
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牢屋の前に戻ると、泣いていたルーンがはっと顔を上げる。
すぐに開錠し、中に入ってルーンに話しかける。
「ごめんなルーン、遅くなった」
「ナオ様が戻って来てくれてよかった...」
もう戻って来ないと思って泣いていたのだろう、ルーンの表情から容易に読み取ることが出来た。
「ルーン、ちょっと待って」
俺は急いで扉を閉め、施錠する。
そして、カギとつるはしをベッドの下に隠した。
銅板は外さない、ルーンを連れて行かれてから装備していては、間に合わない。
俺はルーンと向き合って、真剣な顔で告げた。
「ルーン、もうすぐあいつらがルーンを連れ去りに来る。俺は胸に銅板を仕込んでいるから、あいつらと接触するわけにはいかない」
「...」
「俺はルーンから少し離れて、言葉で抵抗する。ルーン、あいつらがルーンを連れ去り、部屋に連れ込んだらすぐに飛び込んでルーンを助ける。必ずルーンを助ける、俺を信じてくれるか?」
「...」
ルーンは何も言わない。
当然だ、これから何が起こるか、未来のことを言っても信じられないだろう。
それに連れ去られるのがわかっていて見ているだけ、なんて不安に思うだろうな。
だが時間が無い、ルーンの協力無くしてルーンを助け出すことはできない。
「ルーン、詳しく説明してる時間は無いんだ。お願いだから俺を信じて。もうルーンを失いたくない」
「...」
まあ前回はルーンを失ったわけじゃないんだけどな。
だが俺だって死にたくない。もう一度ルーンの笑顔を見たい。
俺は真剣な目でルーンをじっと見つめている。
ルーンの綺麗な茶色の瞳も、じっと俺を見ている。
「...わかった。ナオ様の言うとおりにする」
ルーンは何かを感じ取ったのか、俺を信じてくれたようだ。
「ありがとう、ルーン。俺が助けに来ることは、絶対にあいつらに悟られないようにするんだ。いいな」
「...うん、わかった」
と、ルーンがそう返事すると、通路の奥から足音が聞こえてきた。
牢の前で止まる3人、所長は前回と同じ笑みを浮かべる。
「これは可愛いお嬢さんだ。今日は二人もいい娘を仕入れたからなぁ」
そういや前も二人と言ってたな、牢をよく見てなかったからわからなかったが。
「今からたっぷりとお前を可愛がってやるからなぁ」
それを聞いて、俺は反射的に壁際に後ずさる。力いっぱい所長を睨みつけながら。
ルーンは俺の前で顔を青くして怯えている。
すると、それを見た所長が楽しそうに語りだす。
「怖いか?ぐへへ」
そう言って所長は、後ろの男二人に合図する。
前回と同じように、看守がルーンの腕を掴んで引っ張る。
俺はそれを見て、怖気づいて声を絞り出す。
「や、やめろ! ル、ルーンに手を出すな!」
壁に背を預け、足をガクガクさせながら、精一杯虚勢を張る。
看守はちらりを俺を見たが、相手にする価値が無いと思ったのか、無視してルーンを引っ張って牢屋を出る。
見張りが施錠し、3人はルーンを連れて去って行く。
俺は格子にすがりつき、少しだけ声を上げて3人に向かって言った。
「ルーン!ルーン!!」
3人の姿が見えなくなった。
...演技はこんなもんでいいか。
よし、やるか。
前回と同じように、いや、前回と違って体に痛みが無い。
素早くつるはしとカギを取り、開錠して牢屋から出る。
左手にカギを握りしめ、右手につるはしを持って歩き出す。
すぐに奴隷達がいる部屋に着く、ここも前回と同じく素通りする。
前方から話し声が聞こえる。足音を殺しながら、なるべく早く進む。
施錠の音が聞こえる。あの長方形の部屋に入ったな。
ここまでは前回と同じだ。問題無い。
俺は同じく開錠し、少し開いてる扉を開けて倉庫に入り、ナイフを回収する。
カギを銅板と胸の間のヒモに挟み、左手にナイフ、右手につるはしを持って後を追う。
部屋の前に着き、扉に耳を澄ます。
中の声も前回と同じだった。
ぐっと右手に力を入れる。
そのままタイミングを見計らう。
ルーンがひときわ大きな声で叫んだ。男たちが下品な笑い声をあげる。
ルーン、今行く。
必ず助けるからな。
俺は部屋に突入する。
前回と違い、見張りの男がどこにいるかわかっていた。
だから踏み込んだ瞬間に、つるはしを振りかぶって、そのまま振り下ろす。
グチュッ!!
