上 下
16 / 85
第一章 狼の少女

15.救出成功

しおりを挟む
 牢屋の前に戻ると、泣いていたルーンがはっと顔を上げる。
 すぐに開錠し、中に入ってルーンに話しかける。

「ごめんなルーン、遅くなった」
「ナオ様が戻って来てくれてよかった...」

 もう戻って来ないと思って泣いていたのだろう、ルーンの表情から容易に読み取ることが出来た。

「ルーン、ちょっと待って」

 俺は急いで扉を閉め、施錠する。
 そして、カギとつるはしをベッドの下に隠した。
 銅板は外さない、ルーンを連れて行かれてから装備していては、間に合わない。
 俺はルーンと向き合って、真剣な顔で告げた。

「ルーン、もうすぐあいつらがルーンを連れ去りに来る。俺は胸に銅板を仕込んでいるから、あいつらと接触するわけにはいかない」
「...」
「俺はルーンから少し離れて、言葉で抵抗する。ルーン、あいつらがルーンを連れ去り、部屋に連れ込んだらすぐに飛び込んでルーンを助ける。必ずルーンを助ける、俺を信じてくれるか?」
「...」

 ルーンは何も言わない。

 当然だ、これから何が起こるか、未来のことを言っても信じられないだろう。
 それに連れ去られるのがわかっていて見ているだけ、なんて不安に思うだろうな。
 だが時間が無い、ルーンの協力無くしてルーンを助け出すことはできない。

「ルーン、詳しく説明してる時間は無いんだ。お願いだから俺を信じて。もうルーンを失いたくない」
「...」

 まあ前回はルーンを失ったわけじゃないんだけどな。
 だが俺だって死にたくない。もう一度ルーンの笑顔を見たい。

 俺は真剣な目でルーンをじっと見つめている。
 ルーンの綺麗な茶色の瞳も、じっと俺を見ている。

「...わかった。ナオ様の言うとおりにする」

 ルーンは何かを感じ取ったのか、俺を信じてくれたようだ。

「ありがとう、ルーン。俺が助けに来ることは、絶対にあいつらに悟られないようにするんだ。いいな」
「...うん、わかった」

 と、ルーンがそう返事すると、通路の奥から足音が聞こえてきた。
 牢の前で止まる3人、所長は前回と同じ笑みを浮かべる。

「これは可愛いお嬢さんだ。今日は二人もいい娘を仕入れたからなぁ」

 そういや前も二人と言ってたな、牢をよく見てなかったからわからなかったが。

「今からたっぷりとお前を可愛がってやるからなぁ」

 それを聞いて、俺は反射的に壁際に後ずさる。力いっぱい所長を睨みつけながら。
 ルーンは俺の前で顔を青くして怯えている。
 すると、それを見た所長が楽しそうに語りだす。

「怖いか?ぐへへ」

 そう言って所長は、後ろの男二人に合図する。
 前回と同じように、看守がルーンの腕を掴んで引っ張る。
 俺はそれを見て、怖気づいて声を絞り出す。

「や、やめろ! ル、ルーンに手を出すな!」

 壁に背を預け、足をガクガクさせながら、精一杯虚勢を張る。
 看守はちらりを俺を見たが、相手にする価値が無いと思ったのか、無視してルーンを引っ張って牢屋を出る。
 見張りが施錠し、3人はルーンを連れて去って行く。
 俺は格子にすがりつき、少しだけ声を上げて3人に向かって言った。

「ルーン!ルーン!!」

 3人の姿が見えなくなった。

 ...演技はこんなもんでいいか。
 よし、やるか。

 前回と同じように、いや、前回と違って体に痛みが無い。
 素早くつるはしとカギを取り、開錠して牢屋から出る。
 左手にカギを握りしめ、右手につるはしを持って歩き出す。
 すぐに奴隷達がいる部屋に着く、ここも前回と同じく素通りする。
 前方から話し声が聞こえる。足音を殺しながら、なるべく早く進む。

 施錠の音が聞こえる。あの長方形の部屋に入ったな。
 ここまでは前回と同じだ。問題無い。
 俺は同じく開錠し、少し開いてる扉を開けて倉庫に入り、ナイフを回収する。
 カギを銅板と胸の間のヒモに挟み、左手にナイフ、右手につるはしを持って後を追う。

