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第四章
死神の青年は秘密を知る。3
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病室に入ると一つのベッドが目に入る。そこに横たわっている人影が。『駿河 夢依』という人だろう。近くに寄って様子を見にいく。眠っているのか瞳は閉じられ、身体にはいくつか管が通っている。オレはこれに見覚えはあった。亡くし屋の仕事の時に何度もみる光景、本人の意識はないがその状態のまま生かされているという状況。少し違う点といえば、オレが見てきたのはもう余命僅かだろう老人しかいなかったのだ。こんなに若い、オレと年端はそんなに変わらないであろう女性は見たことがな──
(あれ……)
眠っている顔をよく見てみる。オレは初めて見るこの顔を何故か知っているような感覚に襲われる。
(知り合い……? オレが生きていた頃に会ったことがある……?)
すぐにそれを否定する。
(いや、看護師はこの駿河夢依って人のことを、10年間ここにいる風に話していた。それが本当ならオレ達に接点はない。生きていた頃には会っていないというのが確実なところだろ。じゃあなんで)
まじまじと彼女の顔を見つめ続けると、ふと一人だけ脳裏に浮かんだ人物がいた。
(……まさか、そんなはず……)
ない。とは言い切れないところが引っかかる。もしかするとオレは大きな勘違いをしていたのかもしれない。オレはてっきり思い込んでいた。だいたい自分と同じような境遇なのかと。だからすでに死んでいてあそこにいたのかと。
ただ、この前聞いた話によればそんなことは一切言ってなかった。あの時神様はこう言ったんだ。
──「基本的に死んだ人間は天界に来るものだとされているけれど、たまにカズトくんみたいな自分が何者かわからなくなってしまう人間がここに迷い込むのですよ。」
あいつらが言う「基本的」が結構適当で雑なのは、すでに植田さんにオレの姿が見えたことでわかっていた。だとすると、別に死んでいなくても曖昧的な存在ならあそこにいることは出来るんじゃないか? だとすればこの仮説は……
「……メル」
オレは知っているその人物の名前をボソッと呟いた。
その後、家に帰って一人考えていた。なぜ魔女はこの事実をオレに教えるような真似を? ……いや、面白いことのためなら何でもするような奴だったらなぜと考えるだけ無駄か。
それにしても、よく考えれば考えるほど駿河夢依はメルだという確信が濃くなる。あの状態になって10年だとすると、そしてそれからずっと死神をやっていたとすると、メルが同じくらいの歳で死神のベテランになっていることだって納得ができる。
ただ、本当にそれだけの長い時間自分のことがわからない。なんてことあるのか? とも思ってしまう。メルは自分のことを詮索されるのを嫌っていたような節もある。もしかすると自分のことなんてとっくに知っているんじゃ……? でもそうすればなんで……
とぐるぐる考えていると急に声をかけられる。
「かずと?」
「おわっっ」
亞名がいつの間にか真隣でオレをじーっとみていた。
「どうかしたの?」
「いや、いつ帰ったんだよ、急に隣にいたからびびったじゃん……」
「さっき。でもわたし、声はかけてた。ただいまって言ったよ」
「そうだったんだ、悪い考え事してて気づかなかった。おかえり」
「かずと、なんかブツブツ呟いてた」
「あ、あぁちょっとな……」
「なにかあったの?」
「………………」
この場合、亞名に相談してもいいものなのか、まぁ亞名に相談したところで……ってのはあるが。
「……いや。亞名は学校どうだったんだ?」
「特に?」
「そうか」
冬休みになる前、亞名の成績表を見たことがある。干渉はしてなかったが、たまたま片付けをした部屋に置きっぱなしにされていたからつい妹のを見る感じで見てしまった。
妹が平均寄りだったのに対して、亞名のは全て同じ最高数字でこんな綺麗な成績表見たことない、一瞬作り物かと思うほどこれぞ優等生という感じだった。
普段あんなに語彙が足りないというか、なんか色々足りていないように思うのに人間わからないものだ。でもきっと学校でも同じような感じなのだろう。イジメは本当に憎たらしいが、同じ空間にいたら亞名に対して劣等感や異物感を抱くのはわからなくはない。それが転じたものなんだろうと想像はできた。
「今日は大丈夫だったか?」
「? なにが?」
「いやイジメ……」
「あぁ。よくわからないけれど、彼女たちは先生に怒られていたわ」
「先生に言ったのか?」
「わたしはなにも。ただ、ノートがひどく濡れてしまっていたから提出できない旨を話しただけ」
「それでバレたのか……」
「彼女たちはもうしないとその場でいっていた」
「いやそれその場だけの可能性あるだろ……」
「そうなの?」
「………………」
確かにこんなにイジメても亞名はなにも応えない。むしろやるほど自分たちが追い込まれる状況だったらやらないほうが賢いし、その可能性はあるかと思った。
「そいつらが賢かったらもうやらないかもな」
「うん」
亞名はどこまでわかって言っているのだろうか。亞名のことも考えるだけ謎で無駄な気もしてくる。そこはある意味魔女と似ているところかもしれない。なんてふと思ってしまった。
「今日は仕事は?」
「ある」
「じゃあ行くか」
「着替えたら、行く」
とおもむろにジャケットを脱ぎ出し、制服に手をかける。
「いやいやいや待って、オレ部屋出るから!」
「? 外、寒いよ?」
「いいから! まだ脱ぐなよ!」
オレは急いで部屋を出て扉を閉める。
「はぁーまじかよあいつ」
危機感というか警戒心がなにもない。確かにオレは亞名なんて妹のようにしか見ていないがそれにしてもマナーというものがあるだろ普通。
「………………」
普通という言葉が、果たして何を指すかは難しい話だがこの場合、オレは断じて間違っていないと思うのであった。
(あれ……)
眠っている顔をよく見てみる。オレは初めて見るこの顔を何故か知っているような感覚に襲われる。
(知り合い……? オレが生きていた頃に会ったことがある……?)