つるはしの先端が見張りの男の首に突き刺さる。
「ガハッ...!」
俺はすぐに手を放し、左手のナイフを右手に持ち替えながら、振り向く。
視界には、看守の男と所長が驚愕の表情を浮かべていた。
いける...!
まっすぐ看守の男に向かって駆け出す。
背後では見張りの男が倒れる音が聞こえる。
看守は慌てて槍を取り、構える。
そして襲って来る俺に向かって突きを放つ。
時間が無かったせいか、前回よりもだいぶ勢いが弱い。
その突きはもう知っている。
俺はまっすぐ槍に向かっていたが、上半身だけをぐっと捻る。
槍を正面から受けるのではなく、受け流す為に。
槍は、その先端が俺の胸を捉え、例え上体を逸らしていても、突き刺さる...はずだった。
しかし胸に仕込んだ銅板に当たり、カァン!と大きな音を響かせ、槍の先端が逸れて俺の後方に流れる。
「なっ...!」
残念だったな。
この距離ではお前の突きはもう使えないぞ。
若干の衝撃に勢いが僅かに殺されるが、さらに加速するように地面を強く蹴って看守に飛びこむ。
看守は奇妙な感触に困惑し、対応がワンテンポ遅れる。
俺は勢いをつけて...看守の首を、力を込めて横に斬る。
ズシュッ!!
嫌な音が響く。俺はそのまま所長に向かおうとしたが、看守が反撃しようとする。
槍の胴体部分で俺を殴りつける。が、腕を引いていないので勢いは弱い。
槍をしゃがんでかわし、看守と所長をにらみつける。
看守は首を手で押さえていたが、動脈を深く損傷したのか、血が噴き出している。
どう見ても致命傷で、すぐに失血で死亡するのが明らかであった。
借りは...返したぞ。
俺は心でそう言って、所長に向かおうとすると、
「そこまでだぁ!動くとこのガキを殺すぞ!」
所長が、派手な装飾が施されたナイフをルーンに突きつける。
くっ、無理をしてでも突っ込んでおくべきだったか。
看守の男に致命傷を与えたことで、若干油断していた。
後悔しながら、この状況をどうやって打開しようかと必死に考える。
と、所長がいら立ったように続けて叫ぶ。
「部下二人も殺しやがってぇ!お前もこのガキも殺す!」
そうか、俺も殺すか。
どうせ死ぬならまたルーンの手がいいな。
と、冗談交じりに思うが、思いついたこの手しかないことはわかっていた。
俺はルーンの目を見て、声を荒げて話しかける。
「ルーン、力を解放しろ。このままだと俺もルーンも死ぬ。俺は大丈夫だ、力を使え!」
ルーンが意味を察したのか、その茶色の綺麗な目が大きく開かれる。
「あぁん?なんだあ?」
所長が、意味がわからない、とばかりに声をあげる。
「ルーン、力を使ってくれ。こんなやつに殺されることはない!」
「でも!自分では...」
「ルーン、言ったろ。俺はルーンのことが怖くない。ルーンも自分の力を怖がるな」
「...」
ルーンは不安な顔で俺を見ている。
「ルーン。暴走しても、俺が必ずルーンを止めてやる。約束する」
「ナオ様...」
ルーンがはっとした表情になり、覚悟を決めた顔をする。
所長が我慢できない、という感じでナイフを振り上げる。
「もういい!死ねぇ!」
「ルーン!」
俺は駆け出そうとしたが、ルーンの様子を見て足を止める。
所長がナイフを振り下ろすことは無かった。
所長の腕が回転しながら宙を舞う。
ルーンの逞しくなった腕が一瞬にして所長の腕を吹き飛ばしていた。
「......は?」
所長は理解できないようだが、すぐに言葉も出せなくなる。
前回と同じように、所長の首から上が吹き飛んだ。
ルーンが低く唸る。真っ赤な目が光るように煌めく。
「グ...ウウ...ゥ...」
そして失血による影響か、今にも倒れそうな、顔を真っ青にした看守に向かって飛びかかる。
ガシュッ!!ガッ!!