 部屋の前に着き、扉に耳を澄ます。
 中の声も前回と同じだった。
 ぐっと右手に力を入れる。
 そのままタイミングを見計らう。
 ルーンがひときわ大きな声で叫んだ。男たちが下品な笑い声をあげる。

 ルーン、今行く。
 必ず助けるからな。

 俺は部屋に突入する。
 前回と違い、見張りの男がどこにいるかわかっていた。
 だから踏み込んだ瞬間に、つるはしを振りかぶって、そのまま振り下ろす。

 グチュッ!!

 つるはしの先端が見張りの男の首に突き刺さる。

「ガハッ...!」

 俺はすぐに手を放し、左手のナイフを右手に持ち替えながら、振り向く。
 視界には、看守の男と所長が驚愕の表情を浮かべていた。

 いける...!

 まっすぐ看守の男に向かって駆け出す。
 背後では見張りの男が倒れる音が聞こえる。
 看守は慌てて槍を取り、構える。
 そして襲って来る俺に向かって突きを放つ。
 時間が無かったせいか、前回よりもだいぶ勢いが弱い。

 その突きはもう知っている。

 俺はまっすぐ槍に向かっていたが、上半身だけをぐっと捻る。
 槍を正面から受けるのではなく、受け流す為に。
 槍は、その先端が俺の胸を捉え、例え上体を逸らしていても、突き刺さる...はずだった。
 しかし胸に仕込んだ銅板に当たり、カァン!と大きな音を響かせ、槍の先端が逸れて俺の後方に流れる。

「なっ...!」

 残念だったな。
 この距離ではお前の突きはもう使えないぞ。

 若干の衝撃に勢いが僅かに殺されるが、さらに加速するように地面を強く蹴って看守に飛びこむ。
 看守は奇妙な感触に困惑し、対応がワンテンポ遅れる。
 俺は勢いをつけて...看守の首を、力を込めて横に斬る。

 ズシュッ!!

 嫌な音が響く。俺はそのまま所長に向かおうとしたが、看守が反撃しようとする。
 槍の胴体部分で俺を殴りつける。が、腕を引いていないので勢いは弱い。
 槍をしゃがんでかわし、看守と所長をにらみつける。
 看守は首を手で押さえていたが、動脈を深く損傷したのか、血が噴き出している。
 どう見ても致命傷で、すぐに失血で死亡するのが明らかであった。

 借りは...返したぞ。

 俺は心でそう言って、所長に向かおうとすると、

「そこまでだぁ!動くとこのガキを殺すぞ!」

 所長が、派手な装飾が施されたナイフをルーンに突きつける。

 くっ、無理をしてでも突っ込んでおくべきだったか。

 看守の男に致命傷を与えたことで、若干油断していた。
 後悔しながら、この状況をどうやって打開しようかと必死に考える。
 と、所長がいら立ったように続けて叫ぶ。

「部下二人も殺しやがってぇ!お前もこのガキも殺す!」

 そうか、俺も殺すか。
 どうせ死ぬならまたルーンの手がいいな。

 と、冗談交じりに思うが、思いついたこの手しかないことはわかっていた。
 俺はルーンの目を見て、声を荒げて話しかける。

「ルーン、力を解放しろ。このままだと俺もルーンも死ぬ。俺は大丈夫だ、力を使え!」

 ルーンが意味を察したのか、その茶色の綺麗な目が大きく開かれる。

「あぁん?なんだあ?」

 所長が、意味がわからない、とばかりに声をあげる。

「ルーン、力を使ってくれ。こんなやつに殺されることはない!」
「でも!自分では...」
「ルーン、言ったろ。俺はルーンのことが怖くない。ルーンも自分の力を怖がるな」
「...」