すぐにそれを否定する。
(いや、看護師はこの駿河夢依って人のことを、10年間ここにいる風に話していた。それが本当ならオレ達に接点はない。生きていた頃には会っていないというのが確実なところだろ。じゃあなんで)
まじまじと彼女の顔を見つめ続けると、ふと一人だけ脳裏に浮かんだ人物がいた。
(……まさか、そんなはず……)
ない。とは言い切れないところが引っかかる。もしかするとオレは大きな勘違いをしていたのかもしれない。オレはてっきり思い込んでいた。だいたい自分と同じような境遇なのかと。だからすでに死んでいてあそこにいたのかと。
ただ、この前聞いた話によればそんなことは一切言ってなかった。あの時神様はこう言ったんだ。
──「基本的に死んだ人間は天界に来るものだとされているけれど、たまにカズトくんみたいな自分が何者かわからなくなってしまう人間がここに迷い込むのですよ。」
あいつらが言う「基本的」が結構適当で雑なのは、すでに植田さんにオレの姿が見えたことでわかっていた。だとすると、別に死んでいなくても曖昧的な存在ならあそこにいることは出来るんじゃないか? だとすればこの仮説は……
「……メル」
オレは知っているその人物の名前をボソッと呟いた。
その後、家に帰って一人考えていた。なぜ魔女はこの事実をオレに教えるような真似を? ……いや、面白いことのためなら何でもするような奴だったらなぜと考えるだけ無駄か。
それにしても、よく考えれば考えるほど駿河夢依はメルだという確信が濃くなる。あの状態になって10年だとすると、そしてそれからずっと死神をやっていたとすると、メルが同じくらいの歳で死神のベテランになっていることだって納得ができる。
ただ、本当にそれだけの長い時間自分のことがわからない。なんてことあるのか? とも思ってしまう。メルは自分のことを詮索されるのを嫌っていたような節もある。もしかすると自分のことなんてとっくに知っているんじゃ……? でもそうすればなんで……
とぐるぐる考えていると急に声をかけられる。
「かずと?」
「おわっっ」
亞名がいつの間にか真隣でオレをじーっとみていた。
「どうかしたの?」
「いや、いつ帰ったんだよ、急に隣にいたからびびったじゃん……」
「さっき。でもわたし、声はかけてた。ただいまって言ったよ」
「そうだったんだ、悪い考え事してて気づかなかった。おかえり」
「かずと、なんかブツブツ呟いてた」
「あ、あぁちょっとな……」
「なにかあったの?」
「………………」
この場合、亞名に相談してもいいものなのか、まぁ亞名に相談したところで……ってのはあるが。
「……いや。亞名は学校どうだったんだ?」
「特に?」
「そうか」
冬休みになる前、亞名の成績表を見たことがある。干渉はしてなかったが、たまたま片付けをした部屋に置きっぱなしにされていたからつい妹のを見る感じで見てしまった。
妹が平均寄りだったのに対して、亞名のは全て同じ最高数字でこんな綺麗な成績表見たことない、一瞬作り物かと思うほどこれぞ優等生という感じだった。
普段あんなに語彙が足りないというか、なんか色々足りていないように思うのに人間わからないものだ。でもきっと学校でも同じような感じなのだろう。イジメは本当に憎たらしいが、同じ空間にいたら亞名に対して劣等感や異物感を抱くのはわからなくはない。それが転じたものなんだろうと想像はできた。
「今日は大丈夫だったか?」
「? なにが?」
「いやイジメ……」
「あぁ。よくわからないけれど、彼女たちは先生に怒られていたわ」
「先生に言ったのか?」
「わたしはなにも。ただ、ノートがひどく濡れてしまっていたから提出できない旨を話しただけ」
「それでバレたのか……」
「彼女たちはもうしないとその場でいっていた」
「いやそれその場だけの可能性あるだろ……」
「そうなの?」
「………………」
確かにこんなにイジメても亞名はなにも応えない。むしろやるほど自分たちが追い込まれる状況だったらやらないほうが賢いし、その可能性はあるかと思った。
「そいつらが賢かったらもうやらないかもな」
「うん」
亞名はどこまでわかって言っているのだろうか。亞名のことも考えるだけ謎で無駄な気もしてくる。そこはある意味魔女と似ているところかもしれない。なんてふと思ってしまった。
「今日は仕事は?」
「ある」
「じゃあ行くか」
「着替えたら、行く」
とおもむろにジャケットを脱ぎ出し、制服に手をかける。
「いやいやいや待って、オレ部屋出るから!」
「? 外、寒いよ?」
「いいから! まだ脱ぐなよ!」
オレは急いで部屋を出て扉を閉める。
「はぁーまじかよあいつ」
危機感というか警戒心がなにもない。確かにオレは亞名なんて妹のようにしか見ていないがそれにしてもマナーというものがあるだろ普通。
「………………」
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