ルーンの腕が血を吹き出していた看守の首を飛ばし、首が無くなった胴体をルーンが蹴り上げる。
前回と同じだ。やはり理性が無いのか...?
おそらくルーンの目に映る生き物全てを殺そうとしているのだろう。
前回は俺に対しても攻撃をした...、というか俺を殺したルーンがフラッシュバックする。
いや、あれは槍の攻撃で致命傷だった、どの道死ぬしかなかった。
実質槍の攻撃で殺されたわけであって、俺はルーンに殺されたわけじゃない。
そういうことにしよう。
ルーンはゆっくりと俺を見る、どうも息があがっているようだ。
体力の限界は近いのかもしれない。
なんとかルーンに怪我をさせずに抑え込めればいいが...。
ルーンは荒い呼吸のまま俺に飛びかかる。
ここは前回と同じだ、だったら。
ガァン!!
ルーンの腕が俺の胸を抉ろうとし、銅板に阻まれる。
1枚目は貫通し、2枚目を凹ませる。俺の胸に衝撃が走る。
ぐっ、痛い...。
だがルーンを止めないと。
俺の力ではルーンを組み伏せることは出来ない、ならば...。
俺は怯んでいるルーンの両脇に手を伸ばし、脇の下から持ち上げるようにしっかり掴む。
そして思い切り、ルーンをベッドにぶん投げる。
「はぁっ!!」
大きく声をあげて、勢いをつけて投げる。
ルーンはベッドに打ち付けられるが、すぐに体制を整え、両手をベッドに付け、駆け出す姿勢を取る。
しかし、その呼吸はかなり苦しそうで、体力の限界が近いのがわかった。
「ルーン!目を覚ませ!!」
「アアァ......」
ルーンは息も絶え絶えの様子だが、最後の攻撃をしようと駆け出す。
先ほどの勢いと比べると、明らかに遅く弱い。
胸への攻撃は有効ではないと学習したのか、俺の顔めがけて右腕を振るう。
先ほどよりも遥かに遅くなってはいるが、それでも俺からすれば充分に速い攻撃だった。
ぐっ、防げるか!?
ガァン!!