 ルーンは不安な顔で俺を見ている。

「ルーン。暴走しても、俺が必ずルーンを止めてやる。約束する」
「ナオ様...」

 ルーンがはっとした表情になり、覚悟を決めた顔をする。
 所長が我慢できない、という感じでナイフを振り上げる。

「もういい!死ねぇ!」
「ルーン!」

 俺は駆け出そうとしたが、ルーンの様子を見て足を止める。
 所長がナイフを振り下ろすことは無かった。
 所長の腕が回転しながら宙を舞う。
 ルーンの逞しくなった腕が一瞬にして所長の腕を吹き飛ばしていた。

「......は?」

 所長は理解できないようだが、すぐに言葉も出せなくなる。
 前回と同じように、所長の首から上が吹き飛んだ。
 ルーンが低く唸る。真っ赤な目が光るように煌めく。

「グ...ウウ...ゥ...」

 そして失血による影響か、今にも倒れそうな、顔を真っ青にした看守に向かって飛びかかる。

 ガシュッ!!ガッ!!

 ルーンの腕が血を吹き出していた看守の首を飛ばし、首が無くなった胴体をルーンが蹴り上げる。

 前回と同じだ。やはり理性が無いのか...?

 おそらくルーンの目に映る生き物全てを殺そうとしているのだろう。
 前回は俺に対しても攻撃をした...、というか俺を殺したルーンがフラッシュバックする。

 いや、あれは槍の攻撃で致命傷だった、どの道死ぬしかなかった。
 実質槍の攻撃で殺されたわけであって、俺はルーンに殺されたわけじゃない。
 そういうことにしよう。

 ルーンはゆっくりと俺を見る、どうも息があがっているようだ。
 体力の限界は近いのかもしれない。

 なんとかルーンに怪我をさせずに抑え込めればいいが...。

 ルーンは荒い呼吸のまま俺に飛びかかる。
 ここは前回と同じだ、だったら。

 ガァン!!

 ルーンの腕が俺の胸を抉ろうとし、銅板に阻まれる。
 1枚目は貫通し、2枚目を凹ませる。俺の胸に衝撃が走る。

 ぐっ、痛い...。
 だがルーンを止めないと。
 俺の力ではルーンを組み伏せることは出来ない、ならば...。

 俺は怯んでいるルーンの両脇に手を伸ばし、脇の下から持ち上げるようにしっかり掴む。
 そして思い切り、ルーンをベッドにぶん投げる。

「はぁっ!!」

 大きく声をあげて、勢いをつけて投げる。
 ルーンはベッドに打ち付けられるが、すぐに体制を整え、両手をベッドに付け、駆け出す姿勢を取る。
 しかし、その呼吸はかなり苦しそうで、体力の限界が近いのがわかった。

「ルーン!目を覚ませ!!」
「アアァ......」

 ルーンは息も絶え絶えの様子だが、最後の攻撃をしようと駆け出す。
 先ほどの勢いと比べると、明らかに遅く弱い。
 胸への攻撃は有効ではないと学習したのか、俺の顔めがけて右腕を振るう。
 先ほどよりも遥かに遅くなってはいるが、それでも俺からすれば充分に速い攻撃だった。

 ぐっ、防げるか!?

 ガァン!!

 なんとかナイフを顔のすぐ横に立て、あたかも盾としてルーンの爪を防ぎ、腕の勢いを落とす。

「はぁっはぁっ...、ルーン...。目を覚ませ。もう大丈夫だ。お前を襲うやつはもういない」

 俺の息もあがっている。しかし言葉をかけ続ける。
 ルーンは体力の限界が来たようで、腕をだらりと下げる。

「はぁっ...ルーン。俺が分かるか?」

 ルーンの体が前のめりに倒れる、俺はぎゅっとルーンを抱き止める。
 ルーンの目を見ると、真っ赤だった目が徐々に茶色に変わっていく。

「ルーン、よくやったな。もう大丈夫だ」

 ルーンは正気に戻ったのか、悲しそうな顔をする。
 頭の上に突き出ていた耳や、お尻から伸びていた尻尾は無くなり、腕や爪も元に戻っていた。
 意識を保っているのがやっとのルーンは、最後に返事をしてくれた。

「ナオ様...わたし...」
「約束しただろ、お前を止めるって。今はゆっくり休め」

 俺がそう言うとルーンは...眠るように意識を失った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...