なんとかナイフを顔のすぐ横に立て、あたかも盾としてルーンの爪を防ぎ、腕の勢いを落とす。
「はぁっはぁっ...、ルーン...。目を覚ませ。もう大丈夫だ。お前を襲うやつはもういない」
俺の息もあがっている。しかし言葉をかけ続ける。
ルーンは体力の限界が来たようで、腕をだらりと下げる。
「はぁっ...ルーン。俺が分かるか?」
ルーンの体が前のめりに倒れる、俺はぎゅっとルーンを抱き止める。
ルーンの目を見ると、真っ赤だった目が徐々に茶色に変わっていく。
「ルーン、よくやったな。もう大丈夫だ」
ルーンは正気に戻ったのか、悲しそうな顔をする。
頭の上に突き出ていた耳や、お尻から伸びていた尻尾は無くなり、腕や爪も元に戻っていた。
意識を保っているのがやっとのルーンは、最後に返事をしてくれた。
「ナオ様...わたし...」
「約束しただろ、お前を止めるって。今はゆっくり休め」
俺がそう言うとルーンは...眠るように意識を失った。
すぐに開錠し、中に入ってルーンに話しかける。
「ごめんなルーン、遅くなった」
「ナオ様が戻って来てくれてよかった...」
もう戻って来ないと思って泣いていたのだろう、ルーンの表情から容易に読み取ることが出来た。
「ルーン、ちょっと待って」
俺は急いで扉を閉め、施錠する。
そして、カギとつるはしをベッドの下に隠した。
銅板は外さない、ルーンを連れて行かれてから装備していては、間に合わない。
俺はルーンと向き合って、真剣な顔で告げた。
「ルーン、もうすぐあいつらがルーンを連れ去りに来る。俺は胸に銅板を仕込んでいるから、あいつらと接触するわけにはいかない」
「...」
「俺はルーンから少し離れて、言葉で抵抗する。ルーン、あいつらがルーンを連れ去り、部屋に連れ込んだらすぐに飛び込んでルーンを助ける。必ずルーンを助ける、俺を信じてくれるか?」
「...」
ルーンは何も言わない。
当然だ、これから何が起こるか、未来のことを言っても信じられないだろう。
それに連れ去られるのがわかっていて見ているだけ、なんて不安に思うだろうな。
だが時間が無い、ルーンの協力無くしてルーンを助け出すことはできない。
「ルーン、詳しく説明してる時間は無いんだ。お願いだから俺を信じて。もうルーンを失いたくない」
「...」
まあ前回はルーンを失ったわけじゃないんだけどな。
だが俺だって死にたくない。もう一度ルーンの笑顔を見たい。
俺は真剣な目でルーンをじっと見つめている。
ルーンの綺麗な茶色の瞳も、じっと俺を見ている。
「...わかった。ナオ様の言うとおりにする」
ルーンは何かを感じ取ったのか、俺を信じてくれたようだ。
「ありがとう、ルーン。俺が助けに来ることは、絶対にあいつらに悟られないようにするんだ。いいな」
「...うん、わかった」
と、ルーンがそう返事すると、通路の奥から足音が聞こえてきた。
牢の前で止まる3人、所長は前回と同じ笑みを浮かべる。
「これは可愛いお嬢さんだ。今日は二人もいい娘を仕入れたからなぁ」
そういや前も二人と言ってたな、牢をよく見てなかったからわからなかったが。
「今からたっぷりとお前を可愛がってやるからなぁ」
それを聞いて、俺は反射的に壁際に後ずさる。力いっぱい所長を睨みつけながら。
ルーンは俺の前で顔を青くして怯えている。
すると、それを見た所長が楽しそうに語りだす。
「怖いか?ぐへへ」
そう言って所長は、後ろの男二人に合図する。
前回と同じように、看守がルーンの腕を掴んで引っ張る。
俺はそれを見て、怖気づいて声を絞り出す。
「や、やめろ! ル、ルーンに手を出すな!」
壁に背を預け、足をガクガクさせながら、精一杯虚勢を張る。
看守はちらりを俺を見たが、相手にする価値が無いと思ったのか、無視してルーンを引っ張って牢屋を出る。
見張りが施錠し、3人はルーンを連れて去って行く。
俺は格子にすがりつき、少しだけ声を上げて3人に向かって言った。
「ルーン!ルーン!!」
3人の姿が見えなくなった。
...演技はこんなもんでいいか。
よし、やるか。
前回と同じように、いや、前回と違って体に痛みが無い。
素早くつるはしとカギを取り、開錠して牢屋から出る。
左手にカギを握りしめ、右手につるはしを持って歩き出す。
すぐに奴隷達がいる部屋に着く、ここも前回と同じく素通りする。
前方から話し声が聞こえる。足音を殺しながら、なるべく早く進む。
施錠の音が聞こえる。あの長方形の部屋に入ったな。
ここまでは前回と同じだ。問題無い。
俺は同じく開錠し、少し開いてる扉を開けて倉庫に入り、ナイフを回収する。
カギを銅板と胸の間のヒモに挟み、左手にナイフ、右手につるはしを持って後を追う。
部屋の前に着き、扉に耳を澄ます。
中の声も前回と同じだった。
ぐっと右手に力を入れる。
そのままタイミングを見計らう。
ルーンがひときわ大きな声で叫んだ。男たちが下品な笑い声をあげる。
ルーン、今行く。
必ず助けるからな。
俺は部屋に突入する。
前回と違い、見張りの男がどこにいるかわかっていた。
だから踏み込んだ瞬間に、つるはしを振りかぶって、そのまま振り下ろす。
グチュッ!!
つるはしの先端が見張りの男の首に突き刺さる。
「ガハッ...!」
俺はすぐに手を放し、左手のナイフを右手に持ち替えながら、振り向く。
視界には、看守の男と所長が驚愕の表情を浮かべていた。
いける...!
まっすぐ看守の男に向かって駆け出す。
背後では見張りの男が倒れる音が聞こえる。
看守は慌てて槍を取り、構える。
そして襲って来る俺に向かって突きを放つ。
時間が無かったせいか、前回よりもだいぶ勢いが弱い。
その突きはもう知っている。
俺はまっすぐ槍に向かっていたが、上半身だけをぐっと捻る。
槍を正面から受けるのではなく、受け流す為に。
槍は、その先端が俺の胸を捉え、例え上体を逸らしていても、突き刺さる...はずだった。
しかし胸に仕込んだ銅板に当たり、カァン!と大きな音を響かせ、槍の先端が逸れて俺の後方に流れる。
「なっ...!」
残念だったな。
この距離ではお前の突きはもう使えないぞ。
若干の衝撃に勢いが僅かに殺されるが、さらに加速するように地面を強く蹴って看守に飛びこむ。
看守は奇妙な感触に困惑し、対応がワンテンポ遅れる。
俺は勢いをつけて...看守の首を、力を込めて横に斬る。
ズシュッ!!
嫌な音が響く。俺はそのまま所長に向かおうとしたが、看守が反撃しようとする。
槍の胴体部分で俺を殴りつける。が、腕を引いていないので勢いは弱い。
槍をしゃがんでかわし、看守と所長をにらみつける。
看守は首を手で押さえていたが、動脈を深く損傷したのか、血が噴き出している。
どう見ても致命傷で、すぐに失血で死亡するのが明らかであった。
借りは...返したぞ。
俺は心でそう言って、所長に向かおうとすると、
「そこまでだぁ!動くとこのガキを殺すぞ!」
所長が、派手な装飾が施されたナイフをルーンに突きつける。
くっ、無理をしてでも突っ込んでおくべきだったか。
看守の男に致命傷を与えたことで、若干油断していた。
後悔しながら、この状況をどうやって打開しようかと必死に考える。
と、所長がいら立ったように続けて叫ぶ。
「部下二人も殺しやがってぇ!お前もこのガキも殺す!」
そうか、俺も殺すか。
どうせ死ぬならまたルーンの手がいいな。
と、冗談交じりに思うが、思いついたこの手しかないことはわかっていた。
俺はルーンの目を見て、声を荒げて話しかける。
「ルーン、力を解放しろ。このままだと俺もルーンも死ぬ。俺は大丈夫だ、力を使え!」
ルーンが意味を察したのか、その茶色の綺麗な目が大きく開かれる。
「あぁん?なんだあ?」
所長が、意味がわからない、とばかりに声をあげる。
「ルーン、力を使ってくれ。こんなやつに殺されることはない!」
「でも!自分では...」
「ルーン、言ったろ。俺はルーンのことが怖くない。ルーンも自分の力を怖がるな」
「...」
ルーンは不安な顔で俺を見ている。
「ルーン。暴走しても、俺が必ずルーンを止めてやる。約束する」
「ナオ様...」
ルーンがはっとした表情になり、覚悟を決めた顔をする。
所長が我慢できない、という感じでナイフを振り上げる。
「もういい!死ねぇ!」
「ルーン!」
俺は駆け出そうとしたが、ルーンの様子を見て足を止める。
所長がナイフを振り下ろすことは無かった。
所長の腕が回転しながら宙を舞う。
ルーンの逞しくなった腕が一瞬にして所長の腕を吹き飛ばしていた。
「......は?」
所長は理解できないようだが、すぐに言葉も出せなくなる。
前回と同じように、所長の首から上が吹き飛んだ。
ルーンが低く唸る。真っ赤な目が光るように煌めく。
「グ...ウウ...ゥ...」
そして失血による影響か、今にも倒れそうな、顔を真っ青にした看守に向かって飛びかかる。
ガシュッ!!ガッ!!
ルーンの腕が血を吹き出していた看守の首を飛ばし、首が無くなった胴体をルーンが蹴り上げる。
前回と同じだ。やはり理性が無いのか...?
おそらくルーンの目に映る生き物全てを殺そうとしているのだろう。
前回は俺に対しても攻撃をした...、というか俺を殺したルーンがフラッシュバックする。
いや、あれは槍の攻撃で致命傷だった、どの道死ぬしかなかった。
実質槍の攻撃で殺されたわけであって、俺はルーンに殺されたわけじゃない。
そういうことにしよう。
ルーンはゆっくりと俺を見る、どうも息があがっているようだ。
体力の限界は近いのかもしれない。
なんとかルーンに怪我をさせずに抑え込めればいいが...。
ルーンは荒い呼吸のまま俺に飛びかかる。
ここは前回と同じだ、だったら。
ガァン!!
ルーンの腕が俺の胸を抉ろうとし、銅板に阻まれる。
1枚目は貫通し、2枚目を凹ませる。俺の胸に衝撃が走る。
ぐっ、痛い...。
だがルーンを止めないと。
俺の力ではルーンを組み伏せることは出来ない、ならば...。
俺は怯んでいるルーンの両脇に手を伸ばし、脇の下から持ち上げるようにしっかり掴む。
そして思い切り、ルーンをベッドにぶん投げる。
「はぁっ!!」
大きく声をあげて、勢いをつけて投げる。
ルーンはベッドに打ち付けられるが、すぐに体制を整え、両手をベッドに付け、駆け出す姿勢を取る。
しかし、その呼吸はかなり苦しそうで、体力の限界が近いのがわかった。
「ルーン!目を覚ませ!!」
「アアァ......」
ルーンは息も絶え絶えの様子だが、最後の攻撃をしようと駆け出す。
先ほどの勢いと比べると、明らかに遅く弱い。
胸への攻撃は有効ではないと学習したのか、俺の顔めがけて右腕を振るう。
先ほどよりも遥かに遅くなってはいるが、それでも俺からすれば充分に速い攻撃だった。
ぐっ、防げるか!?
ガァン!!
なんとかナイフを顔のすぐ横に立て、あたかも盾としてルーンの爪を防ぎ、腕の勢いを落とす。
「はぁっはぁっ...、ルーン...。目を覚ませ。もう大丈夫だ。お前を襲うやつはもういない」
俺の息もあがっている。しかし言葉をかけ続ける。
ルーンは体力の限界が来たようで、腕をだらりと下げる。
「はぁっ...ルーン。俺が分かるか?」
ルーンの体が前のめりに倒れる、俺はぎゅっとルーンを抱き止める。
ルーンの目を見ると、真っ赤だった目が徐々に茶色に変わっていく。
「ルーン、よくやったな。もう大丈夫だ」
ルーンは正気に戻ったのか、悲しそうな顔をする。
頭の上に突き出ていた耳や、お尻から伸びていた尻尾は無くなり、腕や爪も元に戻っていた。
意識を保っているのがやっとのルーンは、最後に返事をしてくれた。
「ナオ様...わたし...」
「約束しただろ、お前を止めるって。今はゆっくり休め」
俺がそう言うとルーンは...眠るように意識を失った。
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